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クライオニクス(仮題)  作者: 曲馬 乙晴
第一部 クライオニクス
8/40

3-1 未来の学園

 ベッドの上で静かに眠っている璃世を上から見下ろす。

 彼女はすうすうと幸せそうに寝息を立てていた。寝ているだけの彼女は無垢な美少女に見えなくもない。殺そうと思えば簡単に殺せる状況だった。


 こうして無防備を晒す彼女には、狙われている自覚がないようにも思える。それだけ信用されているとも捉えられるが、彼女の考えている事は未だによく分からなかった。


 綺麗に伸びたその黒髪に軽く指で触れる。

 作り物のように艶のある髪だが、やはり紛い物などではない。無表情があまりに多かった為、一時は高性能な人造人間(アンドロイド)とも疑ったが、彼女は生身の人間で間違いなかった。


 この状況を勘違いされても困るので、颯樹は早々に璃世の髪から指を放して距離を置く。朝日が入らず室内は真っ暗なので、出現させたホロパネルを操作して室内照明を起動した。


 寝返りを打って顔を布団で隠した彼女は尚も当然の様に寝入っている。

 軽く眉を寄せ首を振った颯樹は「姫路……、おい起きろよ、璃世!」と呼びかける。


 ぱちりと目を開いた璃世は、颯樹を見てから僅かにその目を丸くした。

「ん、どうした? 霊的なものでも見えたのか?」

「……枕元に人が立っていれば驚くに決まってる」

「正常な反応で喜ばしい限りだよ。幽霊だったら悲鳴でも上げてくれたのか?」


 上半身を起こした璃世は、猫の足跡がプリントされているパジャマを布団で隠す。相変わらず愛想のない表情だが、彼女は少し嫌がっているようにも見えた。


「デリカシーがない。女性に嫌われるタイプ」

「自意識過剰だな、自分が女性の代表格とでも思ってんのか」

「デリカシーがないからデリカシーを理解できない」

「女性の部屋に無断で侵入するな、だろ?」

「……分かっているのに何故?」

「分かってるからだよ。形式的なものには無頓着な奴かと思ったんだが?」

「そう、だからそれに託( かこつ)けて無知だと思った私を……」

 彼女の表情は変わっていないが、その目が蔑みを表していた。

「ハッ、興味ねぇよ。その貧相な身体で言う台詞か?」

「趣味嗜好の問題だから口先だけかも」

「じゃあ、試しに脱いでみろよ。ツルペタ……ん、まあ少しはあるのか。どちらにしても俺は背を向けたまま、お前の方なんて絶対に向かないからさ。三時間くらいお前が素っ裸でいたとしても、視界の片隅にもいれないで日常生活を継続していく自信すらあるぜ?」

 そう言って彼女の身体を一通り眺めてから鼻で嗤う。

「その手には乗らないから。人の寝顔を恍惚の表情で眺めてた癖に」

「人を想像で貶めるな。まあ悪かったよ、次回からは気を付けるからさ」

 寝起きの割に頭の働く璃世に参りつつ、確かに落ち度は自分にあるので頭を下げた。


 璃世は猫のように大口を開けて欠伸をし、次に手の甲でごしごしと目を擦っている。やはり寝ていたのは間違いなく、眺めていると小動物でも見ている気分になってくる。


「しかし、何で俺を蘇生したのがお前みたいな奴だったんだろうな。別の未来も可能性的にはあっただろうにさ。人の心をいちいち掻き乱したりもせず、献身的に尽くしてくれて愛想だって良くてさ、女性的魅力に溢れる年上の女であったらな、と、しみじみ思うよ」

「それで、何の用? くだらない妄想を垂れ流しに来たの?」

 容赦ない一言で一蹴され、正論なのもあって少しだけ恥ずかしくなる。


「いやさ……、今日から俺も学校行くんだろ?」

「そう。なら少し準備するから上着を脱いでここに座ってて」

「何で上着脱がなきゃいけねぇんだよ!」

「朝から大声は本当に耳障り。検査するからに決まってる。学校で何か身体に不都合でも起きたら対処できない。ある程度は確認しておくべき。そろそろ馬鹿も大概にして」

「……あ、ああ。うん」


 とてとてと歩いていき、璃世が隣の部屋へと姿を消した。

 一人にされて立ち尽くし、颯樹は無言で上着を脱いでベッドの縁に座る。


 言われた通りに上半身裸になって待機していると、三〇分後、彼女は悪びれた様子もなく姿を現した。朝風呂でも入って来たのか、制服姿の彼女からフローラルな香りが漂ってくる。眼鏡と白衣の着用。見慣れた作業スタイルの彼女が悠然と近付いて来た。


「お待たせ。待った?」

「いやいや、全然待ってないよ、俺も今来た所だよ――って、ふざけんな、待ったに決まってんだろうが、ボケ。嫌がらせか、風邪引いたらどうするんだよ」

「あなたは病気にはならない。元からなりそうにもないけど」

 相変わらず余計な一言を吐く。

 そして断りもなく瞼を指で開かれ、眼球にライトを向けられた。


「ついでにあなたの身体の機能について説明しておこうと思う」


「本当についで過ぎるよな、何もかもが……」

「そう、聞きたくないの?」

 覗き込む璃世の顔が近すぎて、ミントの香る彼女の息が顔に掛かる。

「いや、聞かせて貰えるなら是非とも聞きたいよ」

「分かった。なら耳をかっぽじって聞きな」

「お、おう、ちゃんと聞くけど急に変な喋り方すんな」


 瞼から指を放してライトを仕舞い、今度はその白く透き通った指で身体を触られる。指をなぞらせて、何やら筋肉の凹凸などを確かめているようだが、くすぐったさに声を出してしまいそうになった。無様を晒すと負けた気もするので、颯樹は我慢して無反応を通す。


「まず前提としてあなたに()という概念はない」


「いきなり意味が分からないんだけど……」

「つまり、あなたはどこを攻撃されても死なないということ。それが脳であっても心臓であっても、他の急所であっても。身体に欠損が出ると、直ぐに修復が行われて傷跡もなく元通りになる。それにはエネルギーが消費されるから、無限に修復出来るというわけでもない。ただあなたはそれでも死なない。身体が動かなくなって意識がなくなるだけ」

「それが所謂、死って奴じゃないのか?」

「うん、生き返る人間が動かなくなる事を死と定義するなら」

「んー、難しい所だな。まあ()とか()で考えるなって事か……」

「だから前からそう言ってる」


「そら悪かったな。で、激痛が走らないのもその恩恵か?」

「行動を阻害する程の疼痛なんて邪魔なだけ。死なない人間に死を回避させる為の激痛を認識させる必要もない。どの程度の損傷なのかを客観視できれば十分」


 璃世の目線がどんどん下がり、指先も(へそ)の下辺りまで来ていた。

 暫く黙って見ていたが、ズボンに手を掛けて更に下へと行こうとするので、流石に颯樹はその腕を掴んで止めた。


 下から見上げるようにして、璃世から批難と疑問の混じった目が向けられる。

「……何をするの?」

「いや、下半身には触らないで欲しいなと」

「何故?」

「何故ってさ……」

 なまじその顔には表情が無い為、璃世が何を考えているのかが分からない。

「これは医療行為。あなたの変態的な妄想を現実に混同しないで」

「うるせ、そんな事を言ってるお前の予測がまず変態的だろうが。下半身は大きな怪我した覚えもないし、傷すらそんなに付かなかったと思うから確認しなくて良いよ」

「下半身だけ再生してない粗があったらどうするの?」

「してたよ、傷はもう無いからさ」

「蘇生する前にあなたの身体は隅々まで見た。恥ずかしがっても今更感ありまくり」

「そ、そうなのかもしれないけどさ、意識が無いのと有るのとでは大違いだろ?」

「そう……。なら別に良いけど、ヘタレ」

 相変わらずの物言いにかちんと来る。

「あ? 何だよ、そんなに見たいなら見せてやろうか?」

「そこまで見せたいのなら、見てあげない事もないけど」

「自発的に脱ぎたいわけじゃねぇんだよ!」

「煩い、うざい、ウジ虫、死ね」

「そ、そこまで暴言吐かれる謂われもねぇだろうが……」


 璃世は白衣を脱いで適当に折り畳み、デスクの方へと歩いていった。後ろで縛ってあった髪も解き、縛り跡のない元のストレートの黒髪がさらさらと流れる。制服姿のまま眼鏡は外すことなく、璃世はデスクのチェアをベッド脇に引っ張ってきた。


「そういえばお前って目が悪いのか?」

「今時、目の悪い人なんて奇病でない限りいないと思うけど」


 常識の様にそう言った彼女はチェアにちょこんと腰掛け、外した眼鏡をベッド脇のテーブルに置くと、「どうして上半身裸なの?」と首を傾げた。反射的に「検査が終わったのならそう言えよ」と悪態を吐けば「白衣を脱いだのに分からない?」との返答。颯樹は苦々しい表情で抗議するに留め、それ以上は何も言わずにシャツを手に取った。


「話の続き。あなたの再生は動作と同じで脳を起点として行われる。例えば頭部と胴体が離れてしまったら頭部から身体が生えてくる。これについては規模にもよるけど、再生は修復よりも時間が掛かる。後はエネルギーの消費も修復とは段違いに激しい。だから実際は頭部から身体が生えてくる事も無い。それだけのエネルギーが頭部にはないから」

「はあ、想像するだけで随分と気持ち悪い生物になったもんだな……」

 シャツのボタンを閉じていると、ふと未来の服装について意識が逸れる。


 この時代の服飾センスは、周り巡って重なったのか、基本的に颯樹の居た時代に似通っていた。仮装にしか見えないものが異質と捉えられない程にかなりの多様化はしているようだが、未来想像図にあったステレオタイプな全身タイツはそれでも含まれていない。


「ちゃんと聞いて。他の事を考えてる?」

「ああ、もう、分かってるよ。要は切断されなければ良いんだろ?」

「あまり分かってない……」

「そうか? 今回はオカルトとか馬鹿にせず、結構真面目に聞いてたんだけどな」

「聞いてるだけではなく想像力を働かせて。例えば腕が離れたら直ぐに腕を拾って切断面に引っ付ける。そうしたらそれは修復になるから。これくらいも分からない?」

「分かってるよ。首が離れたら首を持って身体に引っ付ければ良いんだろ?」

「あまり分かってない……」

 璃世の落胆具合に、颯樹は少し頭を巡らしてみることした。

「あぁ……、悪かったな。ちょっと考えるだけで理解できる事だったよ。首が離れたら胴体が動くわけがないもんな。流石にそこまでの化け物にはなってないんだろ?」

「うん、それは無理」

「だよな、それは非科学的過ぎるもんなぁ」

「それは心外。空気中に電気信号を送り、細胞レベルで受信できれば或いは……」

 何やら難しい事でも考え始めたのか、璃世は虚空を見つめたまま人形のように固まった。


「や、止めろよ。もう無闇矢鱈に俺の身体を弄くり回すな」

「そう、なら今の所は止めておく」

「今とか後とか、そういう問題じゃねぇんだよ」

「あなたが私の期待に応え続ければ、そもそも問題にはならないから」


 当人の意思に関係なく、必要ならばあくまで自分の意思を貫くのだろう。

 引かない時は意地でも引かない彼女である。現実を見せられて嫌な気分が顔に出てしまったが、一々心を乱されていては切りが無いので颯樹は自分の感情を無視した。


「まあ無駄話はこの辺にして、そろそろ学校に行く準備でもしてくれるか?」

「分かった、少し待ってて」


 素直に頷く彼女を訝しげに眺める。

 こうして稀に無垢な少女に見えてしまう所が、また彼女の質の悪い所でもあった。

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