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クライオニクス(仮題)  作者: 曲馬 乙晴
第一部 クライオニクス
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2-1 未来での初任務

 非戦闘指定都市内部と言っても、やはり治安の悪い区画も存在するらしい。善人ばかりが金を持っているわけでも無いので、それは当然と言えば当然の事でもあるのだろう。


 颯樹はその区画の指定された地点で、目標人物(ターゲット)の到来を待っていた。


 視界の片隅にはホロスクリーンが浮かんでおり、目標人物(ターゲット)であるギルバート・ラターの情報が表示されている。それに目を通しつつも周囲の警戒は怠らない。


 ギルバートは小さな犯罪グループと組んで、人身売買などの非合法な商売をしているようだった。攫った人間から脳を取り除き、戸籍登録のある身体を売り捌いている。余った脳もただ廃棄するだけでなく、人工物の身体を与えて奴隷としても売り捌いていると言う。


「これが本当なら、とんでもないクソ野郎だな……」

《話が通じるような相手だったら、私も依頼主も始末しろなんて言わない》

 璃世の声が端末から、指向性を持って耳に届く。


 要は颯樹にしか聞こえないようになっていた。浮かんでいるホロスクリーンにしても、網膜認証を経ている為、視認できるのは颯樹だけである。この端末はあまり認知されていない軍用品であり、一般流通している物にはこのような機能は制限されているらしい。


「身体を売っちまうってのは、脳を移植して別人に成り済ませるわけだから、まあ理解もできるんだが、脳に作り物の身体を与えるってのは採算が取れるもんなのか?」

《脳のような複雑な機能は、作製するとなると結構な費用が掛かるから需要は多い》

「どちらも需要が多いって事は、こいつ以外もやってる事なんだよな?」

《そう。けど、これらは本来慎重に行われるべき事柄。目標人物(ターゲット)のしている事は、ただ攫うだけの素人を巻き込む手法ばかり。これに関与していない者達も、警察の捜査によってとばっちりを受ける。今回はそうした被害を被る側からの依頼だったりする》

「そいつらもやり方はどうあれ、人身売買とかしてるんじゃないのか?」

《してるかもしれない》


 情け容赦ない現実に心の鬼が身を責める。

 予想通りだったが僅かばかりの否定は欲しかった。


《……気に入らない?》

「いや、世の中から無くならないのは仕方がないって分かってる。そいつらの手法の方がまだ道義に適ってるって言うのなら、この仕事を受けるのも悪いことではないとも思う」

《でも気に入らない?》

「ああ、気に入らねぇよ、お前も含めて……」

《そう、やりたくないならやらなくても良い。状況を見てあなたが判断すれば良いこと》

「言われなくてもそのつもりだっただろ。俺に指図するな」


 と、黒塗りの車両が遙か上空を走っていく。「あの車か?」気流を周囲に撒き散らかしながら、それは一つの中華料理店の前へと着地した。


《そう、あの不要な機能満載の車両。燃費も悪くて保険も税金も高いだけの道楽車》

「クソ、成金め! 忌々しい!」


 車から降りてきた人物は、写真通りのギルバート・ラターで間違いなかった。

 茶色の髪に碧眼の優男。青年実業家と言った風貌の男である。


 護衛を数人引き連れて店の中へと入っていく。

 その後に、荷台から大きなトランクのようなものを一つ下ろし、がたいの大きな男が二人掛かりでそれを店の中へと運んでいった。


「あーあ、行くしかねぇわな、これは……」

《……やる気出た?》

「ああ、あいつら今正に攫った人間を運び込んでいったよ」

《そんな事で決断? あなたに無関係の人が攫われただけなのに?》

「引くに引けなくなったんだよ。お前の言う通り俺は偽善者みたいだからな。世の中の人間がどれだけ死のうと構わないが、自分の目の前で起きた事は見て見ぬ振りしたくない。後々になってグチグチと考えちまうのは最低な気分だからな。要は俺自身の安寧の為だ」

《そう、分からないでもないけど》

「乗せられた気もして気に食わないが、まあもう自分で決めたし行くよ」

《分かった。なら端末を起動して一の数字をタッチして》

 言われた通りに操作し、ホロスクリーンに表示された数字に触れる。


 璃世に渡された手袋を着用しているからか、実体のないホロスクリーンから押したという反動が指に感じられた。この時代では脳波で操作もできるらしいが、それについては何やら深い理由があるようで推奨されなかった。


 軽い耳鳴りのような音が聞こえ、何かが起動したことが颯樹にも分かる。

《電磁波迷彩の起動。透過でないから肉眼では見えてしまうけど、人造人間(ロボット)人工化人間(サイボーグ)集積情報体(ホログラム)には姿を捉えられなくなる。一般的な監視カメラにも映らなくなるし、あやゆる警備システムを素通りできるようになる。でも気休め程度だと思っておいて》

「何が気休めなのか教えておいてくれてないと危なくないか?」

《無いものと思って行動して》

「ああ、保険みたいなもんか……」

《うん、音源や赤外線などの電磁波、熱源とかも含み、とにかく感知される時はされるから。完全隠密を実現しようと思ったら、軍用人工化人間(サイボーグ)の最新光学迷彩でないと無理。それでも熱線を外部に放出しないという仕様上の問題で、連続使用では蒸し焼きになったりする危険性もあるから、何でもかんでも見た目通りに便利かと思えば大間違い》


「幾ら未来であっても、そうそう都合が良いだけのモノなんて存在しないと」

《そう、何事にも特定の理論と技術があってそこに存在してる。あなたの無知が全てに置いて不利に働くわけでもない。ここが未来がどうとか考え過ぎないで》


「ああ……、肝に銘じておくよ」

 彼女なりの励ましのようにも聞こえ、颯樹は真面目な気持ちで返事をした。


《なら後は一人で頑張って》

「お前からの支援は無しか?」

《気が散ると命取りになるし、私の指示通り行動してたら効率も悪い。あなた自身の力も見てみたいから、自分で何とかして見せて。何かあったら連絡してくれれば良い》

「分かったよ。まあ茶でも飲みながら朗報を待ってると良いさ」


 颯樹は軽い余裕を見せて、璃世との通話を終了させた。




 通行人を装って中華料理店の前まで歩き、人気がない事を確認してから店の裏側に回る。裏側はゴミ捨て場にもなっており、颯樹の知っている時代の繁華街の裏路地を彷彿とさせた。但し、妙に視界が開けている事に違和感を覚え、少し考えてから非常階段が見当たらない事に気付く。災害時にはもっと効率的な脱出方法があるのだろう。


 視界の端に浮かぶホロスクリーンが何も示さない為、裏口の扉には電子ロックが掛かっていない、と思う。試しにノブを回してみると、錠前すら掛かっていなかった。


 熱源などを元にした補正機能を用い、ホロスクリーンに内部の様子を映し出す。

 どうやら直ぐ目の前には小さな厨房があるようで、数人のコックが作業に勤しんでいる事が判る。どう見ても閉店後の後片付け中である。ギルバートが店の中で食事を取っているとは考えにくいだろう。一階は中華料理店だが、二階より上は何の看板も掲げていない。外から二階以降に通じる階段も見当たらない為、ギルバートは店の中から上がったのだ。


 ノブから手を離し、周りを確認して人の気配を探る。


 そうして誰もいない事を確認してから、颯樹は渾身の力を込めて上に跳んだ。

「おっ、試してみるもんだな。こんなにも身体能力が……」

 二階の窓の縁に右手の指を数本掛ける事が出来た。


 向こう側に人の気配が無いのを探ってから、片手懸垂の要領で窓から中を覗く。

 すると何やら話し声が聞こえてきたので、颯樹は直ぐに腕を伸ばして元の体勢に戻った。壁の向こう側を数人の人間が通り過ぎていく。ホロスクリーンには四人の姿が映し出されている。


 そしてもう一度、同じ要領で中を見てみる。

 薄暗い廊下を護衛の一人が先導し、ギルバートの後ろを二人が追随していた。


 急なチャンス到来――皆が無防備にも背を向けている。


 彼らがどこかの部屋に入った後、殺す手段を考えて機会を窺うよりも、この直線の廊下で今殺すのが手っ取り早い。時には慎重さよりも大胆さが物を言う事もあるだろう。


 軽く息を吐いてから唾を飲む。

 彼らを殺す事に対しての葛藤は特にない。元から彼らはそちら側の人間なのだから、覚悟の方も素人とは訳が違う。今心を悩ませている問題はそのような事ではなかった。


 実力的に完遂出来るかも問題だが、一番は璃世を信用しても良いかである。

 人を蘇らせて誰かを殺させる、など、考えてみればみるほどに真っ当ではない。外見に騙されている可能性もある。彼女が巨悪に荷担している場合もあるだろう。それらが今の自分に判別できるわけがなく、それを見越されて利用されている事すらあり得る。

 否、頭を切り換える。それらは今考える事では無い。

 ここで考えても答えの出る事ではない。答えを求めてから行動を選択するのでは、人生の岐路を逃してしまう。現時点で行動の起点に選ぶものはそんなものではない。


 今は簡潔に、大事な一点だけを思い返すのだ。

 死に際に願った自身の最後の願いを――


「まあ……これも縁かな。どうせ一度終わった人生だし賭けてみるか……」


 オオカミを左手で取り出し、初弾が装填されている事を確認する。

 中に詰まっているのは減音(サプレス)弾というものらしく、颯樹の時代にあった、薬莢に細工のある消音弾とは別物である。エリーが言っていたように、そもそも薬莢のない弾丸が今では主流である。発射速度が音速を超えても、この弾丸は銃声を50デシベル以下に抑えるという。これに減音器(サプレッサー)や銃の機能などを組み合わせる事で完全な無音も再現出来るらしかった。


 不安を強引に掻き消し、敵の居場所を脳裏に描く。


 そして颯樹は自身に頷き、全身の筋肉をバネのようにしならせた。

 腕力と壁を蹴る脚力を利用して、窓を破ってビルの中へと肩から転がり込む。ガラスの破片が月光に照らされ、結晶のようにきらきらと宙を舞い散る。


 瞬時に片手で銃を構え、まず連続で二発撃つ――


 後ろにいる護衛の後頭部に命中し、赤黒い血を撒き散らしながら、二人がほぼ同時に前のめりで倒れた。銃の反動によって照準が少しだけ上にずれる。その隙に先導していた一人が振り返り、懐から銃を取り出しながらギルバートを守るようにして回り込む。


 照準安定。撃つ。


 護衛の眉間に銃弾が命中。護衛の落とした銃がカラカラと音を立てて地を回る。断末魔を上げて倒れていく護衛の後に、目を見開くギルバートの姿が曝け出されていく。


 目が合った。


 瞬間――心臓、喉元、頭部――連続で三弾発砲――


 以前にも経験した事があるが、弾道を()()感覚は非常に面白かった。

 弾丸を目で追えるわけもないのに、撃った瞬間には着弾の有無が判別できてしまう。銃が身体の一部として感じられるようになった頃には、まるで自分が魔法使いになった錯覚に陥れるのだ。


 昂揚に笑みが溢れる。

 弾ける柘榴(ざくろ)が心を躍らせる。


「――――――ッ」


 と、途端に颯樹の集中力が切れてしまった。

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