表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クライオニクス(仮題)  作者: 曲馬 乙晴
第一部 クライオニクス
4/40

1-3

 個人的な用事云々以前の状況なので、とりあえず渋々と四階まで降りてきた。


 五階ほどではないが相変わらず薄暗い。

 この四階に住人が一人いると言っても、部屋が一つというわけでもないので、どの部屋にその住人がいるかも分からない。手当たり次第に当たっていくしかないのだろう。


 早速、手前の部屋からノックをしようと考えた矢先、その一つ奥の部屋から水音が聞こえてくる。噴水の音に似ているが室内である。


 疑問に思った颯樹は奥の部屋を覗き見てみる。


 廊下側よりも床全体が低くなっており、全面が水浸しの部屋だった。しかも水が循環しているようで、常に新鮮な水が一センチ程で保つようになっている。それなのに家財道具は設置してあり、人の生活している気配が所々に残っている。そして一番奥には段差があり、特殊な格好をした人達が水に浸からないよう何人も並んで立っていた。


「あの、すいません。姫路という子に四階へ行けって言われたんですけど……」

「………………」

「あのう、聞こえてますよね?」


 靴に水が染みない事を確認し、颯樹は奥の方まで歩いてみる。

 そこで自分の馬鹿さ加減に気付いた。


 そこに並んでいたのは人ではなく、並べられた等身大の人形達だった。恥ずかしさに息を吐きつつも、人形の一つを近くで眺めてみる。何が合図だったのかは分からないが、ホロスクリーンが浮かび上がり、人形の詳細データが表示されていく。


 どうやら日本製の家事支援女性型人造人間(ガイノイド)のようだった。

 未来的な物に興奮を覚え始め、颯樹は更にその文字に目を通していく。

 ある一体の詳細――スクリーンに【REM―RIM(レムリム)(初回限定ヤンデレ機能搭載)】と記載されている。首には人造人間(アンドロイド)を示す刻印があり、この刻印は人型の作り物には義務付けられているものらしい。それが無ければ人と見間違えしまう程の精巧な人形だった。


「これって動くのかな」

「そんなものが無くたってわたしが家事くらいしてあげますよ?」

「おおっ、何か喋っ――」

 否、違う。颯樹は即座に押し黙る。


 声は背後から――そう、真後ろから聞こえたのだ。


 逃亡生活を強いられた事で気配には敏感であるのに、ここまで近くに寄られても気付かなかった。思わず言葉を返す程に、後ろの女性は自然な状態で溶け込んでいる。


 反射的に振り返り、颯樹はその者を目にして更に目を丸くした。

「でも駄目ですよ、人の部屋に入る時はきちんとノックしないと、ね?」

「いやいやいやいや…………、はあ?」

「どうかしました? わたしの顔に何か付いてます?」

 上目遣いで顔を覗き込まれる。


 だがここでは何よりも――、その者の姿に頭が混乱してしまう。


 女性の造形が水面から浮き出るように生えているのだ。

 彼女は服を一切纏っていないが、裸体というわけでなく、半透明であり中身のないゲル状の物体である。基本は緑色のゼリーだが、色合いの違いと凹凸で髪型も顔立ちも判る。


「……ぁ……ぁぁああああ、ああああっ、姫路! おい姫路ぃぃ!」


 奇声を張り上げるなど幼少以来のことだった。

 目の前の怪奇に声を上げるしかなかったのだ。そうして何度も何度も璃世の名前を連呼する。だが、何度呼んでも彼女が現れる気配が無い。

 いい加減に痺れを切らした颯樹はスライムを強引に避け、靴に付いた水で廊下を濡らしながら璃世の部屋へと全力で走った。


「――おい姫路、いるんだろ!?」


 扉を潜って部屋に飛び込むと、璃世が小難しいホログラム文書から目を上げた。

「さっきから煩い。なに? 悲鳴を上げると防音装置が解除されるから止めて」

 眉を軽く顰めて颯樹を見ることで、わざとらしく迷惑そうな表情を浮かべている。

「聞こえてるなら来いよ! 切羽詰まってる奴の声を何で無視すんだよ!?」

「……トイレとか入浴中だったら危ういと思って」

「気を遣ってくれるのは有り難いが、確率的には低いんだから来いよ!」

「そうやって今の内に言い訳を通しておいて、以後は私のトイレとかお風呂を覗く気?」

「謂われもない批難に繋げるな! 良いから来いっつってんだろ!?」

「だから、なに――」


 妙に落ち着いている璃世の腕を引っ掴み、颯樹は璃世を連れて四階の部屋まで戻った。


「あっ、お帰りなさい。ヒメちゃんもいらっしゃい」

 出迎えてくれた妙な生物を無視して、璃世を部屋の中に引きずり込む。

「これだよこれ。何だ、この喋る軟体生物は……」

 棒立ちする璃世を見ながら、颯樹は人もどきを指差して訊いた。


「挨拶がまだでした。初めまして、わたしはエルベルナ・ミカエラ・ユルハです。エルベ、エルナ、ルル、レベラ、何でも良いんですけど、出来ればエリーと呼んでください」

「ああ、分かったけどさ、こっちの話があるんで少し黙っててくれるかな?」

「えっ、はい、ごめんなさい……」


 項垂れたエリーを放っておき、颯樹は横に立つ璃世の方を見る。

「大した事でもない。彼女の身体は液化してるだけ」

「だけって……、あからさまに重力に反してるような……」

「なら、触ってみれば良い」

「さわる……?」


 璃世を見てからエリーを見て、もう一度璃世の顔を見る。

 あまり触りたくないのだが、そんな事も言っていられない空気だった。


 意を決して颯樹は恐る恐る手を伸ばす。


 指先が彼女の胸の辺りに触れると、「やぁん」と黄色い声が発せられたが、それどころではない。そのまま奥に腕をずぶずぶと突っ込み、手を動かして中を掻き回してみる。


 人肌程度に暖かい、泥や粘土のような感触だった。

「そう、全体的にはそんな感じ。彼女は体内成分を調整して、ある程度の硬度を変えられる。ある部分の硬度を上げれば、硬度が下がる部分が出てくるということ」


「――えいっ!」

 間の抜けたエリーの掛け声と共に、突っ込んだ腕が動かせなくなる。


 突然の異変に驚愕してしまい、颯樹はエリーの中から強引に腕を引き抜いた。

 硬化している緑色の塊は見る見る内に軟化していき、腕に纏わり付いたそれらはドボドボと地面に落ちる。それらは独立して動き出し、エリーの身体へと勝手に融合していった。


「ひっ、ひぃぃ、はぁぁ、な、何かもうこれ駄目だ、駄目な部類の奴だよ……」

 颯樹は顔を引き攣らせて、その様子を目で追うことしか出来なかった。

「そ、そんなに怖がらないでください……」

「い、いや、どん引きだよ。捕食される側ってこういう事だったのか」

「そんな……、分別できますから捕食なんてしませんよ……」

 正に今、ウツボカズラに捕らえられる蠅の気分を味わったわけだが、そんな薄ら寒い恐怖に浸るよりも、目の前の怪異を璃世に尋ねる事が何よりの先決だった。

「おいどう言う仕組みなんだ、こいつは単細胞生物の塊かよ!?」

「ひ、酷い……、わたしのこと単細胞なんて馬鹿にして……」


「ルルは研究機関の被検体。一緒に逃げ出して来た。私の家族も同然」


「ヒメちゃん……」

 エリーが感極まった表情で、ずぶずぶと璃世の身体を侵食していく。

「お、おい、油断するな! 同情誘って捕食する生態かもしれないぞ!」

「わ、わたしはただ……ただヒメちゃんを抱きしめたかっただけなのに……」

 目から緑のゲルを溢れさせて啜り泣くが、その涙は身体の中へと循環している。途端に彼女はドロドロに溶け出し、竹から溢れた流し素麺のように廊下側へと流れていった。


 その様子を颯樹は目で追いながら、ふと硬貨ほどの大きさの塊が目に付き拾い上げる。

「あー泣かしたー」

「いや……。所でこれ落ちてたぞ」

「ルルが落としていったよう。後で返してあげて。声帯機だから」

「ふうん、発声器官とかどうなってんのかと思ったよ」


 確かにエリーには悪い事をしてしまったが、居なくなった事の安堵の方が大きかった。

 少しだけ心を整理する時間が欲しい。




 しかし、エリーは整理の()の字も挟む事なく直ぐに戻ってきた。

 璃世は「私も準備がある」と捨て台詞を残し、部屋を退室してしまう。しくしくと泣くエリーと二人っきりにされ、色々な事に頭が混乱してどうして良いか分からなくなる。


「あ、あのさ、ごめんな。別に悪気があったわけじゃなくて……」

「だ、大丈夫です、少し驚いてしまっただけで……。その、悪気は絶対にあったと思いますけど、でも反面、あなたの態度には嬉しくもあるんです。悪気は絶対にあったと思いますけどね。わたしのような化け物相手に普通に接して頂いて有り難いんです」

「そ、そんな事言うなよ。元は普通の人間の女だったんだろ?」

「はい、一応はそうですが……」

「じゃあ、別に化け物でも何でも無いさ。見た目だけだと判別が付かないから、少し戸惑っちまったけど、それさえ判れば俺の中では普通の女と既に変わりないよ」


 エリーの顔が咲いた向日葵のように晴れていく。

 と言うか、体色が黄に変化して向日葵を模した形態となっていた。


「…………実はからかってんだろ?」

「ひ、酷いです……。ユーモアを交えたわたしなりのボディランゲージなのに……」

「分かったから泣くなよ。意外に神経図太いだろ、お前」

「そうなんでしょうか……?」

 本気で首を傾げている彼女は、ただの天然なのかもしれない。


 それから颯樹はここに来た目的を述べ、エリーに本題を突き付けて急かした。

「はい。それは多分、わたしが銃器に精通してるからだと思います」

「あーそうか、任務遂行する為には武器がいるもんな。そんなに詳しいのか?」

「はい、あの、銃などのデザインをしているんですよ、わたし」

「何だ、それ。モデルガンか何かの?」

「違います、実銃の話です。オリジナルのデザインです」

「へえ……、てか自分の時代も知らないけど、そういうのって民間がやるものなのか?」

「ものによります。それにわたしが製作するわけでもないので……」

「構想を練ってデザインだけ提供するって感じか?」

「そんな感じです。クライアントの希望する条件で初期設計をするんです。外観とかも考慮に入れますけど、そのせいで動作に不備を起こしても駄目なんで銃の知識も必要となります。後は普通です。クライアントと話し合って細かい修正を行っていきます」

「思うんだが、そんな姿で外に出ても大丈夫なのか?」

「えっ、あの、ヒメちゃんから何も聞いて無いんですか?」

「ああ、まあ多分……」

 耳から抜けている可能性もある為、颯樹は曖昧に答えた。


「このドーム内は大規模なネットワーク空間でもありまして、わたしみたいに身体的な不便がなくても人造人間(ロボット)集積情報体(ホログラム)を遠隔操作して、会社や学校に行く方も多いんです。仮にこの姿で外出したとしても、仮装や機械の類に見られるだけだと思いますけどね」

「ふうん、それはそれで便利になりすぎてる印象も受けるなぁ」


「はい、では――時間も迫っていますし、銃を適当に並べて軽く説明していきますね」

 エリーは器用にゲルを動かし、いそいそとテーブルに何挺もの拳銃を並べた。

「まずどれも弾自体に必要な電力が備えられており、それを用いた射出方式が採用されています。あなたの居た時代のような火薬式の銃器は、一部の警察機関で採用されている程度であって、軍で採用されている例はありません。火薬を使用しては薬莢や燃焼残渣と言った、分かり易い証拠が残存するからです。金属残渣や弾丸硬度については長くなるので割愛しますね。そしてここに揃えた銃は、弾丸次第では軍用戦闘人工化人間(サイボーグ)の身体すら貫け、威力は落ちますが弾丸を音速以下に調整することも出来る最新式ばかりです。フルオート射撃や三点バーストと言った、射撃支援システムも備わっていますし、第三者に流用されないように認証システムも搭載されています」


「で、個々の違いは何なんだよ?」

「癖……ですね。素材による耐久性や射撃感覚の違いなどがあります」

「それは撃ってみないと分からないな。時間がないんだろ? お前のお薦めは?」

 軽い気持ちで尋ねてみると、エリーは嬉しそうに微笑む。


「これです、ソーミヤM66――通称オオカミです!」


 彼女がゲルを伸ばして拾い上げた拳銃は、この中では系統が違って見えた。漆黒に輝くその拳銃を手渡され、颯樹は思わず取り落としそうになったが持ちこたえる。


「こ、これ大丈夫かよ、何か妙に重くないか?」

「はい、全て重厚な金属を使用しているからです。他の銃のように軽量な樹脂などが一切含まれいません。繊細で耐久性には欠けますが、精度の良さが擢んでてるんですよ」

「えっと、ソーミヤだっけ? 軍での採用率はどうなんだよ?」

「それは……正直低いです。狙撃銃に売り上げが偏っています。ですが、それは過酷な戦場だとまず耐久性を重視されるからでして、使いこなせればこの中ではピカイチですよ」


 銃を構えて感覚を確かめつつ、颯樹は彼女との会話を継続していく。


「そういえば訊いてなかったけど、お前ってどっかと専属契約してんのか?」

「はい、今は宗宮重工と契約しています」

「何だよ、宗宮の回し者かよ……」

「ち、違いますよ、本当に宗宮重工の銃は最高なんです。宗宮の銃からは日本刀と同様の概念を感じずにはおられません。このずっしりとした金属の重みや、硬く光沢がある上に精巧さも保てる感じが、本当に何とも言えない気持ちにさせてくれるんです」

「完全にお前の嗜好だらけになってきたな……」


 他の銃も手に取って比べて見るが、彼女のセールストークもあってか、オオカミがしっくり来るような気がしてきた。最後までベレッタと迷った挙げ句にオオカミを手に取る。


「まあ良いや。どれも俺の時代にあった銃よりは性能も良いはずだし、射撃支援システムやらもどうせ使いこなせないだろうしな。精度の一番良いこの銃にするよ」

「はい、そうですか! わたし凄く嬉しいです!」

「な、何でお前がそんなに喜ぶんだよ……」

「だって、誰かと共感ができるなんて素敵なことじゃないですか。何だかわたし、胸の辺りがポカポカします。こういうのが普通の人達の感覚なんですよね、ふふ……」


 エリーは満面の笑みで語り、気恥ずかしそうにしてからもう一度笑う。その純粋な笑みに一瞬だけ心が奪われたが、颯樹はよくよく考えてから首を振って否定した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ