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クライオニクス(仮題)  作者: 曲馬 乙晴
第一部 クライオニクス
3/40

1-2

 SF映画に入り込んだかのように、ここは現実味のない未来都市だった。


 公園に設置された簡易案内所に近づいた時、この街のマスコットキャラクターでもある受付嬢設定の女性が三次元映像で現れ、颯樹は色々とこの街の説明を受けた。


 ここは非戦闘指定都市と分類される大都市である。


 大規模なドームに囲まれた都市で、如何なる理由があっても、軍の介入が許されない都市だと言う。ここを攻撃するものは国際連合の批難を浴びることになる。世界の至る所にこのような都市が存在し、国連に属するそれ専用の自衛隊も存在している。颯樹の価値観では国家侵略との違いが納得できず、こんなものがまかり通っている事自体が不思議だった。国の概念があやふやなのは社会の国際化が進んだ影響なのか。長々と説明された話をそのまま要約してしまえば、経済力のある者に国籍を持たせようと、多くの国々が一種の企業のようになっているという事だった。


 この街の住人は約一八〇〇万人。ドームの大きさは半径役四〇キロ。中心点高度は役一〇キロ。颯樹の記憶している東京都が二つ分、もしくは愛知県と同等、或いは大阪府が二・五つ分容易に収まる程の超巨大ドームだった。


 他にも、日本には軍事基地を中心とした都市などが存在している。常に最先端の利便性というわけにはいかないが、通信や娯楽もそれなりに充実しており、軍も配備されている為に安全な都市である。国民の多くはそちらに住んでおり、仕事や娯楽を求める時だけに非戦闘指定都市へと訪れる。地価が暴騰している非戦闘指定都市に定住する者は、それだけで経済的な余裕がある証明ともなる。因みにドームの中心地から離れるに連れて地価は下がっていく為、ドームの端――颯樹の目覚めたビルの地価などはまだ安い方だった。


 人の住まう場所はこのように固まっており、それ以外は一部を除き、青い芝生と等間隔で植えられた木々――人工的な自然が続いている。長年の改良によって誕生した、空気成分の均衡を保つことができる植物である。鬱蒼と茂る森のようになっているわけではなく、意外にも視界は開けており、人工的に作られた森林公園のようになっているので人気がないわけではない。だが都市間の移動には直通の路線で移動する為、その延々と続く面白味もない場所を歩く人の姿は(まば)らである。


 ここまで聞いた時、颯樹の頭に疑問が浮かんだ。


 車輪の無い車――自動車、車両、車といった略称は今では浮遊車(エアカー)を指すのが普通らしい――が列を成し、中空を描く光の道の上を走行している。地上では道路と歩道のような区別はなく、全てがファインセラミックのような物質で出来ている。木々はどこに居ても目に付く程度に植えられ、都市部の景観もしっかりと考慮されている。遠くには山も確認できるし川もあるようで、本来ある地形を丸ごとドームに取り込んでいるようにも見えるが、棲み分けがしっかりとしている分、この地盤にすら作為的な部分が感じられる。


 そう、結局はどこも人工的で小綺麗なのだ。幾ら未来と言っても、ここまで完全な街作りができるのか。このように整備する為には、まず全てを取り壊していく必要がある。


 適度な所で街の説明を切り上げて貰い、颯樹は案内を受けて移動手段を得た。


 無料で搭乗できるようなので、遠慮無くその車両に乗り込む。

 都市内の区間を移動する為の高速車両であり、昔で言えば電車に値するような公共交通機関だった。集団で移動するようなものではなく、個人ごとに搭乗できるシステムとなっている。一般乗用車とは別に光の道が確保されており、工場出荷の製品のように縦横に並んで目的地まで飛ばされていく。先々で複数に枝分かれする光の道に沿い、並んでいた車両が弧を描き分散していく。一般乗用車を遙かに上回る速度にも拘わらず、加速度による影響を全く感じない快適な空間だった。同乗している人もいないので、プライバシーも保てる完璧な公共移動手段であると言えるだろう。


 昂揚していた気分を落ち着かせ、窓から街の風景をゆったりと眺める。


 何一つとして颯樹の識っている世界の名残は見えなかった。


 夢の国に迷い込んだ心地で色々と観光がてらに見て回るが、高速車両に乗って移動する度にその風景から段々と負の感情を大きく抱いていく。歓喜が不安に塗り潰されていき、夜景が見える頃には、その流れる煌びやかな風景も霞むような心持ちになっていた。




 時刻は午後十時である。

 ビルの階段を一段ずつ上っていく。


 足が重い。エレベーターが無いこのビルは超が付く程の安物だろう。反重力装置でも働いたかのように、心地好い浮遊感で上に昇った時の感動を忘れられない。そんな圧倒されるものを目にしてきただけに、エスカレーターに類するものすら無いこの骨董ビルを鼻で笑い飛ばしたくなる。扉がローテクなまでの開き戸であるのは言うまでもない。


 ノックをしようとポケットから片手を出すが、拳を握った所で手が止まってしまう。あれだけの大口を叩いておいて、今更ぬけぬけと戻って来た事が気恥ずかしい。ここが璃世の居た部屋だと分かっているのに、わざわざ周囲を見回して再確認する。


 何だか弱気になっている自分が気に食わない。


 意を決してノックをし、颯樹は一気に扉を開け放った。

「おかえり」

「いっ、ああ、た、ただいま……」

 完全に出鼻を挫かれる。

「ご飯にする? お風呂にする? それとも……」

 抑揚のない声で淡々と、変わらない無表情でそんな事を口にされた。自分でやっておいて何だが、突然扉を開けられて平静でいられる彼女が信じられない。彼女は目覚めた時と同じ状況で椅子に座っているが、今回は白衣も眼鏡も髪留めも装着していなかった。


 そして今度は部屋をよく見回してみる。


 女っ気の感じられない、発明家を彷彿とさせる部屋だった。

 手前に一組のデスクとチェア、少し奥にベッドとサイドテーブル。後は無骨な機械類が室内を埋め付くしており、窓もカーテンではなく断熱材のようなもので塞いである。冷蔵庫のようなものもあるが、これは無骨な機械類に含むべき外観だった。壁色は白だが厳密に言えばクリーム色であり、コンクリートの上に塗料が直に塗られている風である。


「そんなに見回しても私の下着は落ちてない」

「ああ、それは残念だな。少女の下着は高く売れるのに」

「……脱げと?」

「下着の話なんて今はどうでも良いよ。分かったぞ、俺は全て分かったからな!」

 殆ど勢いだけで押し切り部屋の中へと入る。

「マジで理解したからさ、お前が甦らせてくれたことも信じるよ。ただ俺は本当に長い間、眠ってたみたいだな。率直に訊くが、ここは信じ(がた)いことに未来の世界で良いのか?」

「定義は? 数秒先でも未来かも」

「真面目に答えろ! そういう冗談やれる心境じゃねぇんだよ!」

「無駄な質問。未来ではない、と言った所で信じる?」

「し……信じるよ、現地の人間がそう言うなら」

「なら、ここは未来ではない」

「ふざけんな、どう見ても未来だろうが」


「エヴェレット。多世界解釈なんてものもある」


「あ……、もしかしてここって……」

「未来だと思う」

「だよな。俺も未来だと思ってたよ、本当、マジで、殺すぞ、お前」

 笑みを浮かべて暴言を吐くという器用な事を、不本意ながら練習無しでやり遂げる。そして完全に未来だと納得できた所で、今度は色々な問題が頭を駆け巡っていく。


「あのさ、段々と不安になって来たんだけど……」

「何に対して?」

「一応訊いておくけどさ、元の時代に帰れたりするかな?」

「過去に戻れるなんて本気で考えてる?」

「いや……、浦島太郎ってデロリアンで過去に戻ってないか?」

「そんな話は初耳」

 冗談めかして誤魔化しては見るが、そろそろ本気で胸が潰れてきた。

「はぁ、何でだよ。タイムマシンくらいあっても良いだろうに……」

「与太話に娯楽以外の興味はない。タイムマシンの開発者はその影響力故に、タイムマシンを利用した誰かに殺される事が確定してる。この説が好き」

「クソッ、仮説のレベルが幼稚過ぎる。話が俺の時代から止まってやがる……」

 所詮は未来と言っても、認識できる程度の未来では高が知れているかもしれない。

「理論の構築は意外に簡単かも知れない。でも技術が伴わない可能性が大。タイムスリップは宇宙レベルの話。スケールが大きすぎる。それに比べて人間も地球もちっぽけ」


「まあ流石の未来さんも、人を甦らせる技術くらいは手に入れたわけだな」

「あなたの身体に施した技術のことを言ってるの?」

「そうだけど……、また定義がどうとか言うつもりかよ」


 過去の話を早々に諦め、颯樹は話題を()()()な所に持ってきた。同時に過去に帰らなくても良いと確定された事が分かり、心のどこかで安堵している部分もあった。


「あなたの身体に施した技術、その理論を持っているのは世界で私一人だけ」

 無愛想な彼女がいきなり颯樹の予想を覆した。


「再生医療という最新鋭を利用すれば、失った身体の部位を復元させる事は可能。現代医学ではクローン人間への脳移植も成功してる。自我を持つ人造人間(アンドロイド)や脳のあるクローン人間などの生成が、人道に反するとして世界的に禁止されるくらいにはなってる。でも記憶を含めた脳の修復は未だ不可能とのこと。実例のある記憶操作では、記憶の封印と付加だけが成功していて、障害を伴わない消去もまた成功無し。因みに人権に係わる問題として、これらも今は世界的に禁止。感覚質(クオリア)の話題は機会があればまた今度」


「あ、ああ、分かったけど……いや、俺あんまり分かってないよ、多分」

「話にならない」

「話になるわけねぇんだよ、突然ここにいるんだから……」

 溜息交じりにそう洩らし、颯樹はベッドに腰掛ける。気疲れでこのまま眠りたくなるが、他人のベッドで寝るわけにもいかないし、ここで眠るにはあまりに疑問が多過ぎた。


「で、お前幾つなんだよ?」

「十五歳」

「ああ、中学生くらいだと思ってたけど、大体は見た目通りの歳で良いってわけか。お前の存在は常識的なのか常識から外れてんのか、俺にはその判別すらできないんだけど?」

「私が常識から外れてると思う」

「その辺は俺の常識に当て嵌めて良いわけな。それで何で外れてんだよ?」

「あなたにそれを語る気はない」

 無表情でも感じ取れる程の拒絶が、彼女の目色に表れる。


「ただ覚えておいて。私は科学者。生物工学者。それらに匹敵、凌駕する存在」


「ああ、まあ覚えてはおくけどさ……」

 今は受け入れるしか無かった。未来で甦ったという現実が既に常識外である為、にわかに信じ難い現実でも、嘘の可能性を含めて全てを否定できなくなってしまっている。


「ここであなたを甦らせた理由に回帰する」


「そ、そうだよ。混乱してて思い付かなかったけど、それ結構大事な話じゃねぇか」

 完全に目が覚め、颯樹は身を乗り出すようにして璃世を注視した。


「私はとある研究機関に狙われてる。逃げ出して来たから」


「はあ、研究機関と来ちまったか……」

 端から聞く気が失せ、乗り出した身をゆっくりと戻して頭を抱える。

「ここは非戦闘指定都市。大規模なドームに囲まれた――」

「それは街を彷徨いてる間に聞いた、名前は忘れたが街のマスコットキャラとやらに」

「それは感心。ならもう言わなくても理由は判るはず」

「分からねぇよ。問答挟むくらいだったらさっさと答えろよ、面倒臭い……」

 不満な態度を隠すことなく示しても、やはり璃世は全く以てけろりとしていた。


「私を狙う研究機関は軍に近しい存在。堂々とこの都市に来たら国際問題にすら発展する。表では正義気取ってる節もある。だから暗躍という手段で私を狙う可能性が高い」

「ああ、それで?」

「少数精鋭での暗躍に対抗するなら、その道のプロであるあなたは護衛に打って付け」


「ああ、確かに――えっ、あれ……?」

 思わず颯樹の顔が引き攣った。


「どうしたの?」

「い、いや、別に何でもないよ、何でもないけどさ……」

 つい誤魔化してしまった。


 経歴や肩書きがまるで違っている。自分がクズの末路だったのは自覚しているので、どれだけ好意的に解釈してもその道の専門家だ(プロフェッショナル)ったわけがない。


 引き攣ったまま笑みを浮かべ、颯樹は強気な態度を見せた。

「ま、まあそれは素晴らしい選択だったと思うよ。でもさ、誰か雇うとか色々方法はあったんじゃないか? 何を根拠にこの偉大なる俺様をわざわざ現代に甦らせたんだよ?」

「冷凍庫にあったから活用しない手もないと思って」

 しれっと言った璃世の言葉に唖然とし、直ぐに乾いた笑いが颯樹の口から漏れ出した。

「お前んちの冷凍庫には死体が何体も並んべてあんのですか。いやぁ、それはそれはとても良いご趣味をお持ちのようで。一度拝見しとう御座います、ネクロマンサー様」

「並んでるわけがない」

「……どこまでが冗談か分かり難いんだよ、その無表情のせいで」

「ここにある冷凍庫ではないから」

「ああ。じゃあ、俺はどこの冷凍庫でキンキンに冷やされてたんだよ?」

「これが……そう、これが額に張ってあった」

 露骨な話題変更に、彼女が質問に答える気がないのだと悟る。


 くしゃくしゃに丸められた紙を手渡され、中を広げて紙の皺を軽く伸ばす。

 ふやけた紙には【凄腕エージェント(っぽい?)】とフェルトペンのようなもので太文字が書いてあった。文字が透ける裏側を見れば、細文字で【解凍厳禁。諜報機関に所属していた可能性有り。解凍するに当たって現在協議中】と殴り書きしてある。


「こんな紙切れ……。俺は冷凍マグロか何かかよ……」

 あの鬼畜な少女を思い返せば、あれが璃世の先祖であっても不思議はない。姿に関して言えばそのままである。あの時、彼女に保存されたと考えるのが妥当だろう。


「そろそろ重要な話をしたい。人を殺した経験は?」


「まあ、否定はしないけどさ……」

「何かさっきから歯切れが悪い」

 訝しむ彼女の視線に颯樹は観念する。

 正すのが恥ずかしかっただけで、元より経歴を偽るつもりもなかった。

「じ、実はさ、俺が殺した事がある人間って、俺に害を為す人間だけだったんだよ」

「そう、相手の腕を識らないと殺す自信が無い?」

「違う、殺すなんて簡単な行為だ。武器さえあればガキにだって出来るさ」

「今一要領を得ない」

「何でだよ、大体分かるだろ。その、俺の心情的にさぁ……」

軽く自嘲して目配せしてみるが、彼女には何の効果も感じられなかった。


「もしかして……自分に無関係な人は殺せない?」


「ん、まあそんな感じだな」

「そう、心底くだらない理由だった」

 璃世から発せられた暴言が軽く癪に障る。

「はあ、くだらないねえ。因みにさ、どういう意味合いで?」

「言葉の通り。相応しくない良心を持ってるみたいだから」

「相応しくない……?」

「偽善者気取りの殺人者なんて嘲笑もの。みっともないだけ」


「……あ?」

 一瞬、彼女の胸ぐらを掴んで張り倒しそうになる。

 だが直ぐに感情を自制して、颯樹は少し浮かした腰をベッドに沈めた。

 思わず殺気を漏らしたにも拘わらず、璃世は顔色一つ変えずに平然としている。ただ鈍いだけなのか、それとも端から馬鹿にしているのか。


「ハッ、偽善者結構。やりたくないもんはやりたくねぇんだよ」


 感情を荒らげそうになった自身を恥じ、颯樹は外面を装って平常心を保った。

「一応お前の認識を正しておくが、俺は自衛の為に殺してただけなんだよ。そうしないと生きていけなかったんだ。俺は諜報員や工作員とかそんな大それたもんじゃない。俺は……ただの殺し屋だったんだよ。腕を買われて生かす代わりに殺せと言われて仕方なくな」


「……あなたの時代も殺し屋がまかり通ったの?」

「いや、殺し屋なんて言ったら鼻で笑われた時代さ」

「そう、分かった。殺し屋と言っても広義」

「そうだ、全く表に出ない。俺がやらされたのは個人的な復讐とか抹殺じゃなくて、組織的な利益の確保に繋がる殺人限定だった。利益さえ発生すれば、そんなものは権力者達が喜々として揉み消してくれる。てかさ、前者なんか請け負ってたら即掴まるだろ」

「そう、そうしてあなたは実績を積んでいった」

「実績とかどうでも良い話だろ?」

「そこは肝心だから」

 またも見透かされるような目でじっと見つめられる。

 彼女は頑なに引こうとせず、何故だか尋問でもされている気分になる。

「分かったよ。言えば良いんだろ、言えば……」

「そう、言えば良い」

 物言いが一々苛つくが、反応するだけ時間の無駄だった。


「俺は……失敗したんだよ」

「それは分かる。どれくらいの仕事をこなして死んだの?」

 考える。何故出会ったばかりの彼女に、失敗談など話さなければならないのか。ここはきっぱりと拒否するか、もしくは彼女を信用させる意味で言ってしまうか。何れにしても嘘で固める見栄は論外なので、颯樹は問題ないとして言う事にした。


「殺しの才能があるとか生きる目的が見つかったとかさ、自分の能力を大いに勘違いしたどっかの馬鹿は、最初の仕事から大きくしくじって無様にも死んじまったんだとさ」


「そう、本当に無様。滑稽の極み。殺し屋を名乗る資格もない」

「べ、別に名乗った覚えも……」

「それで、そのどうしようもない人間は誰?」

 彼女の不貞不貞しい態度に、一度だけでも本気で張り倒したい気分となる。

「俺に決まってんだろうが、クソ! ま、まあ良いさ、俺を甦らせて後悔しただろ、ざまーみろ。俺は理由もなく人殺しなんて出来ないんだよ。降りかかった火の粉を振り払うのが上手かっただけだ。自殺する勇気すらない、往生際が悪い臆病者さ、はははっ」

「さもしい男……」


 そう言って璃世は露骨に目を逸らし、テーブルの上にある二、三枚の書類を纏めた。そして立ち上がった彼女は颯樹の前まで来ると、その書類を無言で差し出してきた。

「何だよ、これ……」


「見て、これが今回の目標人物(ターゲット)。私を狙ってるから始末して欲しい」


「お前は今までのクソ長ったらしい話聞いてたのかよ!?」

 手渡された書類を地面に叩き付ける。

「わざわざ紙に印刷してあげたのに……」

「わざわざ? 紙以外にどんなのがあるんだよ?」

 颯樹が頭に疑問符を浮かべると、璃世は魔法のようにホログラムを出現させた。


 暖色に微光する長方形のホロを()()()()()

 颯樹は「おお、凄ぇ……」と声を漏らして感嘆した。どうやって動作の機微を感知しているのかは不明だが、意志している通りに立体映像の紙面は手に吸い付くように動く。これなら電子書籍であっても何のデメリットもない。質量のない本である。


「こっちは動物園の猿を見てる気分」

「ぼそっと毒を吐くな。少しは歯に衣着せろよ、ボケが、殺すぞ」

「……段々と本性が出て来た。何でそんなに捻くれてて柄が悪いの?」

「ハッ、育ちが悪いからじゃねぇのか。お前の底意地の悪さには敵いそうもないけどな」

 ホロを宙に浮かせて指先で操作して弄ぶ。


「因みに、とある(つて)を使って報酬も貰えるようにしたから」

 その耳を疑う一言に、颯樹は素に戻って璃世の顔を凝視した。


「そうか、謎が解けたよ。結局はお前の金稼ぎに利用されるわけだ」

「貰えるものは貰うべき。あなたの偽造IDを作製しないといけない。あなたには私と一緒に学校も通って欲しいから学費の足しにもする。あなたの生活費にも当てるかも」

「学校? 追われる身の癖に何で学校通ってんだ? まあいい、どうでも。それで? そんな恩着せがましいこと言っても、やらないって答えられたらどうするんだよ?」

「言えば、もれなく路頭に迷えるけど」

「はあ、路頭に迷うだけで済めば良いんだけどな」

 鼻で笑って皮肉を飛ばす。


 当然だがまだ彼女を信用したわけではない。

 裏の見えにくい彼女である。その為人も( ひととなり )分からないのだから、元の死体に戻される可能性だってある。元より人を甦らせるなどという、人道を外れたことを彼女はしているのだ。


「あ……、そろそろ予定の時間が近い」

「ふうん、お前の予定なんか知ったこっちゃねぇけどな」

「あなたの予定でもある。目標人物(ターゲット)が現れるポイントに予め張っておかないと」

「はあ!? 今からその仕事やらせるつもりだったのかよ!?」

「あなたが出て行かなかったら、もう少しくらい余裕はあった」

「だったら昨日甦らせろよ、昨日! 一昨日! 十日前!」

「煩い。遺伝子強化も施してあるから、身体の動かし方も覚えておいて」

「もうさ……まあいいや。具体的には何がどうなったんだよ?」


「単純なこと。身体能力の向上」

「へえ、それは少し嬉しいかもな。この世界では一般的な技術なのか?」

「軍では一般的。全身人工化人間(サイボーグ)以外で施してない軍人なんて皆無。ただあなたに施した遺伝子強化は許容量の限界までやったから、寿命が五分の一くらいになってるかも」

「おい……」

「大丈夫。その説明も追々するからとりあえず四階に行って」


「四階? 何しに?」

「四階に住人が一人いる。行けば分かる。もう時間が迫ってるから早く」

「あーもう……。分かったよ、ったく……」

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