涙の理由
『今日、翔さんの驕りで焼き肉食いにいったんだ!
鈴木翔って分かる? 日本代表にも選ばれているくらいのスゴイ選手で、松川FCのFW!
高い肉ってやっぱ旨いな!!』
チームメイトの翔さんと肉と一緒にとった写真とともに送信する。こんなメールもらっても嬉しいのだろうか? とも思うけど、鬼熊さんは仕事再開したし、俺もまだ別メニューとはいえ日常の練習となってきてリハビリの時間も減ってきた事で以前のようにユックリお話できる時間が少なくなったから仕方がない。
『おいしそうね!
だったらアンタが今度試合で活躍したら、鉄板焼きと食べにいこうか!』
鬼熊さんのそのメールにワクワクする。考えてみたら病院以外で会った事がないだけに、二人お出掛けという事を想像してモゾモゾとした不思議な気分になる。
なかなか会えない日が続き、今日は会えるかな? と思いながら病院に行く。
もう病院でのリハビリは終わり、病院では経過確認となっていた。診療も終わりロビーに行くと廊下を歩くジーンズ姿の鬼熊さんを見かける。俺が声かけても聞こえなかったのかそのまま、鬼熊さんはロビーを抜け玄関へと進んでいってしまう。さらに呼び止めようとしたが声をかけるのがためらう程彼女の顔に表情がなかった。フラフラとした感じで歩いていく。俺慌てて追いかける。鬼熊さんは中庭へと歩いているようだ。噴水でも見に来たのかと思ったけれどそのまま歩き続けて茂みの方へとフラフラと入ってしまう。そして大きな木の前でようやくその足を止める。後ろ姿で顔が見えないが鬼熊さんの身体が震えだす。そしてそのままズルズルとしゃがみこみ声も出さず泣き出した。俺はその様子にしばらく呆然としてしまい見つめる事しか出来なかった。
「お姉さん? 大丈夫?」
おずおずと近づきしゃがんでそう話しかける。鬼熊さんの顔が緩い動きで俺の方を向く。唇が動いたけど声が聞こえなかった。たぶん『なんで?』といったようだ。眼鏡の奥の瞳からはまだ涙が流れ続けている。
なんか鬼熊さん痩せた? 前会った時よりも頬がこけているようで目が大きく見えた。
俺はそっと鬼熊さんを抱き寄せその背中に手を回し背中をたたいてやると、その身体が震えさせるけど、彼女の手もおずおずと俺の背中に回され抱きしめられる。そして俺に顔を押し付けたまま今度は声をあげて泣き出した。
どれだけの時間そうしていただろうか? 『何があったの?』そう聞こうとしたら背中に回されていた腕の力が抜けて、鬼熊さんの身体の重みが俺の身体にズシっとかかってくる。
「お姉さん!?」
そう声をかけても返事はない、意識を失ったみたいだ。俺はそっとその身体を木に凭れさせ、中庭に飛び出しそこで休憩しているナースさんに助けを求めた。
点滴をうけながらベッドに横たわっている鬼熊さんを、俺はただ見つめることしかできなかった。何で鬼熊さんが病院に通っているのか? 俺は何も知らないまま能天気に彼女と接していた事を今更のように思い知らされ、恥ずかしくなる。
【脳死判定同意書・臓器摘出承諾書】
腕で抱きしめた形になっている、鬼熊さんのバックに入っているクリアケースに入った書類。見るつもりはなくてもこうして一人の時間を過ごすと嫌でも見えてしまう。どういうつもりで、リハビリ室を見つめていたのか? それを考えると俺は涙が出てきた。
俺はそのバックをそっと隣のパイプ椅子に置き、まだ眠り続けている鬼熊さんに近づきその手をとる。『ん』という声が聞こえる。手を握った刺激で目を覚ましたようだ。
「ヒデくん?」
ぼんやり俺を見つめてくる。
「お姉さん大丈夫?」
だんだんと意識がハッキリしてきたのか? ハッとした顔になり慌てて起き上がろうとするのを俺が止める。
「倒れたんだ! だから無理しないで!」
上半身を起こし、俺の様子を見て戸惑ったような顔をする。
「今……何時? っ! ごめんなさいこんな時間までずっとついててくれたの?」
俺は顔を横にふる、そしてその身体を抱きしめる。鬼熊さんは何も言わずに俺の腕の中で俺に身体を預けてくれた。
「ぁりがとう。もう落ち着いたから。本当にありがとう」
そういう彼女の顔は、もうシッカリしていた。俺がその顔を覗き込んだままでいると、鬼熊さんが笑う。いつもと違って儚い感じの笑み。
「大丈夫……。ゴメン迷惑かけたついでに、もう少し付き合ってくれない?」
鬼熊さんの言葉に俺は黙って強く頷く。そして看護婦さんに来てもらい血圧など見てもらい、点滴チューブを外してもらい処理室を後にした。




