表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寄り道  作者: 春野 セイ
17/17

振る舞い



 英之助が去ってから、数日経って、父が隠居を決意した。


 家督を継いだのは、やはり次男であった。


 父は、はたし状を出したことと、近頃のふるまいについて苦言を呈した。



 身の振り方を考えたのは、そのことがあってからである。

 それまではなにもかもが夢中であったが、自分がこのような状況に置かれ、小三郎は、ほんとうに目が覚めたと思った。


「若旦那さま、これからいかがいたしましょう?」


 善兵衛がお茶を勧めながらのんきに言った。


「そうだな」


 机にぼんやりとひじをついたまま、小三郎は呟いた。


「なにをしようかな」

「縁談の話がいくつかあるのですが、お受けになられますか?」

「俺でいいのか?」


 くすっと笑うと、善兵衛ははっと目を見開いた。


「若旦那さまほどすばらしい方は、どこへいかれても立派にやり遂げることができます」

「そうか、そう思ってくれるか」

「はい」


 と、善兵衛は元気よく答えた。


 小三郎は、縁談の話を受けると承諾した。善兵衛は小躍りして喜んだ。すると、小三郎はなにを思ったのか、すっと立ち上がって善兵衛を驚かせた。


「若旦那さま、どちらへ」

「ちょっと、出かけてくるよ」


 ゆったりと部屋を出る。足は英之助の屋敷へ向かっていた。




 潜り戸を叩き、門番に知らせると中へ入った。

 玄関に立つと、見慣れない中間ちゅうげんが出てきた。


「英之助を呼んで来てくれ」


 中間はすぐに奥へ入り、しばらくしてから英之助が現れた。

 英之助と会うのはあれ以来であった。


「小三郎」


 小三郎の姿を見て、英之助は言葉を詰まらせた。


「少し外を歩かないか」


 誘うと英之助は戸惑った顔で頷いた。


「…ああ、分かった」


 屋敷を出てから二人は無言であった。

 小三郎は隣を歩く英之助を感じながら、なにか言いようのない不安が押し寄せてくるのに気づいた。


「小三郎、顔色が悪いぞ」


 ふと目が合ってから、英之助が言った。


「いや、急に息苦しくなって」

「大丈夫か? どこかで休むか」


 小三郎は、英之助の着物をつかんだ。


 つかんだ瞬間、英之助の体がびくりと震えた。


「す、すまない」


 慌てて謝ると、英之助は小さく首を振った。


「いや、俺の方こそ、すまなかった」


 英之助が静かに言った。だが、小三郎の手は英之助の着物をつかんだまま離れなかった。

 小三郎は手を離さなければならないと思ったが、どうしてもできなかった。


「とりあえずどこかで休もう」


 英之助が言って歩き始める。以前、二人でよく通ったよしの屋へと向かった。

 小三郎は足がもつれる一方であったが、英之助が強く腕を引いて離さなかった。

 駆け込み座敷に入ると、英之助が抱きしめてきた。


「駄目だ」


 小三郎は首を振ったが力が入らなかった。


 なにもかも、英之助に吸い取られるような気がした。


「なにが駄目だ。お前はなにをしたいのだ。なぜ、俺を訪ねてきた」

「縁談を受けることにした。結婚する」

「相手は誰だ」

「知らないっ」

「お前はっ」


 英之助は、小三郎を畳の上に押し倒した。


「英之助っ」


 小三郎が顔を覆った。涙が流れ出す。


「大丈夫だと思ったのだ。ようやく立ち直った。だから、お前に報告できると、結婚できると思った。堂々とお前に報告ができれば、俺は前へ進めると思った。でも、英之助を目にしたとたん、たまらなくなった」


 英之助が唇を塞いでくる。


 熱い唇に感動する。英之助の舌が絡み合い、小三郎は興奮した。

 英之助は唇を奪ってから、乱暴に小三郎の背中を抱きしめた。


「お前は俺のものだ。誰にも渡さないっ」


 涙が滲んで英之助の顔が見えなくなる。


「英之助っ」

「なんだ、言いたいことがあるなら、言ってみろ」

「誰かのものにならないでくれ」

「俺は結婚しない」

「ほんとうか?」

「ほんとうだ」


 小三郎は自分の方から英之助に口づけをした。強く英之助の唇を吸った。


「俺を選ぶか、ようやくすなおになる気になったのか」

「ずっと、ずっと好きだった」

「ほんとうだな」

「うん。俺は英之助がとても好きだ」


 英之助の目がやさしげに潤む。


「その言葉を待っていたぞ」


 再び噛み付くような口づけを受けとめる。息継ぎをしながら、英之助にしがみついた。



 もう、離れられない――。


 英之助は、小三郎の着物を脱がせた。小三郎は人差し指を口に含み、力づよく噛んだ。


「なにをしている」


 英之助が気づいて手をどけさせた。小三郎は小刻みに震えながら首を振った。


「苦しくて」

「なにが苦しいのだ」

「英之助っ」


 小三郎は涙を流し、すがりついた。


「俺は安川じゃあない、あの男と同じことをしないでほしい」


 英之助は顔をこわばらせ小三郎を見つめた。


「安川とはきっぱりと別れた。お前に言われるまで思い出さなかった」


 はたし状の後、二人がどうなったのかは知らない。

 怪我が治り、歩けるようになっても調べようとは思わなかった。


「小三郎だけだ、他の誰とも比べたりしない」


 英之助の声を感じながら、小三郎は目を閉じた。


「俺を感じるんだ。今、お前を抱いているのは俺だ」

「ああ、英之助、英之助だ…。俺の愛している男だ」


 英之助の顔がくしゃりと歪んだ。言葉もなく嗚咽を漏らす。


 そのさまがいとおしく、小三郎は優しく抱きこんだ。


「小三郎、平気か?」


 名を呼ばれ気がついたら、英之助に額を撫でられていた。


「英之助…」


 声がかすれている。咳をすると、英之助がやさしく唇を塞いだ。


「英之助…」

「ん? どうした」

「――なんでもない」

「二度と離れるな。誰がなんと言ってもだ」

「うん」


 そっと目を閉じ、ふたたび熱く体を重ね合わせた。




 時がたつのは早く、だるい身体を起こすと、先に着替えをすませた英之助が着付けを手伝いながら、大丈夫か? と聞いた。


「平気だ」

「どこか痛んではいないか」


 気遣われると妙に照れる。いや、平気だと帯をきちんとしめると、小三郎は緩む顔を引きしめた。


「小三郎」


 英之助が物足りないというように抱き寄せた。


「ん?」


 肩口に顔を埋めて顔を上げる。


「俺を捨てるな」

「え――」

「さっきの言葉を忘れるな、なにがあっても離れないと」

「分かっている」


 頷いてから、あ、と呟いた。


「なんだ?」

「俺は部屋住みだ」

「部屋住みか。まあ、なんとかなるだろう」


 英之助が楽しそうに笑った。とろけるような笑みに、小三郎は頬を染めた。


「なんだ、そんな顔をして、なにがおかしい」


 小三郎は赤くなった顔を押さえる。


「いや、いつ見ても、お前の顔は面白い顔だなあと思って」

「そうか、俺の顔は面白いのか」

「ああ」


 男前だとだけは言ってやるものかと、心の中で笑う。


「小三郎」

「ん? なんだ?」

「縁談はどうするのだ」

「断らねばならないな」

「善兵衛はがっかりするだろう」

「だろうな」


 善兵衛にはめいわくばかりかけている。



 黙っていると、不安そうに英之助が顔をのぞきこんだ。


「俺を忘れるな」

「忘れないよ、忘れない」


 顔を寄せて口づけを交わす。

 永遠に続きそうだ、と小三郎はふたたび熱くなる身体を沈めなければならなかった。


「英之助、続きはまた次に」

「そうだな」


 仕方ないと言って、ため息をついた。


「帰るか」

「うん」


 部屋を出るのが惜しく、何度も手を引いては、二人で笑いあった。


「分かっているのだが、お前と離れるのがつらい」


 英之助は、もういちど強く小三郎を抱きしめた。

 小三郎は、しっかり抱き返して顔を上げた。


「俺はもう迷わない」


 まっすぐな視線を向けると、英之助は頷いた。


「行こう」

「ああ」


 座敷を出ると、外はとっぷりと日が暮れていた。


「夜ではないか」

「鐘の音もなにもかも聞こえなかったな」


 星がまたたいている。丸い月が目の前にあった。


「近いうちに、月見をしようか」

「かならず」


 約束を交わして、二人は分かれた。





 小三郎は道を歩きながら、ずいぶん遠くまで寄り道をしてしまったような、そんな心持ちがした。

 自分の気持ちをしっかりと持ち、信念を貫いて、相手に物事をゆだねない人間になりたい。これからが真剣勝負だと、気持ちを新たにした。


 隣を見ると今はなにもないが、英之助が隣にいてくれる。それだけで、力が湧いてくるようであった。


 小三郎は、地面を踏みしめ前へと歩き始めた。


「若旦那さまっ」


 長屋に近づくと、提灯を持った善兵衛の姿が見えた。小三郎は手を上げた。


「善兵衛」


 手を振ると、善兵衛の笑顔があった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ