奇異
久々に市中に現れた小三郎を家中の者は奇異の目で見た。
小三郎は、昼間から酒を出す飯屋を選び、次々と河岸を変えながら、夜になるまで飲み歩いた。
店の中で暴れ、凄みを利かせ、女にちょっかいを出して、次の店へ移る。
金を出ししぶり、店の者にいやがられながら、肴には手もつけずに酒だけ飲んだ。
四軒目の居酒屋で酔いつぶれ、店の外に追い出された小三郎は、そのまま塀にもたれてぐったりとしていた。
山にこもっていた間、一滴も飲んでいない上に、下戸の体に酒の酔いは早かった。
へらへらと笑いながら、大声で端唄を歌ってみる。
われながらへたくそな歌だと大声で笑っていると、
「お武家さま、こちらでございます」
と、人の来るけはいがした。
誰か奉行所に知らせたな、と思って目を開けると、小袖に袴姿の英之助の姿があった。
「起きろ、こんな場所で寝ていると迷惑だ」
冷静な口調が見下ろしている。
小三郎は、またたきをして相手をじっと見つめた。
彼はまだ、はたし状は読んでいないようであった。
町飛脚には、後日に届けて欲しいと頼んでいた。
「英之助じゃないか、お前、俺になにか用か」
「言葉も理解できないのか」
吐き捨てるように言ってから、小三郎の手をつかもうとする。
小三郎はその手を払いのけた。
「さわるな、お前は俺をたぶらかしもてあそんだ。男なら誰でもいいのか」
とたん、英之助の目がかっと見開き、小三郎を睨んだ。
「おとなげないことはよすんだ、このままじゃ、悪口だけではすまないぞ」
「悪口、悪口だと」
小三郎は、はははと大声で笑った。
「全部しんじつじゃないか。お前は俺を――」
「いい加減にしろっ」
英之助の手が伸びて、小三郎の口を塞ぐ。
鼻と口を押さえられては息ができず、苦しくてもがいた。
その時、背後で蒼くなっている安川の姿に気づいて、小三郎はふふふと笑った。
その刹那、英之助の手が緩んだ。
小三郎はその隙を見て、大声を張り上げた。
「安川、お前もいたのか。でもな、そのうちお前も捨てられるぞ」
英之助が小三郎を黙らせようと再び襟をつかんでくる。
安川がその手にしがみついた。
「英さんっ、やめてください、こんな酔っ払いを相手にしたって仕方ないですよ、明日にはすっかり忘れてしまうんですから」
「忘れないさ、忘れなっ――」
言い終わらないうちに、英之助のこぶしが飛んできて、頬を殴られた。
口の中が切れて血の味がする。
「お前は恥ずかしくないのか。家名に傷がついてもかまわないのか」
英之助の怒鳴り声に、小三郎はにやりと笑ってから、口の中に溜まった血をぺっと吐き出した。
「なんだ、なにがおかしい。なにを笑っている」
英之助がぞっとした顔で言う。
「なにもおかしくはないさ」
小三郎はふんと鼻で笑うと、英之助の腕を払いのけた。
「そこをどけ」
「小三郎っ」
「お前は友だちじゃない。幼なじみでもない、そう言ったのはお前だ」
「行きましょう。早く」
英之助はこぶしを震わせて、じっとしていたが、安川に腕を引かれ、のろのろと去って行った。
英之助の背中を見るのはこれで何度目だろう。そして、その隣を寄り添うように安川がついて行く。
――英之助。
小三郎は呟いたが、その声が届く事はなかった。
自分で蒔いた種だ。後悔はしないと決めたじゃないか。
亡霊のように立ち上がり、壁に手をついて歩き出す。
撒いた種が芽を出した。次は、その芽がしっかりと根付いて動かなくなった時、目的は達成される。
小三郎の頭はしっかりしていた。
英之助の一言ひとことも覚えている。
冷たい瞳もけいべつした口調もすべて、忘れまいと決めていた。




