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寄り道  作者: 春野 セイ
13/17

奇異



 久々に市中に現れた小三郎を家中の者は奇異の目で見た。

 小三郎は、昼間から酒を出す飯屋を選び、次々と河岸を変えながら、夜になるまで飲み歩いた。

 店の中で暴れ、凄みを利かせ、女にちょっかいを出して、次の店へ移る。

 金を出ししぶり、店の者にいやがられながら、肴には手もつけずに酒だけ飲んだ。

 四軒目の居酒屋で酔いつぶれ、店の外に追い出された小三郎は、そのまま塀にもたれてぐったりとしていた。

 山にこもっていた間、一滴も飲んでいない上に、下戸の体に酒の酔いは早かった。

 へらへらと笑いながら、大声で端唄はうたを歌ってみる。

 われながらへたくそな歌だと大声で笑っていると、


「お武家さま、こちらでございます」


 と、人の来るけはいがした。


 誰か奉行所に知らせたな、と思って目を開けると、小袖に袴姿の英之助の姿があった。


「起きろ、こんな場所で寝ていると迷惑だ」


 冷静な口調が見下ろしている。

 小三郎は、またたきをして相手をじっと見つめた。

 彼はまだ、はたし状は読んでいないようであった。

 町飛脚には、後日に届けて欲しいと頼んでいた。


「英之助じゃないか、お前、俺になにか用か」

「言葉も理解できないのか」


 吐き捨てるように言ってから、小三郎の手をつかもうとする。

 小三郎はその手を払いのけた。


「さわるな、お前は俺をたぶらかしもてあそんだ。男なら誰でもいいのか」


 とたん、英之助の目がかっと見開き、小三郎を睨んだ。


「おとなげないことはよすんだ、このままじゃ、悪口あっこうだけではすまないぞ」

「悪口、悪口だと」


 小三郎は、はははと大声で笑った。


「全部しんじつじゃないか。お前は俺を――」

「いい加減にしろっ」


 英之助の手が伸びて、小三郎の口を塞ぐ。

 鼻と口を押さえられては息ができず、苦しくてもがいた。

 その時、背後で蒼くなっている安川の姿に気づいて、小三郎はふふふと笑った。


 その刹那、英之助の手が緩んだ。


 小三郎はその隙を見て、大声を張り上げた。


「安川、お前もいたのか。でもな、そのうちお前も捨てられるぞ」


 英之助が小三郎を黙らせようと再び襟をつかんでくる。

 安川がその手にしがみついた。


「英さんっ、やめてください、こんな酔っ払いを相手にしたって仕方ないですよ、明日にはすっかり忘れてしまうんですから」

「忘れないさ、忘れなっ――」


 言い終わらないうちに、英之助のこぶしが飛んできて、頬を殴られた。

 口の中が切れて血の味がする。


「お前は恥ずかしくないのか。家名に傷がついてもかまわないのか」


 英之助の怒鳴り声に、小三郎はにやりと笑ってから、口の中に溜まった血をぺっと吐き出した。


「なんだ、なにがおかしい。なにを笑っている」


 英之助がぞっとした顔で言う。


「なにもおかしくはないさ」


 小三郎はふんと鼻で笑うと、英之助の腕を払いのけた。


「そこをどけ」

「小三郎っ」

「お前は友だちじゃない。幼なじみでもない、そう言ったのはお前だ」

「行きましょう。早く」


 英之助はこぶしを震わせて、じっとしていたが、安川に腕を引かれ、のろのろと去って行った。

 英之助の背中を見るのはこれで何度目だろう。そして、その隣を寄り添うように安川がついて行く。



 ――英之助。


 小三郎は呟いたが、その声が届く事はなかった。

 自分で蒔いた種だ。後悔はしないと決めたじゃないか。

 亡霊のように立ち上がり、壁に手をついて歩き出す。

 撒いた種が芽を出した。次は、その芽がしっかりと根付いて動かなくなった時、目的は達成される。

 小三郎の頭はしっかりしていた。


 英之助の一言ひとことも覚えている。


 冷たい瞳もけいべつした口調もすべて、忘れまいと決めていた。



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