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寄り道  作者: 春野 セイ
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決意



 小三郎が、英之助と安川に意見してから、二人の噂は収集のつかないところまできていた。

 籐七の姿をあれからいちども見ない。善兵衛の話では、暇を出されたと聞く。

 籐七は、英之助のことを思って行動しただけなのだ。

 彼に罪はなく、籐七がいなくなってからは、噂も野放し状態となっている。


「若旦那さま、最近、帰りが遅いようですが、どこかお寄りに?」

「うん」


 小三郎はその日も遅くに帰って来た。

 善兵衛は着付けを手伝いながら、心配そうに言った。


「供もつけずにゆかれるので、旦那さまが心配しておられます」

「ああ、そうだな、これからは気をつけるよ」


 うわの空で答える。


「若旦那さま、お痩せになられましたな」

「なんだって?」

「お痩せになったと言ったのです。きちんと朝晩食べていますか?」

「食べているよ、俺は前よりふとったと思っていたのだけどね」

「ふとったですって?」


 善兵衛は問い返した。


「この細腕をごらんなさい」


 小三郎の生白い腕を突き上げて、責め立てた。


「女の腕じゃないですか」

「失礼なことを言う爺だ」


 くすくす笑って、取り合わない。


「一体なにがあったんですか? 最近、柾木さまはいらっしゃらないし」

「絶交したんだ。柾木の話はよしてくれないか」


 善兵衛は、はっとした顔をして黙った。

 黙々と着付けを手伝いながら、何度も窺うように顔を見ている。しかし、小三郎はなにも言わなかった。

 今、小三郎の頭の中は、以前に知り合った浪人のことでいっぱいだった。

 毎晩、遅くなっていたのは、市中にある居酒屋を一軒ずつ歩いていたからである。


 それが今夜、ついに見つけた。







 居酒屋で酒と飯を食べ終えた浪人は、小三郎を見るなり逃げ出そうとした。

 小三郎は、慌てて彼を追いかけた。


「違うんです、待ってください。貴方を探していたんです」


 小三郎の真剣な声に、浪人は振り返った。


「貴方ですか、侍が浪人を探しているなんて、噂がたっていますよ」

「貴方を捕らえようなんて思っているのではないんです。剣を教えてほしいんです」

「剣を教えるだって? まさか」

「貴方ですよね、紙入れを盗ったのは」


 浪人は口を真横に結んだ。小三郎は、それを肯定と受け取った。


「俺はあの日、酔っていました。俺はよほどのまぬけか、それとも貴方が相当の使い手なのか、賭けてみることにしたのです」

「確かに紙入れを盗ったのは俺です。貴方は酔っていましたからね」

「懐が痛いとかそんなことを言うために探していたのではないんです、剣を教わりたいだけなんです」


 切実に頼むと、浪人はけげんな顔をした。


「聞いてもいいでしょうか」

「はい」

「誰かを傷つけるための剣でしょうか」


 小三郎はゆるゆると首を振った。


「誓って言います。そうではありません、強くなりたいんです」

「だったら、道場で鍛えたらいい」

「先ほども言ったでしょう、俺は強くなりたい」

「わけが分からないな」


 浪人がため息をついた。


「ひとりですればいいでしょう。山にこもって木を相手に叩いたり、獣相手に戦ったりするだけでもいい修行になりますよ」

「俺は真剣です」

「分かっている、だからやめといた方がいい」

「え?」

「なにがあったのか知らないが、貴方は戦闘向きの体じゃない」

「強くなりたいんです」


 泣き出しそうな小三郎に、浪人はもういちどため息をついた。


「道場はどこです…」

「承知してくれるのですか?」

「早とちりをしてはいけない。流派は?」


 小三郎は、直心陰流の堀内道場であることを伝えた。

 浪人はしばらく思案していたが、おもむろに顔を上げた。


「見てのとおり金がない。貴方が賃金を支払うというなら教えましょう」

「それはもちろん」


 小三郎はうれしさに、にっこりとほほ笑んだ。


「ありがとう」


 小三郎の笑みを見て、浪人は照れたように頭を掻いた。


「いやだな」

「え?」

「貴方の笑顔はほんとうにとろけそうだ」


 小三郎が怪訝な顔をする。


「気になさらないで。それより、むちゃはなさらないで下さいよ。貴方、前より痩せましたな」

「そうでしょうか。俺は前よりもっとふとったような心持ちでいるのですが」

「それは気のせいでしょうね」


 浪人は仕方なさそうに笑うと、もういちど、むちゃはしないようにと念を押して、自分の方は時間があるので、そちらにあわせると言った。


「すぐに藩庁に届けて、暇を貰います」

「幾日ほど貰えそうですか」

「十日」

「……結構です」


 浪人は深く頷いた。


「では、すぐに、と言いたいところですが、家の者に断ってから参ります」


 小三郎がそう言うと、浪人は笑顔になった。


「それがいいですな」


 時と場所を指定してもらい、二人は分かれた。

 浪人が見えなくなってから、小三郎は静かに目を閉じた。


 それから空を見上げた時、なにかを決意したような目つきをしていた。






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