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day break 4

ここでのどかの選択肢は二つだった。

一つ、完全に無視して彼の横を通り抜け、クレープ屋へと足を運ぶ。二つ、男を倒して、地に伏せる男の横を悠々と歩いていく。

この選択肢で普通、迷うことはない。

勿論、選ぶのは前者の相手をしないだ。

だが、その選択肢がおそらく選べないだろうなとのどかは考えていた。それは男の表情が強者と手合わせしたバトルジャンキーの目をしていたからだ。


目の前にいる表情をしている奴をのどかは数人知っている。

かつて、身体を鍛える為に通っていた道場にいたのだ。強さだけを求めて徹底的に相手を叩きのめしたいと考えるものが。

ハッキリ言ってその類はまだマシだと考えていた。

もっとひどいのは自分の強さを証明する為ならば、誰であろうと、どこであろうと喧嘩を売り、しつこく向かってくる類だ。

まさにのどかの目の前にいるのはそう言うやつだった。


「拒否権は?」

「当然、ない!」


 一様の確認事項に男はハッキリと言い切った。

 この自分の思い通りにいかなければ駄々をこねる大きな子供にのどかはただただ呆れかえるしかなかった。当然、彼女の嫌いなタイプだ。


「良いです。手早く始めましょう」


 そう言ってのどかはカバンを地面に置いた。

 すると男は嬉しそうに歯を見せて笑い、構えを取る。ボクシングの様に足を前後に軽く開き、右の拳を前に突き出している。そしてリズムよく飛び跳ね始めた。

 その姿にのどかはすかさず手を前に出して静止を促す。


「ちょっと待ってください」

「なんだよ? 今からやめはないぜ?」

 

 少しばかりリズムを狂わされ、男は機嫌悪そうに言った。


「別にそういうつもりはありません。ですが、気になることがあったので聞いておきたくなりました」

「後にしろ……」

「あなたからけし掛けてきて、そんな態度を取るのでしたら、この勝負降りさせてもらっても構いませんが?」


 のどかはすぐさま手を下げてカバンの方へと持っていく。

それを見て、男は慌てて構えを解いていく。


「分かった。俺が悪かった! 何でも聞いてくれ! だから、やめるのは無し!」


 情けなく慌てる男にのどかは好感を持ったのだった。少なくとも先程倒した男達よりかは正々堂々を慮る人間の様だ。


「あなたが真剣勝負を望む人だということは分かりました」

「……俺を謀ったな……」


 表情を崩す男にのどかは凛とした態度を取った。


「当然です。見ず知らずの女性にいきなり殴り合おうなどという男性は信用できません」

「ごもっともで……」


 のどかの言い分に納得した男はとてもすがすがしい表情でのどかを見つめ、そして自分の名前を名乗った。


「俺はイシキジン。一色の人と書く。好きな色は赤だ。少しの間だがよろしく頼むわ」


 人はそう告げる。


 だがそれに対してのどかは何も答えなかった。

 考えても見てほしい。男同士の殴り合いならば名乗り合って、拳を合わせて、友になるというのも話としてはあるのかもしれないが、今の状況はまるで違う。

 傍から見れば、女子高生をタンクトップのヤンキーが襲っているのだ。この状況で誰が名乗り返すのだろう。少なくとものどかには彼とお近づきになる気はなかった。


「……質問です」


「名乗り返さないのかよ……。まあ、いいか」

「あなたはいつもこのように喧嘩を吹っ掛けているのですか?」


 のどかの曖昧な言葉に人は首を傾げた。


「このようなってのは大まか過ぎて分からん」

「女性相手に喧嘩をしているのか、という意味で取ってもらえれば結構です」


 人は顎に手を当てて悩む素振りを見せる。


「女……。女、相手ってのはあまりないな。俺はただお前が強者だから戦ってみたいと思っただけだ」


 のどかは呆れてため息をつくしかなかった。

 この男は相手がたとえ子供であろうと自分の中にある琴線に触れれば誰にでも戦いを挑んでいる様だ。まさしくバトルジャンキーと言った所。

 茶化す様に言う人に対し、のどかが返したのはたった一言だった。


「はぁ……。呆れた。その考え、ストーカーと一緒ですよ?」


 自分が愛しているのだから、相手もきっと愛してくれている。だから、この行動は全てその人の為だ。そういって自分の気持ちだけを一方的に押し付け、それが受け入れられなければより強引に行動に移す。

そのような自分の感情だけを一方的に押し付ける人間の例えとしてのどかはそう告げると人はただただ笑みを深くするだけだった。


「ストーカーとは酷いな。俺はただ強い奴と戦いたいだけ。はるか高みを目指す探究者と言ってくれ」


 自分に酔いしれながら笑う人にのどかは背筋に寒気が走るのを感じた。彼はきっと他人の意見など気にしないのだろう。


「安心しろ。本気は出さない。さすがに女相手に本気だしたら情けないからな」

「それはそれで相手に失礼だと思いますが……。まあ、良いでしょう」


 深い笑いをする人にそう告げた瞬間、のどかは相手に走り寄った。普通の会話途中での奇襲に人にはただなびく髪だけを視界にいれる。


「はっ!」


 そして次の瞬間、無防備な人の鳩尾に彼女の肘が突き刺さった。


「くっ!?」


 折れ曲がる身体に突き出る顎。そんな顎に向かってのどかは突き刺した腕を突き上げ、掌打をお見舞いする。

 だがその一撃はすんでの所で避けられる。

 人は目の前にのどかの手が抜けていく光景を笑みを更に深めながら見つめ、距離を取る為に後ろに下がった。


「はっ……。奇襲とはやってくれるじゃ――」


 奇襲攻撃に怒ることなくそんな彼女を褒め称える様に、自分が強者に出会えた事に笑う人。だが彼が顔を上げた瞬間に見た物は彼女の綺麗な脚だった。

 左から右へと強烈に迫ってくる太もも。肉付きは程良く、スラリと長い脚が迫ってくる。その情景は聞いただけならば甘美に聞こえるかもしれない。

だが、人にそのような下劣な考えはなかった。

 彼にはその脚がとてつもなくしなやかな鎌の様な物に見えたのだ。首をへし折る為の鎌に。


「はぁっ!!」


 ドゴン!!

 強烈なハイキックが無防備な人の首を正確にとらえる。

 助走ありの強烈な蹴りを受けた人は受け身を取ることなく、そのまま地面へと叩きつけられるように転がっていった。


「ふぅっ……」


 のどかは息を吐きながら彼の様子を目だけで確認した。

 あの攻撃を受けた者はまず間違いなく気を失う。しかも、首のむち打ちのおまけつきだ。

 下手をすると首の骨が折れて死んでしまう様な攻撃をのどかはためらいなく放った。

 それは彼がある程度、戦いを知っている人間だと考えていたからだ。それにあまり他愛無い攻撃をして、何度も襲いかかってきてほしくなかった。

現に彼は三人を沈めた時よりも威力の高い肘を受けて平気、しかも次の掌打を避けたのだ。故に一撃で意識を刈り取る蹴りにしたのだった。

 

 流れる様な戦闘の中でもしっかりと考えて攻撃出来るのどか。そんな彼女の唯一の心配点もどうやら大丈夫のようだ。

 身体をひくつかせている人を尻目にのどかはカバンを手に取り、クレープ屋の方向へと歩き出す。


「いやぁ~~。まいった……。まさか、ここまで強いとは……。一瞬、気絶してたよ、俺」

「!!?」


 そんな声が後ろから聞こえてきた。

 驚きの表情をしながら、のどかがゆっくりと後ろを振り返るとなんと人が立ちあがってくるではないか。

 彼は生まれたての小鹿の様に足を震わせながら起き上がる。その口からは泡を吹いた後があるも、表情は最早狂ったような笑顔だ。


「……冗談だと言ってほしいのだけど」


 そう呟くのどかに人は口元の泡を拭ってから答える。


「キミ、サイコー。生身で俺をのした人間なんてなかなかいないよ? ホント」

「そんな自慢、いりません」

「そう言うなよ。俺を本気にさせた奴は久しぶりなんだからよ……」


 段々と日が暮れ始め、空が薄らと橙色に染まっていく。当然、のどか達のいるひらけた道も同じように染まっていくのだが、何故だが彼を中心に気温が上がっていくのを感じた。


 冷えていくはずの空気が急激に暖まり、そして乾燥していった。加えて焦げたアスファルトの臭いが鼻をつく。


「本気という事は、まだやるつもりですか?」


 異常な空気を肌で感じながらのどかは問う。

のどか自身の身体が普通ではないという警邏を鳴らすのだが、それ以上に彼に背を向けることは良くないと考えたからだ。


「当たり前。当たり前だよ! 俺は、これから、お前と! 本気で!! 戦いたい!!!」


 そう強く宣言した瞬間、彼の髪の毛が急激に燃えたのだ。

 だが自然発火の不思議よりものどかが目を見開いたのはその髪の毛が燃えて無くなるのではなく、赤い焔の様になびいている事だった。

 赤い火髪をなびかせながら人はゆっくりと告げた。



「……頼むから簡単に死なないでくれよ?」


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