day break 3
「で……。あの子はどこまで行ったのよ~~~!!」
そんな叫びが繁華街に木霊して周囲の人々がのどかを見る。だがそんな視線など今ののどかには関係なかった。
『じゃ、クレープ買ってくるから。ここで待っててね~』
そう言ってのどかを右も左もわからない繁華街に突然置いて行ったのはもはや三十分前の事。その間、途方に暮れたのどかは周囲の視線にさらされながら道の真ん中で待ちぼうけをくらい、その視線から逃げるように端に移動するも芸能人御一行みたく一斉に人々が移動して、今度はそれを巻くように逃げる。おかげでここがどこかも分からない上に先程いた場所すら分からないありさまだった。加えて周囲にいるのは先程いた普通の若者達からガラの悪そうな人たちにいつの間にか変わっていたのだ。
これは少しばかり具合が悪い。そう感じた時には手遅れだった。
「ねえちゃん。めんこいねぇ~。」
「キミ~、もしかして一人? 一人だったりする?」
「めっちゃ美人ちゃん。俺達と一緒に遊ばない?」
そんなチャラけた学生たちがのどかの周囲を囲み、あまつさえ逃げ道をなくそうと回り込む。
「結構です。友達を探しているだけですから」
いつも通りの凛とした様子で答えるのどか。普通の学生ならこれで彼女に声を掛けても落ちないという事が理解できる。
だがここにいるガラの悪い連中は頭のねじが緩いのか、はたまた酒や煙草で腐りかけているのか分からないが、そんなのどかの姿を逆に気に入りむしろ自分の物にしようと歩み寄ってくるではないか。
そんな光景にのどかは思わず怯えている自分がいるのを自覚する。正直言ってこの手の奴らは初めて見る。そのおかげでどうすればいいのか分からないのだ。
「いいね~。気の強い子、俺ちゃん好きよ?」
「そうそう。……ただし俺達にかかれば皆一瞬で落ちちゃうけどね! ふはははは!」
「ちょっとでいいから遊ぼうよ? ねぇ? 今日中に帰すから」
一斉に高笑いする男達は何も言い返さないのどかに気分を良くし、ついには身体に触れようと手を出してくる者まで現れた。
「ッ!」
パンッ!
その手をのどかは反射的にはたき落してしまう。すると目に見えて男達の機嫌が悪くなっていった。
「おいおいおい……。俺達がこんなに優しく誘ってやってるのにその態度はないんじゃないの?」
「どこがですか! 不躾に身体を触ろうとしたくせに!」
男達を睨み返す。ここまでは赤の他人ゆえに何も知らないこの男達を懸命に理解しようと努めていたのどかが初めて敵意を示した瞬間だった。
「なんだその眼は……。ぁあ?」
「俺達の事なめてんの? なめてんの? んぁあ?」
「いいよいいよ良いでしょう……。強制連行決定ね、キミ」
下卑た笑い事を周囲に響かせながら男達はゆっくりとだが確実に近寄ってくる。タバコ臭い息に眉をひそめながらのどかは後退り、とうとう壁際まで到達してしまった。
「もう逃げられないよ、子猫ちゃん」
「観念しな。当分家には帰れないから……」
「もしかすると一生、朝日は拝めないかもね」
「「「ふはははははははははははははは!!!」」」
笑い声を合図にのどかに向かって一斉に伸びてくる。その多くは彼女の豊満な胸を、そして顔を目掛けて伸びてきていた。
普通の女の子ならこのまま怯えて縮こまっているしかない。だがのどかはそんじょそこいらの女子学生ではなかった。
伸びてくる手をしゃがむことで避け、正面にいた男のガラ空きのボディに拳を捻じ込む。
「かはぁ!」
全く力の入っていない鳩尾に痛烈な一撃をお見舞いし、膝をつく男をそのままにのどかは一人の手首をひねって地面に転がし、もう一人の男の無防備な顎に下から掌打を打ちこむ。男達は自分たちに何が起こったのか分かることなく全員、地面に倒れ伏すことになった。
一人は鳩尾に食らった拳の所為でうまく息が出来ず、一人は地面に頭を打ち付けそのまま気絶、そしてもう一人は顎の攻撃で脳が揺れ脳震盪を起こして立ち上がれずにいた。
「……悪いとは思いません。あなた達の自業自得です。ひとつ聞きますが新しく出来たクレープ屋はどこですか?」
脳震盪を起こしうまく頭の回っていない男にのどかは質問する。その声はいつも以上に凛としていて男は思わずその方向を指さしてしまった。
「ありがとう」
倒れる男達に一言そう告げてのどかは優雅に歩きだす。
「――ちょっと待ちな、お嬢さん」
前方から声を掛けてくる男が一人。彼は鍛え上げられた筋肉を見せつけるように上半身はタンクトップだけを着て、ぼろぼろのジーンズを穿いていた。
「何か?」
このタイミングで声を掛けられた以上、先程倒した男達の関係者だと判断したのどかは容赦のない冷声をかける。
「いやはや……本当に気の強いお嬢さんだ。いやなに……キミの強さに少しばかり見惚れて声を掛けたまでよ」
「そうですか……。では私はこれで失礼します。友達が待っていますので」
のどかは戦いを褒める彼の言葉に安堵することはない。
それはなぜか……。
それは彼の眼が戦いを求めている者特有の力強さを秘めていたからだ。故に次の彼の言葉は容易に想像がついた。それは、
「――俺とひとつ勝負しないか?」