day break 2
放課後、のどかは繁華街の一角―通称、若者達の憩いに来ていた。その名は誰が言い出したのかは分からない。だがその名の通りゲームセンターやカラオケなど若者御用達の施設が軒を連ねており常に学生で賑わっている。
そんな場所にのどかはいた。
傍から見れば深窓のお嬢様に見えるのどかははっきり言って浮いていた。周囲からは熱い眼差しが至る所から注がれ、しかもそれを一切気にせずに堂々と歩く。そんな姿に若者達は誰もが見蕩れて頬を染めていた。
のどか自身このような場所は初めてであり、月音に連れてこなければ来るつもりなどなかった。
今日の授業が全て終わり、残すはホームルームのみとなった時に隣の席にいる月音がこんなことを言いだしたのだ。
「ねぇ、のどか……」
「何?」
「今日、暇?」
「暇だけど……暇じゃない?」
「何で疑問形……」
月音を見つつのどかは首をかしげた。彼女にとって放課後とは基本的に生徒会の仕事の為の時間だった。もしもそれが早く終われば勉強の時間。それも終われば読書の時間と誰かと遊びに行くという事はしなかったのだ。故に月音が遊びの誘いではなく、何か仕事を頼もうとしていると思ったのだ。
「学校に関してなら生徒会に頼んでね。私はもう……」
「違う違う。全くもって見当違い! これからちょっと遊びに行こうって言ってるの!」
「あ……そび?」
まじかに迫る月音の顔にのどかは息をのむ。パッチリとした目が目の前にあるためかなり迫力があった。
「そう。繁華街にね、最近出来たクレープ屋があるんだけど、一緒に行かない? のどか甘いもの好きでしょ?」
「そりゃ~人並み程度には好きだけど……」
ただしのどかのお菓子は常に和菓子だ。本を片手に甘い餡子とちょっと渋めの緑茶をすするのが好きだった。だが、クレープなる物をのどかは食べたことがなかった。
「好き……好きね。じゃあ行こう、すぐ行こう。これはもう決定事項ね!」
「え……? あの~私……」
強引な月音に飲まれ、のどかは思わず口ごもる。彼女にとって有るまじき姿だ。
「何? お金の心配?」
「いや……。違うけど、読みかけの本が……」
「なら心配ないじゃん! 今回は奢ってあげるからさ。行こうよ。ね?」
のどかはこの時月音の最大の武器を知った。
彼女の上目使いは一種の暴力だ。そう思えるほど可憐で儚げに見える。普段のがさつで粗暴な姿を知らない人間、いや知っていても男なら大半の人間はこれで落ちるだろう。おそらくこの技術は角度、タイミング、瞬きの回数まで計算されている。これを武器にして月音は数々のおねだりを成功させてきたのだろう。
そしてのどかもその魔手に捕まってしまった。
「う……うん」
「いっよし!」
何も考えずに答えてしまったのどかに見せつけるように月音はガッツポーズをかます。こうして我に返った獲物を言質をとった事を縦に強要するのだ。
「じゃあ、行くよ。のどか」
「――どこに行く。赤城――」
鞄を肩に担いでから立ち上がり、そのままのどかの手を掴んで教室を出ようとした時に担任が月音を呼びとめた。そのことに彼女はジトッとした目で睨みつける。
「何ですか、先生。もしかして一緒にクレープ食べたいとか? 新婚で女子高生に迫ったっていう噂が流れてもいいなら構いませんけど?」
「なんつう脅迫するんだ、お前は……。こほん。クレープは食べてみたいが違う」
強面の担任は左薬指に真新しい指輪を輝かせながら呆れた表情を浮かべる。ちなみに結婚相手も女子高生……だった人だ。(今は大学生)
「じゃあ何! こっちは急いでるんですけど!」
若干不満を露わにさせる月音に担任は事実を告げた。
「まだホームルーム、始まってないぞ」
「あっ……」
慌てん坊はその言葉にしずしずと席に戻っていったのだ。