day break 序章
「大丈夫か?」
未だ日は高くも仄暗い街の路地裏で地面に座り込み怯えていた私の目の前に現れた男がそう言う。
彼は突然現れた。
私の危機を察して現れたわけでも、目の前の脅威が目的だったわけでもない。ただ何気なく通りかかり、そして助けた。その程度の気分で今、私と脅威の間に割って入ってきたのだ。しかも敵意むき出しの脅威に背を向けて私に笑いかけてくる。
私は彼を知っている。
だが今、目の前にいる彼は私の知らない彼だった。
同じ学校、そして同じ学年のクラスメイト。だが接点はそれだけ。彼はいつも窓際で目立たないようにひっそりと生きているそんな男の子だった。
文武両道、眉目秀麗、折り目正しく、誰もが憧れる完璧超人。いつも誰かが周囲にいて必ずその輪の中心にいる私とは何もかも違う男の子。
地を這うような成績の持ち主で運動は人並み程度。特に趣味もなく特技も無く友達もいない、いつも席に座ってぼんやりと眠たそうにしている眼鏡の男の子こそが私の知る彼だった。
普通ならクラスメイトにすら名前を覚えてもらえない様な彼の事を私が覚えていた理由、それは日がな一日窓の外をぼっ~とだが幸せそうに、そして今この瞬間が愛おしそうに眺めていたのが印象的だった。ただその程度の関心を抱いただけの赤の他人が今、目の前に私をかばうように立っている。
「大丈夫そうだな」
私の身体を一通り眺めて彼は微笑む。怯えてはいるが目立った外傷はなく、しいて言えば尻もちをついたお尻が痛いことくらい。その程度で済んだことに彼は安心しているのだ。
「ごめん、少しだけ持っていてくれる?」
「う、うん」
彼は眼鏡をはずして私に渡す。
その時初めて見た彼の瞳は深く深く、どこまでも沈みこんでしまいそうな闇色で染まっていた。その時初めて見た彼の素顔はとても高校生のする表情ではなく私の知る誰よりも大人びていて、強く、優しく、そして少しだけ寂しい、そんな彼の人柄を表すような顔だった。
彼はそのまま私に背を向け脅威と向かい合う。
そしてその後見たものは私の知らない世界の出来事だった。
私は巷では何でもそつなくこなし、誰もが憧れを持ち、そして将来を約束された少女だった。私よりも凄い人は多いけれど、いつかその人たちが私に頭を垂れる光景が容易に想像できる。そんな世界を人々は私を通して見ていたのだ。
そのことに私も疑問はなかった。いつか人々の希望となり将来世界を引っ張っていく人間になっていくのだという自負すらあったほどだ。
だが今日、私はこの路地裏で思い知ることになる。
それは所詮、人の世界の枠組みでの話であるということを。目の前の世界では私はただの一般人でしかないということを。
彼は私の自信と思いあがりを打ち砕いた代わりにこの世界に存在する別の面を見せた。
それは神々しくも残酷な人の預かり知らぬ世界。
そして彼の生きる本当の世界。
その世界では私は所詮脇役程度の語り部扱いだ。
だがそれでも構わない。そう思えるほど一瞬で私はその世界に魅了されていた。
そしてそれを皆さんにも知っていただきたいと思う。
これは人の世に紛れる異能力者達の物語。そこにただ人の出番は存在することはない。