#01-06 This is beginning in this story.
「……おいおい洒落にならんぞコレ」
「ああいう炎は気に食わないかな……」
未だ姿を隠している2人と、呆然としている更紗。
焦って行動しだす消防隊が中に突入し、機動隊員と偲の救助に向かう。
「偲ちゃんは大丈夫かしら……」
「千代さん、あの魔法止めることできた?」
「……正直言って無理。起動から発動までがあそこまで短いのにあの火力は防ぎようがないわ」
「だよな。っていうことは敵さんの側には相当優秀な技術師がいる可能性が高いと」
「“黒杖”は大きい組織だから、研究チームぐらいは持ってるかな」
重傷の火傷を負った隊員たちが次々と運ばれてくるが、死に至る様なレベルではない。
曰く、魔導師のお嬢ちゃんがギリギリまで抑えてくれた、と。
当然、一番前で炎を受けた形になる偲は大火傷を負っている。
もちろん魔法で治すこともできる。マナによって細胞の活性を補助するらしいが、一般的な救命士に配られているプログラムではこのレベルの外傷を治すのは難しい。
「おい!病院まで持ちそうか!?」
「救命士は何をしている!魔法を掛けろ!」
「ダメだ。ここまで酷いとオレたち程度の魔法では……」
そんな偲の元に駆け寄った更紗。状態を確認し、言い争う隊員の話を聞くと、まっすぐ一点をめざし駆けだした。
「……詠。この魔法ってホントに効いてるの?“銀姫”こっちに走ってきてるように見えるけど」
「なんでだろうなー……」
更紗によって腕を掴まれ、詠にかかっていた魔法が解ける。周囲の警官たちが驚くが、そんなことは気にせず更紗は続ける。
「……詠なら治せるでしょ?…………お願い」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「……はぁ。わかったよ」
視線をぶつけ合う二人だが最終的に詠が折れた。
目立つのを嫌う彼は抵抗しようとするが、どうせ負けることはわかっているし、一大事なので仕方なく手を引かれていく。
それ以前に涙目の更紗に頼まれて断ることなんて彼にはできなかった。
偲の側まで行くとポケットから銀色の端末を取り出す。それは、1級魔導師だけが持つことを許される端末。
「端末“Vision”、音声入力で起動」
《Input with a sound : Starting》
「プログラム“Blue”“Cobalt”“Violet”を並列起動」
《Blue : Starting……Success》
《Cobalt : Starting……Success》
《Violet : Starting……Success》
「“マスターヒーリング”発動」
《Magic : Starting》
《Therapeutic capability improves according to the effect of magic》
《There is no MANNA residual quantity. Please supply》
どうやら前回使ったきりマナを補充してなかったようでマナ切れのアナウンスが鳴った。
そこで一度舌打ちをし、ポケットからUSBメモリーのような形状の――マナチャージャーと呼ばれているをもの端末に差し込み、外部にあるボタンを押す。
《Filling of MANNA was checked》
「起動しているプログラムを継続して使用」
《Processing is continued》
「“リザレクション”発動」
《Magic : Starting》
青い光が偲の体を包む。偲がうっ、と小さく悲鳴を上げるが。表情はいくらか和らぎ、傷は目に見えてわかるように治っていく。
周りにいた救命士たちがおおっ、と歓声を上げる。
偲の治療は30秒ほどで終了し、それを確認した詠はすぐに去ろうとした……が。
「さて、ご協力は感謝しますが。事情聴取があ・り・ま・す・の・で」
笑顔で詠の肩を掴む見知った女性……というか姉の縁である。
助けを求めるために後ろを振り返るが、すでに千代さんの姿はなく、レベッカもまだ魔法の効果が残っているためか、そもそも既に逃げ出したのか姿を確認することはできない。
唯一、フォローを求めることができるであろう更紗は詠の服の裾を掴んだまま泣いているため戦力外である。
詠は頬を引きつらせながら連行された。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
「さて、どうしてあそこにいたのか説明してくれる?」
「ちょっと待とうぜ姉さん。実の弟に対してこの扱いはどうよ。ねえ、水野さん」
縁にの隣に立っている水野に助けを求めるが、僕からは何とも、と言葉を濁される。
場所はTHE取調室というべきか、椅子とマジックミラー、記録用のPC以外は特にこれといったものがない。
「で、何してたの?」
「何って……野次馬?」
「はぁ……それで、あなたの持ってるその端末は?私何も聞いてないけど」
「ははは、何のことかわかりませんねー」
思いっきり額をぶん殴られた。
「ちょっ……警部、落ち着いて!」
「止めるな、水野!」
「……で、冗談はいいとして」
額を赤くした詠は何事もなかったかのように淡々と話し出す。
「姉さん、聞いたら守秘義務が発生するけどそれでも聞く?もしいるならミラーの向こうの人も」
「……頭おかしくなったんじゃないわよね?」
「もしかして警部に殴られたせいで……」
水野が叩かれた。
「……一応聞かないと。身分の証明できない魔法師・魔導師は危険だから。まあまずなんで魔法師の証明書を出せないのかから聞きたいんだけど」
「はぁ………5年間頑張って隠してきたのになぁ……先に言っとくけど母さんには言わないでね、絶っ対。いや、もしかしたら知ってるかもしれないけど」
「前置きはいいから速やかに話しなさい。私も暇じゃないの。これ以上伸びたら今夜水野が徹夜することになるわ」
「またですか……」
ため息を一つついた詠はポケットの中から端末と何枚かのカードを出す。
「はい、どうぞ」
「“Vision”……紛れもない本物ね」
「アメリカ連邦魔導局、ドイツ国家魔導師連盟、イギリス王国魔導隊……全部1級魔導師の登録証ですね」
「それとこの日本魔導師連盟の1級魔導師の登録証。たぶん言わなくても母さんにはばれてると思うわよ?」
もう一度ため息をつきながらだよな、というと出したものすべて片付ける。
「そういう事だから。もういいだろ?所属は日本魔導連じゃなくてIMAだから、追い合わせはこの電話番号に」
メモ用紙に電話番号を走り書きする。
「………ふざけてるんだったらもう一回ぶん殴るんだけど、どうやら嘘ついてるわけじゃないみたいね」
「残念ながらね。さて、更紗の精神が不安定だからオレはもう出るぞ」
勝手に立ち上がり、勝手に部屋を出ていく。
特に止められなかったから問題はないはずだが、たぶんもやもやを抱えたままの縁は水野さんに当たり散らすだろう。
ドアを閉めて、水野さんに心の中で敬礼をした後、詠は隣にある警察病院へと向かった。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
大やけどを負った偲だったが、詠による治療によって命に別状はないらしい。
ただし、かなりの外傷だったため回復に際して相当体力を消耗しているらしく、少なくとも2、3日は目を醒ますことはないだろうと医者からの診断があった。
時刻はもうすぐ0時になろうとしている。
ショックが大きかったのか更紗はロビーで座り込んだままだ。
「まったく……相変わらずだな」
「…………うるさい」
「帰るぞ」
顔を伏せる更紗の手を強引に引き、立たせる。
「……詠がいないとダメだね。私」
「よくやってるよ。こないだも新聞に載ってたじゃん」
「でも、詠が居なかったら偲がどうなっていたか……」
はぁ、とため息をつくと、詠は更紗の頭に手を置いた。
「別にお前が無理やり四辻を行かせたわけじゃないだろうし、それなりの危険が伴う事は本人もわかってたはずだ」
「でも……私だったら、」
「無理だ。もし、四辻の代わりにお前が上がってたとしても、発動までの時間を稼ぎ切れない。千代さんも無理だと言っていたしな。それに……」
「……それに?」
「いや、なんでもない」
「お前が怪我をする方が困る」といいかけたが、さすがに怪我をした偲の事を考えるとどうかと考えたので言わないことにする。
「それで、これからどうするんだ?お前ひとりじゃさすがに厳しいと思うから美作辺りが来ると思うが」
「………………………詠が手伝って。アイツは嫌」
「言うと思ったけど、日本では活動したくないんだが、目立つから。わかる?」
「……ダメ?」
涙目でこちらを見上げられるとどうしても断ることができない。哀しいことに男の性である。
詠は更紗の頭をくしゃっと撫でると、仕方ないからと了承した。
「はぁ……とりあえず、いろいろ連絡しないとな……。外でるぞ、電話使えないし」
「うん。ありがと」
少しだけ笑顔を浮かべる更紗を連れ病院の外へ。
まず電話をかけたのはIMA本部。
時差の影響で真っ昼間のそこへかけた電話からは冷静な女性の声が答えた。
『こんにちは、詠。何か御用ですか?』
「ちょっと動くから一応報告を」
『めずらしいですね。普段はこちらからの依頼をギリギリまで粘って拒否するのに』
「あんたらがめんどくさい案件ばっかり回すからだろうが。だいたい、南アフリカとかチリとか日帰りで行けるようなとこでもねーし」
『まあ、その件はいいとして。こちらにも一部情報は来ています。根回しはしておきますので好きに暴れてください』
「……いや、暴れはしないよ?」
『そう言いつつ凱旋門を爆破しかけたことありませんでしたっけ?』
「気のせいかと。それじゃあ、あとはよろしく、フェリシア」
『お任せください』
そういうと次の場所に電話をかける。
「もしもし、残業中ですか」
『ああ、”黒銀”君か!ちょっとまっててね。いや、残業とかより大事な電話だから、え?嘘じゃないよ?本物の”黒銀”君だもんね?』
「いや、忙しいならまた掛け直しますよ?」
『全然忙しくないよ?電話で部屋を出ると言いつつ着々と帰る準備を進めたりしてないよ?』
「自首ですか?偲がダウンしたのは聞いてますよね」
『みたいだね。それで、山月君はずいぶんショックを受けてるみたいだし』
「オレが引き継ぎますので」
『え!?いいの!?助かるなー、”黒杖”まで絡んでくると2級魔導師じゃきついだろうなと思ってたとこだよ。うん。君が出てくれるというなら願ったりかなったりだけど……うわ、綾子さん!?別に帰ろうとしてないよ!?それより、偲君の代わりなんだけど……ああ、あとはこっちでしとくから!』
そういうと電話が切れた。
「フェリシアと九条支部長?」
「そうそう。勝手に動くとこっぴどく叱られるからな」
「まだフェリシアが専属でオペレーターやってるの?」
「まあな」
その答えを聞いて詠の後ろで少し拗ねた表情になる更紗。
「日本は私、ドイツはレベッカでアメリカはフェリシア」
「おい、人聞きの悪いこと言うな。それよりホテルどこ泊まってるんだ?」
「………今日はとってない」
「おい。荷物はどうした」
「それは大丈夫。大阪支部のロッカーにあるから」
「じゃあ、大阪支部までいくかとりあえず」
「ん」
いくらかマシな表情になった更紗を連れて夜の街を歩く。