#01-05 I really enjoyed the meal.
上機嫌の千代さんが超短時間で作りだした本格懐石料理を食べ終わり、食後に日本茶を飲む。千代さんは顔色一つ変えずにぐいぐい日本酒をあおっているが。
「どうしたの、偲ちゃん。口に合わなかった?」
「え!?いえ、そうではなく……」
「四辻はどうしてBARやってるのか聞きたいんじゃないかと思うけど」
偲の考えを詠が代弁する。
「そうねぇ。お金には困ってないし、魔法使って悪と戦うのも飽きたからかな。でも、別に辞めたわけじゃないのよ?たまにまわってくる仕事はするし」
そうなんですか、と偲が言う。
「ねえ、詠。気になってたんだけど、そのレベッカさんって何者?」
「え?ああ、コイツはドイツからの留学生だけど」
「出身はフランクフルトの近くだね」
「いや、そういう事じゃなくて……。魔導師でしょ?」
「……なんでそう思うの?」
唐突な更紗の質問にレベッカが真顔で返す。
「なんとなく。詠が関係のない人間を残すのも変だなと思って」
「……お前は変に鋭いときあるよな」
「……じゃあ仕方ないからバラすけど、あの4人にはまだ内緒にね?日本での資格はまだ持ってないから」
そういうとポケットから1枚のカードを取り出す。
「ドイツ国家魔導師連盟《Wizard Union of German》の魔導師、“紅蓮”のレベッカ・ハインミュラーです。よろしくね、“銀姫”」
「“紅蓮”の名前はかなり有名だと思うけれど、よくここまでばれてないわね」
「名前自体は公表してないんだよ。そうそう、私は“黒銀”の友人だから彼の事を話してくれて大丈夫だよ」
「そう、私しか知らないと思って少し愉悦だったんだけど」
「あら、私だって知ってるわよ」
「えっと……“黒銀”って言った何者なんですか?」
偲が恐る恐るといった感じで挙手し尋ねる。
「何って言われても」
「私からは何も言えないわぁ」
「そういえば、レベッカはどこでアイツとあったの?」
「ドイツ。ちょうど向こうの魔導師試験の会場で」
「なるほど、私の知らない間にそんなことを……」
偲の質問には誰も答えない。答えられないというべきか。
偲はかなり不服そうな顔をして茶を啜るが、その時彼女の携帯に着信が入る。
「はい、四辻です…………え!?……はい、すぐ向かいますので。位置は……はい!わかりました」
電話を切るとすぐに携帯で地図を確認する。
「それっぽい人物の目撃情報が集中してるみたいです。しかも、ちょうどこの辺り。今警察が追ってるそうですが」
「わかった行こう。ごめん千代さん。また」
そういうと食事代をだそうとするが千代さんが止める。
「いいわ。早く行きなさい」
「ありがと。じゃあまたね、詠」
「ああ、がんばれよ」
扉がしまり、その反動でベルが鳴る。
「さて、尾行するんでしょ?」
「でしょ?」
間髪いれることなく、千代さんとレベッカがそう言い、視線を向けられる。
「え、マジで?」
「マジで。更紗ちゃん心配じゃないの?」
「いや、更紗は心配いらないけど、四辻の方は心配かな」
「とりあえず、追いかけよう」
目を輝かせるレベッカ。
しかたない、とため息をつく詠。そして、
「カルマ」
と声をかける。
「久しぶりねレベッカ、影千代」
「久しぶりカルマちゃん」
すでに閉店の準備をしている千代さんが微笑みかける。
まだ8時前だがBARとしては大丈夫なのだろうか。それと、右手に持っている赤ワインの瓶はもしかして持っていく気だろうか。
それらの疑問をとりあえず飲み込んで、詠は続ける。
「魔導書になってくれ」
「わかった」
そういうとカルマの体が光り豪華な装丁の本が宙に浮く。
「3章6節『姿を隠す魔法』」
魔導書が勝手に開き、ぱらぱらとページがめくれる。
そして、あるページで止まるとそこに書かれた文字が輝く。
「対象はこの3名、発動“インビジブル・カーテン”」
瞬間、詠達の周囲を黒い何かが囲うように見えたが、すぐにそれも見えなくなる。
「これで、30分ぐらいは隠れていられる。まあ、攻撃を受ければ一発だけど」
「騙せるのは視覚だけなんでしょ」
「まあな、だからできるだけ静かに」
3人が店を出て、千代さんが施錠を行う。
「それで、ここからどうするの?見失ったけど」
「……やめるか?」
「まだあきらめるのは早いわ」
そういうと千代さんは端末に地図を映し出す。そこには現在地を表す青い点と少し東を移動する赤い点があった。どうやら目撃地点へまっすぐ向かっているらしい。
「更紗ちゃんの端末のGPSは詠ちゃんが管理してるだけあって割り出せなかったけど、偲ちゃんは簡単に見つかったわ」
そんなセキュリティで大丈夫なのかとか、そもそもどうやって割り出したんだとかいろいろ思うことがあったがそれも飲み込んだ。
「詠の居場所もわかったりするの?」
「GPSの位置情報なんて頑張ればごまかせるからな。“黒銀”は常に太平洋の真ん中をうろうろしてると思うぞ」
「Visionは性能はいいけどそういうところ面倒くさいのよね。まああたしのも探知できないようにしてるけど」
犯罪まがいの話をしながら更紗たちを追う。
普通の道を歩いて人とぶつかったりしたら魔法が解けてしまうので屋根から屋根へ飛び移るというスパイ映画もしくは忍者のような移動方法を取っている。
もちろん、そんなことができるのは身体能力を魔法で底上げしているためで、彼らは超人ではない……と言いたいところだが、約一名己の能力だけで飛んでいる。
「千代さんさ……ホントに人間?」
ビルの間を渡りながら詠が尋ねる。
「失礼ね。見た目はどこから見ても美女でしょう?」
「まあそれもおかしいんだけどさ……」
ほんの数分で更紗たちに追いつく。
あと数十メートルで偲の言っていたポイントだ。そのあたりには赤い光を輝かせる車がたくさん止まっていた。
「おいおい、目撃だけじゃなかったのかよ」
「警察が深追いしたんじゃないかしらね」
「面倒なことになってるみたいだね」
一軒のビルを囲むように距離を取って並ぶパトカーに、念のためなのか消防車も停まっている。
下手人はビルの中に立てこもっているというべきか、3階の窓からこちらにかなりの高威力の炎弾を放ち、それを下で更紗が受け続けている。
「ちょっと、あなた。状況は?」
“インビジブル・カーテン”の効果を解除した千代さんが魔導師の登録証を見せながら近くの警官に話しかける。
「え!?……えっと、5人いたうちの1人がこのビルに立てこもり、現在山月魔導師が気を引いている間に裏から機動隊と四辻魔導師が潜入しています。犯人はこのビルごと焼身自殺すると脅迫していますが……って、あなたは応援の魔導師ですか?」
「まあそんなところね。さて、あんまり大した奴ではなさそうだからすぐに終わりそうだけど……」
その時であった。
「魔導連です。国際魔導法に基づき、あなたを拘束します!」
偲の声が響く。
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突然後ろから現れた声に驚いている様子の犯人。
「チクショウ!アイツがいい話があるっていうから付き合ったらこのざまだよ!やっぱ金と権力があるだけの奴っていうのはダメなんかね?」
「しりません。おとなしく投降しなさい」
「だいたい俺は巻き込まれただけだぜ?知らなかったんだって、アイツが“黒杖”と繋がりがあったなんて」
「その辺の事は後で警察の方がしっかり聞くので早く投降しなさい」
「まったく、明らかに年下の嬢ちゃんに諭されるなんてよ。俺は懲役何年かねぇ?火ぃつけたのは俺だけど、命令されてだし。奴らは実験って言ってたけど、何のために燃やしてたかはしらねーぜ?」
だが、というと男は偲たちの方へ向き直り、
「金貰った分使っちまったからさぁ。最後まで働くしかないじゃん?」
「偲!すぐに逃げなさい!」
外から更紗の声が聞こえた気がした。
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男は外に顔を出しながら何やら偲と話していたが、くるりと中に顔を向けた。
そのとき更紗は男の手に握られている端末が起動状態で、すぐにでも次の魔法を撃つ準備があるという事を目視で確認した。
「偲!すぐに逃げなさい!」
そう叫んだ時には、三階部分から真っ黒な炎が噴き出していた。