#01-04 In fact, she is a male.
本日の講義の予定はすべて終わり。詠は更紗と約束した場所へと向かっていた。もちろん一人で行くつもりだったのだが……。
「なんでいるんだよ」
堂々と横を歩いているレベッカとその後ろの電柱の陰に隠れているつもりの4人。
尾行するつもりならもう少し考えろ、と正直に口に出す。
「なんでって、そんな哲学的な事聞かれてもなぁ、丞」
「そうですね」
「……はぁ。百歩譲ってレベッカはいい。千代さんの店を紹介したのはオレだし、結構通ってるみたいだから」
「だよね!さすが詠。話が分かる」
「だがお前らはなぜついてくる」
「そうだな…………………それらしい言い訳考えるから2時間待ってくれね?」
「無理だ。生憎急いでるんだ。次、丞」
「ええ!?全員周って来るんですか!?……サイン貰おうかと。あとできれば写真も」
「……まあいい。写真は無理だと思うが。真白は……いいとして、灯里は?」
「なんで真白ちゃんはいいの!?」
「バカ、オレが真白を論破できるわけないだろうが」
「なるほどー」
「よし、灯里と全は居残りな」
えええー!と叫ぶ二人を置いてすたすた歩きだす詠。
「ちょっ、オレもサイン欲しくてだな……」
「わかった。オレが代わりにもらってこよう。じゃあな」
「なんでだよ!判定厳しくね!?」
「二度ネタはちょっと……」
「ああああ、めんどくせぇコイツ!」
全と灯里をからかいながらも、着々と目的地に向かっているわけで、十数分後。
途中電車で移動し、大学から詠の家に少し寄った方面。その駅近くに件の店はある。
「“BAR・CHIYO”って大丈夫なんですか?僕たちほぼ未成年ですけど」
「酒飲まなきゃいいんだよ」
「うん。私ご飯だけ食べに来たりするよ?」
「そもそもめったに客入ってねーから大丈夫」
「……それはそれで不安になる」
微妙な顔をする一行を置き去りにして、詠は扉を開ける。
扉についたベルが鳴る。
「あら、いらっしゃい。詠ちゃんは久しぶりねー。レベッカちゃんは先週ぐらいに来てくれたわね」
「ごめん、千代さん。更紗と待ち合わせに使わせてもらう。あと、夕飯何か作ってもらっていい?」
「いいわよー。アタシに任せなさい」
カウンターの中にいる長い黒髪の美人と話す詠。
「お前ら何してんの?」
「え?ああ、この美人さんが店主さんですか?」
「そうだけど」
「へー、綺麗な人だな!」
驚く丞と喜ぶ全。
店内はカウンターとテーブルが2つ。それにダーツボードがある。
そして異彩を放つのがカウンターの中の美女……にみえる人物。
「勘違いしてると思うから訂正してやるけど、千代さん男だから」
「へ?」
「はぁ!?嘘だろ!?」
「ホントよ?」
あれだったら脱いであげるけど、という千代さんの提案を丞と全が全力でお断りする。
「それより何か飲む?って、詠ちゃんとレベッカちゃんはコーヒーでいいのよね?それと……」
「匂坂真白です」
「真白ちゃんは、コーヒー?紅茶?あえて抹茶?」
「えっと、紅茶お願いします」
「わかったわ。それとそっちの……」
「私は十朱灯里です!私も紅茶で!」
「碓氷丞といいます、僕も紅茶で」
「逢坂全です。オレはウィスキーで」
全のネタを流し、まっててねーというと準備を始める千代さん。
「千代さん、バー止めて喫茶店にしたら?絶対そっちの方が客はいると思うよ?」
「んー……でも喫茶店にしたらお酒出せないし。はい、全員アイスだけど良かったわよね?」
氷の入ったグラスを並べていく。
「……詠。ここのコーヒーはそこら辺のチェーン店よりもおいしいと思うのだが」
「同感だ。だからオレは千代さんに喫茶店を勧めてる」
「ここに来たお客さんみんなそう言うのよねぇ」
「紅茶の方もかなり良い物ですね」
「ええ。そうですね」
「そうなのか。どれどれ……ごほっ!?」
「わあ!?全!大丈夫?」
グラスの中の琥珀色の飲み物に口を付けた全がむせる。
「やっぱり、千代さんマジでウィスキー出したでしょ?」
「だって注文されたから」
といいながらニコニコ笑っている。
そういいながらも、もう一つグラスを全の前に置くと、ウィスキーのグラスを下げた。
そして、自分で飲み始める。
「えー!?」
「大丈夫だ灯里。この人蟒蛇だから酔わない」
「そういう問題じゃないと思う!」
そんなふうに騒いでいると、扉が開きベルが鳴る。
「久しぶり、千代さん」
「更紗ちゃん!京都いってから全然来てくれないんだもの。寂しかったわ」
「朝はちゃんとあいさつできなかったけど詠も」
「おう、端末使ったか?」
「あれから進展しなくて。縁さんもしばらく帰れそうにないって」
「マジかよ……千代さんしばらく通うかも」
「詠ちゃん自炊できるんだったわよね?」
「でも面倒でさー」
それで、と千代さんが話を切る。
「そっちの子は?」
一斉に視線が更紗の後ろに立つ偲に集中する。
「えっと、2級魔導師四辻偲です」
「あら。更紗ちゃんの後輩なのね。私は冷泉影千代よ。よろしくね」
「ちなみに“酔天”の二つ名を持つ1級魔導師だ」
詠の提示した補足情報に更紗が以外が驚愕する。
「こんなところで2人も二つ名持ちに会えるなんて……」
丞は一人で感動している。こんなところというのは些か失礼ではないだろうか。
「“銀姫”と“酔天”ですか……不思議な取り合わせですね。でも“酔天”は男性と聞いていたんですが」
「あら?アタシは男よ?」
色気を振りまく千代さんに何か負けたような表情になる偲。
「二つ名ってあれだろ?IMAが決めたっていう有能な魔導師に与えられる奴」
「2人もいるなんて壮観だね」
全と灯里がなんて話している隣でレベッカが小さな声でつぶやく。
「……実はもっといたりして」
「レベッカ」
詠がレベッカに無言の圧力をかける。
「日本の二つ名持ちは10人しかいませんからこの店の中だけでも過剰戦力ですね」
「10人って言ってもアタシみたいに魔導連から抜けてるのもいるからね。“点極”と“孤狼”にもしばらく会ってないし」
「それよりも、詠」
「ああ」
鞄の中から端末を取り出すと更紗に手渡した。
更紗が起動し、確認をする。
「これ……」
「試作段階だけど、十分使えると思う」
どれどれとカウンターの向こうから千代さんが覗き込む。
「あら、解析は終わったのかしら?」
「いえ、アレの本質を写すことはできませんでした。ただもう少し安定させればかなり使える物になると思います」
「そう。完成したらアタシのにも入れて頂戴ね。この構成ならアタシも使いやすいと思うし」
「わかりました」
へー、といいながら覗き込もうとした全と丞の襟を引っ張り、戻す。
「いいじゃん!千代さんには見せてるんだし!」
「お前らにはまだ早い。せめて2級とったら見せてやるから我慢しろ」
「私は見せてもらってもいいですか?」
と偲が言うが。千代さんが止める。
「ダメよ。まだ、あなたはダメ。“黒銀”に会うことができたら教えてもらいなさい」
「……それはどういう事でしょうか」
「千代さん、まだ17時半だけど腹減ったから夕飯を」
「まかせなさい!あなた達も食べていく?」
速攻で頷いたレベッカ。対して、真白・丞・全・灯里は首を横に振った。
「じゃあ私たちはそろそろ帰りますね。すいません家で夕飯作りはじめちゃってると思うので」
「同じく」
「同じくー」
「僕は今月ピンチなので」
そういうと4人は茶の代金を支払い店を出て行った。
「さてと、和食?洋食?それとも中華?」
「オススメで」
魔導師たちの夕食が始まる。