#02-15 Magician's earnest.
時は遡る。
IMAが捜査していたとある事件があった。
担当は“黒騎”榛葉詠と“蒼姫”キャロル・マガーリッジ。
今やこの二人の二つ名はそれぞれ“黒銀”、“女帝”と変わっているが、名が変わったのはどちらもこの事件の直後の事である。
対象は“黒杖”の当時のトップで、容疑の内容は“魔導書の製作”。
そして、それは成功した。
必要とされた知識と閃きは初代元帥“明瞭”の記したものを用い、
技術は大量の研究者で補い、
必要とされる莫大なマナは、マナ結晶と化した信者たちの身体を用い、
そして、生み出す方法として、“錬金術の書”つまり“銀の魔導書”を用いた。
その結果、銀の魔導書は暴走し、周辺の街に甚大な被害を及ぼし、10万人近い死傷者を出した。
生み出された魔導書はおそらく“黒杖”が持ち去ったため行方不明。
“黒杖”側で名前の記録されている死者は一人だけ、
“Giles Wordsworth”
ゲンマと呼ばれる少女の育ての親である男の名前だ。
これが“銀の事件”の概要である。
そして、その魔導書に記されているであろう魔法、それが幻魔法。
そして、今の問題はその幻魔法を何故コイツが使えるのか。
端末で実行できるプログラムとして開発されているとしてもなぜ“黒杖”でないこの男が使うことができるのか。
「まあ、そんなことは潰してから聞けばいいのか」
「私の幻が破れます、……かっ!?」
口から血を吐き出す。
「もしかして“黒杖”がから回収した埋め込み式の端末をそのまま使ったのか?」
「……さて、どうでしょう」
ポケットを探り、注射器を取り出し首に打つ。
目の色が赤く替わり、頬にはマナ結晶が生成され始めている。
「これは、倒しても情報得られないパターンか……いいのか?魔導書は」
「IMA側に渡しても所詮は同じ結果になるでしょうし……さて、長くは持ちませんし始めましょうか」
目を細めて微笑むと、詠の目の前から姿が失せる。
「まあまあだな。だがそれだと……プログラム全起動」
《Midnight: Starting……Success》
《Cobalt: Starting……Success》
《Violet: Starting……Success》
「“アイシクルエデン”発動」
《Magic : Starting》
詠を中心に爆発的に広がった冷気が、周囲をあっという間に凍りつかせる。
詠の背後2メートルほどの位置で何かが崩れ落ちる音がした。
「こうやって広域魔法使われたら即死だろ?……いや、死んでないか」
ポケットから取り出した対魔導書用の封印鉄線で男を縛り上げると凍った地面の上に転がす。
こういった輩と戦うのは初めてではないため、対処法はわかっている。
この男に関しては、一命を取り留めたとしても意識が戻るかどうかかなり怪しい。
「さて、速く追いつかないとな。魔導書だけでも確保しないと、フェリシアに怒られる……」
水からの凍らせた地面を一歩踏み出したところで、何か音がした。
金属の軋む様な音。
「おいおい、嘘だろ」
縛り上げたはずの男が鉄線を無理やり解こうとしている。
さっきまで確かに意識がなかったはずだが。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
ブチッ、という音を立てて鉄線は解ける。
「そこまでドーピング進めてたのか!」
目は紅く、体表面はほとんどが結晶化している。
意識はなく、膨大なマナに呑まれているようだ。
「砕くしかないか!?」
最早理性などなく、結晶化した腕で殴りつけて来る。
間一髪で躱すと、マナ結晶は地面に打ち付けられ砕ける。
「どうせ放っておいても自壊するが……被害は最小限に抑えたい」
大きく凹んだアスファルトの地面を見ながら詠が言う。
そんなことを考えている間にも、次の攻撃に移る“それ“は、既に目標など見失い無差別な破壊活動を始める。
「発砲音を抑えたい!カルマ!」
「まったく……“サウンドアウト“」
黒い光壁が広がるのに合わせて、詠は銃を抜き、三発、首・心臓・腰の付け根に打ち込んだ。
「そろそろ黙れよ」
ピシッ、という音と共に亀裂が入り、最後の絶叫を残して“それ“砕けて行った。
あと残るのはマナ結晶と完全に結晶化はしていなかったらしい肉片が数パーツ。
溜息を一つついた後、詠は糸日谷に電話を掛ける。
「悪い、結晶化を処分したから大至急片付けてくれないか」
『そんなもんまで出てきたのかよ……“黒杖“は撤退したんじゃなかったのか!?』
「OTOの奴だ。いろんなもんに手出してるな……」
『おいおい……オレの仕事増やすんじゃねーよ』
「知らん。それより場所はわかるか?」
『ああ、今お前のGPSを……………なんで大西洋の真ん中にいるんだよ』
「ああ、そっちじゃなくてStreakの方を見てくれ」
『あー…………あった!これか。って、市街地の真ん中じゃねーか!』
「だから早く来いって言ってんだよ!こんなグロイもんお子様に見せられないだろうが」
『おう……五十畑!“掃除道具“持ってここ行け!3分以内な!』
電話の向こうから五十畑の悲鳴が聞こえたところで詠は電話を切り、レベッカを追うことにした。
気温が上がっているのか汗が頬を伝う。
「……気温が上がってる?」
「詠、これは暴走よ」
「……勘弁してくれよ」
詠はレベッカたちの元へ走る。




