#02-03 He was lost all means of escape.
講義終了後、マリウス翁の元へ向かう。
いつものようにノックもなしに扉を開くが、いつもと違う光景が目に入った。
かりそめの机にはいつもの太った三毛猫ではなく美しいプラチナの髪を持つ美女………というかレベッカが座っていた。
「……出直すか」
「ちょっと!」
ドアを閉めようとするが素早く動いたレベッカに部屋に引きずり込まれる。
「それはいくら何でもひどくないかな?」
「で、なんでここにいるんだ?」
「お手伝い、しようかなって」
「……まあいい。とりあえず行くぞ。猫どこやった?」
「え?……シード?」
机の下からにゃぁという声が聞こえ、三毛猫がごそごそ這い出てきた。
そのままこちらに目もくれず壁の穴へと潜っていく。
「いつもより腹立つな」
「『いちゃくつならよそでやれよな、けっ』だって」
「お前猫と喋れんの!?」
「一応魔女だからね」
「へぇえ……魔女すげぇ」
壁が開くとマリウス翁が高そうなカップで茶を飲んでいた。
「……なんじゃ?なにかやらかしたか?」
「仕事だ」
「……驚かせるな。レベッカと子でも作ったのかと思ったわ」
「頭のネジトんでんのかジジイ」
息を吐き出すと茶を口に含む。
「No.10 橙の魔導書について知ってること教えやがれ」
「……まったくそれが人にものを頼む態度か」
「開幕と同時にブチかましたジジイがよく言うな……セクハラで訴えるぞ」
睨みつける詠みだたがそんな事は気にも留めずマリウスが続ける。
「作者はアーバイン。アーバイン・L・ロックハート。タイトルは確か『気高き炎』じゃったかな」
“炎”という言葉にレベッカが眉を動かす。
「全く知らないと思って聞いたのに」
「期待が外れて残念じゃったな。それで、“橙”がどうかしたのか?たしかロシアが保管していたはずだが」
「盗まれたってよ。で、紆余曲折を経て今は北海道だ。ということでしばらく行ってくる」
「わかった。しかし、橙の魔導書か……欲しいな」
「薔薇十字団も一冊持ってるだろうが……」
「しかし、アレは攻撃には向かんからな」
「星杖教会あたりに売ればどうだ?」
「さすがに、そんな愚かなことはせんよ」
茶を口に含むと一息つくマリウス翁。
「魔導書奪還ぐらいでお主が狩りだされるほどの事件になるのか?」
「いや、話を聞く以上暴走してるらしい。それに黒杖と聖堂騎士団がぶつかってるらしいし」
「わかった。で、レベッカは連れて行くのか?」
「うん、着いていくよ」
「……たぶん来るなって言ってもついてくるだろうから諦めるよ」
「では、2人分こちらで何とかしておこう。もし魔導書が手に入ったら譲ってくれ」
「……いや、無理だろ。オレが回収する以上IMA預かりになるし。そもそもあんたもIMA登録の魔導師だろうが少しは自重しろ」
その後一応、マリウス翁に礼を言い、部屋を出る。
「……本気でついてくる気か?」
「もちろん。前回は後れをとったし」
「何のことかはあえて聞かないが、そういうルールじゃないと思うぞ」
「そうなの?」
「というか、もう一人連れていくつもりだからな」
「え!?まさか“銀姫”?」
「いや、アイツは無理だろ。明日13時の飛行機で行くからな」
「了解」
勝手に動くと後で怒られるので、フェリシアに『“紅蓮”と他一名同行する』という旨のメールを送っておく。
この時間に電話などするとすごく不機嫌な声で淡々と怒られるのだ。さすがに学習した。
その後、明日の準備もしなければいけないのでおとなしく帰宅。
全からは試験勉強を手伝えと文句を言われたが、半分は自業自得なのでスルーする。
特出すべきこともなく無事家に帰宅すると、姉が荷造りに勤しんでいた。
「どっかいくの?」
「え?温泉でも行って来いって言ったの詠でしょ」
「……ああ、そんな事言ったな、そういえば。まさか本気で行くとは思わなかったけど……って、水野さんと?」
「そうそう」
「マジかよ」
「ということで明日から家開けるからね」
「そうなんだ。オレも明日から北海道だから」
「へー…………なんで!?」
「仕事で」
何か聞きたげな顔をする縁を放っておいて荷造りするために部屋向かいつつ、電話を取り出す。
「もしもし?テンションあがってるところ悪いけど」
『ああ、詠君ですか。はい、テンション高いですよ?』
「水野さん、なんかアレだけど頑張ってね」
『いえいえ、縁さんなら最高ですよ?』
「……なんでアレにベタ惚れできるのかはイマイチなんだけど」
『まあずっと側にいますしね』
「へえ……潤一さん、それ本気で言ってる?」
『……本気ですよ』
「嘘だったら殺すよ?」
『問題ありません。我が薔薇十字に誓いましょう』
「……遊び半分で手出しやがったら本気で消してやろうと思ってたからな」
『……勘弁してください』
「マリウス翁にもチクるからな」
『大丈夫ですよ。今の身分は偽りでも縁さんへの気持ちは本物ですから』
「一応信じておくよ。薔薇十字団の水野潤一」
電話を切る。電話しながら荷造りを進めていたため、持っていくべきものはほとんど揃っている。
クローゼットの奥の方から戦闘用の道具を一通り準備していく。
さらにそれと並行してもう一件電話をかける。
「もしもし、九条さん?」
『あー!“黒銀”くんか!……いや、綾子さん。嘘じゃないって!……え!?何この書類の量……マジで言ってるの!?』
「えーっと……」
『申し訳ありません、九条支部長はただいま多忙のため代わりに私が対応させていただきます。私は支部長補佐・伊志嶺 綾子と申します』
「ご丁寧にどうも……“黒銀”榛葉詠です」
『それでご用件は?』
「えっと、昨日メールしておいた件についてなんですが……」
『四辻偲魔導師を派遣してほしいという件についてですね?』
「はい、大丈夫ですか?」
『一応は。3日以上になる場合は一度連絡をおねがいします。あまり余裕があるわけではありませんので』
「了解しました。それでは……頑張って九条さんを働かせください」
『はい、わかりました。それでは』
電話が切れる。直接会ったことはないが伊志嶺補佐はかなり優秀な人物らしく、更紗曰く、綾子さんを支部長にしたら倍うまく回るといわれる始末。
それよりも九条支部長の人間性に問題がある気もするのだが。
一通りの荷物をトランクに詰め込み、一回へと降りる。
上機嫌で夕食の準備をしている姉を見ていると、水野さん意外といい線言っているのではないだろうかと思うが、もし結婚まで行くのだとして、どのタイミングで自分の身分を明かすのかとても気になる。
“黒杖”ほどではないにしても“薔薇十字団”の悪名はそこそこなものだ。果たして母がいいと言うだろうか……。
「どうしたの詠?考え事?更紗ちゃんと上手くいってないの?」
「いや、違うけど……」
「じゃあ何?」
「姉さんが結婚できるかどうか考えてたんだよ」
「……怒るわよ?」
「いや、恋人ができても母さんが良しと言うかなって」
「………そうだった。ああ、結婚までの道のりは遠いわ」
「……まだ若いから大丈夫じゃね」
微妙な空気になったところで姉さんが食卓に夕飯を並べ始める。
「なんかすごく豪華だけど……」
「冷蔵庫の中にあったもの全部使ったの」
「どおりでお国柄がめちゃめちゃだと思ったよ……」




