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神殺しの世界で踊れ  作者: 山吹十波
#00 Colorless
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#00-01 Good morning.

朝。

枕元の時計を見ると時刻は6時10分を示している。

まだ遅刻するような時間ではない。

体の上に感じる重さは大体小柄な女性2人分ぐらいだろうか。

金縛りではないし、幽霊とかその手の話ではない。

榛葉 詠(はしば よみ)はその原因へと目を向ける。


「詠。さっきから縁が起きろって叫んでる。朝食ができたらしいわ」

「私としてはこのままもう一回寝てもいいんだけど……ふわぁ……」


腹の上に座る黒髪の少女と詠の体にもたれかかって欠伸をする銀髪の少女。

先に言っておくが、これは甲斐甲斐しく兄の世話はする若干ブラコン気味の妹ではない。

それに、榛葉家は純日本人家系のため間違っても身内に銀髪などが生まれることはない。


「起きてほしいならカルマは上から降りろ。重いだろうが。それに家ではあんまり出て来るなって言ってるだろう。トラムも眠いなら無理して出てこなくていい」


黒髪のカルマと呼ばれた少女は詠が起きたのを確認すると腹の上から退き、トラムと呼ばれた少女は詠から布団を強奪して丸まった。

カルマの方は若干不満ありげな顔でこちらを見ている。


「だいたい姉さんにバレたらオレはなんて説明したらいいんだ。5年間隠してきた努力を水の泡にする気か」

「その時はその時よ」

「詠―!おきてーる?」


階下から姉が叫んでいる。


「ほら、お前ら戻れ。起こしてくれてありがとな」

「後で頭撫でてね」

「私はもっかいねる……」

「詠―!!」


ドアが勢いよく開き、姉・榛葉 縁(はしば ゆかり)が顔を出す。

そこには伸びをする詠の姿だけがある。


「……起きてるよ。着替えたらおりるから」

「ああ、うん。……今複数の気配がしたんだけど、誰かいなかった?」

「いや、気のせいだろ」


職業柄勘の鋭い姉の疑いを躱し、部屋の外に押しやってから身支度を始める。

大学まで電車で30分と近いと言える距離ではないが、寝起きの悪さや自分で家事をするのが面倒だという理由で実家から通っている。

母は忙しい人なので基本的に家におらず、家事全般は姉である縁がこなしている。

4つ年の離れた妹は現在京都の高校で寮生活をしているため実質この家には2人で暮らしている。


『1人暮らしすればいいのに。それなら私たちも自由に出れるし。私が毎朝起こしてあげるけど?』

「お前もトラムも起きないことが多いだろうが。それに対して、姉さんの早起きスキルは信頼できる」

『もう20なんだから自力で起きなさいよ』

「それを言われると返す言葉がない。だが、オレだって本気出せばちゃんと起きれるはず」


対象の姿の見えない会話をしながら身支度をし、手早く朝食を済ませ家を出る。

徒歩5分の駅から通勤ラッシュで超満員の電車に揺られること30分。

携帯端末をかざして改札を抜けると見えるキャンパスがいつもより騒がしく感じた。


『また誰か何かやらかしたのかしら』

「なんか笹川が新しいプログラム入手したって騒いでるらしいぜ」


スマートホンでタイムラインを眺めながら男が言う。


「またか。今年度すでに3回目だぞ。何回詐欺に引っかかれば気が済むんだ……って(ぜん)か。こんなところで何してる」


突如隣に現れた男・逢坂 全(おうさか ぜん)を怪訝な目で見る詠。


「お前待ってたんだよ。1限の通信の課題写させてくれ」

「ああ、あのやたら難しい奴か。もちろんやってない」

「やっぱりか、あああ、どうしよ」

「まあ、落ち着け。ここは真白に頼ろう」

「そうだな。詠なんかに頼ろうとしたオレがバカだったわ」

「お前、もう魔導工学とアルゴリズムの課題手伝わないからな」

「ちょっ……それはマジ勘弁。スマン、オレが悪かった!」


全とじゃれながらキャンパスを歩く。1限の開始は9時20分だが現在時刻は7時50分。

授業開始までのこの時間を彼らはその日提出の課題をやっつけるのに消費する。

もはや指定席となっている談話室の一角。その8人掛けのテーブルには既に3人の女子が座り何やら話している。


「おはよ、詠」

「おう」


一際目立つ異国の少女が最初に詠に声をかけ、詠もそれに答える。


「おはようございます、詠さん、逢坂さん」


レベッカ・ハインミュラーの隣に座る匂坂 真白(さきさか ましろ)がついで挨拶をする。その向かいではもう一人十朱 灯里(とあけ あかり)が頭を抱えている。


「真白ちゃんにレベッカ、おはよ。で、灯里は何やってんだ?」

「2限の小テストの範囲真白に教えてもらってたんだけど、さっぱりわかんなくて……ヤバいよぉ……」

「ははは、灯里、安心しろ。オレはもう捨てた。それより通信の課題を見せてくれ」

「ああっ!それもあった!真白、あたしもみせて」

「えっと、2人とも自力でやってこようという……やっぱいいです。あと今、詠さんが使ってます」


真白とレベッカの間の席にいつの間にか着いていた詠が凄まじい速さで課題を写し終える。


「いつも思うけど、速いけど雑なわけじゃないし、要点は残して縮約されてるし……」

「高校はこの技術でのりきったからな」

「自慢になってねぇよ。詠、それ貸してくれ。灯里は真白ちゃんのを借りろ」

「そーする」


バカ2人が必死に写し始めるのを放っておいてレベッカは読みに話しかける。


「詠は小テスト大丈夫なの?」

「ん?ああ、オレはその講義取ってないから。今日の2限はフリー」

「そうだっけ?じゃあ、この前言ってたプログラムなんだけど……あの私用に調整してくれるって言ってた奴こんな感じでお願いできないかな」


レベッカがメモを取りだし詠に渡す。


「これぐらいなら少しいじったらできるよ。今からやるから端末貸して」


レベッカから受け取った端末をカバンから取り出したやや大きめのタブレット端末につなぐ。さらにキーボードを繋ぎ、何やら入力を始める。


魔導端末、一般的には端末と呼ばれたり、日本で最もメジャーな機種の名前から“Merginal”と呼ばれることもある。

その端末にいくつかの魔導プログラムを入れ、単体もしくは複合して実行させることによって人類は魔法の力を行使している。


「そういえばレベッカの端末ってMerginalじゃないよね?」


真白の課題を無事写し終えた灯里が尋ねる。どうやら小テストはあきらめたようだ。


「確かハーゼンバイン財団が出してる“Guid”っていう端末ですよね?」

「うん。私の国ではこれかピヒラー社の“Road”が主流だよ」

「ハーゼンバインの端末は高級品ですからね。ドイツの魔導師連盟に配備されてるのも同じ端末ですよね」


全の隣に眼鏡をかけた男が座る。


「ああ、丞か。遅かったな」

「ちょっと寝坊しまして。端末の話ですか?」


碓氷 丞(うすい たすく)が席に着いたことによって“いつものメンバー”は全員揃った。

そして彼らは話を続ける。


「オレも外国製にしようかな。カッコいいデザインの奴が多いし。レベッカの端末もいい感じだし」

「Guidなら日本での最低価格は15万円ぐらいですかね」

「マジか。さすがに手が出せないわ」

「日本製だとMeginal IV+が一番いいの?」


灯里の質問に丞が答える。


「もう少したらMerginal Vが出るっていううわさですから今買うのはお勧めしません」

「というかVIとVI+ってなんか差あるのか?」


全が自分のVIの端末を見ながら質問する。


「最大マナ容量は変わらなかったはずですが処理能力が少し高かったような……たしか9だったはず」

「なんだ1しか変わらないのか」

「そういえば詠さんの端末は……?」


真白の質問に詠はポケットを探り自分の端末を机の上に出す。その端末に丞が声をあげる。


「モラン社の“Streak”でしたか。前からそうではないかと思ってたんですが」

「有名なのか?」

「なんというか、わかりやすく言うと一番高い奴です。日本で買うと20万円は下らないかと」

「マジかよ、すげ」

「叔父がくれたんだ。あの人いい歳して独身だから金だけは持っててな。レベッカこんな感じになるが……」


タブレットをレベッカに渡す。


「え、うん………こんな高機能なプログラムだっけ?あと、なんかシンプルになって術の展開速度も上がってるし」

「ソフト任せで更新してただろ。余計な部分は削った。それと渡されたプログラムも少しいじってある」

「ありがと、詠!」


レベッカが詠に軽くハグをする。1年以上この調子なので詠はさすがになれたが、全は羨ましそうに見ている。


「詠のプログラムって市販品の倍ぐらい効率良いよね。売りだせばいいのに」


灯里の言葉に全が答える。


「ばっか、自分の手の内明かす魔導師がどこにいるんだよ」

「全、お前の手の内はオレには筒抜けなんだが。それとまだ魔導師の資格取ってねーだろ調子のんな」

「いいんだよ、詠はオレの専属になってもらうから。それと資格はこの夏中にとって見せる」

「レベッカと丞はほぼ間違いなく2級ならとれるだろう。ただ、お前と灯里は筆記が絶望的だ。対して真白は筆記はレベッカと丞以上だが実技がグレーだ。まあこっちは経験で何とかなるが」


えええ!?と同時に声を上げたのは全と灯里。

魔法端末による魔法の行使には資格が必要になる。それが魔法師と魔導師の資格だ。

魔法師は年齢に制限はなく取得することができる資格で3級~1級がある。魔導工学を学ぶことのできる大学への進学はこの1級が必要になる。

魔法の行使にはある程度の才能が必要とされるためこれでもなかなか狭き門なのだが、さらにその上位の資格が“国家魔導師資格”。これは国際的に魔法の行使を認められる資格であり、魔導師連盟へ所属することになる。ちなみに一般的な生活をする上では全く必要になることはない。ただし、魔導関連の企業への就職率は100%といってもいいが、魔導師連盟から簡単に離れることはできないのでほとんど望みはない。


国際連盟のうちの国際魔導協会―通称IMAの下位組織である日本魔導師連盟へ所属することで得られる権限は魔導犯罪(・・・・)に対する国際的な(・・・・)逮捕権。

また国によっては戦争へ参戦することへの拒否権が得られる。

一見派手で華々しい職業だがそれなりの危険が伴うため志願者はそれほど多くはなく、それ以前に一定以上の適性を認められるものも少ない。


「オレたちの成績そんなひどい!?」

「自分ではギリギリぐらいだと思ってた!」

「ひどいとかそういうレベルじゃねぇ。魔法師の試験良く受かったなお前ら」


机の上に突っ伏す似た者同士の2人を眺めながら真白が苦笑いを浮かべる。


「詠さんは大丈夫なんですか?」

「え?ああ、オレぐらいになってくるともう受かったも同然だからから」


にやりと笑いながら詠が答える。それをみてレベッカがくすくすと笑う。


「そういえば丞、笹川の奴が騒いでたのはなんだったんだ?」

「ああ、また怪しいネットオークションでプログラム競り落としたって。あと自慢のお父様にそれように新しい端末用意してもらったんだってさ」

「へぇ……金持ちって奴は突飛なことするよなぁ」

「見せびらかしてたからちらっと見えたけど端末はGX社の“Over”だったよ」

「マナ容量が300の奴か。韓国の端末は性能はいいんだけどどうも使いにくくてなぁ……あとやたら安いから不安になる。でもOverは高級品か」

「マナチャージャーで回復すればいいし300も一度に使用するような魔法を組み上げられるような才能は彼にはない気がするんだけどなぁ」


丞は思ったことをはっきり言うタイプだが特に自分の認めた身内以外には厳しい。

詠も同じように身内以外はまるで興味がないためその言葉に頷く。


「それにしてもマナの消費はできるだけ抑えるのが基本ですよね」

「私たちは詠のプログラム使ってるから威力に対してかなりお得なマナ消費で済むけどね」

「詠さんに頼り切りというのもどうかと思いますが、自分もやってもらってる以上何とも言えませんね」

「このレベルのプログラムだと本職の人に頼んだら5万円はかかるかな」


レベッカのつぶやきに真白が固まる。


「えっと……1割ぐらい払いましょうか?」

「良いよ別に。3人分(・・・)ぐらい負担でもないし」


タブレットを片付けながら詠が言う。


「まて、どの2人を除いた」


全の声に詠がレベッカ・丞・真白を順番に指さしながら言う。


「三・人・分」

「オレたちが負担だとでも言うのか!」

「ひどい!」


全と灯里が抗議する。


「だってお前らすごいめんどくさい注文するじゃん?使いこなせもしないのに」


詠の言葉に2人がうっ、と声を上げる。


「さて、そろそろ行きましょうか。席取れなかったら困りますし」

「そうだね」


真白たちにつづいて詠も教室へと向かう。


『端末なんて使わなくても魔法使えるのにね』

「能ある鷹は爪を隠すっていうだろ?まあオレの力じゃないんだけどさ」

「ん?何か言ったか、詠?」

「いや、なんでもない」


思わずカルマの言葉に応えてしまった。気を付けようと右手の中指と薬指のリングに触れる。


魔導書は意志を持ち主に答える。

彼の指に嵌る黒と銀の魔導書が主と共に舞台の真ん中へと引きずり出される日も近い。


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