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旅人は少女の騎士となりて

「……お騒がせして申し訳ない」

 ゲイルが目を覚ましたのは意外と早く、その日の夕方には体を起こせるほどに回復していた。

「いえ、無事なら良かったけど……それよりあれだけの怪我をしながら生きているって……どんな体をしているのかが知りたいわよ」

「重ねて申し訳ないが……実は自分の身体に関しては、自分でもよく分かってない事が多く、説明するのが非常に難しいので」

「傭兵の俺としては是非とも知りたいところだが……分からねぇんじゃ教わりようも無さそうだな」

「……しかし、ゲイル殿には度々驚かされるな。見たこともない魔導を使ったかと思えば、常人離れした回復力……他にも隠していることがあるのでは……」

「ギド」

 不審の目を向けながら口を開いたギドを、フィルが鋭く制した。

「……深く聞き過ぎた。済まぬ」

「いや、警戒するのも仕方無い話だろう……しかし、隠し事と言われても正直自分自身でも理解できていない事が多すぎるからな……」

「……ちなみに、ゲイルが今の時点ではっきりわかっていることは?」

「とりあえずは人の怪我や病気を『喰う』体質……とはいえ直接触らなければ使えないというものと、回復力の高さ、『風』の魔導を使えるくらいで、今はそれ以上思い浮かばないな。ついでで言えば基本四魔導も高度二魔導も微塵も使えない、ということぐらいだ」

 ……その計六つの魔導系統に関しては、三人は少なからず知識を持っている。

しかし、『風』となると聞いた覚えも無かった。

 ……だが、威力は三人とも目の当たりにしている。

 力自慢のジードが大剣を振るっても傷をつけることが精々だった魔物を、砂の城のように崩すほどの破壊力。

 恐らく一個大軍に大打撃を与えることも容易だろう。

 男二人はそんなことを思い、慎重にゲイルの様子を伺っていた。

「……回復と魔導については一応分かったけど……怪我や病気を食べる、っていうのは?」

 フィルが恐る恐るといった様子で彼に尋ねた。

「それはあくまで師匠の比喩表現でしかないが……相手の怪我や病気を、寸分違わず俺の身体で再現する代わり、相手を完治させるというものらしい」

「……そんなもの、聞いたことも無いわよ?」

「だろうな。これだけは師匠でも『原因不明』と言って調べるのを諦めたほど、正体が分かっていない……異様性に関しては自覚している」

 そう言ったゲイルは、どこか表情に陰りを見せたが、それも一瞬のことにした。

「それで風の魔導についてだが……あれは完全に使いこなせていないせいで反動が非常に大きくてな。使用すれば少なくとも身体の一部を損傷。しかも発動まで時間がかかるという難点がある……つまり、連続の使用は今のところ不可能、というわけだ」

「……使いどころを間違えれば、ゲイルが足でまといになり、儂らの首を絞めかねない、ということか?」

「はっきり言えばその通りだ……もっと早めに話しておくべきことだったが、ここまでの事態が起こるとは思っていなかったから、黙っていた」

「…………そうか」

 ゲイルの話を受け、ギドとジードは黙り込んでしまった。

 二人はフィリアを無事フロストの下に送り届けるという任務を受けている以上、彼女を危険に晒しかねない要因は出来る限り排除しておきたい、というのが普通の考えだろう。

「……今後のことに関しては、少しばかり考えさせてもらおう。何かと検討すべき内容が多いのでな」

「重ね重ね申し訳ない」

 ギドの言葉を受け、ゲイルは頭を下げた。

「一応夕食は準備できていますが……どうしますか?」

 そして、合間を見計らったのか、ユバが妻と共に湯気のたっている皿を運んできた。

「いただこう。さすがに話し疲れたからな」

 ギドのその一言を持って、話はそこで一旦終わった。


 それからどれだけ時間が経過した頃だろうか。

 食事を終え、話し合いのためにギドたち三人は異なるゲルへ移動し、結局残ったのはゲイルだけになった。

 当然話し相手もおらず(ユバ一家は念のためゲイルから離れた場所で寝ることになった)暇を持て余したゲイルは一人外へと出た。

 夜風は涼しく、未だ治らない左腕の痛みの熱を和らげられるような感覚を覚えていた。

「……誰もいるわけがない、か」

 辺りを見回すが、見えるのは留場に繋げられた馬が三頭。そして薪のために蓄えられた木材だけであり、人の気配は感じられなかった。

 怪我の痛みのせいか、それとも色々と考えるべきことがあるためかは分からないが、眠れる様子のないゲイルは、その置かれた木材の方へと向かい、そこから曲がりくねって使い物にならないようなものを一本取り出した。

「……これなら、まぁ問題は無いだろう」

 そう言うと、ゲイルはその場にしゃがみ込み、持ってきた小剣を取り出し、おもむろに削り始めたのだった。

「……む、さすがに片腕だと力加減がおかしくなるな……」

 手の平より少し大きい程度の大きさの立方体に斬ると、そのまま角を削り、時々腕を止めては考える仕草をして、止まっていたかと思うと今度は非常に手際よく作業を行ったりの繰り返しをしていた。

 三十分も経たないうちに手にしていた木片は、翼を広げた鳥へと姿を変えた。

 少々粗い部分はあるが、それも目を瞑れる程度のものであり、仕上げを済ませてしまえば市場に出て、それなりの値をつけてもおかしくはない出来だった。

「……少しばかり偏りがあるな……作り直すか?」

「こんな場所で独り言ばかり言っていると怪しまれるわよ?」

 ほぼ出来上がった作品を見直していると、ふとゲイルの上方から声が聞こえた。

 顔を上げてみれば、少々呆れた様子のフィルが歩み寄っていた。

「……木彫りでもやっていたの? 随分集中していたみたいだけど……」

「想像通りだ。勝手に木材を使ったのは……大目に見てもらえるか?」

「別に問題ないと思うわよ。小父さんはこの時期使う薪は全部作っておいて、余ったものを外に置いておくから……」

 少しだけ申し訳無さそうに話すゲイルに対し、彼女は少し声の調子を低くして答えた。

 その様子を察することができないほどのゲイルではなく、彼は自身から尋ねず作業を中断した。

「……少しだけ見てもいい?」

「構わない……と言っても、そんなに面白いものでもないとは思うが」

「これだけ出来の良い物を作っておいてその評価はどうなのよ……」

 木彫りの鳥を受け取ったフィルは呆れた様子でそう言った。

 しばらくの間その作品を四方八方から眺めていた彼女だが、全体を見終わったところで何か引っかかるものがあった。

「……ねぇ、これってもしかして……私の首飾りの?」

 確信を持てていない調子で彼女が尋ねた。

 フィルの想像通り、雄々しく翼を広げた鳥は彼女の首飾りに刻まれていたものであり、それが実物と見間違うほどの出来具合だった。そのため、驚きも隠せないようだった。

「一応はそうなるな。おぼろげに覚えたものだから細かい点で問題が多いと思うが……気分を悪くしたか?」

「? どうしてそんな風に思ったの?」

「いや、勝手にフィルの家の紋章を使ったから、だな。一時期それで揉めた事があったから、少しばかり配慮が足りなかったかと……」

「揉め事……ね。そんなことであれこれは言わないわよ。それより、これほどの出来なら店に出ていてもおかしくないと思うほどね」

「実際そういったものを売っていたからな。と言っても、俺が子供の頃のことだから、作ったものを言い値で買ってもらって、だから本当に微々たる額だったが……っと」

 作品を渡したゲイルは、勢いをつけて立ち上がった。

「ふぅん……ちなみに、参考程度にどれくらいだったのかしら?」

「このくらいなら一つで5リラ、だな。アクセサリーなら2リラだから、俺もまだまだなのだろうな」

「……多分それ、いいように使われていたんじゃ……これより酷い出来のもので50リラくらいの値段がついていたものもあったわよ?」

「……本当か?」

 今度はゲイルが尋ねる番だった。

 質問に対してフィルは小さくと、けれどしっかりと頷いた。

「……だとしたら、俺は二年も騙されていたのか」

「えっと……だ、大丈夫! きっとどこかで取り戻せるわよ!」

 これは少しばかりショックだったのだろう、ゲイルは天を仰いで呟いた。それを必死に励まそうとする彼女だったが、気の利いた言葉が思い浮かばず、在り来たりの言葉になってしまった。

「まぁ、今更文句を言っても仕方のないことだな。それで、フィルは何の用だ?」

「あ……危うく忘れるところだったわ」

 眺めていた木彫りの鳥を離れた場所に置くと、彼女はおもむろに剣を二振り、麻袋から取り出したのだった。

 この場所に来てからずっと脇に何かを抱えていたことはゲイルも気付いていたが、それが木製とはいえ、剣というのは彼も予想外のようで僅かに驚いていた。

 驚く彼を他所に、フィリアは取り出したうちの一振りを半ば無理矢理ゲイルに渡してきたのだった。

「……これは?」

「……一つ、私と勝負して欲しいの。もちろん、手加減は抜きの、全力で」

「……左腕の傷はまだ治りきっていないが……」

「それでも全力で、よ。ゲイルほどだったら片腕でも剣は振れるでしょう?」

「フィルもあの魔物との戦いで疲れが……」

「無いわよ。少し休めばどうにかなるくらいだったから、今はもう万全よ」

「…………」

「……今は何も言わずに勝負を受けて。理由は後でちゃんと話すから」

 何とかしてその場を抜け出そうと試みるゲイルだったが、彼女の有無を言わせない問答に、断ることができなかった。

 ゲイルは差し出された木剣の、やや短い方を受け取り、数歩離れたところで数回の素振りをした。

「……剣は大丈夫? 合わないようだったら、他にもあるはずだから……」

「いや、これで充分だ」

 心配そうに尋ねたフィルが言い切る前に、ゲイルは彼女に向き直った。

「……勝負方法は?」

「一本勝負。どちらかの剣先が相手に触れるか、すぐに戦えない状態にしたら勝ち。ただ、当てる場合は寸止めで」

「……分かった」

 微妙に難しい注文を受け、ゲイルはフィリアに遅れて構えを取った。

 フィリアの構えは切先をゲイルの鼻先に向ける基本的なものであり、前後への動きを重視して両のつま先を完全にゲイルへと向けた。

 対してゲイルは切先を後方、剣身を腰元に置くという、非常に珍しい構えだった。足は肩幅程度に開き、後ろにおいた左足に至っては完全につま先が横を向いていた。

 ……最初にフィリアが思いついた手段は、剣の反対側へと踏み込み、そこから一気に攻撃を仕掛ける、というものだった。

 どのような武器にも当てはまるものだが、左右のどちらか一方に置いてしまえば、自然反対側への距離は遠くなってしまう。そのため、騎士や剣士を志す者には基本として『武器は真正面に置け』という教えが徹底的に叩き込まれる。

 彼女も、剣の師である父に厳しくそう教え込まれた。そのため、剣身は彼女の真正面にある。だが、彼女以上の実力があろう彼は、非常に変わった、基本的な教えに思いっきり背くような構えを取る。

「……その構えも、初めて見るわね。独学……」

「戦場で相手に尋ねれば、答えが返ってくると思っているのか?」

 ふと彼女が思った言葉を口にすると、間髪いれずに低い声で制された。

 それは先程まで纏っていた雰囲気とは異なり、近寄ればそれだけで肌を斬られるのではないか、と思ってしまうほどの鋭い気迫だった。

 一見、動きづらそうな構えであるにも関わらず、彼女は隙を見いだせず踏み込めずにいた。とても先程話していた相手と同じ人物だとは思えない変わりように驚きながらも、彼女は頭の中で攻撃の手段を考えていた。

「……向かう気が無ければ、こっちから行くぞ……右前方だ」

「……!?」

 声がしたかと思えば、すでにゲイルの姿は無くなっていた。

 一瞬混乱の所為で辺りを見回そうと思った彼女だが、寸でのところでゲイルの言葉を思い出し、右前方へと視線を向けた。

 すると、そこには既に剣を振り始めている彼がいた。

 とっさの判断で剣を盾にするように構えたが、ゲイルの下からえぐり込むような鋭い一撃は防御ごと打ち抜き、フィリアの姿勢を大きく崩した。

「クッ……!」

「悔しがる余裕があるのか? 左後方!」

 またしても場所を指定され、その方を向けば今度は袈裟斬りを放とうとする彼の姿があった。

 そしてこれも、反射的に受けることには成功したが、防御することには失敗し、剣先が彼女の髪を掠めた。

「……あっ……!」

 二撃しか受けていないにも関わらず、既に彼女の手はしびれ始めた。

 そしてそこから加えて五回ほど、同じように方向を律儀に教えてから攻撃ということが繰り返された。彼女も負けじと全て受けてはいたが、どれも完全に押し負けていた。

 受けたことのない衝撃の大きさに驚くことも許されない怒涛の攻撃によって、彼女の息は一気にあがった。

 そして、八撃目で勝負は決した。

「……これで終わりだ」

 最後の攻撃は、今までとはうってかわって、肩に軽く触れるような攻撃だった。

 ……というのも、彼がフィリアに向けて鋭い攻撃をする必要性がなくなったためだ。八撃目で彼女の剣ははじき飛ばされ、さらに息も上がった彼女はその場で崩れ落ち、草むらの上に倒れ込んでしまったのだった。

「……ハッ……ハァッ!」

 断続的に行われる呼吸がしばらく続く中、ゲイルは呼吸を乱すどころか汗一つかいておらず、風魔導で彼女にそよ風を送る余裕を見せるほどだった。

「……しかし、どうしてまた突然勝負を申し込んできたのか……聞かせてもらっても良いだろうか?」

「……そうね。そういう約束だったものね」

 フィリアが落ち着いてきたところで、ゲイルが見計らって尋ねた。

「……実は……ついさっき、小父さんがお祖父さんから両親への手紙を持っているから、見せてもらったのよ。そしたら、ね……」

 数秒の間を空けたが、小さい声ではあるが彼女は続けた。

「……どれも二人を気遣うような内容だけ……そして最後の一通、私が生まれてからの手紙には、三人で元気に暮らすように、って……そんななんでもない話がずっと書かれていたわ」

「…………」

 ゲイルは何も言わなかった。

 ……彼女の真意は、他にある。

 だから、決心が鈍らないよう、口を挟まなかった。

「雨がしばらく降らなかったから、中庭の緑が少し弱ってきている、とか、臣下の誰が結婚した、子供ができたとか、そんな他愛のない話ばっかりで、家の事情に関係することなんて、一つも無かったわ。一番面白かったのは、母さんが身篭ったころ……かしら? 体を冷やさないように、父には母を無理に働かせないように、って……本当に、そんなことばっかりで……」

 ポツリポツリと出てくる話から、彼女の祖父がどれだけフィリアの両親に、そしてフィリアを気にかけているのかが良くわかった。

「……けれど、それも二人が亡くなってから途切れたみたいだから……多分、心配しているんじゃないかな、って。だから、私は直接お祖父さんに会って、安心させたくて……いえ、とにかく、お祖父さんに会いたい……」

 ようやく、彼女の心が現れた。

「……だけど、私だけじゃ絶対に無理……ギドもジードも一緒に付いてくれるけど、あの魔物にはほとんど太刀打ちできなかったから……」

 ……彼女はどれだけ自分勝手な願いを言おうとしているか、充分に理解している。

 だからこそ、最後の言葉は強く言い切った。


「……私に、力を貸して!」


「私にはお祖父さんを助けるどころか、自分を守る力も無いわ……そんな有様で、会いに行っても、邪魔になることしかできないことは分かってる」

「……」

「……身勝手だってことも分かってる。けど、父と母が好きだったこの地を……どんな事があっても守りたいの……だから……!」

 次第に彼女の声は震え、感情の昂ぶりがゲイルから見ても明らかだった。

 ……本来なら彼女の事情には全く関係の無いゲイルだ、

 彼女も頼みを断られても仕方のないことだとわかっていた。

 複雑に入り組んだ相続問題ほど危険なものに、自ら首を突っ込むお人好しもいない。

 そして、彼には『人を探す』という目的がある。

 その目的を中断してまで、他人事に。しかも命の危険があるかもしれない場所にまで赴く理由はない。

「……ごめんなさい。私の我が儘を聞かせて……不愉快にさせて……」

「……何を今更な話を」

 謝るフィリアに対しての返事は、呆れたようなものだった。

「俺がギドたちと話し合ってほしいのは『今後俺を連れて行くかどうか』だ」

「……え?」

 彼の言葉を聞いてはいたが、彼女は理解が追いついていないようで困惑した表情を浮かべていた。しかし、それも気にとめずゲイルは話し続けた。

「……つまり、俺の方は最初から『その程度の事』は覚悟済みだ、ということだ。危険? この大陸のどこに行けば絶対の安全なんて存在すると思う?」

「そ、それは……」

「それに、フィリアにははっきりとした目標ができた……祖父を助けて、この地を守るという明確な目標が、な。だったら、漠然とした旅を続けるよりは、そちらを手助けしたほうが、充分に意味を持つだろう」

 矢継ぎやつぎはやにゲイルは言葉を口にしていった。

 語る彼の表情はどこか喜びを滲ませ、同時彼女の結論に安堵を覚えているようにも感じられた。その変化に、思わず彼女は質問をしようとしたが、続く彼の言葉により、そのような隙も与えられなかった。

「……俺の剣術が、魔導が役に立つ、というのならば存分に使ってくれて構わない。それが恩人の助けとなり、そして、俺の望む形であれば尚更だ」

 先に立ち上がった彼女に続き、彼も静かに立ち上がった。

「……俺からは以上だ。返事を聞かせてもらえるか?」

「……分かっていて聞いてるでしょう?」

 問いに対して、彼女は自然笑みが溢れていた。

「一応、形だけでも俺が下にならないと、な。後ろで控えてる副団長が煩くなりそうだ」

「え?」

 言われて彼女が振り返ると、足音と共にゲルの影に隠れる何かがあった。

 が、それも無意味だと悟ったのか、男は静かにその姿を現した。

「……よく気が付いたな?」

 大分距離があったために、低い声は少しだけ彼には聞こえづらかった。

「いや、途中から殺気をむき出しにしていれば誰だって気付くと思うぞ」

「…………」

 鋭い視線を放つギドに対し、ゲイルは非常に冷静だった。それとは対称的に、フィリアは驚きを隠せていない様子で、予想外の展開についていくことができていない状態だった。

「……先程フィリア様が言ったとおり、この先危険が付き纏う。儂ら二人だけでは恐らく守り通すことはできないだろう。ゆえに、協力してもらえると言うのならば、ひとりでもその力を借りたい、という結論に至った」

「……フィリアに勝負をさせたのは、俺を見計るため、か」

「……そこまで察していたか」

「一応は。それで、問題は無い、と?」

「協力の言葉に嘘は無いようだからな。フロスト様にお連れするまでの間、助力していただこう」

「理解と申し出の受け入れに感謝する」

 そう言うとゲイルはギドに向けて頭を下げた。

「……ただし、同行するからには死力を尽くしてフィリア様を守れ。貴様が失した際は容赦無く討つ。良いな?」

「上等。俺とてその程度の覚悟無く、伊達や酔狂で言うわけではない事を知らせてやる」

 喧嘩腰のギドに対して、ゲイルは少しも臆することなく答えた。

 老年でありながらも並々ならぬ殺意を向けられれば、普通の人間なら恐らく恐怖してしまうだろうが、この若者は決してそんなことは無かった。

 しばらくの間、互いに睨み続けていたが、結果ギドが先に切り上げたことで終わった。ゲルに戻り、しばらくしてようやくフィルがため息と共に口を開いた。

「……え、えっと……だ、大丈夫?」

「それはこっちの台詞せりふだ。ギドが来てから一言も話していなかったが……」

「……途中から、声が出なくなって……」

 そう言う彼女の手は小さく震えていた。

 これが、先程のギドの気迫を受けた場合の正しい反応である。

 姿が見えなくなった今でも身体がその威圧感を覚えているのか、しばらくは治まる様子が無かった。

「……済まない。俺も少し配慮が足りなかった。だが、ああでもしないとギドが認めなかったかもしれない、ということだけは……」

「大丈夫。それはちゃんと分かっているから……それで……」

 震える手をさすりながら、彼女はゲイルと向き合った。

「これからも、よろしくお願いします」

 ……先程まで陰っていた表情は、少しだけ明るくなっていた。

「こちらこそ、改めてよろしく頼む」


「お疲れさん。あんたも随分と忙しそうだ」

 ギドが先程まで話し合っていたゲルに戻ると、ジードが横になりながら出迎えた。

「……なに、この程度のことで音を上げることはせん」

「しかし、あの嬢さんも結構思い切ったことをするもんだな。刺客の可能性があるって話しておいたにも関わらず、ゲイルの実力と無実を証明するために一人で勝負を申し込む、なんてな」

 ……そう。彼女が彼に勝負を申し込んだのには、実力を測りなおすだけではなく、信頼に足る人物であることを、二人に証明する意味合いもあった。

 彼女がアーカイツ家の血を引く正当な後継者であると判明したのは昨日の早朝。

 それ以降、彼女はギド、ジードの護衛がずっと付いており、付け入る隙はほとんどと言っていいほど存在しなかった。

 もし、仮にゲイルがジスクによからぬ関係のある人物であれば、先程の『一対一』の戦いで何かしらの行動に出ていた可能性が大きい。

 自慢の槍を携えていても、彼女に何かあれば絶対に間に合わない距離。

 それもゲイルは気付いていたことは間違いない。

 けれども、彼は不穏な行動を一切取らなかった。

 単純に、片腕での剣の実力を存分に見せるだけで終わった。

「けどまぁ、あの嬢ちゃんもそれくらいの胆力があるのか、それとも、それだけ『あの男』を信用していたのか……どちらにせよ、色々と収穫が有ってよかったな」

「……ふん」

「あぁそっか。爺さん、あんたもしかして、嬢ちゃんの気があっちに向かっているのを気にしてんのか?」

「……当たり前だろうが」

 茶化すようなジードだったが、ギドは真剣そのものだった。

「……おぉ、まさか本当に予想が当たるとは……けど、さすがに主君の孫娘に手を出すってのは……」

「バカ者が。儂は純粋にフィリア様のお気持ちを大事にしたいだけだ」

 ふざけた事を言うジードに対して老騎士は拳骨げんこつを振った。

 しかし、彼はそれを身軽に避け、危険だと悟ると老騎士から距離をとって姿勢を構え直した。

「危ねぇな! 冗談だから大目に見ろって!」

「……チッ……避けたか」

「心底がっかりしてるんじゃねぇ!」

「……話を戻すぞ、バカ者」

 自身の拳骨が当たらなかったので舌打ちをしたギドだったが、ジードの訴えには微塵も応じなかった。

「フィリア様はこのまま行けば領主の孫娘というそれなりの身分のお方になる。ハイルのために最善である『領主』という立場になってしまえば、そこいらの身分の人間とは接することすらも難しくなる……ここまで言えば貴様でも……」

「んなこた最初から分かってるっての、爺さんや」

 ジードは頭を掻きながら答えた。

「ようは、ゲイルに何かしらの情を持たれたら、後々面倒になるってことだろう? 確かに俺は学のない方だが、その程度はすぐに分かるさ」

「……ふん」

 ……ジードはあえて『それ』を明言しなかった。

 対するギドも、言葉にはしなかったが、それ以上そのことについて説明しなかったことから、ジードの言葉は的を射ていたようだった。

「……けどま、結論を出すにはまだ早いだろ」

 返事のないギドに対して、ジードは一人話し続けた。

「とにかくしばらくは同行するんだ。その間にあんたが評価して、いざとなったら領主様に進言すれば良い話だ。フロスト騎士団元団長であり、フロストの右腕だったあんたの言葉なら多分取り合ってもらえるだろうからな」

「……考えておこう」

 それだけ言うと、ギドは体を横たえた。

「……明日も早めに出発する。そのため今は充分に休んで備えておくように」

「言われずとも」

 そう答えると、ジードも腕を枕にして横になった。

「……強い奴ってのは、探せばいるものだな」

 聞こえるか聞こえないかの小声で、ジードは呟いた。

「……俺の腕はまだまだ未熟……か。このままじゃあの野郎には到底及ばず、だな」

 彼の言葉は、夜の風のによってかき消された。


「それでは行きましょう、フィリア様」

「えぇ。先導はお願いするわ」

「承知しました」

 翌早朝。昨日とは大きく異なり天気は快晴で、見通しは非常に良かった。

 そんな中、ギド・フィリアは馬に跨り、ゲイル、ジードといった順番に歩き始めた。

「出来るだけ急いだほうが良いかもしれねぇな。あんな化け物何度も相手をしていたらいつまで経ってもハイルにたどり着けそうにも無いからな」

「バカに言われなくとも分かっておる。貴様とゲイルは後方の注意を怠らんように」

「扱い酷ぇな、こん畜生……」

 その声が聞こえているにも関わらず、ギドはそれ以上振り返ることなく先を進んでいった。対してジードはギドに向けていた握り拳を解いて、老騎士を追いかけた。

「……傭兵の扱いとはこれ程までに酷いのだろうか?」

 さすがに不憫に思ったのか、ゲイルがふと疑問を口にした。

「正規兵じゃなければ大抵こんなもんだよ。ただ、なんでか知らねぇが爺さんは俺に対しては結構厳しいな……なんでだろうかね?」

「……それは俺に聞かれても困るな」

「ゲイル!」

 話していると、ふと前方からフィルに声をかけられた。

 顔を向ければ、彼女は馬の向きを僅かに変えて手を振っていた。

「早くしないと置いていくわよ!」

「置いていく、と言われてもな……その速さは怪我人には少しばかり厳しくないか?」

 昨晩のフィルとの勝負もあってか、彼の全身の傷は完治しておらず、誰よりも歩く速度が遅かった。下半身の怪我は大したものではなかったので、既にほとんど癒えているが、酷い状態だった上半身は所々傷が塞がっておらず、動かすのもやっと、といった状態だった。

「……えっと、それじゃあこうすれば良いかしら?」

 しばらく悩んだ様子を見せたフィルだったが、ゲイルの歩きを見て行動に出た。

「やっ!」

 彼女は迷うことなく、愛馬のリーから飛び降り、ゲイルの隣に並んだ。

「うん。これなら置いていくこともなさそうね」

「……いや、それは解決しても他の問題が生まれたぞ?」

 ゲイルは前方のリーを指差しながら言った。

 彼女の愛馬は、背中が軽くなったことが分かると、後方のゲイルを(心なしか恨めしそうに)向いていた。

「えっと……それじゃあ、リーはジードに任せても構わないかしら?」

「俺か?」

 ジードはいきなり名前を呼ばれたことに多少の驚きを見せた。

「あ、もしかして馬には乗れないとかは……」

「いや、そんなことねぇさ。けど爺さんがうるさくなりそうだからよ……」

 ……と、ジードが呟いていると、前方を進んでいたはずのギドがこちらに向かってきていた。

「三人とも、遅すぎるぞ! というより、何故フィリア様が降りて……」

「ギド。怪我人がいるのだから、その人に合わせて歩いていきましょう」

 彼女はそう言うと、ゲイルへ視線を向けた。

「いえ、それも一理ありますが……私としては出来る限り急いで……」

「じゃあ、ギドは今度魔物が現れたら対処できるのかしら?」

「グッ……!」

 フィルの反論に老騎士は言葉を詰まらせた。

「ゲイルは私たちの仲間よ。ゲイル、ギド、ジードの一人でも欠けたら多分私はお祖父さんに会う前に……」

「あぁ、もう! 分かりました……なら!」

 彼女の追い打ちを全て聞くよりも早く、ギドは馬の背から降りて手綱を握り直した。そして、彼女らの前方に位置取った。

「……これでよろしいでしょう? ただし、ゲイルの怪我が治るまでというのを理解しておきますように」

「えぇ。ありがとう、ギド」

「久しぶりの長歩きでへばるなよ、爺さん。何だったら、いざとなったら俺がおぶってやろうか?」

「そんなものは必要ない! 何度も言うが、儂をそこらの老人と同じ扱いをするでない!これでもまだ四十八だ!」

「えっ……!?」

 ギドの発言に対し、真っ先に反応したのはフィルだった。

「……申し訳ありませんが、フィリア様。その反応はどういった意味で……?」

「……な、なんでもないわ! そうよね、ゲイル!?」

「……まぁ、そういうことにしておこう」

慌ててゲイルに同意を求めるフィルと、彼女の思ったことがなんとなく……というより自身も似たような経験をしているため、すぐにその意図が分かった。

「…………とにかく、ゲイルも早々にその怪我を治すように! 儂からはそれ以上言わんが、心得ておくように!」

「……努力は……意味があるかどうか分からないが、やってみよう」

どう答えて良いか分からず、ゲイルは非常に困った表情で答えた。

「それじゃあ、今度こそ改めて……出発しましょう」

 彼女の一声に、三人は頷く。

 なんだかんだ言いながら全員肩を並べ、今後の方針や雑談を混じえながら歩いていく。


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