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獣人の少女

 自身初の獣人登場です。

 多分明るく人懐っこい、といったイメージがある人もいるかもしれませんが、登場する彼女は口数少なく決まった相手にしか懐きません。

 あらかじめご了承ください。

 レムは堺町としてかなり栄えている部類に入る。

 というのも、南は大陸最大の港を持つ海都スラストバール、北には広大な草原に加え複数の都市が点在している。更に言えばレムは東西がそれなりに高い山に挟まれているため、自然と南北で商売をする際の中間地点となる。

 その日も陽が暮れているにも関わらず売り買いの声が行き交っていた。

 そんな中、ゲイルたちは一つの建物から姿を現した。

「申し訳ありません。荷下ろしまで手伝っていただいてしまって……」

「いや、さすがにここまで来て何もしないというのも手持ち無沙汰だったのでお気になさらず……」

「……初めて中継所を見たけど……あんなに活気があったのね」

 フィルは普通ならば見ることができない仕事場を見て驚きを隠せていないようで、まだどこかふわついている様子だった。

 ちなみに道中で聞いた話によれば、フィルは時々生活の足しを得るために自分の羊などを市場で商売をする商人に売ることはあるが、それ以外で町を回ることはほとんど無いため、非常に新鮮らしかった。

「あぁ、初めての方は驚くのも当然ですよね。あそこは皆さんが負けじと声を大きくしてしまうので、自然うるさくなってしまうのですよ。私も場の空気に飲まれて我を忘れる時が時々ありますからね」

 そう話すイアンはどこか恥ずかしそうだった。

「さて、お二人もお疲れでしょうから、後はゆっくり過ごしていただいて構いません。私はこの町にあと三日は留まる予定なので、それまでは宿のお支払いは私が負担させていただきます」

「いや、さすがにそれでは……」

 ゲイルが断ろうとしたが、それも聞く耳持たずで彼は宿の中に入り、あっという間に受付を済ませてしまった。

「部屋は取れました……ところで今更ですが、お二人は同じ部屋で問題は無いでしょうか?」

「本当に今更な話ですね……」

 イアンの問いに、ゲイルは半ば呆れ気味に言った。しかも、悩みを抱えたかのように頭を押さえながら。

「自分としてはできれば……」

「問題ありません!」

 ゲイルが断ろうとした瞬間、フィルがそれをはっきりと遮った。突然のことに彼は驚きと動揺を隠せず、思わず彼女を振り返った。彼女はその隙を(無意識ではあるが)逃さず続けた。

「部屋はどこか聞いてもいいですか?」

「二階の一番手前ですね。私はその隣になるので、何かありましたら声をかけてください。では……」

 確認を終えるとイアンは相当疲れていたのだろう、身体を僅かに引きずるように階段を昇り、そのまま姿が見えなくなった。

「……それじゃあ、私たちも部屋に……」

「どういうことだ、フィル?」

 そしていざ部屋に向かおうとした彼女だったが、それも彼の低い声で呼び止められた。

「さすがに草原では危険も考慮して妥協したが……そもそも男女が同室というのは……」

「分かっているけど、まだ一人じゃ不安、っていうのが大きな理由ね。何かあった時……例えばいきなり誰かが押し入ってきた時、私一人じゃ対処しきれないかもしれないから、ね?」

「……まぁ、それも一理あるな」

「そういうこと。あとは、まだ一人が怖い、が一番ね」

 最後の理由は小さな声で呟かれた。

 それを持ち出されてしまってはゲイルも断りようが無くなり、しばらく考え込んだ。

「……分かった。というより、部屋はもう変えようがなさそうだから、今更何を言っても意味がないだろうな」

 しかし、最終的に彼は折れた。

 そこで顔を明るくしてフィリアが何かを言おうとしたが、それよりも先に彼女の腹の虫が主張を始めたのだった。

「……っ!」

 気が抜けたところでの腹の虫であったため、フィリアは恥ずかしさで顔を赤くした。

「……そうだな。とりあえずは腹ごなしでもするか。思い出せば朝食以外食べていなかったからな」

 彼女の動揺を悟ったゲイルは何気なくフォローをしつつ次の行動を考え始めた。ちなみに彼の当初の予定では昼に一旦休憩をいれ、夕方まで進んで野宿し、後日早朝にレムに入るつもりだった。

「ここの調理場でも借りられれば良いな」

「え、えっと……もしかして、またゲイルが作るの?」

「……? そのつもりだが……何か不満か?」

 彼のフォローに助けられ、フィルは普段の調子で尋ねた。

「いえ、思えば昨日も今朝もゲイルが作ったから、今日は私がって思ったんだけど……」

「なに、出立記念だ。今日くらいは俺の祝いも兼ねて休んでおけ」

 そう言うと彼はフィルの頭に手を置き、軽く叩いた。

「あ……」

「慣れない旅で疲れただろう? 俺も旅を始めた最初の頃は、寝床に着くなり何も食べずに寝るくらいに疲弊していた覚えがあるからな。今日は安静にして、明日に備えるように」

「……分かったわ」

 しばらくは不満そうにしていたフィルだったが、経験者による経験談は効果的だったのか、渋々ながら首を縦に振った。その返答に満足したゲイルは、静かに彼女の頭から手を離した。

「よし。それじゃあ少しばかり腕を振るうか。道具もしっかりしていれば、それなりの物は作れるからな」

「あ、そういえば材料は……」

 そこで思い至ったように、フィルは尋ねようとしたが、言い切るよりも先にゲイルがどこからか材料を出していた。

「安心しろ。しばらく分の食料は買ってきている」

「い、いつの間に……」

「食料確保は旅の基本だからな。この町についてすぐの場所で色々と安売りしていたから、ある程度買い貯めておいた」

 ゲイルの抜け目のなさに驚きながらも彼女は感心せざるをえなかった。

 もし自分だけならこのように先のことまで考え、周りに注意を払えず、初日から空腹と戦わなければならなかったかもしれない、そう思うと自然ゲイルの凄さに感謝していた。

「……ゲイルって、なんでもできるの?」

「そんな過大評価されても困るぞ? 器用貧乏なだけで、極めて上手い、というわけでもないからな。剣も魔導も料理も、本職には遠く及ばない。それに、動物にはとてつもなく嫌われるから馬にも乗れず、移動には時間がかかる……まぁ、フィルだって俺よりも素晴らしい点があるから、この程度で自信を無くさなくても大丈夫だ」

「……バレた?」

 自分の質問の真意が見抜かれたような気持ちだったが、最後の彼の言葉でフィルは自然肩の力が抜けていた。知らぬうちにプレッシャーを感じていたのだろうが、それもいつの間にか吹き飛ばされていた。

「フィルは自分が未熟だと思っているだろうが、俺も同じく未熟で不完全だ。だから焦る必要は微塵もない。少しずつ成長していけば良い話だ」

「……ん、ありがとう」

「さて、完成まで時間はかかるだろうから、それまで部屋で待っていてもらえるか?」

「……うん、分かった」

 そう答えると、彼女は静かに歩き出し、階段を昇っていった。


 その話から数分後。

 宿屋の裏に一つの影があった。

「…………」

 身体を引きずるように、時には身体を壁に寄り掛からせながら歩く姿から容易に弱っているということは察せられた。

 ただ、人目につかない場所であるため、誰も気付く事無くそれは歩みを進めていった。

「……どうしよう……」

 フードを被ったその人物からはそんな言葉が発せられた。

 言葉に力は無く、今にも消え入りそうな声だった。

 覚束無い手で懐を探ってみても、出てくるのは精々5リラ程度。とてもではないが、今その人物が直面している問題を解決できそうもない額だった。

 ただ、問題を解決できないのは何も手持ちの金額に限った話では無かった。

「……やっぱり、まだ私たちを受け入れてくれるような人は……」

 言ってその人物は自身の耳を触った。

 被ったフードの下、犬のような耳は触った本人でも分かるほど力が抜けていた。

「……こうなったら……でも……」

 困窮こんきゅうしたその人物は、とある一線を越えようか越えまいかで悩んだ。腰にはそれなりに手入れのされている剣が差さっている。そうでなくとも、その人物には種族自慢の鋭い爪や牙を持つため、力で負けるようなことはないだろう。

 けれども、それを実行してしまえば、『その人物たち』と人間の亀裂は決定的な物になってしまう。だからこそ、その人物は判断を慎重にせざるをえなかった。

「……うっ……!」

 しかし、時間は限られていた。

 今直面している問題が、その人物の判断力を奪いつつあり、徐々にその本来の姿を表し始めていた。

「……無事か?」

 そんな時、ふと耳に声が届いた。

 最初は幻聴かと思っていたその人物ではあるが、再び聞こえた声と肩に触れた温もりで現実だと感じ取れた。

「何かあったのか? 相当参っている様子だが……」

「あ……」

 鼻腔をくすぐる良い香りがその声の主から漂い、僅かに意識を明確に取り戻し、そして『彼女』は、今持ち得る最後の力を振り絞って声を出した。

「……お腹……空いた……」

 その言葉と同時、彼女は力が抜けてそのまま前のめりに倒れた。そしてその拍子に耳を隠していたフードが外れた。

 外れた瞬間、彼女は「しまった」と思い、同時に「これで助からない」と思った、

 それが、意識が途切れる寸前だった。


「……えっと、ゲイル。その人は?」

「宿の裏手で倒れていた」

 それから数分後。ゲイルは倒れた彼女を抱きかかえてフィリアの待つ部屋に現れたのだった。あまりにも予想外のことにフィリアもどう反応していいか分からない様子だった。

 ちなみにフィリアは、その抱えられている人物が体つきから女性だと分かり、少しばかり訝しんでいた様子だったが、彼女の表情を覗き込んで、ただ事でないと分かるとすぐに納得したようだった。

「……それで、済まないがしばらくの間、彼女の看病を頼めるだろうか? と言っても、料理を運んでくる間だけだ」

「別に良いけど……」

「助かる」

 フィルの了承を得ると、ゲイルは静かにもう一つのベッドに彼女を静かに乗せた。その際、彼女の被っているフードは外さないよう細心の注意を払っていた。

「……どこか怪我でもしたのかしら?」

「いや、空腹だ。だから、フィルは俺が戻るまで彼女を見ていてくれ。途中で起きてきたら確か俺の袋にパンが入っているはずだから、それを食べさせてやってくれ」

 旅嚢の場所を指差しながらゲイルがそう言うと、フィルは静かにそれを開け、中身を調べた。すると、彼の言うとおり麻袋に少しではあるが食料が入っていた。

「これで良いの?」

「あぁ。それで間違い無い。それじゃあ、しばらくの間頼む」

 取り出された袋が正しいことを確認したゲイルは一つ頷くと、一言残して部屋の外へと出て行った。

 取り残されたフィルは、少々荒い息で眠る女性を見た。

 表情は少しだけ苦しそうに歪み、身動きをしようにもその体力もあまり残っていない様子だった。

「えっと……さすがにフードを着けたまま寝るのも……」

 気になったのか、フィルは彼女を起こさないようできる限り静かにフードを外した。

「……え?」

 そこで彼女は信じられないものを見た。

 普通の人ならば無い、獣のような耳が付いていたのだった。長い毛に覆われ、鋭く尖りながらも力なく項垂うなだれているその耳は、弱っている子犬のような耳だった。

「こ、これは……?」

「……ん……?」

 その声の所為か、それ以前の行動が原因か分からないが、眠っていた女性は静かに目を開いた。

 フィルはゲイルに言われた事を思い出していたが、先程受けた驚きの方が勝っていたために、行動に移ることができなかった。

「……誰……?」

 女性は僅かに焦点の定まっていない目でフィリアを見た。そして彼女が驚いているということとやたら部屋の灯りが眩しいことに気付いて、自身の頭を探った。

「……っ!」

 そこで自身のフードが外れていることに気付いた彼女は勢い良くベッドから飛び降り、壁を背に警戒しているのかフィリアに威嚇をしていた。

「グルルルル……!」

「え、えっと……お、落ち着いて! 私はあなたに何も……!」

「……フー……!」

 なんとかなだめようと言葉を探すフィルであったが、初めて見るような相手にどのような言葉を投げかければ良いか分からず、ひたすらに困惑することしかできなかった。

「目が覚めたようだが……何か問題が起きたようだな」

「……?」

 女性が逃げ出そうと窓に手をかけた瞬間、ようやくゲイルが部屋に戻ってきた。彼女にとって突然のその訪問者によって、女性の動きが止まった。

「げ、ゲイル……あの人は一体?」

「獣人族だ。人並みの知能と獣並みの身体能力を持ち合わせる種族で、多分今のフィルがまともにやりあっても負けることしかできないだろう」

 動揺しながら尋ねるフィルに対して、ゲイルは至極冷静だった。

「しかし、フィルでも駄目となると難しいな……できればフィルで警戒を解いておいて欲しかったが……」

 言いながらゲイルはゆっくりと彼女のもとへ歩み寄った。

 女性は警戒を解かずに彼を鋭く睨んでいたが、しばらく様子を伺っていると何かに気付いたように首を傾げた。

 だが、それよりも早く彼は手に持っていた器を机の上に置いた。

「……久しぶりの調理法だから味は悪いかもしれないが、よければ食べてくれ」

「……」

 彼女の視線はその器によそられたスープに釘付けになった。中身は野菜よりも羊肉の多いスープであり、空腹かつ獣人の彼女は思わず喉を鳴らした。

 が、やはり警戒は残っているようで、一瞬だけゲイルの表情を見た。

「……毒は入っていないが……まぁ、証拠もなしに信じろ、という方が無理な話だな。なら……」

 すると、彼は添えておいたスプーンで一口、二口とそれを静かに飲んだ。そしてしばらくの間、つまり毒の有無を確認できる時間をおいたが、異変は何も起こらなかった。

「これで信じてもらえただろうか?」

「……ん」

 何事も無かった事を確認すると、女性は置かれた器に静かに近寄り、恐る恐るそれを口に運んだ。そして、その勢いが徐々に速くなり、途中からは絶え間なくスプーンが行き来し、そのまま器が空になるまで繰り返された。

「……ふぅ……」

 食べ終えた彼女は気が落ち着いたのか、腰から伸びた尻尾は忙しなく揺れ、耳は起きたり寝たりを繰り返し、喜んでいるように見えた。

「随分といい食べっぷりだな。見ているとこっちも腹が鳴りそうだ」

 そう言いながらゲイルは扉を開け、外のテーブルに置いてあった鍋と器二つを持ち込んだ。

「多目に作ったから、まだ腹が空いているようならよそってやるが……」

「お願い……」

 ゲイルが言い切るよりも先に彼女は空になった器を差し出した。驚くべき回復力で、既に彼女から困憊の色はほとんど消えていた。

「慌てるな。俺たちも夕飯はまだだから、順番だ」

「……ん、分かった」

 言われると彼女は二人分を用意されるまで、尻尾と耳を揺らしながら静かに待った。


「それじゃあ、落ち着いたところで自己紹介でもしましょう。私はフィリア・アーヴェル。草原の民『ルト』の一族よ」

「……そういえば家名は初めて聞いたな」

「あ……確かに」

「まぁ、大したことではないだろうから、次は俺だな……俺はゲイルだ。家名は無しの、単なる浪人だ」

「アーエス……アーエス・ベスティア。さっき、ゲイルが言ったとおり……私は獣人……ご飯は、その……あ、ありがとう」

 アーエスと名乗った女性は、僅かだが恥ずかしそうに俯きながら小さくそう呟いた。

「いや、あれだけ美味しそうに食べてもらえれば料理人冥利に尽きる。だから気にしなくてもいい」

「……けれど、今私は何も持っていないから……」

 懐や荷物から何かを探すアーエスだったが、色々とひっくり返しても銅貨の一枚も出てくることはなく、非常に申し訳無さそうに彼を見た。

「いや、別に礼を言ってくれるだけでも充分だから、気にしなくても構わないぞ?」

 そう言いながらゲイルは温めたミルクの入ったカップを揺らした。

「……だけど、それじゃあ私の……獣人の礼節に背くことになるから……」

「まぁ、獣人族は恩義を大切にすることは知っているが……」

 困ったような表情を浮かべながらゲイルはカップを傾けた瞬間だった。

「……じゃあ、体で払う」

 ―せた―

 突然の爆弾発言に、ゲイルは口に含んでいたミルクを勢い良く噴き出してしまった。直前に方向を変えたため、アーエスとフィルに被害は出なかった。だが、その反応の理由が分からず、アーエスは不思議そうに首を傾げた。

「……済まない、その言葉をどこで覚えた?」

「たしか……お腹を空かせて倒れていた女の人が……」

「……もしかして裏町で聞いたのか?」

「……多分」

 裏町は表に比べると圧倒的に不安定であり、浮浪者たちの行き着く場所を総称する。職を失いその日暮らしもままならない人間が多く転がり、悪行の横行する場所でもある。

 幸いこの町における裏町は、精々生活苦の人間が集まる場所であり、巣窟にはなっていないが、それでも売春や盗みは少なからず存在する。

「……意味は分かっているのか?」

「ううん。ただ、そう言った人は男の人に運ばれてた。太ってて……ニヤニヤしながら……」

「え、えっとごめんなさい、ゲイル。私もその意味が分からないのだけれど……」

「悪いことは言わない、二人ともその言葉は今後一切使うな。意味が分からなかったら信頼できる人間に聞いて理解するように」

 噴き出した水を拭き終えたゲイルは、頭を抱えながらそう言った。

 すると、アーエスはしばらく考え込んだあと、顔を上げて口を開いた。

「ゲイル。それってどういう意味?」

「……………………」

 この質問には、さすがのゲイルも絶句せざるをえなかった。説明するために充分な理解はできているが、だからと言ってそう簡単に説明できるような内容ではないため、これまでないほど困ったような表情を浮かべていた。

「……その、だな。非常に言いにくいが、その男が言った意味は恐らく売春に近い意味だろう。要は男性を色々な意味で満足させるという……」

「「……?」」

 ここで二人が首を傾げたのを見て、ゲイルは顔を両手で覆って下を向いた。

「……これ以上どう説明すれば良いと?」

「え、えっと……とにかく、人前でそういう事を言わない方が良いってこと?」

「頼む。さすがにそれ以上は俺の口から説明するのもどうかと思うからな……」

「……ん、分かった」

 絞り出すような彼の言葉にアーエスは頷いた。

「……しかし、アーエスはどうしてあそこで倒れていたんだ?」

 一つ深呼吸をして、調子を取り戻したゲイルは、ふとそんな疑問を投げかけた。質問に対して、彼女は数秒ほど悩み、少しずつだが言葉を口にしていった。

「最近、変な生き物のせいで狩りが上手くいかなかった」

「……それって多分、魔物、よね?」

「恐らくは、な。それで思うように食料をる事ができずに、ということだろうか?」

 ゲイルの確認にアーエスは静かに頷いた。

「……しかし、獣人族の身体能力なら人間の職に就いてもあまり問題なくこなせてもおかしくないはずだが……」

「……それ以前の問題……」

 彼女はフルフルと首を振った。

「……獣人はみんな化物って呼ばれてた……それで、話も聞いてもらえなくて……」

「え? どうしてそんなことに?」

「……魔物と獣人が似てる、って……」

「?」

 アーエスの答えだけではフィルも混乱せざるをえなかった。

 疑問符を浮かべるフィルの横、ゲイルは思案顔をしていたが、しばらくすると何かに思い至ったように顔を上げた。

「……もしかして、魔物と似た者扱いをされたのか?」

 ゲイルの疑問に彼女は頷き返した。

「……狩りもできない。お金稼ぎもできなくて……お腹が空いて、あそこで倒れた」

「それは……大変だったわね」

「……ん、ありがとう」

 フィルの言葉に対し、彼女は素直に頷いた。

 そのやりとりから、先程までアーエスがフィルに対して抱いていた警戒は解けているようだった。

 そこでゲイルは一つの提案が浮かんだ。

「そうだな……アーエスは戦いに自信はあるのか?」

「? ……一応、これでも獣人の端くれ。戦うことなら、任せて」

 突然の質問の意図が分からずも、彼女ははっきりとそう答えた。視線は倒れるまで腰に提げていたロングソードがあり、先程までの穏やかな雰囲気は僅かに鋭くなった。

「それなら一つ。今日は護衛と話し相手も兼ねてフィリアと同室を願えるだろうか? さすがに男女が同室というのもあまり好ましくないからな」

「……それは、命令?」

「いや、あくまで提案だ。嫌ならば断ってくれても構わない。それに食事の事だったら気にしなくても結構だ。こっちが勝手にやったことだから、恩なんか感じる必要も無いからな」

「……」

 ゲイルの返事を受けて、アーエスはしばらく考え込んだ。

 対して、同室予定のフィルは、ゲイルの提案に対して特に異論は無いようで、彼女の答えを静かに待った。

「……それじゃあ、頑張る」

 フィルの気持ちも察したのか、彼女は首を縦に振った。

「……よし。ならアーエスはこのベッドを使ってくれ。俺は他に寝られるような場所が無いか探しておくから気にしなくて大丈夫だ」

「……? なんで?」

 ゲイルの考えを聞いたアーエスは、その話は理解出来ても、なぜそんな面倒をするのか、という理由が分からないようで、小さく首を傾げた。

 さすがのゲイルも、二度目の絶句をせざるをえず、額を押さえた。

「……いや、なんで、と聞かれても正直返答に困るのだが……」

「……一緒に寝ればい。ベッドは広いから、大丈夫……」

「俺の精神力が問題だ……それと今後はあまりそういった事は言わないように。下手に信用すれば、そこに付け込まれることだって少なくない。それが二人のような女性だと尚更な」

 ……そうやって、彼はもうしばらく彼女の説得を行なった。

 中にはあまりにも世間知らず故に出てくる発言もあり、とにかく彼女らはゲイルを困らせたが、彼は何とかして夜が明ける前に就寝することができた。



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