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フィルの性分

……第二話の進行度が低いです。

できれば、で良いので第一部『草原の少女』で掲載した質問に答えていただけると助かります。

 ある程度の準備が終わったのは正午に差し掛かる前だった。

 ゲイルは少し膨らんだ旅嚢りょのうと腰に差した一振りの剣を用意するだけ。対してフィリアは今まで使ってきたゲルや家財を他の集団に譲り渡すなどの作業が必要だったため、それなりに時間がかかってしまったのだった。

「……しかし、少しばかり申し訳ない気がするな」

「? 何が?」

 譲り渡しを終えたあと、歩きながら彼はそんな風に呟いた。

「……いや、さっきもらったお金のことだ」

「あぁ、これのこと?」

 言ってフィルは小さな袋を腰から取り出した。

 それは彼女の握りこぶし程度の大きさであり、歩くたびに聞こえる音からしてそれなりの額が入っていることは容易に想像できた。

「……あの人たち、特にユバ小父さんは、両親が亡くなってからずっと気にかけてくれて……こっちがお礼をしなきゃいけないのに、『旅にも新しい生活にも先立つものが必要だから』って言って……」

 そして、彼女は先程別れを告げた人たちのいる方向へと振り返った。

「……断ろうとしたら『ゲルと家財を売ったことにすればいい』って、ね。本当に、お世話になりっぱなしだったわね」

 しばらく彼女は後ろを見遣りながら先を進んだ。

「……ところで、ゲイルに一つ聞こうと思っていたんだけど……」

「? 何を、だ?」

「いえ……どうしてリーに乗らないのか不思議に思って」

 言って彼女はくらを叩いた。

 彼女は移動の間は馬の『リー』に乗っていたのだった。それなりの体格を持つ馬であり、後ろに鞍をもう一つつければ、走れないだろうがゲイルを乗せることも可能であるほどだった。

 その質問を受けたゲイルは少し困ったような表情を浮かべながら答えた。

「……俺もできれば乗りたいところだが……多分それ以前の問題にぶつかるだろうからな。遠慮させてもらう」

「? 問題って?」

「それは……まぁ、見ればすぐに分かる」

 そう言いながらリーの首を撫でようとすると、その手から逃げるように身をよじった。そしてその勢いのまま背を向けると、迷う様子なく蹴飛ばしを放ったのだった。

 ゲイルはそれを紙一重で避けながら距離を取り、なんとか事無げに済ました。

「げ、ゲイル!? ちょ、ちょっとリー! 何やってるの!?」

「気にするな、フィル。怪我も無いし、俺も分かっていてやったことだ」

 リーに対して困惑しながらも叱るフィルとは対称的に、攻撃されたゲイルは何故か落ち着き払っていた。

「け、けど……リーは人懐っこい性格だから、こんなことをするはずがないと思ってたけど……」

「あぁ、それは単純に俺が動物に嫌われやすい体質だからだ。それも、どんな動物に対しても、極端に、だ」

 特にためらう様子もなく、彼はそう答えた。

「い、いえ……そういう人がいることは聞いたことがあるけど……だけどここまで酷いのは初めてよ? 取り敢えず、私は前の方に……いえ、後ろのほうが良いのかしら……?」

「……そんなに考えなくても大丈夫だぞ? この程度なら避け切れるからな」

 言ってゲイルは彼女の心配を他所に後方を付いていくように位置取った。先程蹴飛ばされそうになったというのにも関わらず、彼は微塵も恐れている様子はなかった。

「え、えっと……ところで話は変わるけど、次の目的地とかは決まっているのかしら?」

「一応は、な。取り敢えず覚えている地図が確かなら、草原ここの北に街があったはずだから、そこを目指していこうと考えている。そこである程度旅支度をしておこうと思ってな」

「あ、それだったら私が案内できるわよ?」

 ようやく平常心になり始めたのか、彼女は明るく言った。

「ここの北と言ったら堺町『レム』よね? 何度か用事で訪れているから、それなりに地理には詳しいわ」

「そうか。それなら頼めるか? 一応大陸の地理は完全に覚えているが、細かい事はからっきしだからな」

「それもそれで凄い事だと思うけれど……とりあえずはレムで準備と方針決めってことね!」

 そう言って彼女は嬉々とした表情で前方を見た。

 その視線の先は、遥か遠い空があった。

 羊雲の流れる澄んだ空が、高く昇った太陽が彼と彼女の旅路を祝福しているかのように。

 それからしばらく経った頃。

「そういえば疑問に思ったのだけれど、ゲイルの剣って誰に教わったの? あまり普通の構え方には見えなかったけど……」

「……あの状況でそこまで分かるとはな。フィルは眼が良いな」

 変わらぬ速度で歩き続けながら二人はそんな雑談を始めていた。

 馬のリーもそれなりの速さで歩いているというのにも関わらず、ゲイルは疲れた様子を一切見せることもなく平然として答えた。

「剣術に関しては父親の友人という人から五年ほど教わったな。ただ、その人が言うにはクシュラにある剣術をいくつか織り交ぜた我流らしい」

「クシュラって……たしか大陸の東にある、砂漠に囲まれているっていう、あの?」

「みたいだな。相当厳しかったことだけは今でもしっかりと覚えているな」

「それと……剣術に関しては、ってことは他にも教わったの?」

「一般的な武芸は全て叩き込まれた。それと……まぁ一応話しておくと簡単な魔導は使えるな」

「……ごめんなさい。ゲイルは旅人を止めてどこかの軍に所属するのも手じゃないかしら? 多分引く手数多あまただろうけど……」

 驚きを通り越して呆れたフィルは彼を見ながら言った。

 ゲイルがいう一般的な武芸とは槍術、弓術、重量武具(メイスや斧)を指し、どれか一つでもそれなりに極めれば小隊長級になることができると言われている。

 魔導ができるとなれば余計に優遇される材料になる。

 というのも、簡単な魔導ですら会得するには、凡人では数年の修練が必要と言われており、絶対数が少ないのに対して戦場では非常に有用性が高いためである。

 一点破壊の性能を持つものがあれば広範囲の相手を攪乱かくらんすることができる魔導もあり、その戦況に応じて使い分ければこれ以上ない戦力になるというのも大きな理由の一つである。

「……いや、軍はできれば止めておきたい。好き好んで戦いに身を置いておきたくは無いからな」

 僅かに考えたゲイルは少しだけ悲しそうに答えた。

 そこでフィルはゲイルの父親が戦死していることを思い出したのだった。

「え、えっと……ごめんなさい、配慮が足りなかったわ……」

「分かってくれればそれでいい。それに普通はそう思う……」

 そこまで言ったところでゲイルは足を止めた。

 突然のことにフィルは首をかしげながら彼を見た。

「……? どうかしたのかしら? 突然黙って……」

「……向こうの方で、誰かが襲われている……見たところ、商人だろうか?」

 そう言って彼は鋭い視線の向けている方を指差した。

 それに従って顔を向け、目を凝らせば、確かに彼女の目にもそれらしき光景が写った。遠目ではあるが視力が非常に優れている彼女は、身なりの酷い男たちが護衛らしき相手に斬りかかったり、馬車に群がり荷を奪いだそうとしているのがよく見えた。

「……! た、大変! すぐにでも助けないと……!」

「見知らぬ他人を、か?」

「当たり前でしょう! 困っている人がいれば助ける! それが私の……草原の民・ルトの信念だから!」

 答える彼女の瞳は力強かった。

 それを聞けたゲイルはどこか嬉しそうな表情を浮かべた。

「分かった。ならフィルは誰かに斬りかかって少しでもいいから注目を集めてくれ。俺は追いついたらすぐに奇襲を仕掛けるから、それと同時に動いてくれ」

「えぇ、問題無いわ!」

「ただ一つだけ。決して、殺す気でかかるな。斬り付けても精々脚や腕までだ」

「え……な、なんで……」

 突然の条件に一瞬フィルは耳を疑った。

 走り出そうとしていたリーを半ば無理矢理止め、ゲイルにその意味を尋ねようとした。

「それは無事終わったら話す。今はあの襲われている人たちを助けなければ」

 だが、彼はその真意は答えなかった。

「……努力はするわ」

 不承不承ながらも答えたフィリアはそのままリーにムチをうち、勢い良く駆け出した。

 生い茂る草をものともしない力強い走りであり、あっという間にゲイルとの距離を大きく離していった。

「……俺もあまり遅れるわけにはいかないな!」

 それを見ると同時、彼は身体を僅かに前傾させ、力の限り地面を蹴った。


「おらぁ! さっさと積んでるモンをこっちによこせ!」

「そ、そんなことが出来るか! これは……何があっても貴様らのような物に渡してなるものか!」

 賊の男たちのリーダーらしき男が剣を商人に突きつけながら怒鳴りつけるが、商人の男性は震えながらも身を挺して荷台に立ちふさがっていた。

 立ちふさがるだけなら、賊は切り捨てれば良い話である。だが、それができないのは商人の男性が剣を持って応戦していたからだった。

 それは荷台に積み込まれていた物の一つのようであり、磨かれた刀身にはいくらかの血が付着していた。我武者羅に振り回すだけの、剣術の影すらない幼稚な戦い方ではあるが、それでもここまで奇跡的に戦うことができていたのだった。

 倒す、まではいかずともならず者を寄せ付けない程度はでき、数分の間は一人で荷馬車を守ることが出来ていた。

 ……そう、一人で、だ。

 護衛らしいものはほぼ全て切り伏せられており、残るは彼一人だけだった。倒されるならまだしも、護衛の中には凌ぎきれないと悟るとすぐさま逃げ出すものもいる始末だった。剣を投げ捨て、少しでも早く遠くに逃げ出そうとしたため、持ち主のいない剣がいくつか地面に落ちていた。

 それでも、商人の男は決死の覚悟で賊と戦った。

 しかし、素人にはやはり荷が重すぎたのか既に息はあがり、剣を握る手も酷く痙攣けいれんし始めていた。

「死にたくなけりゃあ黙ってどけばいいんだよ! じゃなきゃ俺らの剣の錆にしてくれてやんよ!」

 その掛け声を合図に、後ろで様子を伺っていた仲間も彼を囲むように動き始めた。それを見た商人は慌てるあまり構えを崩してしまった。

今まで上手く退けていたとは言え所詮は素人。それゆえ囲まれたことにどう対処すれば良いかが分からず右へ左へと身体を揺らしてしまったのだった。

「……! よし、かか……!」

「ぎゃぁ!?」

 それを見逃さずに号令をかけようとした瞬間、リーダーの後方から悲鳴が聞こえたのだった。振り返ると同時、男の横を何かが素早く駆け抜けた。

 視線の方向には血を流して倒れる部下がおり、男は瞬時に新たな敵が現れたことを悟った。

「誰だ!」

 叫んで通り過ぎた何かの方向を見れば、既にその何かは剣で切りかかり始めていた。

「卑怯な賊に名乗る名前は持ち合わせていないわ!」

 男は振り返ると同時に襲いかかる刃を、辛うじて受け止めた。その時に襲撃者の顔がはっきりと彼は見た。

「……女か」

「なっ……い、今のを受け止めるの!?」

 全力で走らせてきたためだろう、彼女もリーも僅かに呼吸が荒くなっており、額には汗を浮かべていた。疲れにより威力が落ちているとはいえ、不意打ちを受け止められフィリアは驚きを隠せないでいた。

「……こんな軽い剣で俺様を倒せると思うなよ!?」

 剣の腹で受け止めたそれを、男は力任せに押し返し、襲いかかってきた彼女を無理矢理退けた。

「クッ……!」

 攻撃が通じなかったことを悔やみながらも、手綱を握り直し、体勢を戻しながら彼女は商人の横に並んだ。

「大丈夫?! 怪我はない!?」

「え、えぇ……あなたは?」

「話は後で! 今はとにかくこれを何とかしないと……!」

 視線を敵から逸らすことなく彼女はそう言い放った。

 焦りにより語気が強くなっているが仕方のないことだろう。できれば最初の奇襲でそれなりの混乱を起こせれば問題なかったのだが、上手く受け止められたために相手の動揺があまり誘えなかったためだ。

 一人倒したとは言え、残り人数が十人以上ということを考えれば焼け石に水。予想外の敵が現れたにも関わらず、賊の男たちは未だに余裕を持っている様子だった。

「へぇ……嬢ちゃんみたいな細腕で俺たちを何とかする、ねぇ。面白言うことを言ってくれるじゃねぇか?」

「……どうかしら? あなたはすぐに、というのは難しいかもしれないけど、周りの方はどうにかできるわよ」

「……それじゃあやってもらおうじゃねぇか!! やれ、お前ら!」

 彼女の挑発に乗ったリーダーは、怒声のような号令を出した。

 それを受け、男たちは一気に彼女に襲いかかり、剣を、斧を振りかぶった。

「下がっていて!」

 瞬間、彼女は商人を後ろに突き飛ばし、賊一人相手に応戦した。

 相手の武器は木こりが使うような斧であり、垂直に振り下ろされたそれをフィリアは辛うじて受け止めた。

「クッ……!」

「ヘッへッ……俺らを相手にしようとしたことを後悔すんだな!」

 だが、彼女にはその攻撃を受け止めることが精一杯で、相手が次の攻撃のため大きく振りかぶっても、手が衝撃でしびれているせいですぐ反撃に移れなかった。

「……っしゃあ! みんな続けぇ!」

「そいつは後で好きにやっても構わねぇぞ! ただし、最初に仕留めた奴だけだ!」

 リーダーのその一声で男たちは歓喜の声を上げた。

「俺が最初だ!」

「馬鹿野郎! てめえはさっき一発やっただろ! 次は俺だ!」

 我先に押し掛けながら男たちは自身の得物を躊躇なく振るった。

 しかし、彼女も同じ手を二度も受けるほど愚かではない。

「フッ!」

振り下ろされる剣を受け流すという手段を取った。

 力では劣るということを先程の攻防で理解したフィルは、乱雑ゆえに目に見える相手の攻撃の軌道を予測し、それを逸らすように剣を振ったのだ。

 これにより、男の剣は虚しく地面に叩きつけられ、がら空きになった胴に、彼女は鋭い一閃を打ち込んだ。

「カハッ……!?」

「なっ……!?」

「もう一つ!」

 驚いて呆気に取られたもうひとりに対してもフィルは剣を走らせ、敵の肩に深すぎず浅すぎない傷を負わせた。

「えぇい、ちょこまかと!」

「やっ!」

 簡単に受け流されぬよう、斧が横に振り抜かれるが、フィリアはそれを一歩下がることで回避し、大きな隙が出来たところを見逃すことなく、大きく踏み込んでから肩へ斬り付けた。

 先程まで余裕の表情を浮かべていた男たちは、素早い動きによって倒されていく仲間を見ているうちに焦りを覚え始めていた。

「兄貴! あのがきやたら強いっすよ!?」

「そんなのに手間取るなアホが! 囲んで疲れたところを一気に……!」

「畳み掛けるのは他に相手がいなければ有効な手段だな。ただ、実行が遅すぎたな」

 言い切るよりも速く、ゲイルは剣の鞘でリーダーの顎を打ち抜いていた。

 いつの間にか彼は賊の懐に潜り込み、そこから抉るような一撃を放ったために、賊は反応をすることすらできずに宙へと打ち上げられた。

「あ、兄貴ぃ!?」

 それを目の当たりにした男も、何が起こったのか微塵もわからなかったようで、ただ驚きの声を上げることしかできなかった。

 その男が駆け寄ろうとしたところ、ゲイルは男の胸ぐらを掴み、勢い良く地面に叩きつけた。あまりの衝撃に男はむせ、目の前にいる兄貴分を倒した男に恐怖の視線を向けた。

「……殺しはしていない。だが、これ以上暴れようものならこちらも一切の容赦はしない」

 男の喉元に鞘の切先を当てながらゲイルは静かに言った。

 静かで低い声音は、いつ殺されてもおかしくない体勢で言われれば戦慄を覚えるには十分だった。男は首を勢い良く上下させ、ひたすらに命乞いをするような視線を向けた。

「……駆け付けるのが遅くないかしら? さすがに私も危なかったわよ?」

 声のした方向にゲイルが向けば、少し息を荒くしたフィルがいた。

 彼女の足元には痛みにうめき声を上げる賊が転がっていた。彼の言いつけ通り、一人たりとも殺していないようで、傷の具合も正しく治療すれば普通の生活に戻れるくらいであった。

「悪かったな。これでも全力で走ってきたが、やはり馬の速度には負けるな」

 軽く謝りながらゲイルは足元の男を(胸ぐらを掴んで)立たせ、男たちの倒れている方へと押し出した。突然のことに男は咳き込むだけで精一杯だった。

「……この一度は全員見逃す。しかし、もう一度こんな場面に遭遇した場合は……分かっているな? そうお前の頭と他に伝えておくように」

 その威圧に耐え切れず、男は勢い良く頷いた。そして慌てて倒れている男たちを無理矢理起こし、全員そのまま茂みの奥へと姿を消していった。途中、怨嗟の声も聞こえたが、それもゲイルは静かに監視するだけで行動には一切繋げなかった。

 賊が全員いなくなったことを確認すると、商人の男は緊張の糸が切れたのか、地面の上に大の字になって大きな溜め息をついた。

「こ……怖かった……」

「無事……とは言えませんが大事に至らず何よりです」

「怪我はない? 軽い手当ならできるけど……」

「いえ、大した怪我は……っと、それよりもお礼が遅れました。危ないところを助けていただきありがとうございます」

 思い出したように男性は起き上がり、同時二人に向かって深々と頭を下げた。

「これは何があっても届けなくてはならないものだったので、非常に助かりました」

「そういえばさっき、あいつらに渡しちゃならないものだって叫んでいたわね……一体何が?」

「いえ、簡単な話、軍が使う武器ですよ。剣、槍や弓矢……ついでに兵糧を少し、といったところです」

「……確かに、それを盗られれば大打撃だろうな。それも相手がさっきのような賊なら、この周辺の治安悪化にもつながりかねない、というわけか」

 言いながらゲイルは先の賊が逃げていった方向を見た。草木が生い茂っているため、ある程度先が全く見えなかったが、獣道が出来ている、ということから先程の賊は頻繁にこのあたりで追い剥ぎをしているということが想像できた。

「……けど、それだけ重要な物を運んでいるなら護衛はもっとしっかりしたほうが良いと思うけど……」

 倒れている男たちを見てフィリアは小さく呟いた。

 パッと見たところ、装備は革の物が基本であり、手にされていた剣などの武器は手入れが行き届いておらず、中には刃こぼれの酷いものや錆びているものもあった。とてもではないが、腕相応の護衛には見えなかった。

「いえ、本来はシルヴァラントの護衛部隊が最後まで着いていてくれる予定なのでしたが……運悪く部隊全員が突然不調を訴えまして。時間も限られていたので、途中通過した領主から護衛をお借りしたのですが……見てのとおりの練度の低さでして……」

 シルヴァラントという国の名前が出たその瞬間、僅かにゲイルが肩を震わせたが、それは二人に気付かれることなく、気付かせることなく彼は話を続けた。

「それは不運でしたね……ところで、あなたは……」

「あぁ、申し遅れました。私、イアンと申します」

「失礼、自分はゲイル。こちらが旅仲間の……」

「フィリアです」

「……で、イアンはこのままスラストバールまで向かうつもりでだろうか?」

「いえ、私の仕事はその途中にあるレムまでこれを運ぶことなので、もう少しですね。そうすれば向こうの輸送担当に引き継いでいただけるので……」

「……けど、そのレムまではまだ大分距離があるわよ? ここから馬車だと、夕暮れ時に間に合うかどうか、ってところね」

 言いながらフィルはイアンの行く先を見た。彼女の言うとおり、街らしきものはまだだいぶ先に見えていた。

「……えっと、その……助けてもらっておいて恐縮ですが、レムまでの護衛をあなたがたにお願いできますでしょうか?」

 時間のことを理解すると、イアンはおずおずとそう切り出した。

「ここから先、私一人では、また野盗に襲われれば今度こそひとたまりもありません……なので、厚かましいとは思われるでしょうが、レムに着くまでの護衛を……」

「分かったわ。付いていきます」

 彼が言い切るよりも先に、フィリアは手を差し出して承諾の意を示した。それを見ると、イアンはすぐさま握り返し、深く頭を下げた。

「あ、ありがとうございます! でしたら、街までは馬車にお乗りください。狭いとは思いますが、お二人には護衛に専念していただいてほしいので……」

「ご提案はありがたいが、何かあったときすぐにでも対応出来るよう……フィリアは前方を、自分は馬車の後ろに付かせてもらう」

 ゲイルはそう言ってイアンの気遣いを断った。

 それを聞いて彼も、頼む理由は無事荷物を届けることで有ることを思い出した。頼れる相手が現れたために良かれと思った気遣いが、逆に目的を困難にしかねなくするところだったのだ。

「……失礼しました。それでは、道中はよろしくお願いします。それと……不躾な話ですが、報酬の方は……」

「えっと……そう言われても、少し困るわね。途中からだからそんなに多くは貰えないから……」

 報酬の話になった途端、フィリアは困惑の色を見せた。

 草原暮らしの長い彼女は、生計を基本畜産(羊の肉や皮、乳など)で立てていたため、相場をよく理解できていなかったのだった。

 最初は一人で考え込んでいた彼女だったが、それでも答えがでなかったのか、伺うようにゲイルの方を見た。

「……それでは、街までは百リラ、でどうでしょうか?」

「そ、そんなに!?」

「高かったでしょうか? では、あと二十ほど……」

「げ、ゲイル、あまり高くしないで……」

「い、いえ、フィリアさん。そうではなく……ゲイルさんの掲示した額は相場に比べるとあまりにも安すぎるのですよ」

 ゲイルをたしなめようとしたフィリアに対して、イアンはためらいながらもそう言った。

「シルヴァラントからレムへの護衛の相場は三千……ここまでで大体道のりの五分の四なので六百ほどを覚悟していたのですが……」

 説明を受けてフィルはゲイルを見た。

 困惑している二人とは対称的に、彼は至極冷静であり、驚いているイアンを落ち着かせながら話を続けた。

「いえ、当然報酬はそれだけではありません。他にこちらも頼みたいことがあるため、この額にさせていただきました」

「……頼みたいこと、ですか。私でできることであれば、可能な限り……」

 イアンは思わず姿勢を正した。もしかすれば無理難題が飛び出てくるかもしれない。そう思っての警戒なのだろう。

 その様子を感じ取りながら、ゲイルは安心させるように言葉を出来るだけ明るくした。

「……イアンはレムの街には詳しいでしょうか?」

「え……あ、まぁ、はい。商売で色々な場所を回るので、それなりには」

「では、それを見込んで……宿の斡旋あっせんを頼みたいのです」

「……はい?」

 予想外の頼みごとに、彼は思わず聞き返してしまった。

「いえ、実はフィリアもレムには何度か来たことはあるようなのですが、宿となるとあまり詳しくないらしく……そのはず、だよな?」

「えぇ。いつもは用事が済んだらすぐに帰っていたから、宿に関してはちょっと……」

「…………」

 しばらくの間、彼は言葉を失ってしまった。

「……いかがでしょうか?」

「あ、えぇ! そのくらいでしたら喜んでお受けします! なんでしたら私の宿とご一緒しても構いません!」

「いや、さすがにそこまでは……」

「大丈夫です! 護衛の方にも部屋は取っているということなので、そちらをご利用いただければ!」

 喜びのあまり、イアンは身を乗り出しながら力強く言い切った。その剣幕にゲイルも押し切られたのか、僅かに困った様子を浮かべながらも首を縦に振った。

「では、報酬の話は以上で。これ以上遅くなれば関所で門前払いされかねないので……」

「分かりました。では、道中よろしくお願いします!」

 そう言ってイアンは勢い良く馬車に乗り込み、静かに歩き出し始めた。


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