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草原の少女

 長らくお待たせしました。

 著者初となる架空戦記を公開させていただきます。

 今回は前回と異なり、一日一回公開ではなく、週一公開の形式を試験的に取らせていただきます。

 第一話で試してみた上で、前回の形式とどちらが良いかを教えていただけえると助かります。


 また、時々『活動報告』などで質問を設ける場合がありますので、興味がある方は是非参加してみてください。


 それでは、お付き合いお願いします。


第一回・読者参加

 襲撃された農村に生き残りが一人。それは?

 1.(勇猛な戦士に憧れる)少年

 2.(優しい騎士を目指す)少女

 今回はメッセージでのみご意見を伺わせていただきます。ちなみに()内は救出後の目標です。

『これから語るは名の知れぬ男の英雄譚』

 吟遊詩人は声高らかに謳う。

 その横で踊り子は軽やかに舞う。

『人・竜・魔・獣の入り交じるこの世界、出会いあれば別れあり、抗争あれば共闘あり』

 踊り子が一旦詩人に剣を向けたと思えば、直ぐ様切っ先を客へと向ける。

『これから語るは名の知れぬ男の友情歌

 出会いに芽生え、共存に育むは相の情

 心によって絆を紡ぎ、剣によって魔を祓う

 これから語るは名の知れぬ男の生き様

 とくとご覧あれ』

 それが、彼らにとって最も有名な、夢のような、現のような物語の前口上。

 では始めよう。

 一つの大陸を駆け抜けた風の物語。


「……この、怪我は……さすがに幸先が、悪い……か」

 闇に覆われた草原の上で、一人の青年が歩いていた。

 全身に切傷を負い、自身の武器であろう剣のようなものを杖代わりにしてようやく歩けるといった様子だった。伸びきった銀髪は纏める余裕すら無かったのだろう、前に垂れた前髪が彼の視界を奪っていた。

 それでも彼は歩き続けた。

「っ!?」

 吹き抜けたそよ風で、彼は膝を崩してその場に倒れ伏した。

 草木も靡かぬような、微風とも呼べないような風だったが、それでも満身創痍の彼にとっては巨大な障害だった。

「……の為とはいえ、……容赦無く……やったものだ……俺でなければ……間違いなく死んでいた……ぞ……師匠……」

 他人事のように自身を分析し、腕の力だけで前へ、前へと進んでいった。

 何が彼をそこまで動かすのか。

 それは、第三者には分からない。

 とにかく、出血の量が多すぎた。

 数十センチ進んだだけで彼の意識は遠のき始め、一メートルにも満たない距離で手に入る力も完全に抜けきっていた。

「……あ……ガ……」

 口から発する音は既に言葉を為していなかった。獣のようなうめき声だった。

 最後の力を振り絞って見えない先に手を伸ばす。

 何も掴めないと分かっていながらも、生を掴みとろうと必死にもがいた。

「……あなた、大丈夫!?」

 瞬間、声と同時に彼の手に温もりが触れた。

 声の元を見ようと顔を上げるが、その体力すら残っておらず、指を動かし生きていることを知らせることしか出来なかった。

「しっかりして! 取り敢えず血を止めないと……!」

 慌ただしく何かをする女性の声を聞きながら、彼の意識は落ちていった。


「…………」

 目が覚め、最初に彼の瞳に写ったのは太陽に照らされた天幕ゲルの屋根だった。

 視線だけで周囲の状況を確認すると、見慣れない武具や、大人の腰ほどの高さと二人分の腕の長さはあろう太さを持つであろう壺……いや、かめが出入口近くに鎮座していた。

 身体に走る痛みを感じてようやく自身にも意識を向けた。

 止血のためだろう、木綿の包帯が全身くまなく巻かれており、試しに腕を動かせば、最後に意識があった時の痛みが嘘のように引いていた。

(……助けてもらったのか)

 そう思い、助けてくれたであろう女性を探すために体を起こし、室内をもう一度見回すと、丁度その本人が戻ってきたところだった。

「あ、眼が覚めたのね」

 そう言うと女性は安心したかのように息を吐き、彼の方へと近付いた。

「……自分を助けたのは、貴女でしょうか?」

「えぇ。と言っても、止血くらいしかできなかったけど……その様子だともう大丈夫そうね」

 彼女は笑いながらそう言った。

 女性というには幼さの残る笑顔だった。

 そこで青年は彼女の姿を改めて見直した。

 長い黒髪を後ろで一つに括るそれは馬の尾を連想させられるが、それとは比べ物にならないほどの艶やかさを持っていた。

 スリットの入った服からはスラリとした長い脚が覗き、腰には剣が一振り差さっていた。

「助けていただき、ありがとうございます」

「気にしなくてもいいわ。それより、どうしてあんなところに倒れていたのか、聞いても良いかしら?」

 言いながら彼女は彼の枕元に腰を下ろした。

「……その前に、紹介が遅れました。自分はゲイルと言います」

「あ、そうね。そういえば私も自己紹介がまだだったわね。私はフィリア。えっと、見てのとおり、草原で暮らしているってことくらいしか特徴はないけど、よろしくね」

 そう言って彼女、フィリアは手を差し出した。

 その意味が最初は分からずゲイルは首を傾げたが、それが握手を求めているのだと分かると、彼は静かに手を差し出した。

「……それで、話は戻すけど、どうしてあんなところで、しかも傷だらけで倒れていたか聞いてもいい? さすがに草原のど真ん中で行き倒れなんて聞いたことが無かったから驚いて……もしかして追い剥ぎにでもあった?」

 心底心配そうにフィリアは尋ねた。

 それも仕方のないことだろう。ゲイルが彼女に見つけてもらった時の怪我は、常人ならば生きていることがおかしいほどであり、こうして目覚めることも奇跡的であるほどだったからだ。

 しばらくの間ゲイルは考え込み、天井を仰いだり髪をいじったりと非常に悩んでいる様子を見せた。

「あ、別に話せないならそれで構わないけど……」

「いや、そうではなく……少しばかり恥ずかしい話になりますが、実は師匠から与えられた最終試練で大怪我をしてしまい、そのうえそのまま旅に放り出されて……」

 言葉を選びながらゲイルは事情を話し始めた。

「取り敢えず一番近い町で手当を受けるために歩いてはいたのですが……やはり出血量が多すぎたのか、あそこで倒れてしまい……迷惑をかけました」

 そこまで話すと彼は静かに頭を下げた。

「……えっと、随分と厳しい師匠なのね?」

「それは分かりません。自分は師匠以外の下についた事は無いので……」

「……けど、その大怪我も二日でほとんど綺麗に治っていることには驚いたわ。包帯を取り替えた時にはもうふさがっているんだもの……」

 言って彼女はゲイルの体を見た。

 フィリアよりも一回り大きい体には、目も逸らしたくなるような怪我を負っていたにも関わらず、今では見る影もなくなっていた。

「これは昔からの体質なようで……自分でもどうしてここまで治りが早いのかは分かりませんが、このおかげで大分助けられているというのはありますね」

「そう……ところで気になったのだけど、多分ゲイルって私より年上よね? 失礼だけど幾つなのかしら?」

「今年で十九ですが……」

「いえ、私より年上なんだから、敬語は使わなくても良いと思って。それに、そう遠慮がちだと遠ざけられている気がして少し寂しいから……」

 そう言った彼女に対し、ゲイルは再び考えるような姿勢になった。

 しばらくの間黙り込んでいたゲイルであったが、気の張りを抜くように一つ深呼吸をすると語調を変えた。

「……なら、これでどうだろうか? あまり恩人に対して礼儀を欠いているような話し方は良くないと思っていたが……」

「うん、そっちのほうが私としても接しやすいわ。よろしくね」

 その変化に対して彼女は特に嫌悪を見せる様子もなく、笑顔で答えた。

 今までどこか陰っていた彼女の表情は明るくなり、室内の空気が軽くなった。

「けど十九才ね……もう少し上かと思ったけど、そうでもなかったのね」

「……ちなみに幾つくらいに見えたのかは聞かせてもらって良いか?」

「……怒らない?」

「正直に言ってもらったほうが良いな」

 表情を変えずにゲイルが答えると、今度は彼女がしばらく間を空けた。ただ、こちらは悩むというよりも、正直に答えることを躊躇っているという様子だった。

「えっと……二十の後半……くらい……」

「………………やはり、か」

 絞り出されるような小さな返答に対し、ゲイルは少しだけ悲しそうにした。

「あ、いえ! 礼儀正しくてしっかりしていそう、という意味で、よ! 決して老けて見えるとかそういうわけじゃなくて……!」

「フォローしてくれてありがとう。だが、そうだとしても十近く上だと思われるのも結構キツいものがあるな……」

 一つ溜め息を吐いたゲイルは、困っている様子のフィリアを見てから、話題を逸らすために室内を見回した。

 四、五人は暮らせそうな大きなゲルであるにも関わらず、荷物は非常に少なく、どことなく寂しさを感じられた。

「……一人、なのか?」

 それだけでゲイルは何かを察したのか、フィリアに対して静かに問い掛けた。

 そしてその予想は的中していたのか、彼女は俯きがちに下を向いた。

「……踏み込んだ質問だったな。忘れてくれ」

「いえ、気にしないで。この時世、珍しいことじゃないから……」

 そう言いながらも彼女の声は震えていた。

 嫌なことを思い出させてしまったと、ゲイルは深く反省し、しばらくの間は口をつぐんだ。

「……でも、怪我が治ったならもうゲイルはここを離れるのかしら? 旅ってことはそんなに長く留まるわけにもいかないだろうし……」

「……いや」

 ふと浮かんだであろうフィリアの問いに、ゲイルは少し間を空けて答えた。

「フィリアが良ければもうしばらくここに置いてもらえるか? 特に急ぐことも無ければ、この辺りは不案内だから、今後の方針をできる限りじっくりと考えたいからな」

「そ、そう? それなら構わないわよ! 私も話し相手がいるほうが退屈しないから!」

 ここに留まるというゲイルの答えを聞いてフィリアは再び表情を明るくした。

「じゃあ、今から昼食の準備をするけど……特に苦手なものとかはない?」

「苦手も嫌いも無いな。というより、好き嫌いを言っているようでは旅には問題しか無いぞ?」

「それもそうね。それじゃあ、折角だし腕を振るうわ」

「俺も何か手伝おうか? これでも調理にはそれなりの自信が……」

「今日のゲイルはお客なんだから、待っていて」

 そういうと彼女は嬉々として外へと出ていった。

 残されたゲイルは手持ち無沙汰になり、寝床から立ち上がって再び室内を見回した。

 視点が変わったことにより、それまで見えなかった部分が見えるようになり、目的のものを見つけ出すことができた。

 自身が唯一身に付けていたものであり、彼が『師匠』と仰いでいる人物から餞別として譲り受けたもの。

 それは一振りの剣だった。

 傷だらけの黒鞘に収まり、刃渡りはおよそ七十センチ。長さだけで言えば大剣に部類されるであろうが、世間一般に流通している剣とは大きく異なっていた。

 というのも、刀身は一直線ではなく、反りを持ち、剣の柄も布を乱雑に巻いたような簡易なものではなく、丈夫な糸を規則正しく芸術品のごとく巻いたものだった。

「……折れてはいないようだな。刃こぼれも無し……いきなり『あれ』を使うような事にならなかっただけでも良しとするか」

 鞘から剣を抜き、刃渡り・柄など一通りの点検を終えると、ゲイルはそう小さく零した。

 瞬間だった。

『グルオォオオ!』

「!」

 突然聞こえてきた獣のような雄叫びが耳に届き、ゲイルは反射的に立ち上がっていた。聞こえた方向はつい先程フィリアが出て行った方向であり、不安を覚えたゲイルは相当な勢いで外へ飛び出した。


『ヴォウ!』

「フッ!」

 前触れなく飛びかかってきた『それ』を、彼女は腰に差していた剣でなんとか受け止めた。それと同時、振りかぶってきた爪を察知し、後方へ飛び退くことでその軌道から抜け出すことに成功した。

 攻撃を外した『それ』も、大きく崩れた体勢を整え直すために、一旦彼女から距離を置いて構え直した。

「……な、何なのよ、これ……」

 見たこともない『それ』を目にした彼女は、畏怖の念を込めてそう零した。

 彼女の目の前にいるのは、一匹の狼のようなものだった。

『ようなもの』と表現したのは、それが二つの頭を持っているためだった。

 左右対称に、全く同じ頭が一つの胴体から伸びている奇妙さは言い表しようがないほど不気味で、始めて対峙した彼女も驚きを隠せないでいた。

(……さっきはなんとか避けられたけど、それはあくまで噛み付きが一つだけだったから……次にあの二頭が同時に、だったら……)

 動揺をできる限り押し殺し、状況と対策を必死に考える。

 どのように捌くか、どのように動けば倒せるか……そこまで行けずともどうすれば目の前の化物を追い返せるかなどを搾り出す。

 だが、今まで相手にしてきた人間の賊とはあまりにも勝手が違うため、有効だと思える対処法が全く思いつかなかった。

(……逃げても追いつかれるのは目に見えているから……なんとしてでも追い払わないと!)

 瞬間、彼女の脳裏に一つの光景がよぎった。

 辺り一面、緑の草木が赤に染められ、誰かが倒れている光景が。

 突然のことに動揺したフィリアは、その映像を振り払うため、無意識に目を閉じ、首を振った。

 そして当然、化け物はその隙を見逃すことなく、空いていた距離を一気に詰め、二つの牙を剥いた。

(……しまっ……!?)

 足音で一気に近寄られたことを察した彼女は、とっさの判断で剣を振った。

 だがそれは技術も何もない、力任せの一振りであったため、牙を一つ止めることが精々で、もう一方は彼女の剣に阻まれることなく襲いかかってきた。

 激痛を覚悟した彼女は、痛みに堪えるため目を強く閉じた。

 ……が、どれだけ待っても痛みを感じることはなく、奇妙に思ったフィリアは恐る恐る目を開けた。

「戦いの最中に目を逸らすことは感心しないな。下手をすれば命を落とすぞ」

「……えっ?」

 開いた視界に入ったのは化け物ではなく、ゲイルだった。

 いつの間に駆けつけたのだろうか、化け物とフィリアの間に割り込み、攻撃を遮ったのだった。

「しかし、怪我を負う前に間に合っただけ良しとしよう……フッ!」

 それまで宙に浮いていた狼を、腕を振るうだけで投げ飛ばし、ゲイルはそのまま剣を抜いた。それと同時に彼は駆け出し、狼が着地する前に肩から鋭い袈裟斬りを一つ見舞った。

 大人一人分の体重はあろう狼の体を投げ、そして分厚い毛皮を事も無げに切り裂いた。

 そして、化け物は華麗に着地することなく地に落ちた。

 一連の流れるような動作に、フィリアはただ呆然と眺めることしか出来なかった。

「……よし。これで一応は一安心、か」

 化け物の息が途絶えたことを確認すると、ゲイルは刃こぼれ一つしていない剣を鞘に納め、後方で腰を抜かしていたフィリアへと歩み寄った。

「立てるか?」

「え、えぇ……なんとか……」

 フィリアは差し出された右手を躊躇いながら掴むと、勢いを利用して立ち上げられた。そして、立ち上がってようやくフィリアは気付いたことがあった。

「ちょ、ちょっとゲイル?! その怪我は!?」

 フィリアの指差した先、ゲイルの左腕は一部の肉がえぐれ、そこから血が流れ出していた。

「も、もしかしてさっき私をかばった時に……!?」

 彼女が思い至ったのは、間に割り込んだときのことであり、その際彼は左腕を盾のように使っていたことである。

傷は牙によるものであり、穴が二つ出来上がっており、そこから止めどなく血が流れ出していたのだった。

「ん? これか。致命傷で無ければ早いうちに……この程度なら陽が沈む前には完全に治るから気にしなくても……」

「だとしても手当をしない理由にはならないわよ! ちょっと腕を貸して!」

 怒りを露わにしたフィリアは、ゲイルの手首を掴んでゲルの方へと引っ張った。

 室内に入ると、隅に置いてあったかめから水をすくい、傷口を静かに洗った。

 ある程度汚れなどを流し終えると、手際よく包帯を巻き始めたのだった。

「……でも驚いたわね。あの化け物を一振りで仕留めるなんて……」

「そうでもない。あの魔物は噛み付かれたら対処に困るが、同時に身体の中央が弱いという欠点があるからな。少し鍛えればフィリアでも一人で勝てる位にはなれるはずだ」

「……ちょっと待って。その話し方だと……あの狼みたいなものが何か知っているのかしら? それに魔物って?」

 包帯を巻き終えると同時、彼女はすかさず疑問を口にした。

 それを受けたゲイルはしばらく考えるようにしていたが、

「魔物というのは最近大陸の各所で現れた、今までにはない姿形をした化け物どもの総称だ。中にはこの世のものとは思えない異形なものも存在するとか……さっき倒した二頭の狼……一般的には『デュオウルフ』と呼ばれているようだが、あれとは何度か戦ったことがあるから、有効手段を知っていただけだ」

「…………」

 ゲイルの話にフィリアは息を呑んだ。

 彼がデュオウルフを何度も相手取った上で勝ったということも驚きだが、それ以上にあのような化け物が他にも数多く存在していることに恐怖を覚えたのだった。

「……しかし、あのデュオウルフは森のような場所にしか現れないと思っていたが……今回のように拓けた場所にまで出るようになった以上、ここで一人過ごすのは非常に危険だ」

「……そう言われても、私には頼れる人は……」

 ゲイルの警告を受け、フィリアは顔を下げ、表情を曇らせた。

「……父も母も、あの狼を見て思い出したけど、二年前に化け物に……」

「…………」

「いつもみたいに二人は少し狩りに出かけるって言って……けど、夕方になっても帰ってこなかったから探しに行ったら……」

「……済まない。嫌なことを思い出させた」

 肩を震わせながら話を続けようとする彼女を、ゲイルは無理矢理遮った。

「ううん、気にしないで……けど、少しだけ……」

 そう言うと彼女は息を殺して涙を流した。

 二年間、彼女は一人で生きてきたのだった。

 寂しくなかった訳がない。

 本来ならばもっと長く家族と過ごせるであろう時間を、魔物によって奪われたのだ。

 ゲイルはそんな彼女に何もできない無力さを感じながら拳を握った。

「ごめんなさい、みっともないところを見せたわね」

 フィリアが泣き止んだのは陽が沈みかけた頃だった。それまでの間、ゲイルは身動ぎ一つすることなく、彼女に付き添っていた。

「……フィリアは強いな」

 落ち着いて無理矢理笑顔を浮かべる彼女に対し、ゲイルはふとそう言った。

「え?」

 突然の言葉に彼女は思わず呆けた返事しかできなかった。

 しかし、それに構わずゲイルは言葉を続けた。

「家族を失いながらも、今まで一人で生きてきて……とてもではないが俺には真似できそうもないことだからな」

「……そんなことは……」

「否定しても構わない。単純に俺が抱いた感想だからな……けれど、魔物がここにも出るとしたら、一人で生きるのは今後難しくなる。出来れば街のような守られた場所に移って欲しいというのが俺の意見だ」

「……」

 ゲイルの提案にフィリアは黙らざるを得なかった。

 デュオウルフと対峙して、一人であのような化け物を相手取るには不安しか残っていないことを、身をもって知らされたからだ。

 もう一度魔物が出てきても退治、もしくは追い払うことができるかといえば、不可能に近い。デュオウルフも弱点を知っていたとしてもそれを突けるかとなれば難しいとしか言えない。

「……すぐに決めるというのは酷な話だったな。フィリアにもこの土地に思い入れもあるだろうから、即断できないのも無理のない話だ。だから俺もあと一日くらいはここに留まらせてもらう。それまでに考えがあれば是非言って欲しい。俺にできることであれば喜んで協力しよう。それよりも……」

 そこで話を切り上げたゲイルは、ロウソクに火を灯した。

「そろそろ食事に丁度良い時間だが、フィリアも疲れているようだから俺が準備させてもらう。良いか?」


 食事を終え、二人が寝床に着いたのは陽が沈んでしばらく後だった。

 極度の緊張による疲れが大きかったのだろう、フィリアはいつもより遥かに早い時間に眠気に襲われていた。

「……起きてる?」

「一応」

 けれども、疲れ以上に考えることの多さによる緊張が勝ったせいか、眠れる気配が全く無く、何の気無しにゲイルに声をかけた。

「……聞きそびれたけど、ゲイルの旅の目的ってあるのかしら?」

「……そう言われてもな……そんな明確な目的なんか無いぞ?」

 寝転び、背中を向けながらゲイルは答えた。

 ちなみに就寝の前に、寝場所に関して二人は相当に議論し合ったのだった。

 ゲイルは布一枚あれば外で寝ても構わないと主張し、対称的にフィリアは怪我が治っているとは言え、外で寝かせるなんて危険なことはさせられない、そのうえ客人を地面に寝かせるなんてできないと言い放ったのだった。

 譲り合いで話が進まない状態の中、フィリアが一つ提案をしたのだった。

『それじゃあ、私もゲイルも同等。だからゲイルが外に寝るのなら私も外に、中で寝る場合は寝場所が一つしかないから一緒に寝るわ。これが私の最大の妥協点』

 それ以上は譲らないと言わんばかりの強い語気でそう言い出したのだった。

 これを受けたゲイルは色々と説得に当たったが、彼女はそれのどこに問題があるのかすらわからない様子で、全く揺らぐことはなかった。

 結局彼はその条件を飲み込み、可能な限り彼女の方を向かないよう気を張りつつ横になったのだった。

「けれど、この時世に旅なんてするくらいだから何か漠然としていてもあるはずじゃないのかしら? 師匠って人から無理矢理だとしても、何か楽しみにしてそうな感じはするから……」

 彼女の問いを受けて、ゲイルはしばらくの間黙り込んでいた。

 すると、身体の向きを変えることなく彼は淡々と語りだした。

「……詳しい内容は話せないが、人探しをしている」

「人を?」

「……正直、手がかりも全く無いから、相当気長な旅になるだろうな。けれども、人と接することは嫌いではないから、少しばかり楽しみでもある……これが今答えられる限界だが……良かったか?」

「……ん、ありがとう」

 そう言うと、今度はフィリアが考え込むように黙ったが、すぐさま眠気が彼女を襲い、深い眠りへと就かせた。

 その沈黙を察したゲイルは、目を閉じ、息を殺して寝入った。


 翌日。

 陽が昇るよりも早くフィリアは目を覚ましたが、隣にゲイルの姿は無かった。

「……あ、あれ?」

 慌てて身体を起こして室内を見回してみるが、その姿はどこにも見当たらなかった。探し出そうと自身の毛布を払い除けようとしたが、そこで自分がどこで寝ていたのかを悟った。

 そこは昨夜ゲイルが横になっていた場所であり、彼女の手にはゲイルが着ていた上着がしっかりと握られていた。

 自身が何をしたのかが分からず困惑していると、入口から誰かの入ってくる気配を感じ取った。

「眼が覚めたか」

 言わずもがな、入ってきたのはゲイルであり、手には木剣が一本握られていた。

「え、あ、お、おはよう……ってその格好は?」

 彼の今の姿を指差しながらフィリアは尋ねた。というのも、彼の格好は上半身裸という、彼女にとっては少しばかり刺激の強い状態だった。

「……その手に握っているものを理解できていればすぐに分かると思うが……フィリアが裾を掴んでからずっと離さなかったから、仕方なく脱がざるを得なかっただけだ」

 顔を赤くするフィリアに対して、ゲイルは平静を保って答えた。汗と泥で汚れた身体を拭き布で軽くぬぐい、そのまま食事の準備を始めたのだった。

「えっと……ごめんなさい」

「気にしなくても良いが……ただ、出来れば服は返してもらえると助かるな。そう大事そうに抱えるようなものでも無いからな」

 言われてフィリアは自分の手元を見ると、彼の言うとおり上着を胸元に抱え込み、強く握っていることを理解した。

「ひゃぁあ!」

 無意識の行動であったのか、その気恥かしさで彼女はそれを慌てて放り投げた。放物線を描きながら床に落ちる寸前、ゲイルが素早くそれを拾い、すぐさまそれを着直した。簡易暖炉の横を通り過ぎたが、即座の対処のおかげで何事も無く済んだ。

「……そこまで驚くようなことではないと思うが……」

「ご、ごめんなさい……何が何だか分からなくなって……」

「燃えなかっただけ良しとしようか。さすがに一張羅が無くなったら上半身裸で街まで歩かないといけなかったからな」

 言いながらゲイルは手馴れた様子でフィリアに食事を差し出した。

 器によそられたのは羊肉の煮物であり、その上に乗せられた薬味が彼女の食欲を誘った。

「……昨日も思ったけど、ゲイルって調理が上手いのね」

「まぁ、それなりに自信はあるな。味加減などは小さい時からずっとやっていれば、自然と身に付くから大したことではないと思うが……」

「ずっと……ってことは、家族とかはいるのかしら?」

「……父親は物心着く前に戦死したと聞いている。母親は俺が確か六歳の時に身体に限界が来てそのまま衰弱死。他にも二人の姉がいるが、俺がう……いや、家出してからはどうなっているか分からない」

 フィリアの問いに対してゲイルは特に間を置かずに答えた。その間に食事は全て食べ終えたのか、温めた羊の乳を口にしていた。

「えっと……ごめんなさい、変なことを聞いて……」

「気にしなくていい。大分昔の話だから、俺の中でもある程度割り切れているというのもあるけどな」

 それからフィリアが食事を終えるまでしばらくの間、屋内は沈黙が覆った。

「さて、あれから一晩経ったわけだが、フィリアは今後どうしていこうと……」

「そのことだけど……ゲイルの旅について行くっていうのは駄目かしら?」

 全て聴き終えるよりも先に彼女が尋ねた。

 返事に対してゲイルは驚くなどといった変化を一切見せる様子はなく、もう一度器を傾けてから口を開いた。

「……その結論にはどう至ったかを聞かせてもらえるか?」

「……このまま一人、草原で生きていくことが難しいことは昨日のことで少しだけど分かったつもりではいるわ。けれど私には頼れる人はいない……あるのは精々父が遺してくれたこの首飾りと教えてくれた剣術、それと、母が教えてくれた知識だけ……」

 そう言うと、彼女は胸元から鎖のついたそれを取り出した。

 それは銀の鎖に繋がれた、鳥のような生き物をかたどったものだった。

 それをしばらく眺めていたフィリアだったが、同時にゲイルもそれに注視しているのを感じ取り、思わず顔を上げた。

「? どうかしたの?」

「……いや、単純に全てが銀で出来ているとは珍しいと思っただけだ……ただ、一つ聞くが、その首飾りに関して何か話を聞いているのか?」

「……? えぇ。父に何かあって困ったときは、これをお守りとして大事に持っておくように、とだけ……」

「……そうか」

 しばらく間を空けて帰ってきたのは、なんでもないという返事だけであり、それ以上その首飾りに関する話はされなかった。

「それで話は戻すが、どうして俺について行こうとするのかは……」

「正直にいえば、私の剣術は未完成で、このままここにいても上達なんて見込めるわけがないから……それに、両親が話していた外の世界のことも、ゲイルみたいに旅をしている人を見たら、この目で実際に見てみたいっていう気持ちが強くなった、ってところ、かな?」

「……」

「もちろん、邪魔だって言われれば無理にでもついて行く、なんてことはしないわ。その時は気ままに歩き回ってみるのも一つだから、ね」

「……そうなれば、あの化物以上の危険が付きまとうことになる……それでも、か?」

「構わないわ。ここでずっと縮こまっているよりは、全然ましよ」

 彼女の答えを聞いて、しばらくの間黙り込んでいたゲイルだった。

 威圧するように彼女を睨むが、それも一瞬の動揺だけで終わり、彼女は前言を撤回する雰囲気を微塵も持たなかった。

どれだけ時間が経った頃だろうか、突然ゲイルは立ち上がると同時、自身の荷物をまとめ始めたのだった。

「……やっぱり、駄目な……」

「思い立ったが吉日。そこまでの決心ができているのなら、それが鈍らないうちに動いたほうが良いだろう。荷物は必要最低限にまとめる様に。分からなければ俺に聞くように」

「……! じゃあ!」

 その答えを聞いたフィリアは抑えきれない興奮を覚え、表情を明るくした。

「恩人が旅の後輩になるんだ。それはそれで楽しみの一つになるだろうし、何より一人では話し相手もいない。俺で良いというのなら、断る道理も無いからな」

 そう話すゲイルの表情は、どこか楽しみにしている様子だった。

「一応予備の旅嚢りょのうを渡しておくから、フィリアはそれに……」

「フィル」

 袋の中から取り出したそれを渡そうとしたとき、前触れなくフィリアがそう言った。

 その意味が分からず首をかしげるゲイルだったが、今度は彼女がそれをお構いなしに口を開いた。

「私の愛称。一緒に旅をするのだったら、呼びやすい方がいいでしょう?」

「……いや、長さも対して変わらないが……」

「それに、両親が私をよくこうやって呼んでくれたのよ」

 思い出すかのように、懐かしむように彼女は小さく言った。

 それが親交を深めるための、彼女にとっての第一歩であると理解できた彼は、しばらくの間悩む様子を見せたが、最終的にそれを受け入れたようで手を差し出した。

「それじゃあ、改めて……よろしく頼む」

「こちらこそ」


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