第二話 彼女が一番厄介です。
「涼夜君、昨日文音のこと泣かせたでしょう~?」
怒ったようにそう問いかけてきたのは、雪音だった。文音と全く同じ顔だが、浮かべる表情は文音の凛々しいものとは違い穏やかでおっとりしたもの。長い黒髪も、緩く三つ編みにしてあった。
「……ねえ、聴いてる? 涼夜君」
「ああ、聴いてる。人って同じ顔してても髪型と表情だけでだいぶ変わるよな」
「聴いてないじゃない」
物凄く呆れた表情を向けられた。仕方がないので俺は会話に戻る。
「別に泣かせたわけじゃないんだけどな、向こうが勝手に泣いたというか……」
「あの文音が勝手に泣くわけないでしょ~」
即答。ふむ、ここは流石妹と言うべきか。やっぱり何だかんだ言っても姉のことはよく分かっているんだな……などと思ったのも束の間。
「だってあの子、小さい頃にわたしがわざと……いえ、うっかりあの子の宝物壊しちゃっても泣くどころか逆ギレしたのよ~?」
「それは俺も逆ギレする」
というか何してるんだ、こいつは。
「で、何があったのー?」
「いや、だから別に何も……あ、そういえば雪音って理数得意だよな」
あまり触れてほしいことでは無かったので、俺は強引に話を逸らす。まぁ、そのうち雪音にも、そして琴音にも話すことにはなるだろうけど……それでも、自分から話すのはやっぱり嫌だったし。
雪音もそこまで本気で訊いているわけではなかったのか、急な話題転換にあっさり乗ってくる。
「得意よ~、大得意! なぁに、そんな話もしたの~? 昨日。文音ってば気まずそうにしてて、全然教えてくれなくて」
「あーうん……どっちかというと、文音が一方的に語ってたかな。いかに理数が人生に不要か、熱く語ってた」
「あらあら」
眩しいほど完璧な笑顔を浮かべる雪音。……感じる寒気。まさに絶対零度、である。
「文音ってば、困ったわね~。どうしてくれようかしらー」
「……琴音ならともかく、雪音に文句を言う資格は無いと思うんだけど」
「やっぱり私物破壊かしらー。でもあの子綺麗好きだから、部屋をぐっちゃぐちゃに散らかしておくだけでも効果ありそうよね~?」
「いや、だから雪音だって文系科目は悲惨っていうか、平均に届いてすらいないというかそれどころか赤点ギリギリというか」
「何か言った~? 涼夜君」
「……何でも無いです」
笑顔で振り向かれると、まだ命が惜しい俺は否定するしかないわけで。……ごめん文音。でも妹の教育はしっかりしてくれ、頼むから。
「大体ねー、うちの学校のテストが難しすぎるのが悪いのよ? わたしは悪くないの~」
「そういうのを責任転嫁って言うと思うんだけど……仮にも県内有数の進学校ってことになってるんだから、当然と言えば当然じゃないか?」
「他人事みたいに言うのね~?」
困ったように苦笑する雪音。……騙されるな、俺。腹黒なこいつのことだ、実は困ってなんかいないに決まっている。
確かに雪音の言う通り。ここ、私立明桜高校は、県内でも有数の――というか、言ってしまえばぶっちぎりでトップの学力を誇る進学校である。国公立どころか海外の有名大学にも多数の合格者を出し、更に卒業生の半分はそのまま国内トップレベルである明桜大学に進学する。
そんな事情のせいか、授業も定期テストの内容もかなり高レベルであり、中学時代はトップだったのにここでは下から数えた方が早い、など日常茶飯事だった。他校で天才と呼ばれるレベルが、明桜では平均――その事実に衝撃を受けた生徒も多い。
……まぁ、昨日の文音との会話からも分かるように、俺はそこまで困ってはいないわけだが。というか、全く困っていない。
「涼夜君。顔を見れば、何を考えているかくらい分かるのよ~?」
「何だってー俺が今日の夕食のことを考えていると見抜くとはお主なかなかやるなー」
「棒読みは止めましょう~?」
ジト目で俺を睨み、雪音は諦めたように嘆息する。
「まぁ、涼夜君が凄いのは知っているし、涼夜君の頑張りの結果だから、怒りはしないけどー……トップで合格した、っていう事実を妬むくらい、良いわよね~?」
「雪音。怖いから」
目を逸らしつつ、学校繋がりでふと思い出す。
やたら頭が良いという事情から、『明桜高校卒業』や『明桜大学卒業』の肩書は金持ちの間では一種のステータスになっているらしい。もちろん金で入学出来るほど明桜は甘くは無いが、小さい頃から厳しく育てられている彼らにとっては問題ないことのようで、どこのクラスも三分の一は金持ちだったりする。
そして、その中でも一番の財力と権力を持っているらしいのが、文音や雪音……そして琴音の家である、らしかった。俺はその辺りの事情には疎いから、よく知らないけど。
「……これが金持ち、ねぇ」
思わず雪音を凝視すると、彼女は居心地悪そうに俺を睨む。
「ねえ、涼夜君。さっきから貴方、わたしに対して失礼すぎないかしらー」
「や、俺が失礼なのはお前ら全員に対してだよ。雪音だけじゃない」
「自慢げに言うことじゃないわ」
可愛らしく頬を膨らませる雪音に、俺は苦笑。……そう、可愛らしいのだ。何でこいつらこんなに容姿だけは良いんだ。容姿だけは。
「そう言うセリフは、普段自分が俺に何をしているか考えてから言ってくれ」
「わたし、何かしたかしら~?」
「ある意味お前が一番色々してるよ」
主に俺の時間を根こそぎ奪っていったり、ボケたり。
琴音もボケる上にトラブルメーカーだが、向こうは思いつきで動くため最終的に被害は小さい。ところが雪音はちゃっかり腹黒いため厄介なのだ。
ちなみに文音はというと、性格はどちらかというとツッコミであるはずなのにそもそもの考え方が捻くれているタイプ。よくもまぁボケばかり集まったものである。やはり同じ環境で育つと似るのだろうか。
「だってわたしたち、そのためにここに集まっているんでしょー? 涼夜君で……ああごめんなさい、涼夜君と遊ぶために」
「どっちも変わらないから、それ」
ジト目で睨むが、雪音はそんなこと意に介さず口に手を当てて笑う。
「だってツッコミって大体マゾでしょう~?」
「違うから」
「えっ、違うのー!?」
はい、滅多にない雪音さんの叫び声入りましたー。
「何でそこまで驚くのかが俺にはちょっと理解できない」
「だってどんなボケにも耐えられる強靭な精神力とそれを快感に変えられるマゾの気質が無いと出来ないじゃないー、ツッコミなんて!」
「全国のツッコミの皆さんに謝れ。……言っておくけど、俺は好きでツッコミやってるわけじゃないから」
「ええ、知ってるわー」
にっこりと微笑む雪音に、俺は嘆息。やっぱり確信犯か、こいつ。
「大体、それならボケの奴らだってマゾだよ。ツッコまれると分かっていてボケるなんて俺には出来ないな」
「そんなこと言っちゃう時点で、涼夜君もボケの皆さんに謝るべきよー? ……でも、そうよね。ツッコみ方によっては叩くし、もしかしたら『そういうプレイ』だって誤解しちゃう人もいるかも――」
「それはない」
「涼夜君が言ったんでしょ~?」
「いやぁ俺には雪音みたいにぶっ飛んだ思考なんてとてもとても」
「酷いわ、涼夜君」
頬を膨らませる雪音。文音がやると頭がおかしいんじゃないかと心配に思ってしまうような行為だが、雪音がやると可愛らしく思えるから不思議だ。
「一体何が違うんだろうな、同じ顔なのに」
ポツリと呟くと、雪音は一瞬きょとんとした後、嬉しそうに微笑む。
「あらあら、涼夜君ったら頭が良いくせに知らないのね。違うところだらけじゃない、私たち」
「……悪い意味でね」
高校に入学してからのことを思い出しながら、俺は嘆息したのだった。
そんなわけで、説明回こと第二話です。第一話でも話に出てきた雪音ちゃんが出てきました。次女です。おっとり腹黒です。厄介。
ちなみにこのお話の舞台は基本的に放課後です。こいつら何で放課後にこんなどうでもいい話してるの? と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、その辺りは本編で語れればいいなーと思ってたり。基本ノリなのでどうなるか分からないけれども。
それではまた明日、第三話でお会いしましょう。……多分。だってまだ書いてすらry