出会えた奇跡
北海道の函館で、育った私、山瀬美奈子、35歳。私は、シングルマザーだ。子供は、5歳。男の子だ。名前は、翔太という。元旦那とは、性格が合わなくて、別れた。去年のことだった。
私は、函館の街が好きだ。特に、夜景が、大好きだ。よく、子供をつれて、見に行ったりする。そんなふうに、息子と、仲良く暮らしていたのだが、元旦那の母親が、翔太を、引き取りたいと言ってきたのだ。私一人では、育てられないだろうから、と、言ってきた。私は、翔太を取られてしまったら、生きがいがなくなる、と思っている。元旦那の母親は、裁判にかけると、言ってきた。私は、仕方なく、翔太を手放した。
私は、近くのスーパーで、パートをしていた。なんとか、お金を貯めて、翔太を引き取リたかった。地道に働いていては、お金は貯まらないと思い、スナックに、勤めて、夜も働いた。スナックには、いろんなお客がきた。
その中で、私をすごく気に入ってくれた人がいた。小山伸一、38歳だ。伸一は、毎日の様に、スナックに来てくれた。背も高く、ガッチリしていた。真面目で、優しかった。私は、最初は、気にもとめなかったが、だんだん、ひかれる様になっていった。素性は、お互い、わからないまま。
伸一は、私を、食事に誘ってきた。私も、悪い気はしなかったので、誘いに応じた。約束の日、2人は、待ち合わせ場所から、レストランに行った。地元で、おいしいお店だった。ふたりで、自己紹介をしながら、話し始めた。伸一も、離婚していたことが分かった。子供は、いなかったらしい。私も、子供がいることを話した。今は、元旦那の方にいることも。
おいしい料理を食べながら、話は、盛り上がっていた。伸一は、再婚を考えているとのこと。私は、息子を引き取りたくて、スナックで、働いていることを告げた。
私は、連絡先を聞かれ、教えた。頻繁に、やりとりするように、なった。いろいろ、知らなかったことも、知れたのだ。伸一は、営業マンだったことも分かった。
ただ、私は、今は、再婚は、考えられなかった。翔太の事が、気がかりだった。でも、伸一が、再婚を考えてる以上、付き合うことはできないと、思っていた。友達でいるしか、しかたないような気がしていた。
そのことを、伸一に話したら、伸一は、友達としては、付き合うことはできないと、言った。前向きに、考えてほしい、と言ってきた。私も、いいな、と思っていたので、わかりました、と、答えてしまった。
そんな時、元旦那が、再婚すると、聞いた。翔太が、かわいそうだと、思った。私は、早く、ひきとらなくては、と、思っていた。元旦那に、連絡してみたが、翔太のことは、諦めろ、と言われてしまった。本当に、悲しかったし、絶望していた。
私は、辛くなって、伸一に、相談した。伸一は、たぶん、途中で、自分たちの子供ができれば、翔太くんを返してよこすと思うから、それまで、待ってみたら、と言ってくれた。私は、居ても立ってもいられない感じになっていた。
そんな矢先、私は、胸にしこりがあったので、乳がん検診を受けたら、医者から、末期の乳がんであることを、告げられた。私は、信じられなかった。すぐに、伸一に、また、相談した。そしたら、2人で、ガンを乗り越えていこう、と、言ってくれた。私は、嬉しかったが、余命宣告もされていたので、返事はできなかった。
私は、翔太の事とガンのことで、頭がいっぱいになっていた。やはり、今の私には、伸一の存在が、必要なのだ、と、改めて思った。
私は、ガンの治療も始まり、大変になってきていた。それでも、こんな私を、伸一は、支えて、励ましてくれていた。感謝しかなかった。
今は、とにかく、ガンの治療に、専念しなければ、と、思っていた。
伸一は、婚姻届を、持ってきた。書くように言われて、書いた。私はとても、心強かった。一人だと、とても、耐えられなかったと、思う。病気になった、私と結婚してくれる、伸一は、すごい人だと思った。
それから間もなくして、私は伸一と、住み始めた。伸一は、本当に、優しくて、責任感も強かった。頼りがいもあった。私が、ガンにならなければ、伸一と結婚することもなかったし、暮らすこともなかったと思う。本当に、人の縁て、不思議なものだと思う。スナックに勤めなければ、伸一とは、会っていなかったと思う。そう思うと、怖くなる。
神様が、こんな私と伸一を、結びつけてくれたのだと思っている。私は、残り少ない人生を、伸一と、楽しんで、悔いなく生きたいと、思っている。人生は、悪いことばかりは、起こらないと思っている。きっと、私達2人の味方をしてくれると思う。




