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エルフ幼女と黒獅子さんの終末ほのぼのライフ

作者: るあか
掲載日:2026/06/24

 ぎゅるるるる~。


 ミーシャのお腹が盛大に鳴った。


「うえーん、ノワール。ミィちゃん、お腹空いた~!」

 とがった耳のエルフの子どもであるミーシャは、ソファに寝転がって昼寝をしていた黒いもふもふをギュッと引っ張った。


「……おい、オレ様の貴重なたてがみを引っ張るなと何度言ったら分かる?」

 そう言ってだるそうに起き上がったのは、成人男性ほどの背丈で、黒いたてがみを持ったライオンの獣人、ノワール。


「だって、ミィちゃんのお腹、ぎゅるるる~って言ったもん!」

 ミーシャはむーっと膨れて地団駄を踏む。

 そんな彼女を見て、ノワールははぁっとため息をついた。


「もうそんな時間か。全く、人やエルフというのは、定期的に腹の減るめんどくさい生物だな」

 ノワールがそう言うと、ミーシャの頬は更に膨れた。

「ノワールだって、まおーのしてんのー? とか言ってわけわかんないから、めんどくさい!」


「魔王の四天王だ。ふん、そんなオレ様も、今じゃ貴様ら人類の獣人とやらのように落ちぶれてしまったがな」

「ミィちゃん、そんなこと知らない」


「全く、この辺りにはもう人類は貴様しかいないというのに、呑気なやつだ」

 ノワールはやれやれと首を振る。


 ミーシャはそんなことはお構いなしに、色あせた料理本のあるページを開いた。

「ミィちゃん今日はね、このキノコのやつが食べてみたい! ピカピカ光って、おいしそ~」

 両手でムチムチのほっぺを挟み、うっとりとした表情を浮かべる。


 ノワールは本を覗き込むと、ガクッと項垂(うなだ)れた。

「ミィ、そりゃ、魔法のキノコを使ったスープだ。もうこの辺に、『魔食材』はほとんど残っていない。無理だ。普通のキノコのスープで諦めろ」


「いやだ、ミィちゃん、ピカピカ光ってるのが食べたい食べたい食べた~い!」

 ミーシャは再び地団駄を踏んだ。


「うるせぇ! ったく、しょうがないな……。『世界樹の森』に探しに行ってはみるが、なかったら諦めろよ?」

「やったー! ミィちゃんも一緒にいく♪」

 そう言って嬉しそうに飛びついてきたミーシャを見て、ノワールは再びため息をついた。

 


 ミーシャを片腕で抱き、麻袋を提げて、今にも外れそうな家のドアをギィッと開けた。

「くっ……」

「うわっ」

 彼らは思わず顔を手でかばう。


 今日は砂嵐が酷かった。

 星のマナの枯渇により、砂漠化が進む。


 何百年と渡って繰り広げられてきた、人類と魔王軍の終わりなき戦争のせいだ。

 人類はだんだん魔法が使えなくなって寿命が縮み、魔物の湧きはだんだんと減っていった。

 

 やがて互いに数を減らしていき、気づけばノワールだけが立っていた。


 各地が砂漠化していった影響で、少しずつ砂嵐が吹き始める。

 毎日ではないにしても、今日の砂嵐はここ最近で一番酷かった。


 ノワールは自身の影に魔力を込め、上へと伸ばして影の傘を作った。

 彼らに思いっきりかかっていた砂が、それによってさえぎられる。

 

「ミィ、大丈夫か?」

「うん! ノワールの影のまほー、すっごーい♪」

 ミーシャはノワールの腕の中で嬉しそうに小躍りした。


「こら、暴れるな。すごくなんかねぇ。もう、これっぽっちの影を操るのが限界だ。そのうちオレ様も魔法が全く使えなくなるだろうな」

「えーっ、そしたら、傘作れないね~?」

 ミーシャはしょんぼりする。


「……そうだな。それまでに、代用案を考えなくては」

「だいよーあんって?」

「影の傘の代わりになるもの、という意味だ」


 そんな会話をしながら、石畳の大通りを歩いた。

 砂が積もり、かろうじて石畳だと分かるくらいだ。

 周りの家々はどんどん老朽化し、風化している。


 彼らの家も何度も補修作業を行ってきたが、そろそろ限界だ。

 廃墟となっていた人間の町を今まで住処にしてきたが、もう少し砂嵐の少ない土地に移動した方がいいか。

 ノワールは、ひとりそんなことを考えていた。


 砂嵐の吹き荒れる中、町を出て街道の名残を辿る。

 10分ほど歩くと、ポツンと森が見えてきた。


「あったー、世界樹の森~!」

「相変わらずここは無事だな。世界樹は既に枯れてしまっているというのに」


 街道からそれて森へと入ると、森を覆う木々のおかげか、砂嵐が嘘のように止んだ。

 ノワールは影の魔法を解除する。


 木々が生い茂り、サラサラと小川の流れる音も聞こえてくる。

 いっそ、この森の中に住処を作るかとも考えたが、森の外れ付近は既に枯れ始めているのをノワールは知っていた。

 ここに移ったところで時間の問題だ。

 

 ミーシャの食料はこの森に頼りっきり。

 この森の食料が枯渇する前に、移動する必要があるか。


 そんなノワールの悩みなど一切知らないミーシャは、彼から飛び降りて木の根の付近をキョロキョロしていた。

「まほーのキノコ、どっこかな~♪ あっ、ふつーのキノコ、はっけーん。これは、触っていいキノコ」

 ミーシャはそう言って目の前に生えていた小さなキノコをぷちっともぎ取った。


 以前、微かに魔力の残っていた魔キノコである『ラフマッシュ』を触ってしまったがために、ミーシャは数時間笑いが止まらなくなったことがある。

 笑うのは好きだけど、あんなに笑うのは疲れるから嫌だとトラウマになっているため、キノコ採取は彼女なりに慎重に行っている。


「はい、ノワール。触っていいふつーのキノコ、とった!」

「ん」

 ノワールが麻袋の口を開けると、ミーシャはその中へキノコをぽいっと投げ入れた。


「これは、まほーのキノコのだいよーあん」

「……そうだな」


 ミーシャがさっき覚えたばかりの代用案という言葉を既に使いこなしている成長の早さに、ノワールは感心すると同時に「ふっ」と微笑んだ。


「まほーのキノコ、全然ないね~」

 ミーシャは木の枝を持って、あちこちツンツン突きながら歩いていた。

「魔力の残っているものがあるのなら、恐らく森の中心地だろうな」


「ちゅーしんちって?」

「真ん中という意味だ。この森の真ん中、かつて、世界樹のあった場所なら、あるいは――」

 野草を積みながらノワールが答える。

 

 中心地ならまだマナが残っていて、魔食材が生えている可能性はある。

 逆に言えば、そこになければ……。


「世界樹のあったとこ、ちゅーしんち! よーし、ノワール、ミィちゃんにつづけー!」

「はいはい」


 木の枝をブンブンと振り回しながら軽快に進むミーシャ。

 ノワールは優しい笑みを彼女へ向けながら、その少し後ろを歩いた。


 ◇


 中心地へ近づくにつれて、ノワールはこの森の地形が少し変化していることに気づく。

 ひたすら平坦な土地であったはずなのに、上り坂になっていたのだ。

 

「マナの枯渇の影響か……。中心地へたどり着けるといいが……」


 そのノワールの不安は的中し、元々世界樹のあった中心地へたどり着く前に、地面がそこで途切れていた。

 彼らのいる場所が大きく隆起し、底の見えない崖を作っていたのである。


 ふと、ミーシャがいないことに気づく。

「ミィ!? おい、ミーシャ!?」

 嫌な予感がして辺りを必死に捜すと、少し下の方から「ノワール! 見てみて、魔法のキノコあったー!」と彼女の声が聞こえてきた。


 ノワールが崖から下を覗き込むと、小さな坂道を伝ったのか、今にも崩れ落ちそうな崖っぷちにミーシャはいた。

 ピカピカ光るキノコを持って、嬉しそうだ。

「ミィ! 貴様、どーやってそんなところまで行ったんだ!? ったく、キノコを探すのに夢中で、崖っぷちだってことも気づかなかったのか……」


 ミーシャの伝った坂道は、子どもの身体でなんとか通れるくらい。

 図体の大きいノワールにはとても通れない。


 すると、ミーシャが底の見えない崖下を覗いてしまったのか、「ひっ!」と悲鳴を上げた。

「ノワール! ミィちゃん怖い!」

「分かってる。クソッ、どうしたもんか――待ってろ、今助けてやる」

 

 ノワールはミーシャの真上まで移動すると、自身の影を伸ばしてロープの様に崖下へと垂らした。

 これでミーシャを捕まえて、引き上げれば――


 ――あと少しで影がミーシャへと届く、その時だった。


「わぁっ!」

 ミーシャの足元が崩れ、崖下へと落ちていく。


「ミィ!」

 ノワールは、気づけば自身も崖へと飛び込んでいた。

 ミーシャをしっかりと抱き留める。


 助かるためには、残った魔力を全て絞り出すしかない。

 地面が見えてきて、自身の影を確認したノワールは――


 ――ありったけの魔力を、地面の影へと送り込んだ。

 


◇ ◇



 ノワールの展開した大きな影がクッションのように膨らみ、ミーシャを抱えたノワールをぽよんと受け止める。

 影の魔法を解除したノワールは、地面に軽く尻もちをついた。


「なんとかなったか……。ミィ? ま、そうだな。あの高さから落ちたんだ、さすがに気絶しているか……」

 崖の上を見上げても、自分たちが落ちてきたところは見えないほどだった。

 よくもこんなに隆起したものだ。


「ここは……そうか、世界樹のあった……」

 目の前には、ボロボロに朽ち果てた巨大な幹。

 かつて森を覆うほどに巨大な枝を広げていた世界樹。

 もはや、その面影すら残っていなかった。


 元世界樹の幹のあるこの場所は――

「そうだ、オレ様は、ここで……」

 

 ノワールの脳裏に、ある記憶が蘇った。


 ――5年前。


 大気のマナが薄れていくにつれて、魔物たちは自我を保てなくなっていた。

 かつて城ほどの大きさのあったノワールは体内の魔力が豊富だったゆえにある程度は耐えられたが、それでも、限界が訪れた。


 破壊衝動に支配され、欲望のままに破壊の限りを尽くす。

 もはや誰も残っていないこの土地を踏み荒らし、誰もいない魔王城を粉々に砕いた。


 ノワールの身体は魔力の発散によりだんだんと縮んでいった。

 やがてヒトのライオン獣人のような姿へと変わった彼は、この世界樹の森を暴れさまよっていた。


「ウゥ……クル、シイ……シニ、タイ……」

 体内の魔力と比例するように破壊衝動も薄れていたが、うっすらと自我を取り戻したノワールに待っていたのは終わりのない苦しみだった。


 ひどい頭痛、息苦しい、どんなに暴れ回っても収まることのない破壊の衝動。

 もう死にたい。

 そう思って彼がたどり着いたのは、枯れた世界樹の幹だった。


 ふと、温かい光の波動を感じた。

 まるでその光に救いを求めるかのように手を伸ばすと、自身の手の中には――生まれたてのエルフの子がいた。


 人類のエルフ族は、世界樹から生まれる。

 世界樹が最後の力を振り絞って、この子を誕生させたのか。


「あっ、あい♪ だぁー♪」

 自身の置かれた状況など気にも留めずに無邪気に笑うエルフの子。

 なぜこの子は、全身が淡く光っているのだろう。


「あぅー、あい♪」

 彼女の伸ばした小さな手のひらから、陽だまりのような温かい光が溢れ出してくる。

 その光はノワールをすっぽりと包み込むと、彼を支配している破壊衝動をきれいさっぱり浄化した。


「なっ……!? なんだ、これは……頭が、スッキリして……!? 貴様が、やったのか……!?」

「あぅ、あぅ。きゃっ、きゃっ♪」

 無邪気に笑う彼女。

 ノワールを浄化すると、彼女の光は収まっていった。


「力を……使い果たしてしまったのか……? オレ様の、ために……?」


 そうか。

 この子は、もっと昔の戦乱の時代に生まれていたら、『聖女』と呼ばれる存在になっていたのだろう。

 勇者一行とともに、ノワールを討伐しにくる過去も、あったかもしれない。

 そんな不思議な魔力を持ったエルフの子だった。

 

「……良いだろう。オレ様をあの忌々しい苦しみから解放してくれた礼だ。貴様のことは、オレ様が生涯守ると誓おう」

 

 ノワールは、彼女を近くの人里跡地へと連れ帰った。

 知能の高い魔物であったために言語を理解することができたノワールは、エルフの子の育て方を人類の遺した書物で学んだ。


「おぎゃー、おぎゃー!」

「なんだ? 腹が減ったのか?」


 『森のミルク』と呼ばれる果実でミルクを作る。

 泣き叫ぶ彼女に飲ませてやると、さっきまで泣いていたのが嘘のように収まった。

 そして、腹が満たされて満足したのか、すやすやと眠ってしまった。


「人類とは、不思議な生き物だ……」

 なぜかその寝顔を見ていると、心が安らぐ。


 ノワールは古代語辞典に記されていた単語から、『安らぎ』を意味する『ミーシャ』という名を彼女へ与えた。

 ミーシャはすくすくと成長し、ノワールにとって、彼女はかけがえのない存在となっていた。


 

 ――そして、今に至る。


 一時はどうなることかと思ったが、ミーシャも自力で魔法のキノコである『マギアダケ』を採ったし、後は家にさえ帰ることができれば一件落着か。


 ノワールがそう思った瞬間――


 突如彼の視界がどんどんと低くなるのを感じる。

 そうか、魔力を使い果たしたから、身体が縮んでしまったのか。


「うーん……ノワール……?」

 側に寝かせていたミーシャが目を覚ます。

 

「ミィ、大丈夫か」

「誰……!?」

 ミーシャは、彼女の目の前にちょこんと立つぬいぐるみのような存在を見て、目をぱちくりとさせた。

 

「ノワールだ。縮んでしまった」

「えーっ! ノワール!?」

 目を見開き、口をぽかーんと開け、両腕を挙げて全身で驚きを表現する。

 彼女が立ち上がると、ノワールは彼女を見上げなければならないほどだった。


「オレ様は今、どうなっている?」

 ノワールがそう尋ねると、ミーシャは嬉しそうにこう答えた。

「あのね! どっかのお家で見つけた、黒猫さんのぬいぐるみみたい! ちっちゃいノワール、可愛い~♪」

 ギュッと抱き着いてくるミーシャ。


「おい、抱き着くな。なるほど、そのように更に威厳のない姿になってしまったとは……」

 ノワールはミーシャの拘束から這い出ると、近くにあった小川を覗き込む。

 水面には、二足歩行の黒猫が映っていた。


「ミィちゃん、ちっちゃいノワールも好きだよ」

「しかし、魔法が使えなくなってしまった。影が、全く反応しない」

 短い手をじたばたと動かすが、小さな影はしんとしたままだった。


「じゃあ、影の傘のだいよーあん、考えなくちゃ♪」

 ミーシャはそう言ってニコッと笑った。

 この危機的状況を理解していないのか、ただ前向きなのか……。


 しかし、その無邪気さにノワールの心が救われているのも事実だった。

「……そうだな。帰るか」

「うん♪ ミィちゃんが袋持つよ」

「助かる」


 ミーシャはノワールの持っていた麻袋を握り締め、反対の手でノワールの小さな手を取った。

 そして、2人仲良く歩き出すのであった。


 ◇


 道中で、崖っぷちのような危ないところに行っちゃだめだと叱る。

 ミーシャは、素直に「ごめんなさい……」と謝った。

 どうやら、責任を感じてはいるらしい。

 そのため、ノワールもそれ以上は何も言わなかった。

 

 しばらく歩いてみるが、崖の上へ続いていそうな場所は見当たらない。

 どうしたものか。


 すると、森の中に小さな集落跡を発見する。

「あれ? お家があるね?」

「ふむ、こんな森の中に……そうか、ここは『エルフの隠れ里』だ。一部のエルフは他者との交流を嫌い、森に引きこもっていたと聞く」


「エルフって、ミィちゃんとおんなじだ!」

 ミーシャは嬉しそうに言う。

「そうだな。ミィは本来、大きくなって勇者が迎えに来るまで、ここに住んでいたのだろうな」

 あったかもしれない別の未来を想像する。


 しかし、ミーシャは「なんの話?」と首を傾げた。

「いや、なんでもない。ひとまず、この建物がまだ使えるのかどうか、調べてみるとしよう」


 小さな小屋が、全部で3軒あった。

 ひとつひとつ丁寧に調べていくが、どれもほとんど風化しておらず、強度も十分そうだった。


「おかしい……なんでここの建物は、こんなに無事なんだ?」

 妙な違和感を感じた。


 しかし、家の中は埃まるけ。

 入った瞬間思わず咳き込んでしまうほどだ。

 ここに住んでいた者が消滅してから、かなりの時間が経っていることがうかがえる。


 ノワールが小屋から出ると、ミーシャの呼ぶ声が聞こえてきた。

「ノワール! 見てみて~! すごいの見つけた~!」

 

 ミーシャは集落の中央付近でしゃがみ込んでいた。

「……すごいの?」

 ミーシャの「すごい」はあてにならない。

 包丁でキノコを切っただけで「すごい」と言うからだ。


 しかし、ノワールが彼女のもとへ駆け付けると、視界に入ったそれに、彼は「こ、これは……!」と驚きの声を上げるのであった。

 

◇ ◇


「ねぇ、ノワール。この葉っぱも、スープに入れたらもっとピカピカする? でも、元気ないね」

 ミーシャがしゃがみ込んで見つめる先には、淡い光を放った小さな芽が生えていた。

 しかし、ぐったりとして、今にも枯れてしまいそうだ。


 その芽から、懐かしい気配を感じる。

 ノワールは、ゆっくりと首を横に振った。

「……いや、ミィ。この芽は決して摘んではならない。これは――世界樹の芽だ」

 

 元気がなくても感じるこの懐かしい気配。

 それは、空気中に漂うマナの気配だった。


「えーっ、世界樹!? 枯れちゃったんじゃないの!?」

 ミーシャは両手でパチンとほっぺたを挟み、驚きを露わにした。


「そうだと、思っていたのだがな……」

 しかし、ミーシャというエルフが生まれていた以上、世界樹の新たな芽が出ていても不思議ではない。


「お水あげたら元気になるかな?」

 ミーシャが心配そうに世界樹の芽を見つめる。

 そんな彼女を見て、ノワールはハッとした。

 

「……ミィ。世界樹の成長に必要なのは、水ではなく魔力だ。貴様なら、もしかしたらこの世界樹を元気にすることができるかもしれん」

 人類の歴史書で学んだ雑学。

 かつて、人々は世界樹に魔力を送り、世界樹を成長させた。

 ある程度成長した世界樹は自身の発するマナを取り込み、自己循環できるようになった。


「魔力? ミィちゃん、魔力なんて持ってないよ?」

「……いや、ミィの中にはまだ〝あの魔力〟が残っている。ミィが魔法の食材を欲するのは、無意識に魔力を補おうとしているからだろう」

 

 その証拠に、ミーシャが魔食材を使った料理を食べた時に、魔力が少しだけ回復しているのをノワールは感じていた。

 しかし、ミーシャは「あの魔力?」と首を傾げる。


「身体の中に、何か温かいものが巡っているのを感じないか? それを少しだけでいい。この芽に分けることができれば、この芽はよりたくさんのマナを放出し、やがてそのマナが数々の食材の魔力となる。そうすれば、光る食べ物が食べ放題だぞ」


「ピカピカたべほーだい!? ミィちゃん、やってみる!」

 ミーシャはグッと握りこぶしを作って気合いを入れた。

 そして、目をギュッとつぶって「うーん、うーん……」とうなっていた。


 すると、ミーシャの両方の拳からふわふわと細い光の糸が漏れ出す。

 ノワールは驚き目を見開いたが、彼女は未だに目を閉じて「うーん……魔力ってなにかなぁ?」とうなっていた。


「おい、無意識なのか。ミィ、目を開けてみろ。それが貴様の魔力だ」

「……ほえ? おわぁぁぁっ! おててからピカピカの紐!」

 目を開けた途端、今度は目が真ん丸になる。全く、感情表現が豊かで忙しいやつだ。


「ミィ。その魔力を世界樹の芽に――」

 ノワールがそう言いかけると、ミーシャの手から漏れ出す光の糸はぷつんと途切れてしまった。


「あっ、おててのピカピカなくなっちゃった。あれ? もう、出てこない」

「なにっ……! 残っていた魔力がわずかすぎたのか……? で、あれば、魔法のキノコを食べれば――」


「ピカピカ食べたら、ピカピカ復活!?」

 ミーシャが嬉しそうに言う。

 

「そういうことだ。あの家のかまども鍋もまだ使えそうだった。ミィ、今日はこの辺りで残りの食材を集めて、食事をするとしよう」

「うん!」


 世界樹の芽から微量に放出されているマナのおかげでここの建物は無事だったのかと、ノワールは納得する。

 であれば、わざわざ砂嵐の酷い町へ戻るよりも、拠点をここに移すことを考えるべきだ。


 それから、ノワールとミーシャの共同作業が始まった。

 箒を使って家中の埃を落とすミーシャ。

 自分よりも大きな麻袋を引きずって、周辺で食材集めをするノワール。


 重たい鍋を2人で運び、綺麗な湧き水で洗う。

 火打ち石でかまどに火をつけ、鍋に入れた湧き水を沸騰させる。

 

 背が小さくなってしまったために、台所での作業には踏み台が必要になった。

 これも2人で椅子を運び、用意する。

 ミーシャに「すごい」と言われながら切った食材を鍋に投入し、ぐるぐるとかき混ぜた。


 やがて、鍋から光が漏れ出し、良い匂いが充満する。

 ぎゅるるるる~。

「……相変わらずすごい腹の音だな」

 

「だって、ミィちゃんのお腹、はらぺこお化けいるもん」

「匂いに誘われて出てきたか。なら、そろそろいいか」


 かまどの火を消し、湧き水で綺麗に洗ったお椀に装う。

「わぁ、ピカピカ光って美味しそ~……!」

 2つのお椀で淡く光るキノコの出汁が、ミーシャの食欲を刺激した。


「いただきまーす!」

「……いただきます」

 少しすすると、キノコと野草の出汁が五臓六腑に染みわたった。


「わぁっ、美味しーね、ノワール♪」

 ニッコリ笑顔になるミーシャを見て、ノワールはふっと微笑んだ。

「……まぁ、悪くないな」

 

 ミーシャを見ていると、魔力が微量に回復しているのが分かる。

 ノワール自身は、どんなに魔食材を摂取しても消費するばかりで回復はしないというのに。

 人類は腹が減り、食べた物を吸収する体質だからだろうと、ノワールは感じた。


「あ~、美味しかった♪ ごちそーさま!」

 食べ終わり、2人で後片づけをする。


 そして、集落の中央にある世界樹の芽のもとへと向かった。

「よし、さっきのようにやってみろ。無意識に操作できていたということは、余計なことは何も考えず、魔力を外に出したいと思うだけでいい」

「うん!」

 ミーシャが元気にうなずく。


 そして世界樹の芽へ両手をかざし、「魔力よ~、でてこ~い!」と叫ぶと、彼女の両手からキラキラ光った魔力が降り注いだ。

「わぁ、今度は紐じゃない!」

「魔力の量が先ほどよりも多くなったんだ。よし、これなら――」


 しなしなになっていた世界樹の芽は、新鮮な魔力を浴びて、みるみるうちに元気になった。

「おぉ……!」

「うわーい、元気になったー!」


 そして、元気になった世界樹の芽もまた、キラキラと目視できるほどに濃いマナを辺りに放出した。

「わぁ、キラキラ光って、きれー!」

 ミーシャが空に両手を伸ばし、そのマナを掴まんとキャッキャとはしゃぐ。


 その神秘的な光景に、ノワールもまた、驚きを露わにした。

「まさか、これほどとは……。世界樹のマナを浴び、オレ様の中にも魔力が戻ってきているのを感じるな……」

 小さな手をグーパーする。

 身体中を、魔力が巡っている。


「ノワールも魔力復活したの!? じゃあ、ライオンさんみたいになれる?」

「そうだな、やってみよう」


 ノワールが全身の魔力に集中すると、彼の身体はみるみる大きくなっていき、かつてのライオンの獣人の姿へと変化した。

「わぁー! ノワールが戻ったー!」

 ミーシャは彼の周りを小躍りしながらぐるぐると回った。


 しかし、ノワールは息を切らしながら「なるほど、維持はまだ少ししんどいな……」と呟き、再び黒猫の姿へと戻った。

「あっ、またちっちゃくなった!」

 

「あの獣人の姿を維持できるほどにはまだ魔力は戻っていないようだ。だが、ここでの生活を続けていれば、自由に姿も変えることができそうだな」

「えーっ、ライオンさんになったり、黒猫ちゃんになったり、好きなようにできるってこと!?」

「そういうことだ」


「うわーい、やったー!」

 ミーシャの嬉しそうな姿を見て、ノワールはこの集落への完全な引っ越しを決意した。


 ◇


 翌日から、食材を集めるがてら、森を抜けるルートを探索する。

 やがて外へのルートが開拓できると、大きな蓮の葉を傘にして、町へと戻った。

 町で必要な書物や使えそうな衣服などを回収し、森の集落へと持ち帰る。


 これを繰り返しているうちに、3軒あった小屋のうちの1軒が図書館へと変わった。

 その人類の遺した書物から、魔導具の使い方を学ぶ。

 

 魔導具はマナをエネルギー源とした道具。

 小川の水を一瞬で蒸留水に変えられたり、温かい風呂がすぐに沸いたり、埃を吸い取って再びマナに還元したり……。


 更に、ミーシャが毎日魔力を注ぎ続けることで、世界樹の芽には双葉ができた。

 魔導具でマナを消費しても問題ないくらいのマナを放出するようになり、これにより、ノワールもかなり長い時間獣人の姿でいることができた。


 いつの間にか森には魔法生物が姿を現すようになり、ミーシャは魔力のこもった鶏肉も食べられるようになった。

 

「マナの恵みに感謝して、いただきます♪」

 今日の夕飯は『魔鶏のソテー』と『マギアダケスープ』だ。

 

 ちなみにノワールはスープだけ。

 彼は本来食事の必要がないため、貴重な鶏肉は口にしない。

 ミーシャもまた、何かを食べる前には必ず感謝をしてから食べるようになっていた。


「ノワール、今日も美味し~♪」

「……そうか、良かったな」

 2人で顔を見合わせて微笑む。


 今日も、平和な時が流れていた。


◇ ◇


 獣人の姿のノワールは、家の前で器用にツルを編み込んでいた。

 干からびた植物のツル。

 編み込みながらギュッギュと引っ張っても千切れない。

 頑丈なツルだ。


 そこへ、伸びた髪を切ってサッパリしたミーシャがやってきた。

「ノワール~。お魚釣り行こ~♪ あれ、それ何作ってるの~? あっ、これ作り方?」


 ミーシャがノワールの側に置いてあった本の見開きを興味津々に覗き込もうとすると、彼はぱたんと本を閉じてしまった。

「なんで!? ミィちゃん見れなかったんだけど!」

 

「見れなかったんじゃない。見せなかったんだ」

 ノワールがそう言うと、ミーシャは地団駄を踏んで頬をぷくーっと膨らませた。

「なんで見せてくれないの!? ノワールのけちんぼ!」


 ノワールはぷっと噴き出した。

「そんな言葉どこで覚えた。それより魚釣りだったな。今日は、香草焼きにでもするか」

 

 さっきまで怒っていたミーシャの表情がパーッと明るくなる。

「こーそーやき、ミィちゃん大好き!」

 その扱いやすい単純さに、ノワールは再び小さく噴き出した。


 

 桶と釣り竿を持って、小川に沿って上流へと進む。

 小川には、ちらほらと普通の魚も誕生していた。

 

「おさかなさん、いるね~。そのうち、まほーのおさかなさんにパワーアップするかな?」

「ここもマナが濃くなってきたからな。その可能性は十分にありえるな」


「じゃあ、またまほーのおさかなさんにパワーアップしたら、食べにくるからね~。またね~」

 ミーシャはそう言って小川を泳ぐ魚に手を振った。


「……オレ様が魚なら、パワーアップ、やめるな……」

 ノワールがボソッと呟く。

「なあに? ノワール、今なんか言った?」

「いや、何も。見えてきたぞ、あの洞窟の泉で釣ろう」

「はーい!」


 川の上流は洞窟に続いていた。

 洞窟の中はヒンヤリと冷たい。

 奥に進むにつれて、川の流れる魚の光っている割合が増えてくる。

 

 洞窟の奥は、魔魚の宝庫になっていた。

 行き止まりの泉に着くと、魔魚の大群で泉が淡く光っている。


「わぁ、前よりもまほーのおさかなさん、増えたね~」

「ミィが世界樹の芽を元気にしてあげたおかげだ。よし、釣るぞ」

「はーい!」


 2本の釣り竿を垂らして魔魚を釣る。

 泉を見るとたくさんいるが、魔魚だけをおびき寄せるエサは独特なためか、なかなか引っかからない。

 

 ノワールは2匹は釣りたいと思っていたが、ミーシャは1匹釣ったところで既に飽きてきていた。

「ノワール~。ミィちゃんもう帰りたい」

「ちょっと待て。明日の朝用に、もう1匹釣っておきたい」


「え~、じゃあ、ミィちゃんお散歩してくる」

「全く……あまり遠くへ行くなよ」

「はーい!」

 

 結局釣り糸を2本垂らしても、いつもノワールが両方とも世話をする羽目になる。

 彼はやれやれと首を振った。


 ◇


「よし、かかった」

「ノワール~! こっちきて~!」

 ノワールが2匹目を釣り上げたところで、泉の奥の方へ回っていたミーシャから呼び出しを食らう。


 桶に魚を入れ終えた彼が泉の向こうを見ると、ミーシャがうずくまっているのが見えた。

「ミィ、そんなところで何をしている?」

「いいからこっちきて~! すごいの見つけた~!」

「またそれか……」


 ミーシャは1日に1回は「すごいの見つけた~」と言う。

 しかし、世界樹の芽を見つけた時以来、ノワールから見て〝すごいの〟は1度もなかった。


「何を見つけたんだ」

 ノワールがミーシャのもとへ向かいながらそう尋ねると、ミーシャは顔だけ振り向き、ベーッと舌を出した。

「こっちくるまでおしえなーい」


「……さっきのこと、根に持ってんのか……」

 ノワールはツルを編み込んで作っているものを秘密にしたことを思い出した。

 

 彼がミーシャのもとへ駆け付けると、しゃがみ込むミーシャの前には、不思議な模様の大きな卵があった。

 ノワールが黒猫サイズになっているくらいの大きさがある。


「見て~、おっきなたまご~! おっきな目玉焼き作れる?」

「なっ……! なんだこの卵……一体どこから……」

 

 ノワールが辺りを見渡すと、古い世界樹の根が洞窟の中まで伸びているのを見つけた。

「まさか……新芽が力を取り戻した影響が、古い根にも……? この卵は、世界樹から産み落とされたのか……?」

 

「えっ、世界樹から……!? じゃあ……エルフのたまご!?」

 ミーシャがキラキラと瞳を輝かせながら問う。

 しかし、ノワールは首を横に振った。


「いや、ミィを拾った時は、ミィは卵には入っていなかった。絶対とは言い切れないが、まぁ、エルフではないだろう」

 それに、全盛期の世界樹がエルフを生むのでさえ、数百年に一度だと本で読んだ。

 

「そっかぁ、なんの卵かな~」

 ミーシャが卵を突こうとすると、卵は突然ブルブルと震え出した。

 カタカタという音が洞窟中に響き渡る。


「わっ、どうしたのかな?」

「……分からん」


 ノワールがそっと卵に触れてみると、凍っているのかと思うくらいに冷たかった。

「えらく冷えているな……」

「寒いのかな?」

「……かもしれん」


 卵が寒くて震えるなんてことがあるのかは分からなかったが、2人はその卵を家まで持ち帰ることにした。

 ノワールが温かい腕で卵を抱えていると、心なしか震えが収まっているような気がした。


 集落に持ち帰ると、卵を毛布にくるみ、2人は図書館にしている家へと向かった。


「いいか? 似たような模様の卵の挿絵を探すんだ」

「うん。早く見つけてあげないと……まだ寒いかもしれないからね」


 2人は必死になんの卵なのかを調べた。

 そして、ついにミーシャが拾った卵とそっくりな見た目の挿絵を見つけたのである。


「ノワール! これ見て! そっくり!」

「本当か!? ……おぉ、これは……この特徴的な模様、間違いないな——って、こいつは……」

 その卵の正体を知ったノワールは、かつての因縁を思い出し、血の気がサーッと引いていった。


 一方でミーシャは難しい文字はまだ読めないため、「なんのたまご?」と首を傾げていた。

「……まぁ、あれは勇者に飼いならされていたからな……。ひとまず孵化方法だが——震え出したら生まれる合図……じか……直火で丸2日!?」

 予想よりもはるかに高熱の孵化方法に、ノワールは声を上げた。


「じかびって?」

「火に直接当てるということだ。まずいぞミィ、あれじゃ、まだ寒すぎるらしい」

「えーっ! 大変、早く戻らなくちゃ!」

 

 2人は慌てて家に戻り、毛布にくるんだ卵を確認する。

 洞窟の中にあった時よりはかなりマシになっていたが、それでもまだ小さく震えていた。


「ノワール、どーしよー!?」

「そうだな……暖炉を使うか……」


 ミーシャが部屋の隅々まで掃除していたため、暖炉もすぐに使うことができた。

 薪を積んで、その真ん中に卵を乗せる。

 暖炉に火を灯すと、卵の震えはすぐに止まった。


 それから2日間、ミーシャは暖炉の前からほとんど動かなかった。

 昼間は暖炉の前で膝を抱えて座り、夜は暖炉の前で毛布にくるまって眠った。


 ——2日後。


 ついに、ピキピキと音を立てて、卵にひびが入り始める。

「ノワール! 大変! 生まれそう!」

 ミーシャが慌ててキョロキョロと彼を捜すと、彼女のすぐ頭上から「あぁ、見ている」と返事が返ってきた。


 カタカタ揺れた卵は薪の山から暖炉の外へと転げ落ちる。

 そして、真っ白なドラゴンの赤ちゃんが卵から顔を出した。


「きゅ?」

「わ、わぁぁ、何この子、かわい~!」

「それは、聖竜の子ども。伝説のドラゴン種のひとつだ」


 ミーシャが聖竜の子どもに近寄ると、その子はくりくりのお目目で彼女を見上げ、甘えたように「きゅっ♪」と鳴いた。

 そして、卵の殻の中でもぞもぞともがき、残った殻を砕いて卵の外へと出た。


「きゅっ、きゅっ♪」

 ミーシャへピトッと寄り添う。

「わっ……」

 ミーシャの目はハートになっていた。


 そんな光景を見て、ノワールがこう呟く。

「ミィ、貴様、どうやら親だと思われたようだな」

「え~っ! ミィちゃんが……ママってこと!?」


 ◇


 聖竜の子どもは、ミーシャによって『ルゥ』と名付けられた。

「ルゥ、こっちおいで~。ルゥの大好きなおさかなさんだよ~」

「きゅっ、きゅっ♪」

 ルゥはよちよちと歩いてミーシャのもとへたどり着くと、こんがりと焼かれて脂の滴る焼き魚をパクリと食べる。


 散歩に行くときも、風呂に入るときも、眠るときも、ミーシャとルゥはいつも一緒にいるようになった。

 ミーシャに弟ができたようで、ノワールもその光景を微笑ましく思った。


 ある時、ノワールが外で作っていたツルを編み込んだものがついに完成する。

 集落の外れにある2本の木の幹に、落ちないように括り付けた。


「ミィ、ルゥ! こっちに来い! 完成したぞ」

「えっ、本当!?」

「きゅー♪」

 ノワールが呼びかけると、ミーシャがルゥを抱っこして集落の外れまで集合した。


「これ、何……!?」

「これは、ハンモック。外で昼寝をするためのものだ」

「きゅ?」

「ここで、お昼寝できるの……!?」

 ミーシャの目がキラキラと輝いた。


 その日以来、彼らは3人仲良く、ハンモックに揺られて昼寝をするようになった。

 この平和な温かさは、この先もずっと続いていく——

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