第42話 その誤解は誰のため?
「トーリ、やっぱり君はその男と浮気していたんだな!」
あー、これはまずいですよ。
これからビクトリア様とヒューロン王子の仲を取り持とうとした矢先に。
これじゃ、まるでビクトリア様の浮気現場を押さえられたようではありませんか――って、ビクトリア様、どうして腕を絡ませてくるんですか!?
「でしたら、どうだとおっしゃいますの?」
しかも、さっきまでの自信なさげなご令嬢から豹変して、挑発的な態度になられてますよ!?
「このまま私との婚約を破棄なさいますか?」
「なっ、そんな事をすれば、浮気した君に咎が及ぶだろう」
「あら、その方がロン様には都合がよろしいのではありませんの?」
「えっ……あっ!」
やべっ、しまった――みたく口を押さえても手遅れですよ。
ふーむ、ヒューロン王子は腹芸ができない方のようですね。
今のではっきりしました。
ヴァルト殿下達が言っていた事は真実のようです。ヒューロン王子は今でもビクトリア様を愛していらっしゃる。
ですが、普通に破談にすれば女であるビクトリア様の方が圧倒的に不利になります。だから、エリー様と浮気した事実をでっち上げて、ご自分が泥を被ろうとなさったのですね。
まったく、お互いに不器用な性格をなさっておられます。
「とにかく、今はまだ婚約を解消したりしないからな!」
ビシッと指差して悪ぶっておられますが……うーん、お人好し感がハンパないですね。
去り際に「兄上のせいで、計画してたエリーとの浮気は上手くいかないし……」とブツブツ呟いてましたし。
「まったく、バカな人なんだから……」
その背中を見送るビクトリア様の瞳はとても寂しげでした。もしかしたら、ビクトリア様はヒューロン王子のお気持ちを薄々勘づいているのかもしれません。
ホント、この二人をなんとかできませんかね?
も、もちろん、これも全てはマリーンお嬢様の為ですよ?
けっして、お二人に同情しているんじゃないですからね!
「そこで何をしている!」
おっと、ここでヴァルト殿下のご登場ですか?
「えーん、ヴァルト様ぁ、マリーン様が酷いんですぅ」
「マリーン、またエリーを虐めていたのか!」
わざとらしい泣き真似で縋りつくエリー様の肩を抱き、ヴァルト殿下が激昂なさいました。
「ですから、私はただ注意をしていただけですわ」
「さっき私のチョコバナナを叩き落としたじゃないですかぁ」
「やっぱり、虐待していたんじゃないか」
そのチョコバナナ、マシュー氏からの贈り物ですよね。
ヴァルト殿下狙いのはずなのに、それを持ち出して大丈夫なんですかね……って、そういえば、エリー様はさっきまでマシュー氏とイチャイチャしてましたよね?
あれ? あれ?
エリー様はヴァルト殿下の妃の座を狙っていたのではなかったのでしょうか?
んー、でもまあ、ピスカ・シーホワイトも逆ハーなる大勢の男達に傅かれる状況を作ろうとしていたって話でしたから、複数の男に粉をかけることもあるんですかね?
うーん、どうにも最初に会ったエリー様と、今目の前で三文芝居を繰り広げているエリー様が一致しません。
ぎゃいぎゃい言い争うお嬢様とヴァルト殿下withエリー様。それを眺めながら、私はどうにも不自然さを感じていました。
「シーナ様、どうかなさったのですか?」
その声に隣に目を向ければ、ビクトリア様が不安そうに私を見上げておられました。
「先程の私の態度に幻滅なさいましたか?」
「ちょっとビックリしましたが、幻滅なんてしませんよ」
私が微笑むとビクトリア様はホッと胸を撫で下ろし安堵の表情を浮かべられました。さっきは無理して強気な態度を取ったのでしょう。
それほどヒューロン王子の事を想われておられるのですね……って、あれ?
それならどうして別れようとなさっておられるのでしょう?
確かに当初は悪役令嬢の運命を打開する目的はあったでしょう。ですが、エリー様はヒューロン王子に興味がないみたいです。
ならば誤解を解いてヒューロン王子とご結婚なさった方が良いのではないでしょうか?
幸いヒューロン王子がビクトリア様にラブラブなのは一目瞭然です。ビクトリア様もお気づきになられているご様子。
それに、このまま婚約破棄が進めば、ヴァルト殿下とエリー様の思う壺ではありませんか。
どう考えてもビクトリア様もヒューロン王子も最悪の手段を講じているようにしか思えないのですが……あっ!?
そうでした。ヴァルト殿下達の思惑を知っているのは私だけじゃないですか。
私は俯瞰して全体を見られるからこそ、ビクトリア様とヒューロン王子が間違った選択をなさっているように見えるのです。
ビクトリア様がご自分を悪役に仕立ててでも婚約を解消しようとなさるのも。
ヒューロン王子がビクトリア様を守るために自分が泥を被ろうとなさるのも。
真実を知らないならば、致し方のない事ではありませんか。みなさんがそれぞれ誤解しているのですから。
このシーナ、それを完全に失念してました。なんたる迂闊。
どうしましょう? いったいどうすれば良いのでしょう?
くっ、幾ら考えても良い案が思いつきません。
私の脳みそは筋肉でできているんです。血潮も筋肉で、心も筋肉。シーナ・サウスを構成する全てが筋肉でできているのです。
どう考えても筋肉で解決する手段しか思いつきません。
こんな時に頼りになるのはマリーンお嬢様ですが、相談すればヴァルト殿下の陰謀も話さねばなりません。これ以上、私はお嬢様の御心を傷つけたくはないのです。
それでは、ビクトリア様に打ち明けて、これからでもヒューロン王子と仲直りしてもらいましょうか?
いえ、ダメです。
この場合はヒューロン王子にもヴァルト殿下の企みを暴露しなければならないでしょう。そうなれば、王家で骨肉の争いが勃発です。だいたい、ヒューロン王子が転生者の話を信じてくれるかどうか。
それに、ビクトリア様も転生者です。この事を教えた時、いったいどんな行動に出るかわかります。転生者はどうにも意味不明なところがありすぎますから。
くっ、八方塞がりです。
あっ、知恵熱が出そう。
あー、もう、考えるのヤメヤメ!
こうなったら、後夜祭会場をぶっ壊しましょう。そうです、そうしましょう。それが一番です。何も考えず、全てを解決できます。
「シーナ様、どうかなされたのですか?」
「何かおかしいですか?」
「いえ、とっても晴れ晴れとしたお顔をされておられたものですから」
「ああ、今し方、とても難しい問題を解決する名案が浮かんだのです」
あゝ、心のつっかえが取り除かれた気分です。
やっぱり筋肉は万能ですね!




