第41話 その盗み聞きは誰のため?
「そうは言ってないよ」
「だったら今はお祭りを楽しみましょうよ」
嬉しそうに笑ってエリー様がマシュー氏の腕に絡みましたが……この二人って、こんなに気安い関係だったのですか?
だいたいエリー様はヴァルト殿下狙いでしたよね。もしかして、もう浮気ですか?
「やっぱりまずいよ。こんなところをヒューロン殿下に見られたら……」
「大丈夫だって」
「だけど、バレたらマリーン君からまた怒られるよ?」
「なによ意気地なし」
エリー様が口を尖らせて怒り、マシュー氏が慌てて宥めすかしております。どう見ても単なる陰謀の協力関係って雰囲気ではありません。
「あの二人があんなに親しいとは知りませんでした」
「マシュー・アカンは攻略対象の一人だからじゃないかしら?」
そう言えば、マシュー氏もそんなことを言ってましたね。
「エリー様もこの世界をゲームと思われているのね」
「ですが、マシュー氏も転生者ですよ?」
「えっ、そうなんですか?」
エリー様はマシュー氏を攻略対象と考えてはいないはずです。だとすると、エリー様は本気でマシュー氏と付き合っているのでしょうか?
ですが、エリー様はヴァルト殿下に妃してもらう密約を交わしていました。まさか二股をかけてるんでしょうか。
うーん、マシュー氏も密約の件は知っているはずなんですが……
「ねっ、ねっ、次はあれやろ」
「もう、仕方ないなぁ」
はしゃぐエリー様に引っ張られながら、優しい目を向けるマシュー氏……完璧に恋人同士じゃないですか。
「同じ転生者同士で意気投合している……という雰囲気でもないわね」
「どう見ても恋人同士にしか見えませんね」
いったいどういうことなんでしょう?
むむむっ、一生懸命に考えていたら知恵熱で頭から煙を吹き出してしまいました。私は筋肉で解決できないことは苦手なんです。
「あっ、マリーン様だわ」
なんですと!?
「あら、こちらへ向かっているわね」
わーっ、ホントにもの凄い勢いでこっちに向かってきてるじゃないですか!
「どうしたのかしら? とてもお怒りのようだけど?」
いつも穏やかなマリーンお嬢様が、まなじり吊り上げて……
「こんなところで浮気して!」
ひぇーっ、私は浮気なんてしていませんよ。私はお嬢様ひと筋ですから。
「マリーン君!?」
「どうしてここにいるの!?」
「どうしてもこうしてもない。二人して何してるの!」
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――って、あれ?
「シーナ様、どうかなされたのですか?」
「マリーンお嬢様は?」
「あっちでエリー様と揉めていますよ」
ほっ、私が見つかったわけじゃなかったんですね。ですが、油断できません。
「ビクトリア様、こちらへ」
「きゃっ、シーナ様!?」
見つかったら折檻される――その恐怖にビクトリア様の肩を抱き寄せ、出店の影に隠れました。
「シーナ様、こんな人前で……恥ずかしいです」
おや、ビクトリア様、顔が赤いですね。まあ、人が多いですからね。熱気にやられたのでしょう。
「エリー様、何度注意すれば分かるんですの?」
「私は何も悪いことしてないのにぃ」
「貴族令嬢たるもの無闇に殿方と親しくするものではありませんわ」
「そんな……私はみんなと仲良くしたいだけなんですぅ」
影からそっと覗けば、お嬢様とエリー様が口論しておりました。どうやら、お嬢様はエリー様の行状を聞きつけ叱りにきたようですね。
「あなたのために言ってるのに、口答えするんじゃありません!」
「あーっ!」
お嬢様がパシンッと叩くと、エリー様が持っていたチョコバナナを落としてしまいました。
「マシュー君が買ってくれたチョコバナナがぁ」
「うっ……で、ですが、エリー様が私の忠告を聞かず、はしたないマネをするからいけないんですのよ……あっ、そこのあなた、もう一本それを頂けるかしら」
ツンッとお嬢様は突き放しました。が、それはそれと、新たに買い直されて弁償するあたり、さすがお嬢様です。しかも、手ずからチョコバナナを包装紙に包んで渡されました。なんとお優しい。
「そんな問題じゃないんですぅ」
だというのに、エリー様は不満顔。お嬢様の心使いを無碍にするなんて。
「せっかくマシュー君が私のために買ってくれたのにぃ」
地面に落ちたチョコバナナを見てエリー様が半べそをかいておられます。
それだけ見れば恋人からの贈り物を無碍にされた悲劇のヒロインですが……チョコバナナを受け取って、しっかり握って離さないのでは説得力ありませんよ。
「マリーン様がエリー様を虐めているとの噂は本当だったのですね」
「まあ、あれを虐めと言って良いのならそうなのかもしれません」
前に制服を切り裂いたという話もありましたし、他にも色々とエリー様に突っかかっていると噂はあります。
ですが、いまいち虐めっぽくないような……どうにも作為的なものを感じます。これもヴァルト殿下の陰謀なのでしょうか?
「そう言えば、入学当初はビクトリア様がエリー様を虐めていると噂になっておりましたが?」
「誓って私は何もしておりません」
まあ、ビクトリア様は悪役令嬢である自覚があるのですから、あえて自分から破滅を引き寄せるマネはいたしませんよね。
「それどころか、私は噂になった頃、エリー様にお会いしたこともありませんでしたから」
それならば、どうしてビクトリア様がエリー様を虐めていると噂が流れたのでしょう。これに関しては、ヴァルト殿下が黒幕とは思えません。この時はまだヴァルト殿下はお嬢様を口説いている最中でしたから。
「噂の出所はロン様とその側近達です」
「つまり、ヒューロン王子があなたと婚約を破棄したいために流したデマなわけですね」
ここら辺の事情はヴァルト殿下達の密会で少し語られていましたね。
悪役令嬢であるビクトリア様は断罪を恐れてヒューロン王子を避けていた。それを嫌われていると勘違いしたヒューロン王子が、ビクトリア様の瑕疵とならないように別れるために一芝居を打たれているのでした。
ん?……そうですよ!
ヒューロン王子の誤解を解いて、ビクトリア様との仲を取り持てば全てが解決するではありませんか。
そうすれば、ヒューロン王子の婚約破棄を阻止できて、ヴァルト殿下の陰謀も頓挫するはず。お嬢様だってお救いできて、みんなハッピーじゃないですか。
これはグッドアイディアです。
よーし、ここは私が一肌脱いでビクトリア様とヒューロン王子の恋を成就させるキューピッドになってあげようじゃありませんか。
それにはまず、先にやらなければならない事があります。
「ビクトリア様に一つ確認したいのですが」
「はい、なんでしょう?」
それはビクトリア様自身のお気持ちを確かめること。果たしてビクトリア様はヒューロン王子と結ばれたい意志があるのかどうかです。
「ビクトリア様はヒューロン王子のことを愛して……」
「トーリ、そこで何をコソコソしている!」
会話を鋭く断ち切る声に、思わず私達は振り返りました。
「ロン様!?」
そこに立っていたのは眉間に皺を寄せた美少年――ヒューロン・オーシャン第三王子でした。




