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第38話 そのエスコート役は誰のため?


「マリーンお嬢様、お手紙が届いております」


 いつもの四阿(ガゼボ)でお茶を楽しまれているところに、銀盤(サルヴァ)を片手に執事が現れました。


「手紙?」


 差し出された銀盤の上には、一通の封筒が載せられていました。


「どなたからなのかしら?」

「王城……からでございます」


 執事が恐る恐る答えると、ほんの一瞬でしたが……お嬢様の眉間にしわが僅かに寄りました。


 ちっ、執事め、お嬢様が不機嫌になったのに気づいていたくせに、素知らぬ顔してやがります。


「それでは、私はこれで」


 しかも一礼するや否や、そそくさと踵を返したではありませんか。自分だけ逃げるつもりですね。


 私の前を通る時、ちらりと視線を寄越し、『専属侍女だろ、お前がなんとかしろ』ってハンドサイン送ってきやがりましたよ。


 やっぱり、こいつは手紙の差し出し人と内容に気がついているんですね。くっそー、執事め、厄介事を私に押し付けて一人だけ逃げ出しやがって。


 お嬢様、ヴァルト殿下とケンカして機嫌がすこぶる悪いのに。私一人で宥めないといけないんですか?


「今のはいったいなに?」


 しかも、このハンドサインはアトランテ家の家人が使っているもの。抜け目のないお嬢様はとっくに解読可能なんです。


「はて、なんのことでございましょう?」


 ここはすっとぼけです。


「さっきの執事がなんとかしろって言ってたじゃない」

「さようでございましたか。申し訳ございません。気がつきませんでした」


 むぅっと、お嬢様がむくれました。そんなに怒らないでください。これからもっと機嫌が悪くなるのは確実なんですから。


 だって、王城の手紙って十中八九——


「この封蝋の印璽(シーリング)は……ヴァルト様ね」


 ですよねぇ。


 お顔がどんどん険しくなるお嬢様のご様子に、私は天を仰ぎたくなりました。だって、これから更にお嬢様の機嫌が悪くなるからです。


 どうして分かるかって?


 私はヴァルト殿下の手紙の内容を知っているからです。


 その内容とは、学園祭の――


「後夜祭パーティーのエスコート……断られたわ」


 お嬢様はポイッと手紙をテーブルに放り投げました。


 いつものお嬢様なら、送られてきた手紙は内容のいかんを問わず丁寧にしまわれます。このような粗雑な扱いは普段ならありえません。


 よっぽど腹に据えかねていらっしゃるのでしょう。それだけではありません。お嬢様の美しい瞳がきらりと光っております。


 涙の雫――それは悔しさからなのでしょうか。悲しみからなのでしょうか。


 あゝ、お嬢様、泣かないでください。できれば、私がお嬢様の苦しみを代わりに背負って差し上げたい。ですが、私は無力です。


 こうなることを私は事前に知っていたというのに……いったいどうすれば良かったのでしょう?


 あの後もヴァルト殿下とマシュー氏、エリー様による密談は続きました。


 それによると、マシュー氏は初めから私がお嬢様の専属侍女と知って近づいたようです。目的は二つ。お嬢様を悪役令嬢に仕立て上げる邪魔をさせないためと、ビクトリア様とヒューロン王子の仲違いを決定づけるため。


 つまり、私は彼らにまんまと利用されたというわけです。


 ヒューロン王子がビクトリア様に婚約破棄を言い渡すのは、もはや避けられません。その断罪の場は学園祭の後夜祭パーティー。ヴァルト殿下とエリー様はここでヒューロン王子とお嬢様を同時に断罪するつもりです。


 この情報を得た私はすぐにお嬢様に報告しようとしました。が、ヴァルト殿下とケンカして意気消沈するお嬢様を前に、私は言葉を失ってしまったのです。


 お嬢様はヴァルト殿下に想いを寄せておられるのは間違いないでしょう。


 それなのに、殿下がお嬢様を切り捨て、断罪しようとしていると知れば……そのショックは計り知れません。


 だから、私の手でなんとか解決できないか……そう悩んでいるうちに殿下から手紙が届いてしまったのです。


 しかも、学園祭は明日から。二日間の催しの後、明々後日には後夜祭パーティーです。


「今からエスコート役を探しても……見つかるはずないわよね」


 パーティー目前のこの時期ともなれば、目ぼしい男性は既に誰かのエスコート役となっているでしょう。パートナーのいない者がいるとは思えません。とてもではありませんが、今からエスコート役をお願いしても断られるのは目に見えております。


「ヴァルト様もずいぶんな仕打ちをしてくれたものね」


 本来ならエスコート役を辞退するなら、もっと早くにしなければなりません。もしくは代役を立てるのが礼儀というもの。これは明らかな嫌がらせです。


「ふふ、私はヴァルト様に嫌われてしまったのね」


 お嬢様が力なく笑われました。その表情はとても寂しく、見ていて痛々しい。


 しばらくの間、四阿(ガゼボ)は重い沈黙に支配されました。お嬢様はただじっとテーブルに放り出した手紙を見つめ微動だにしません。


 いったい何を考えていらっしゃるのでしょう。


 これからの手立てか、殿下への恨み言か、それとも復讐の方法か……


 どれくらい時間が過ぎたでしょう。一分か、十分か、あるいはそれよりずっと長かったのか。


 お嬢様はおもむろに顔を上げ、ついに沈黙を破りました。


「シーナ、お願いがあるんだけど」

「私にできることでしたら」


 たとえ国が……いえ、世界の全てが敵になろうとも、私は最後までお嬢様の味方です。お嬢様のためなら何でも叶えてみせますよ。


「後夜祭パーティーなんだけど」


 お嬢様は口の端を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべました。


「私のエスコート役をお願いできるかしら?」

「仰せのままに」


 お任せください。


 このシーナが立ちはだかる全ての敵を粉砕してご覧に入れます――えっ、違うんですか?


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