第37話 その策動は誰のため?
なんと、マシュー氏が裏で繋がっていたのは、ヴァルト殿下とエリー様だったんですか!?
「あの時は、だって、こんな展開になるなんて思ってもいなかったんだもん」
エリー様がぷくっと可愛く頬を膨らませました。あざとい。相変わらずあざとい。
「これでも最初は悠々自適な異世界ライフを送るつもりだったのよ」
「まあ、僕も君から乙女ゲームの話を聞くまでは、異世界転生やっふーとしか思ってなかったもんな」
「お前達にも言い分はあるだろうが、今や俺達は運命共同体だからな。よろしく頼む」
エリー様とマシュー氏は殿下を見て同時にため息をつかれました。
「はあ、こんな腹黒殿下に捕まったのが運の尽きよねぇ」
「まったくだよ。前世知識でチート人生できるって喜んでたのに」
「そう言うな。お互いの利害関係は一致しているだろ?」
殿下の黒い笑みに釣られて、エリー様とマシュー氏もニヤリと笑う。
「ここが乙女ゲームと分かった以上、邪魔な攻略対象には消えてもらうに限りますからね」
「高スペックの攻略対象がいなくなれば、マシューの独壇場だもんね」
クスクス笑われマシュー氏が大仰に肩をすくめる。いちいち芝居がかったやつですね。
「そういうエリー君だって、『二作目の攻略対象って好みじゃないのよねぇ。どうせなら一作目のヒロインに転生したかった』って言ってたじゃないか」
「まあね。だからゲームには参加しないよう攻略対象に近づかないようにしてたのよ」
マシュー氏の指摘にエリー様は不敵に笑い、悪びれる様子もありません。
「だけど、ヴァルト殿下なら話は別よ」
外見は清純そうなエリー様が妖しく笑いヴァルト殿下にしなだれかかる。ペロッと舐めて唇を艶めかしく濡らすところは悪女にしか見えません。
「うふふ、マリーン様を断罪したら私を妃にしてくれるんですよね」
「――!?」
私は息を呑みました。なんてことでしょう。この三人がマリーン様を嵌めている犯人だったんですか。
「ほんと渡りに船だったわ。避けていたはずなのに、ヒューロン殿下が向こうから近づいてくるんだもん」
「ゲームの矯正力ってやつがあるのかもしれないな」
「そうかもね。次々に攻略対象達が勝手に絡んでくるのには焦ったわよ」
どうやら、エリー様の目論見が外れ、ゲームの設定どおりに周囲が動いてしまったようです。最初にヒューロン王子の浮気やビクトリア様と不仲との噂が立ったのはそのせいなのですね。
「攻略するつもりなかったからフラグを立ててなかったからヤバかったのよ」
「このままじゃ、エリー君はバッドエンドまっしぐらだったからね」
全ての話が理解できたわけではありませんが、エリー様はゲームに敗れそうになっていたということでしょうか?
「そこにヴァルト殿下が声をかけてくれたんだから、逆にラッキーだったわ」
「俺もエリーとマシューのおかげで助かっているからお互い様だ」
ヴァルト殿下が寄り添うエリー様の肩に腕を回して、グイッと抱き寄せられました。お嬢様というものがありながら、何をやってるんですか!
「でも良かったんですか?」
「何がだ?」
「いえ、マリーン君は絶世の美少女ですよ。しかも、とびっきり優秀な。アトランテ家も降下先としては申し分なかったでしょうに」
「まあな」
マシュー氏の指摘に殿下は苦笑いを浮かべる。
「正直に言えば、マリーンはかなり惜しい。だが、俺の立場では靡かない女をいつまでも相手にしてはいられない」
「まあ、殿下のお立場では焦らされた挙句、結婚の申し出を断られたら死活問題ですからねぇ」
「もう少し期待が持てれば、マリーンの返事を待つ選択肢もあったんだが……やむを得ん」
うわぁあ!
殿下はお嬢様を見限ってしまわれたのですか。だから、お預けすると後悔すると申し上げましたのに。
「実際、俺は婚約者がいないことで、城内でかなり危うい立場に追い込まれているからな」
「ヴァルト殿下の兄君の王太子にはすでに妃がおりますし、弟君のヒューロン殿下にはビクトリア君という才色兼備の婚約者がいますからね」
「やっぱり、一人だけ婚約者がいないのはまずいんですか?」
エリー様の疑問に殿下の表情が曇りました。
「まあな。周囲からの当たりが強くなるし、臣籍降下先の条件も悪くなっていく。そして何より兄上に含むものがあるのではと疑われる」
「最悪の場合、闇に葬られる可能性もあるってことですね」
マジですか?
殿下がそこまで追い詰められておられたなんて……お嬢様、遊びすぎたんです。
「だが、エリーとマシューのおかげで、起死回生どころか一挙両得の作戦を思いつけた」
「殿下は恐ろしい方です。ご自分の保身のために実の弟を陥れようとなさるんですから」
「ヒューロンがいかんのだ」
マシュー氏が呆れて指摘しても、殿下はふんっと鼻を鳴らして一蹴されました。
「先に婚約者を決めて、兄の俺を窮地に立たせたのだからな」
「だからって、ヒューロン殿下に婚約破棄させて、その罪状で王家から追放しようとなさるなんて」
「くくっ、何を言うか。もともとヒューロンが浮気を始めたのが原因だろう」
「ほんとは浮気が目的ではないのに……ヒューロン殿下もお可哀想に」
やれやれとマシュー氏が肩をすくめる。
「あらぁ、王子のくせに恋にうつつを抜かすのがいけないんじゃない」
「ヒューロンの真の目的はビクトリアの瑕疵とならないように婚約解消するものだというのだから呆れる」
「自分が悪者になっても構わないなんて、恋は盲目もいいところだわ」
「ああ、そう言えば、そのことでシーナ君から聞いたんですが、ビクトリア君も転生者らしいですよ」
マシュー氏がポンッと手を打って私から聞いた情報を披露しました。くそっ、言うんじゃなかった。
「そうか、ビクトリアもお前達と同じ転生者だったのか」
「だから、ヒューロン殿下から距離を取っていたのね。断罪を恐れて。逆に好都合よ」
「なるほど、それでヒューロンは自分が嫌われていると勘違いしたのか」
「バッカみたい。ほんとはお互い好きあってるくせして」
クスクス笑うエリー様には悪意しかありません。
ああ、だんだん全体像が見えてきました。
ビクトリア様は断罪を恐れ、その態度を嫌われたとヒューロン王子は勘違いした。そこで王子は愛するビクトリア様のために自分が泥を被るつもりでエリー様に近づかれたのですね。
一方、ヴァルト殿下はお嬢様に焦らされ窮地に陥っていた。そこでエリー様と結託してヒューロン王子の失脚を図られたのですか。第三王子がいなくなれば王家の男子は二人だけ。そうなればヴァルト殿下は粗略に扱われませんから。
ですが、そうなるとマリーンお嬢様を嵌める理由はいったい?
「これでエリーを我が妃としてシルフラ家を盛り上げれば、俺の地位も安泰だ」
「そこは任せて。私は三作目もプレイしてるから、この国の未来は全部知ってるもの」
「未来が分かっていれば男爵領もすぐに発展させられる」
殿下はエリー様の知識を欲しておられるのですね。
「だが、そのためにはマリーンに悪役令嬢になってもらわねばならない」
「ええ、私は二作目のヒロイン。一作目の攻略対象であるヴァルト殿下と結ばれるには、同じ一作目のマリーン様に悪役令嬢となってもらう必要があるわ」
「そうやって、エリー君がが一作目のヒロインに成り代わる……まあ、理屈は分からなくてもないけど」
マシュー氏はどうやらお嬢様に同情的なようです。
「ですが、そのために求婚していたマリーン君まで貶めるのは、些かやり過ぎのようにも感じますがね」
「俺の求婚に応じなかったマリーンが悪いのだ」
ですが、ヴァルト殿下の方は完全にお嬢様を切り捨ててしまわれたようでした。
「マリーンには俺達の未来のために人柱となってもらう」




