第33話 そのナンパは誰のため?
それは惹き込まれるような青い……とても澄んだ青い瞳でした。
「なんて綺麗な瞳……」
青く……南国の海のように青く、太陽の下で輝く凪いだ湖面のような美しい瞳。その清水のごとき青い瞳に、私は溺れてしまったようでした。
にっこりと微笑む絶世の美少女。その笑貌の美しさに、全ての男達が虜にされてしまいそう。
「まあ……あなたのお髪も極上の黒絹のように美しいですわ」
瑞々しい唇の間から漏れ出た声は、まるで天上の調べ。声までも美しい。この世のものとは思えぬ、とはまさに彼女のためにある言葉なのではないでしょうか。
――ビクトリア・レイク侯爵令嬢。
お嬢様と並び称される我が国が誇る絶世の美少女『蒼玉の君』です。
「あなたの空のごとき青い髪には及びませんよ」
彼女の髪をひと房だけ掬い上げた。私の指の間からいく筋かの髪がこぼれ落ちる。サラリと流れる青い髪はまるで澄んだ川のよう。
その髪に口づけを落とせば、取り澄ましていた少女の頬がサッと朱色に染まる。一瞬にして美術品のように巧緻な美貌に生気が宿り、年相応の愛らしさを覗かせた。
つまり、私が何を言いたいかと言うと……この子、めっちゃ可愛いねん!
やっべぇ、マリーンお嬢様以外でこのクオリティが存在するなんて予想を超えてました。巷間でお嬢様に匹敵する美貌との噂に偽りなし。
しかも、お嬢様みたいに擦れていないところが何とも言えませんねぇ。
はっ!?
いけません。私はお嬢様一筋。浮気なんて……でも、先っちょだけ、先っちょだけなら……いえいえ、ダメです。ダメですよ、シーナ・サウス。目的を見失っては。
「どうかなさいましたの?」
ビクトリア様が私を不思議そうに見ております。心の葛藤をしている場合ではありませんでした。
「申し訳ありません。あなたの美しさに見惚れて言葉を失っておりました」
「もう、シーナ様ったら、お世辞ばっかり」
ぐはっ! む、胸が痛い。
両頬に手を当てて照れ照れするビクトリア様の可愛さに胸を射抜かれてしまいました。
はっ、いけません。また目的を見失うところでした。
ビクトリア様に絆されてはいけません、シーナ・サウス。私がビクトリア様に近づいたのは、マリーンお嬢様を救うためなのですから。
そう……私は二作目悪役令嬢であるビクトリア様と接触したのには、きちんと理由があるのです。
決して浮気するためじゃないんですからね!……ホントですよ?
「いえいえ、お世辞などではありません。すべて心からの本心にございます」
まあ、ウソは言っておりません。ビクトリア様ってば、マジで可愛いんだもん。
「あなたに婚約者がいるのも忘れて愛を囁きたくなってしまいます」
「あっ、いけませんわ。シーナ様のように素敵な方が私ごときに……」
顔を暗くしてビクトリア様が視線を落とす。彼女の顎をクイッと上げて顔を近づけて囁きました――「ごとき、ではありませんよ」と。
「あなたは誰よりも美しい」
「そんな……私より綺麗な方はこの学園にいっぱいいますわ」
私の褒め言葉はビクトリア様に届かず、青い瞳は悲しげに曇ったまま。
「マリーン様や……エリー様とか……」
お嬢様はともかく、残念おっぱいには確実に勝っておりますよ。
「あなたの方がずっと綺麗ですよ」
「そんなことをおっしゃるのはシーナ様だけですわ」
それでも自信なさげなのは、やはりヒューロン王子の浮気のせいでしょうか。
「あなたの美しさを理解できない者がいるなど信じられません」
「そうでしょうか?」
「はい」
私が断言するとビクトリア様は微笑まれました。ですが、どこか寂しげです。
「それなら、どうしてロン様は……」
ロン様とはヒューロン王子の愛称ですね。
「もしやビクトリア様のお心を煩わせておられるのは、ヒューロン王子とエリー様のことでしょうか?」
「それは……」
ヒューロン王子の浮気を指摘すると、ビクトリア様がはっとされて口を閉ざされました。やはり、だいぶん心を痛めておられるようですね。
「ビクトリア様、自信をお持ちください。あなたは美しい。誰よりも美しい。それは私が保証します」
「シ、シーナ様、いけません。こんなところで……誰が見ているか分からないのですよ」
私が両手を握ると、ビクトリア様が顔を背けて逃げようとなさいました。ですが、本当に嫌がっているようには見えません。むしろ、誘っているんじゃないでしょうか。
「私の言葉が信じられませんか?」
「シーナ様……」
ムッヒョーッ!
ビクトリア様が私の胸にしなだれてきましたよ。
「……そのお言葉を信じさせて」
ゴクリ……これはなかなか。ビクトリア様、けっこう着痩せするタイプだったんですね。
「私の口から出る言葉は真実のみです」
「言葉は真実でも、シーナ様の目が曇っていらっしゃるのかもしれません」
「私の目は鷹より優れているんですよ」
ほら、この目を見て見て。鷹より鋭いでしょって主張したら、ビクトリア様がくすくすと声を立てて笑われました。それは心底おかしそうに。
ビクトリア様の頬に私が手を添えると、手を重ねて身を預けてきました。上目遣いで私を見上げる瞳は少し不安に揺れておりました。
「シーナ様、私の傍にずっといてくださいますか?」
「あなたが望む限り」
力強い私の言葉にビクトリア様が顔にパッと花を咲かせました。
さて、まるで悪い男が無垢な美少女を誑かしているようなシチュエーションですが、私は決してビクトリア様を口説こうと考えているわけではありません。
ホントですよ。私はマリーンお嬢様一筋ですから。
えっ、鼻の下を伸ばしてたじゃないかですって?
そんなことはありま……すけど……だって、仕方がないじゃないですか。ビクトリア様はお嬢様に匹敵する美貌の持ち主なんですから。
魂の髄まで侵食している私のリビドーが、美しい雌馬を前にした種馬のごとく止まらんのです。だいたい、お嬢様がお預けを食らわしているのがいかんのです。わおーん!
ですが、ちゃんと当初の目的は忘れておりませんよ。
そうです……ビクトリア様を欲望のままに口説き落とそうとしているように見えますが、これも全てはお嬢様のため。
私の狙いはビクトリア様に悪役令嬢となっていただくこと。そうすれば世論を誘導してエリー様を本来のルートへと戻せるはず――と、マシュー氏が申しておりました。
だから、まずはビクトリア様に自信を取り戻していただき、ヒューロン王子との仲を取り持つ必要があるのです。
さあ、ビクトリア様、お嬢様のために悪役令嬢となってください。と、思っておりましたが……
「シーナ様のお言葉を信じますわ」
目の前の愛らしく笑う美少女を悪役令嬢に堕とす。そう考えると胸がとても痛みます。
私……罪悪感がハンパありません。




