第32話 その提案は誰のため?
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
馬車を降りたマリーンお嬢様に深々と腰を折って最敬礼。
「うん……帰りもお願いね……」
お嬢様がトボトボと校舎へと向かって歩いていきます。
「よほどヴァルト殿下とケンカなされたのがショックだったのですね」
あんなに肩を落とされて……背中がとても痛々しいです。
あゝ、すぐにでも駆け寄って支えて差し上げたい。ですが、ここから先は我々のような使用人が足を踏み入れる事ができない領域です。
しかし、この学園はお嬢様に仇なす者達の巣窟。
今のお嬢様をお一人にするのはとても不安です。
ですが、どんなに心配しても私は無力です。お嬢様の無事を祈り、見送る事しかできません。
「だがしか~し、この程度で諦めてはお嬢様の専属侍女など務まりません!」
私は侍女服に手をかけるとバサッと一気に剥ぎ取る。
下から現れたのは男子の制服姿を着た王子様モード。
「けっきょく、そこへ戻られるんでやすかい」
御者め、何をそんなに呆れてやがる。
「前回の三つ編み眼鏡は悪くなかったのですが、一部の生徒に気持ち悪い反応をされましたので」
その問題のマシュー氏に会いに行くので却下です。もし、彼以外にも「眼鏡っ子萌えーーー!!!」なんて男子が出現でもしたら、おぞましさに学園を瓦礫の山に変える自信しかありません。
かと言って他の格好をしても、マシュー氏を喜ばせそうな気がするんですよねぇ。そうなると、男装しか選択肢が残されていませんでした。
まあ、これなら問題ないでしょう。
それではさっそくマシュー氏をとっちめに行きましょう。あんにゃろ、虚偽情報掴ませやがって。ボコボコにして持ってる情報を全て吐き出させてやります。
むっ、いました!
「せっかくイケメンに転生したのに、どうしてモテないのでござる?」
また頭のおかしなことをブツブツと。このムダ美形っぷりは間違いなくマシュー・アカン子爵令息ですね。
「見つけましたよ!」
「うわっ、なんだ君は!?」
私はヤツの胸ぐらを掴んで持ち上げあした。マシュー氏は宙に浮いた足をバタバタさせてます。まあ、その程度の抵抗で私から逃れることは不可能。戦闘力たったの5か……ゴミめ……
「昨日はよくもニセ情報を掴ませてくれやがりましたね」
「き、君はもしや三つ編み眼鏡っ子!?」
男装していたせいで、すぐには私と分からなかったようですね。
「そ、そんな、君は……君は……」
ふっ、私の完璧な変装に言葉もありませんか。
「男の娘だったのか!?」
なんですか、その男の娘というのは?
異世界人はどうにも意味不明ですね。
「男装しているだけです」
「うーむ、これが男装……似合い過ぎている」
そうだろう、そうだろう。これほど完璧な変装は他にあるまい。ただ、完璧すぎて女の子にモテモテだから、お嬢様に嫉妬されてしまうんですよ。
ああ、お嬢様、そんなに怒らないでください。ふっ、いくら私がモテるからって。
「おっ、そうだ」
私に宙吊りにされながらマシュー氏がポンッと手を打つ。
そして、何を思ったかシャツのボタンを外し、胸をはだけさせました――意外と胸板が厚いじゃないですか。ゴクリ。
「ウホッ、いい男!……やらないか」
ゾワッ! こいつ男色の気があったんですか!?
「気持ち悪い……やっぱり殺しましょう」
ちっ、やっぱり残念イケメンでした。
もう良いですよね、殴っても?
このまま撲殺しちゃいますか?
「うわぁぁぁ、待って待って! ちょっとタンマ!」
マシュー氏を放り出してポキポキ指を鳴らすと、尻もちをついたまま後退る。無駄に器用な男ですね。
「いやぁ、一度言ってみたかっただけなんだ。単なる出来心だから許して」
「そういうのはいいんで、死にたくなければ私の聞いたことにだけ答えなさい」
「イエスマァム!」
「分かっていますね。次にふざけたことを口にしたら殺します。嘘をついても殺します。黙秘も許しません、即殺します。質問には速やかに答えなさい。3秒待たせたら問答無用で撲殺します」
マシュー氏が青い顔で上下にカクカク首を振りました。最初からそうしてれば良かったんです。
「それで、前回のガセネタに対し申し開きはありますか?」
「ガセと言いますと?」
「あなた、マリーンお嬢様はエリー様の悪役令嬢ではないと言っていたではないですか」
「僕は乙女ゲームをプレイしていないから、全部エリー君から聞いた受け売りなんだ」
だとすると、偽情報の出所はエリー様ですか。お嬢様を撹乱する狙いがあったと見るべきでしょうか。
「ただ、その情報はガセではないと思うよ」
「ガセじゃない?……ですが、お嬢様とエリー様が争っている現場を私は目撃しましたが?」
「それはゲームと今の状況がかけ離れてしまったからじゃないかな」
マシュー氏の説明によるとゲームでは一作目でマリーンお嬢様は断罪されて退場するはずだった。ところが、現実では逆にピスカ様が裁かれ、二作目に登場しないお嬢様が残ってしまった。
「そのせいで、ビクトリア君だけではなく、マリーン君も悪役令嬢となってしまったんだと思うよ」
「エリー様が故意にお嬢様を嵌めている可能性も考えられるのではありませんか?」
昨日はエリー様がお嬢様の神経を逆撫でしていたように見えました。
「あり得るね。本来なら攻略対象はヒューロン殿下のはずなんだけど、エリー君はヴァルト殿下の方にご執心なのかもしれない」
「なるほど……攻略対象にいないヴァルト殿下を堕とそうとして、シナリオを強引に捻じ曲げてきたわけですか」
「うん、マリーン君を悪役令嬢に仕立てることで、一作目の展開を再現しているんだ。そうすれば、ヴァルト殿下を攻略することが可能になるかもしれないと考えたんじゃないかな?」
マシュー氏の説明を聞いていると、その線が濃厚のように思えてきました。それが真実ならば、お嬢様の身が危険です。
「こうしてはいられません!」
今この時にもエリー様の魔の手がお嬢様に迫っているやもしれません。すぐにお嬢様の元へ馳せ参じなければ。
「あっ、ちょっと待って、どこへ行こうとしてるの?」
「それはもちろん、お嬢様のところです」
「あー、それは得策じゃないと思うなぁ」
「どうしてですか?」
「理由は三つあるよ」
私の疑問にマシュー氏が指を三本立てました。
「一つ、エリー君はマリーン君を悪役令嬢にしたいのであって、危害を加えるつもりがない」
確かに、エリー様がお嬢様を傷付けるのは、動機に反しますね。
「二つ、君が行って暴力沙汰でも起こせば、マリーン君の立場はより悪化してしまうんじゃない?」
むぅ、口惜しいですが、マシュー氏の言う通りです。私がエリー様を撲殺すれば、主人であるお嬢様にも累が及ぶのは免れません。
「そして最後に……」
さっきまでの軽薄さが引っ込み、にやりと不敵な笑顔に変わった。
「もっと効果的な方法があるんだけど……僕の提案を聞く?」




