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第28話 その忠告は誰のため?


 エリー・シルフラ男爵令嬢!?


 そうです、そうです、そうでした!

 忘れもしない入学式の残念おっぱい!


「そのまさかだ」


 それで殿下はお嬢様にお尋ねになられたのですか。


 なんせ今回のピンク頭(エリー・シルフラ)前回のピンク頭(ピスカ・シーホワイト)と同じく、お嬢様に突撃かましてますからねぇ。


「マリーンも気づいていると思うが、彼女はピスカ・シーホワイトと同じく異質な存在だ」

「はい、ピスカ様と同類の臭いがしますわ」


 ピスカ・シーホワイトはヴァルト殿下を付け狙っておりました。すると今度はヒューロン王子がターゲットなんですかね。


 前回はヴァルト殿下、今回はヒューロン王子を誘惑とは……まったく、ピンク頭は王家の鬼門ですか。


「ピスカはマリーンを悪女に仕立て上げようとしていたな」

「はい、私を悪役令嬢と呼んで、自分を虐めろとおかしな要求をしてきましたわ」

「そんなこともあったな」


 殿下が疲れたような遠い目になっておられます。つまり、今回も似たようなことが起きておられるのですね。


「もしや、エリー様がビクトリア様に虐めを要求なさっておいでなんですの?」

「それは分からんが……ビクトリアが嫉妬に駆られてエリーを迫害していると噂が立ち始めている」

「私の時と同様に、エリー様がビクトリア様を貶めておられるのでしょうか?」

「それについては目下調査中だ」


 おや? ヴァルト殿下が何やら難しい顔をされておられますが?


「ただ、エリーを虐めている主犯がビクトリアだと騒いでいるのは、ヒューロンの腹心達なのだ」

「それはまた……どこかで聞いたような話ですわね」


 どこかで聞いたも何も昨年お嬢様が当事者だったじゃないですか。やはり、エリー様もピスカ・シーホワイトと同類なのでしょうか?


「まだ予想の範疇で打ち明けたのは、マリーンにも注意してもらいたいからだ」

「ピスカ様の時のように、エリー様も私を標的にする可能性がある。殿下はそうお考えなのですね」


 殿下が神妙な表情で頷かれました。きっと、お嬢様が心配なのでしょう。


「マリーンなら大丈夫だとは思うが、くれぐれも気をつけてくれ」

「ご配慮痛み入ります」


 最後の最後まで殿下はお嬢様を気づかっていらっしゃいました。なのに、当のお嬢様は特段いつも通りの対応です。


 不安を隠せない様子のまま殿下は立ち去られました。ですが、ご安心ください。不肖シーナ・サウスがきちんとお嬢様に釘を刺しておきますから。


「お嬢様、ヴァルト殿下はお嬢様の身を案じていらっしゃるのですよ」

「大丈夫、大丈夫」


 くっ、相変わらずヘラヘラと。もう少し危機感を抱いてはくれませんかねぇ。


「お嬢様、前回とは状況が違うのです。今回はエリー様がどう動くか分かりません。もっと気を引き締めてください」


 ピスカ・シーホワイトとレッド・ブラックシーの時とは違います。あれは殿下と一緒に策略で嵌めたのでお嬢様に主導権がありました。


 ですが、今回は向こうに主導権があるのですから予測不可能。危険度は比較になりません。


「エリー様のターゲットに私は含まれていないわ」

「そんなこと、どうしてお分かりになるのです?」


 お嬢様は何か確信がおありのようですが……


「だってエリー様がおっしゃっていたじゃない……どうしてまだ学園にいるのか、断罪されているはずじゃないかって」


 それは記憶しております。お嬢様に対してあまりに無礼な発言でしたので。


「つまり、彼女にとって私は終わった存在。相手にされていないのよ」


 寂しいけどアウト・オブ・眼中ってわけ、とケタケタ笑っております――が、果たして本当にそうでしょうか。


 エリー様は他にも『ヒロイン』だとか『転生者』だとか痛い発言もあったではありませんか。その中には――


「お嬢様を『悪役令嬢』と申しておりました。彼女は危険だと思うのですが」

「それは違うわ」


 私の警鐘もお嬢様はバッサリ。


「エリー様は言っていたでしょ。私はエリー様の悪役令嬢じゃないって」


 そう言えば、マリーンお嬢様は二作目の悪役令嬢じゃないとか何とか……


「エリー様のターゲットはヒューロン殿下よ」

「それでは彼女にとっての悪役令嬢とはビクトリア・レイク様だと?」

「その可能性が高いわね」


 ならば、エリー様がお嬢様に危害を加えるつもりはないのですか。


「それならばヴァルト殿下にもお伝えしておけばよろしかったではありませんか」


 それを知っていれば殿下もあんなに不安を抱えることもなかったでしょうに。お嬢様は意地悪ですね。


「あー、ヴァルト様もお気づきじゃないかしら」

「そうなんですか?」

「ヒューロン殿下の話をしたのには別の意図があるのよ」


 はて? お嬢様を普通に心配なさっておいでに見えましたが?


「ヴァルト様は弟君のヒューロン殿下も婚約者が決まって、早く婚約するようせっつかれているんじゃないかしら」

「だから、ビクトリア様の話題を持ち出されたのですか」


 ヒューロン王子殿下には婚約者がいるぞーって。


「そうよ、そして浮気話を持ち出したのも、気持ちが移ろうことを示唆しているんでしょ」


 つまり、ヴァルト殿下は各方面から早く嫁を取れと尻を叩かれ、いつまでもお嬢様を待っていられない状況というわけですか。殿下はそれを暗に示唆されておられたのですね。


「それが分かっていながら、どうして意地悪をなさるのです」


 殿下が追い詰められていらっしゃるのなら、ちょっと天邪鬼が過ぎるんじゃないですかね?


「別に私は嫌がらせをしているんじゃないわよ」


 あれだけ殿下の求婚をはぐらかしているのに、それが決して焦らしているのではないとおっしゃるのですか?


「それでは、お嬢様はヴァルト殿下とご結婚なさるのがお嫌なのでしょうか?」


 私には殿下をお慕いしておられたようにお見受けいたしましたが。


「私にも分からないの」

「分からない……ですか?」

「ええ、ヴァルト様はとても素敵なお方だし、好感は持てるのだけれど……果たして、私のこの想いは本物なのかな?……って」


 ああ、なるほど。


 お嬢様は不安なのですね。どんなに大人びていても、やはりお嬢様も年頃の娘。これまで殿方と恋愛した経験がありません。だから、恋愛に対して臆病になられていたのですか。


「ふふふ、お嬢様にもそんな可愛いところがおありだったのですね」

「もう、笑わないでよ。シーナはいったい私をなんだと思っていたの?」

「いえ、あまりに日頃からすれた言動が目立つものですから、お嬢様は海に千年、山に千年過ごした蛇の如きお方かと」

「どこのドラゴンよ」


 失礼しちゃうわ、とプクッと頬を膨らませるところは年相応に見えるのですけどね。


「私だってまだまだ未熟な美少女よ」

「自分で自分のことを美少女とおっしゃいますか」

「あら、だって……」


 私が苦笑いすると、お嬢様は人差し指を頬に当てて微笑まれました。


「私ってとっても可愛いでしょ?」


 はい、超絶ラブリーです!


「では、そんな恋愛初心者なお嬢様に蛇からドラゴンに進化した私から一つご忠告です」

「シーナはドラゴンほど可愛くないと思うわよ?」


 失礼な!


「それはあんまりなおっしゃりようです」

「だって、シーナならドラゴン倒せちゃうでしょ?」


 まあ、片手で十分ですが。


「ま、まあ、あんな爬虫類(ザコ)のことはどうでもいいんです」

「ドラゴンをザコって言えるのはシーナだけよ」


 いえ、あなたのお母様なら指先一つでユーはショックですよ――って、物影から奥様がこちらに鋭い視線を飛ばしてるぅ!?


 お、奥様、私は何もお嬢様に吹き込んでませんからね。ガクブル、ガクブル。


「ゴホンッ、とにかく私が言いたいのは、人とは必ずしも理屈や打算で動くものではないということです」

「恋愛脳の人はまともじゃないってこと?」


 その言い方は語弊を生じますよ。


「つまり、シーナはエリー様が利害とは関係ない予測不能な行動に出るかもしれないから気をつけろって言いたいのね」

「それもあります」


 やはり、どんなに優秀でも人の心の機微とは経験を積まねば理解できないものなのでしょう。


「お嬢様、恋する者は皆が恋愛脳になるのです」

「私は理性を失ったりしないわよ?」

「それはまだお嬢様が本当の恋を知らないから言えるのです」


 恋とは人を狂わせるもの。どんな理性的な人でもまともな判断ができなくなるのです。


「恋をすると誰もが普通ではいられなくなるのだとご理解ください」

「そんなものなのかしら?」


 いまいち納得できないようですね。お嬢様は不思議そうに首を捻っておられます。お嬢様は優秀ですが、それでも危うさを感じるのは若さゆえでしょうか。


「お嬢様、どれほど理性的な方でも恋の前にはタガが外れるものなのです」

「はいはい、もう分かったから」


 どうにもお嬢様は真剣に取りあってはくれません。これが認めたくない若さゆえの過ちというやつでしょうか。


 だから、年長者がいくら釘を刺しても若者は無謀な挑戦を止めることはないのでしょう。


「お嬢様、理性的な人ほど道を誤るものなんですよ」


 それでも、我々先達は後から来る後進に、戒めを小言のように与えねばならないのです。


「ゆめゆめお忘れなきよう」


 ですが、私の忠告もお嬢様の心には響かなかったようです。


 マリーンお嬢様がエリー・シルフラをいじめている――そんな噂が私の耳に入ってきたのは間もなくのことでした。


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