第24話 その新学期は誰のため?
――婚約破棄騒動から数ヶ月。
あの事件も最終的に全てマリーンお嬢様の思惑どおりに事は運びました。
ピスカ・シーホワイト様は修道院に送られ、今では厳しく再教育されているそうです。風の噂では指導者のシスター達と激しいバトルを繰り広げているとのこと。あの方も懲りないですねぇ。
そのピスカ様に与したヴァルト殿下の元側近達は、漏れなく廃嫡されました。彼らは貴族としてぬくぬく育ったボンボンですし、庶民の生活に耐えられるはずもないでしょう。恐らく終わりはあまりよろしくはないと思われます。
そして、一番の問題児である女の敵レッド・ブラックシー。ヤツはめでたく裁判で有罪判決が下りました。もちろん極刑ですよ。先日、刑も執行されたと聞いております。
何はともあれ、お嬢様を脅かす存在はキレイさっぱり消え失せました。これで何の憂いもなく新学期を迎えることができますね。
そう……気づけば季節も変わり、もう春となっておりました。
スリズィエの並木を進む馬車から外へ目を移せば、薄桃色の愛らしい花びらが舞い降りていました。学園の敷地内もスリズィエも愛らしい薄桃色の花で満開のようです。
その花吹雪の中を真新しい制服に身を包んだ新入生達が静々と歩んでおります――おっ、あの子なかなか可愛いですねぇ。
ぐふふ、まだ青い果実ながら胸も育ってるじゃないですか。
「シーナ、新入生を物色するのはお止めなさい」
「私は雪のごとく降り注ぐ花びらに目を奪われていただけでございます」
なんです、お嬢様。その目は。お嬢様一筋の私を疑いになられるのですか?
「確かに花に目を奪われていたみたいね。もっともそれはスリズィエではなく、その下を歩く色とりどりの花の精達みたいだけど」
「私がマリーンお嬢様以外の娘にうつつを抜かすと思われるのは心外でございます」
私がハスハスするのは、お嬢様の制服だけです!
「私の目に映るのはお嬢様の美しいお姿だけでございます」
「ふんっ、どうだか」
ぷいっとそっぽを向いて頬を膨らますお嬢様プライスレスです。ああもう、可愛いですねぇ。これはイイほっぺです。ツンツンうりゃうりゃしたくなります。
「他の女の子にも同じセリフを言ってるんじゃないの」
「おやぁ、嫉妬ですか?」
もう、お嬢様ったら、可愛いんだから。
「ご安心ください。私の心はお嬢様だけのものにございます」
「信用できないわ」
信じてください。私はお嬢様の制服にだけ欲情する変態なんです。
「機嫌なおして、こっちを向いてください」
「私はただ外の景色を眺めているだけよ」
おや? ちょっとお怒りだったお嬢様の目が若干なごんだような?
「今日からあの子達が私の後輩になるのね」
笑顔で歩く制服姿の生徒達を馬車が追い抜いていく。いよいよ新入生が入ってくる季節となりました。それは同時にお嬢様も二年生となったことを意味します。
「良き模範となれるよう頑張らないとね」
きっと、後輩もできて新たな気持ちで学業に励まれることでしょう。
「お嬢様なら問題ありませんよ」
「そうだと良いんだけど」
「むしろ、お嬢様が無理なら他の誰にもできないことでございます」
「ふふ、シーナの期待に応えられるように努力するわ」
停留所に着いたらしく、馬車が止まりました。私は素早く外へ出ると踏み台を用意し、馬車から降りるお嬢様に手を差し出す。
「ありがとう」
にっこり笑って私の手を取ると、お嬢様は踏み台に足を乗せられました。
くっ、踏み台の分際でお嬢様の美しい足に踏まれる栄誉を授かるとは。ホントは私が四つん這いになって踏まれたかったのに。なんてウラヤマケシカランやつ。
調子に乗んじゃねぇぞ踏み台風情が!
いつかキサマに代わり、お嬢様に踏まれる役を私のものとしてやる。覚悟しておけ。いやしかし、踏み台になったら今度はお嬢様の手を取ることができませんね。
くっ、この役目を他人に譲ってやるのは業腹です。なんとかお嬢様に踏まれながら手を取る方法はないものでしょうか。
四つん這いだからいけないのかもしれませんね。片手でブリッジして空いた手を下から伸ばせばなんとか……いえ、どう考えても手が届きません。
ならばいっそのこと、お嬢様をお姫様抱っこして馬車から颯爽と飛び降りるのはどうでしょう?
それはそれでアリなんじゃないですか――って、ダメですダメです。何をとち狂っているんですか。
私はお嬢様に踏まれたいのです。あの美しい足で、こうグリグリと。目的を見失ってはいけません。
そう、私はお嬢様に踏まれたいんです!
「ねぇ、シーナ、そんな変態願望を熱弁しないでくれる?」
「ハッ!? 心の声がダダ漏れになっていました」
あゝ、お嬢様の目が呆れを通り越して、汚れたものを見るように絶対零度に近づいていきます。私、背筋がゾクゾクしてきましたよ。
そんな冷たい目で見られながら踏まれたい。
「こんな変態が学園の女生徒から人気を集めているんだから呆れちゃうわ」
なんでもマリーンお嬢様とヴァルト殿下の婚約破棄事件で、私の大立ち回りが令嬢達の心を射抜いたのだそうです。
「いつも私をエスコートする姿がカッコいいって評判なのよねぇ」
「私、優秀な専属侍女ですので」
キリッ!
「仕事してる時だけはホント凛々しいんだから」
「常に職務は極めて真剣に遂行しておりますから」
「可愛い女の子の視線がある時だけでしょ」
「もちろんでございます」
今も遠くから愛らしいご令嬢の熱い視線を感じます。キリリッ!
「まあ、外面をちゃんと取り繕っているならいいわ。そんなところだけは信用できるし」
「おまかせください。お嬢様の信頼を裏切るようなマネはいたしません」
不肖シーナ・サウス、本性を晒してご令嬢がたに失望されるようなヘマはしませんから。キリリリッ!
「別に褒めてないんだけどね」
お嬢様、なんで苦笑いしてるんです?
――ふわり……
その時、優しい風が暖かくお嬢様を包み込みました。流れるような美しい銀色の髪を右手で押さえ、お嬢様はスリズィエ並木を見上げる。
ひらり、ひらり、と舞い落ちる花びらの中に佇む美しき女神。
まさにそんな感想を抱かせる神秘的な光景です。こんなの見惚れるなと言う方が無理があります。ほらほら、通行人がみんな足を止めてお嬢様に見惚れているじゃないですか。みんな魂が抜けたようにアホヅラ晒してますよ。
「とても綺麗……なんて幻想的なのかしら」
ポツリと呟きがマリーンお嬢様の口から漏れました。ですが、みなを代表して伝えねばなりません。
「幻想的なのはお嬢様です」
「……そういうのはいいから」
ちょっとお嬢様、なんでそんな胡乱げな目で見るんです。私はみんなの気持ちを代弁しただけですのに。間違いなく今年の新入生もマリーンお嬢様のファンでいっぱいになりますから。
ほらほら、あっちから新入生の一人がこっちに向かってきてるじゃないですか。きっと、今のお嬢様を見て惚れたに違いありません。さっそく新入生のファン第一号ですよ。
しかも、けっこう可愛い娘ですね。
スリズィエと同じ薄桃色の髪で、ちょっとくせっ毛なのが愛嬌でしょうか。お胸が薄いのが少しばかり残念です――ん?
あれれ? なんでしょうか……あの薄い胸にはどうにも既視感があります。
「あーっ、やっぱり『悪役令嬢』マリーン・アトランテだぁ!」
あれ? なんか以前にも同じようなことがあったような?




