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第23話 その契約破棄は誰のため?


 ――それはお嬢様の偽装婚約破棄騒動から三日後の出来事でした。


「シーナ・サウス!」


 学園から帰宅したマリーンお嬢様の着替えを手伝うのは専属侍女の役得……じゃなかった役目。


 ウッキウキでお嬢様の制服を洗濯女中(ランドリーメイド)に持っていく最重要任務の真っ最中、背後から私を呼び止める集団の影。


 振り返れば奴がいた。


「またあなたですか、ルーシー・スー」


 今は誰を憚ることなく堂々とお嬢様の制服をクンカクンカスーハースーハーできる至福の時間。それなのに、あゝそれなのに。この女は毎度毎度邪魔をしてくれやがりますね。


「今日こそあなたに引導を渡してあげるわ」

「あなたも懲りませんねぇ」


 相変わらず自称マリーンお嬢様親衛隊の面々を引き連れて、あなたは猿山のボスザルですか。


「何度挑もうと、あなた方では私に勝てませんよ」

「さーて、それはどうかしらね」


 ふふんっと鼻で笑うルーシー・スー。やけに自信ありげですね。ですがマリーンお嬢様親衛隊を名乗っても、しょせん自称は自称。真のお嬢様親衛隊長の私の敵ではありません。


「今日はとっても強力な助っ人にお越しいただいているのよ」

「助っ人、ですか?」


 はて?


 武力100の私に対抗できる戦力が、武力20であるルーシー・スーの陣営にいたでしょうか。うーん、まったく心当たりがありません。


 ちなみに婚約破棄騒動でお嬢様に無体を働いた殿下の元側近達はみんな武力たったの5です…ゴミめ…


「シーナ・サウス!」

「アトランテ伯爵!?」


 ほくそ笑むルーシー・スーの背後から現れたのは、この屋敷の主人にして敬愛する我がお嬢様の実父です。


 ほう武力32.2のアトランテ伯爵を連れてきましたか。だが、しょせん私の敵ではない……ですが、どうしてルーシー・スーの味方に?


「キサマの専属契約を破棄する!」


 アトランテ伯爵邸に怒号のような大声が響き渡りました。


「いったい私に何の落ち度があるとおっしゃるのです?」

「言わなければ分からんか」


 私の反論に腕を組んで仁王立ちのアトランテ伯爵が険しく顔を歪めました。


「我が最愛の娘マリーンとヴァルト殿下の偽装婚約、よもやキサマに何の咎もないと思うてか!」

「まったく、専属侍女のくせに主人が瑕疵(きず)ものなるのを防げなかったのかしら」

「そーよそーよ」


 アトランテ伯爵の威を借り、自称マリーンお嬢様親衛隊がクスクス笑いやがって。テメェら後で殺すぞ。


「よって、その罪をもってマリーンとの専属契約を白紙とする!」


 ちっ、そうきましたか。


 ですが、このまま泣き寝入りするシーナ・サウスと思うなよ。お嬢様の専属侍女の地位は絶対死守です。


「おかげでマリーンが傷物になってしまったではないか!」

「完全にお守りできなかったのは私の落ち度。ですが、最終的にマリーンお嬢様とヴァルト殿下の仲は進展したではありませんか」


 最悪の場合はアトランテ伯爵を始め、ここにいるヤツ全員の息の根を止めてうやむやにしてやる。武力100の私なら造作もない。


 互いに譲らず私とアトランテ伯爵の視線がバチバチとぶつけ合い火花が散る。


「今日という今日はさすがのあなたでも年貢の納め時よ」

「そーよそーよ」

「観念して専属侍女の座を私ルーシー・スーに譲りなさい」

「そーよそーよ」

「テメェらはだぁっとれ!!」


 ――ズバッ! ビシッ!! バシッ!!!


 必殺シーナデコピンを食らってルーシー・スーどもが額からぷすぷす煙を立ち昇らせ沈黙。やっと大人しくなったか。


 残すはアトランテ伯爵ただ一人。

 その伯爵が腕を組んで仁王立ち。


「よもやアトランテ伯爵家当主であるワシに逆らうつもりか!」

「必要とあらば」

「ふんっ、まさか飼い犬に噛まれる日がこようとはな」

「ご安心ください。私の飼い主はマリーンお嬢様ただお一人」


 私が尻尾を振るのはお嬢様だけです。間違っても目の前のむさいオッサンではありません。


 お座り(シット)も、待て(ステイ)も、伏せ(ダウン)も、三べん回ってワンも、お嬢様の為なら厭いません。私はマリーンお嬢様の忠実な犬。ワン!


「だいたい屋敷内の人事は奥様の領分です」


 私をマリーンお嬢様の専属侍女に任命したのは伯爵の奥方メル・アトランテ様です。伯爵に私を罷免する権限はありません。


 いかな伯爵と言えど、口出しはできないはずです。


「ふんっ、確かにキサマの指摘どおり人事権はメルにある」


 ほら見ろ。私の勝ち確よ。


「だが、キサマは重要なことを忘れている」

「重要なこと?」


 何でしょう? 私に見落としがあったでしょうか?


「ワシの権限をもってすれば、キサマ自ら専属より身を退かねばならぬように仕向けることなど造作もない」

「な、なんですって!?」


 いったいどうやって?


 はっ!? もしや、お嬢様の下着を人質に!

 汚い、なんて汚い方法を思いつくのですか!


「なんという悪魔的発想!」

「くっくっくっ、ようやくキサマも気がついたようだな」


 いかに武力100の私でもお嬢様の下着を人質にされたら手も足も出ません。その下着、私にください。わおーーーん!


「そうだ、アトランテ伯爵家の財布の紐はワシが握っておるのだ!」

「はあ?」


 財布の紐? パンツの紐ではなく?


「マリーンの専属侍女を辞退しろ。さもなくばキサマの給金を完全カットする!」

「おーほっほっほ、さしものシーナさんもこれには手も足も出ないでしょう」

「世の中は暴力が全てではないのよ」

「腕力だけのあなたと私達ではオツムのデキが違うんだから」


 伯爵が腕を組んだまま高笑い。いつの間にか復活したルーシー・スーと愉快な仲間達もバックコーラスとなってバカ笑い。


 もしかして兵糧攻めのつもりですか?


「なーんだ。そんなことですか」


 はあ、びっくりして損しました。


「その程度で私をどうこうできると本気で思っておられるのですか?」

「なにっ、その程度だと!?」

「やれるものならどうぞご自由に」

「脅しではないぞ。私はやると言ったらやる男だからな!」


 だから勝手にすれば良いじゃないですか。


「マリーンお嬢様の専属はお金では買えないのです」


 お嬢様の着替え、お嬢様のお風呂上がり、お嬢様の残り湯、お嬢様の汗、そのどれもが値千金。いえ、値億金。専属侍女でなければ得られないのです。お金を払ってでもこの地位は死守しますよ。


「だいたいお金なぞ夜鍋でもすれば済むこと」

「それではタダ働きではないか!」

「お嬢様の近くで呼吸ができること以上の報酬が他にありますか」


 あゝ、お嬢様と同じ空間にいられるのが最大のご褒美です。


「この変態め、メルはどうしてこんな女をマリーンの専属にしたんだ」

「あら、私の決めた人事に何かご不満でも?」


 突然の声に振り返ると笑顔に青筋を張り付けた美しい御婦人が……バ、バカな……ぶ…ぶ…武力137……!?


「メ、メ、メ、メル!?」

「「「奥様!?」」」


 奥様(おんたい)登場です!?


 伯爵を含め、全員が壁に沿って直立不動。


 こ、これはヤバいです!

 バカ騒ぎしすぎました!


 このままでは皆殺しにされてしまいます!!


 ――コツ、コツ、コツ……


 奥様は一人一人の前をゆっくり歩き過ぎていく。


 ――カツーン


 そして、伯爵の目の前でピタリと止まる。全員のゴクリと生唾を飲む音が異様に響きます。


「それで、あなた」

「は、は、はひッ!」

「私の人事になんぞ仰りたいことがおありのようで」


 伯爵が真っ青になって超高速で首を横に振ってますが、さっきまで文句垂れてたじゃないですか。


「先程、私がマリーンの専属侍女に任命したシーナになんぞ不満を申していたでありませんか」

「いや、シーナが当主であるワシに牙を剥いたのでな」

「それに何の問題が?」

「は?」


 あの、ワシ当主なんだけど、と伯爵がぼそっと呟きましたが、奥様にギロッと睨まれただけで口をつぐみました。


「シーナの職務はあらゆる敵からマリーンを守ること。敵となる者は親兄弟だろうと殲滅です。その中にはあなたも含まれております」


 えっ、マジって伯爵もびっくり。

 だけど、奥様は構わずにっこり。


「当然、その中には母である私も含まれますよ」


 ムリムリムリムリ、それはムリ!

 こんな化け物(おくさま)とどう戦えっての!


「シーナは立派にマリーンを守っております。それはマリーンからも報告を受けております」


 ん? 壁からこっそりお嬢様がこちらを覗っています。ヒョコって頭だけ出して。可愛いです。あっ、手を小さく振られました。奥様をお呼びになられたのはお嬢様なんですね。


「だ、だが、マリーンが傷物になってしまったではないか」

「ヴァルト殿下との仲も良好なのです。何の問題もないではありませんか」


 奥様に睨まれ伯爵は尻尾を丸めた負け犬の如くシュン。見えない鎖を首にはめられ、そのまま奥様に強制連行。


 哀愁漂う伯爵の後ろ姿を見送っていたら、隣からクスクスと笑い声が聞こえてきました。いつの間にやらマリーンお嬢様が近寄っていたみたいです。


「まったく、お父様にも困ったものね」

「元をただせば、お嬢様の悪巧みが原因ではありませんか」


 私の非難の目にお嬢様が舌をぺろっと出して悪戯っ子にように笑う。そんなご尊顔も可愛いです。


「伯爵がお怒りになられるのも無理ありません」


 ですが、私もお嬢様の優秀な専属侍女。いつもいつも甘い顔をすると思ったら大間違いですよ。締めるところは締めて、ビシッと叱るのも私の役目ですから。


「少しは反省してくださいませ」

「は〜い」


 可愛いく口を尖らせているところを見るにまったく反省していませんね。ここはビシッと叱りますよ。ビシッとですビシッと。できる専属侍女はやる時にはやるんです。


「お嬢様、今日という今日はしっかり説教させていただきます」

「はいはい」


 くっ、これは完全に舐め切ってますね。


「今回の件だって、一歩間違えれば大変なことになっていたのですよ」

「ふーん、そうかしら?」


 なんです、その小馬鹿にした態度は。ぜんぜん危機感がありませんね。


「ヴァルト殿下の元側近どもが狼藉を働いていたではありませんか」

「あれはヴァルト様が助けに入る予定だったのよ」

「ですが、殿下の助けるタイミングが遅れれば大怪我をしていたかもしれません」

「シーナの言う通りだわ。確かに危ないところだったかもしれないわね」


 口では殊勝なことを言っておりますが油断は禁物です。お嬢様の口の端が微かに吊り上がったのを私は見逃してませんよぉ。長い付き合いなんです。お嬢様が何か企んでいるのは見え見えです。


「口うるさいとお思いになられておられるかもしれませんが、私はひとえにお嬢様の身を案じて……」

「分かっているわ」


 何ですか。まだ私のお説教は終わりませんよ。口先だけの反省で私は誤魔化されたりなんてしませんから。


「でもね、あの場にはシーナがいたでしょ」

「それはそうですが……あの時、私が学園に潜入していたのをお嬢様は知りませんでしたよね?」

「そんなことはないわ」


 うふふっと含みのある笑いをお嬢様が浮かべました。これは危険信号です。絶対に何か仕掛けてきます。ですが、今日の私は一歩も引きませんからね!


「だって、シーナは私のこと大好きだもの。私の制服に顔を埋めるくらい」

「ギクゥッ!」


 制服ハスハスがバレてる!?


「そんなシーナなら私を守るために学園に潜入していてもおかしくないわよね?」

「も、もちろんです」


 ダラダラ冷や汗が……やべぇよ、やべぇよ。


「だからね、私はシーナを信じているの」

「お嬢様?」


 なんでしょう。急にお嬢様の声がとても真剣で、とても優しくて、笑顔は慈愛に満ちて……


「いつだってシーナは私の傍にいてくれるんだって。どんな時もシーナは私の元へ駆けつけてくれるって」


 お嬢様はそこまで私のことを……あゝ、感無量です。


「そして、シーナはいつでもどこでも必ず私を守ってくれるって信じてる」


 あゝ、お嬢様の信頼が厚い。


「ねぇ、シーナ……これからもずっと私を守ってくれるのよね?」

「もちろんですとも!」


 何があっても私がお嬢様を守る!

 私はその決意を新たにしました。


 ……って、あれ?

 何の話でしたっけ?


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