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第1話 その婚約話は誰のため?


「シーナの淹れてくれたお茶は今日も美味しいわ」


 一口お茶をコクリと嚥下したお嬢様がにこりと笑う。


「恐れ入ります」


 その笑貌の美しさは、まさに芸術品です。思わず見惚れてしまいそうになりました。が、私は表情を崩さず一度の狂いもなく決められた角度でお辞儀をしました。


 あゝ、我が主マリーンお嬢様はいつも麗しい。二十四時間、三百六十五日ずっと見ていても飽きません。いや、むしろずっと見ていたい。


 お嬢様と過ごす二人っきりの時間こそ至福。私はなんて果報者なのでしょう。お嬢様に給仕をする栄誉を勝ち取った過去の自分を褒めてやりたい。


 お嬢様の専属侍女の座は倍率数百倍。あいつもこいつも家人一同みなが狙っているんですから。まあ、拳一つで全員黙らせましたけど。


 ふっ、この地位を脅かす者は、たとえ肉親と言えど撲殺あるのみ!


 お嬢様はティーカップをソーサーに戻すと本を手に取る。ページをめくる微かな音だけが静寂の室内に響くBGM。


 この静かなティータイムこそ至福の時間。ゆっくり刻まれる時はまるで制止しているかのよう。


 あゝ、このままずっと二人でいられたら……時間なんて止まってしまえばいいのに……


 ——バンッ!!!


 などという私のささやかな願望は、扉を開ける大きな音で崩れ去りました。


「喜べマリーン!」


 突然、何の前触れもなく勢いよく扉を開け、一人の壮年の男性が飛び込んでこられました。


 アトランテ伯爵――我が愛しのご主人マリーンお嬢様のお父君です。


 私は僅かに眉を寄せました。いかに実の娘の部屋とは言え、これはあまりに無神経でしょう。


「お父様、いかに肉親と言えども淑女の部屋にノックもなしに入って来るのは如何なものかと存じますわ」


 お嬢様も伯爵(お父上)の不作法に眉を僅かに(しか)めておられます。まあ、長い付き合いの私だから察知できる程度の微細な表情の変化なんですが。


「ああ、すまんすまん」


 お嬢様の苦言に口でこそ謝罪されましたが、伯爵にまったく悪びれた様子がありません。


 まあ、いつもの事なんですけどね。


 マリーンお嬢様の父君であられるアトランテ伯爵は、良く言えば真っ直ぐで気宇が大きく豪放磊落(ごうほうらいらく)。悪く言えばデリカシーのない粗野粗暴なお方なのでございます。


 お嬢様もそれは良く理解していらっしゃるので、今も諦めのため息を吐いていらっしゃいます。


「それで、何ぞ吉報でもあったのでしょうか?」

「くっくっくっ、聞いて驚け」


 もったいぶる伯爵にお嬢様はむしろ嫌な予感がしたのでしょう、眉間に皺が寄っております。


「マリーンにヴァルト殿下との婚約の内定が来たのだ!」

「――ッ!?」


 伯爵は娘が喜ぶと疑っておられなかったのでしょう。とても誇らしげな表情をしておられます。ですが、当のお嬢様の顔は一瞬で凍りついてしまわれました。


「私とヴァルト殿下とですか?」

「ああそうだ。この国の第二王子であられる、あのヴァルト殿下とだ!」


 他人の感情の機微に疎い伯爵はにこにこ笑うばかりで、お嬢様の顔色の変化をまったく察してはおられないご様子です。


「お、お待ちください。我がアトランテ家は伯爵位です。侯爵以上の貴族家でヴァルト殿下と釣り合う年齢のご令嬢は他にもまだいたと思いますが?」


 お嬢様がおっしゃりたいのは、この国の第一王子であられるアラル殿下が立太子しておられない事でしょう。


 今の情勢では第二王子であるヴァルト殿下にも即位の可能性があります。そうなるとお相手は王妃となる可能性がありますので、侯爵家以上の家格が望ましいはずです。


「そこはマリーンの美貌と優秀さが知れ渡っているからだろう。はっきり言ってマリーンほどの令嬢は他にはいまい」


 流れるような白銀の髪に理知的な青い瞳、染み一つない白い肌、すらりと長い手足、出る所は出て引っ込む所は引っ込む女も羨む見事なプロポーション。


 身内贔屓に聞こえるかもしれませんが、マリーンお嬢様は同年代のご令嬢の中で並ぶ者のいない絶世の美少女なのです。


 しかも、外見だけではありません。貴族子女の通う学園で成績は常にトップ。さらに魔力も高く、様々な魔術を使いこなすお嬢様に教師陣も舌を巻くほど。


 まさに才色兼備を絵に描いたような存在。


 それに、お嬢様は傲慢でもなければ狭量でもありません。とても人当たりも良く人望も高い完璧令嬢なのです。


 私のお嬢様って凄くね?


 お嬢様以上のご令嬢など、この国どころか世界中を探したっていやしませんよ。


「それから、我がアトランテ家の力を取り込みたいと王家が考えていても不思議はないしな」


 ガサツな伯爵ですが、こう見えて顔が広いお方なのです。周辺諸国の有力者と繋がりのある侮れない貴族だったりします。アトランテ家は伯爵位ながら、その影響力を無視できないと王家も見ているのでしょう。


「ヴァルト殿下が婿養子となる交換条件として、我がアトランテ家は一時的ではあるが公爵となる」


 オーシャン王国には王族の直系を迎える事で三代まで公爵に叙爵される法律があるのです。その三代の間に一定の功績があれば恒久的に公爵に叙されます。


「それは……おめでとうございます」


 これは完全なる政略結婚。


 優秀なお嬢様ですから、この婚姻がアトランテ家にとても大きな利をもたらすものであるとご理解なさっておいででしょう。


「めでたいのはマリーンの方だ。殿下は相当な美男子だし、とても優秀な御仁だとも聞くぞ。多少強引なところもあるらしいが、それこそ男らしいとも言える。こんな好物件は他にはあるまい」

「そ、そうですね」

「なんだ嬉しくないのか?」


 この時になって、やっと伯爵はお嬢様の浮かない顔を(いぶか)しみました。


「い、いえ……お父様のおっしゃる通り、ヴァルト殿下はとても素晴らしいお方だと伺っております」

「うむうむ、そうだろう、そうだろう」

「ですが、それだけにヴァルト殿下は大変ご令嬢に人気のあるお方です。また、我がアトランテ家の力が増すのを喜ばぬ者も少なくないでしょう。これからのやっかみが激しくなるのではと危惧したのです」

「うむ、そうだな。マリーンはもちろん、我が家への風当たりも強くなるだろう」


 お嬢様の指摘に伯爵はうんうんと頷いておられますが……もっともらしい事を指摘しおられながらも、お嬢様が本当に危惧しているところは別にあります。


 真実を知ったら伯爵はきっと目を剥くでしょうね。


「だが、マリーンは浮かれず気を引き締める思慮深さがある」

「そんな……私など大した事はございません」

「謙虚も過ぎると嫌味になるぞ」


 伯爵もお嬢様より優る令嬢はいないと思っていらっしゃるのでしょう。


 激しく同意です、禿同(はげどう)です――いかん年齢がバレる。


「俺はお前ならきっと問題なく対処できると信じている」

「……はい、お父様。ご期待に沿えるよう鋭意努力いたします」


 お嬢様は最後までご自分の真意を隠しながら、部屋を出ていく伯爵を見送られました。


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