第四章 法廷の怪物
小章① 九条の罠
第一回口頭弁論。 東京地方裁判所の法廷は、傍聴人で埋め尽くされていた。マスコミの注目度も高い。 原告席には、御子柴と、飯田沙耶を含む五名の代表者。 被告席には、九条弁護士と、数名の若手弁護士が陣取っている。権藤社長の姿はない。
九条は冒頭陳述で、冷徹に言い放った。
「原告らの主張は、事業の失敗を他人のせいにしているに過ぎません。フランチャイズ契約は、事業者間の対等な契約です。リスクは当然、経営者が負うべきものです」
九条は、契約書に押された実印をスクリーンに映し出した。
「彼らは契約内容を十分に理解した上で、自らの意思でハンコを押しました。さらに、契約書第50条には『本契約に関する一切の異議申し立てを放棄する』という条項もあります。いまさら騙されたなどと言うのは、ビジネスマンとしての自覚が欠如している証拠です」
法的には、九条の主張が正論だ。 「事業者対事業者」の契約において、消費者保護法のような救済措置は適用されにくい。
さらに九条は、驚くべきカードを切ってきた。 証人として、現役の『白雪』加盟店オーナーを呼んだのだ。 その男は、いかに『白雪』のビジネスが素晴らしいか、本部がいかに手厚いサポートをしてくれているかを、涙ながらに語った。
「私は月収百万円を達成しました! 失敗した人たちは、努力が足りなかっただけです!」
サクラだ。 本部が優遇している一部の「成功者(広告塔)」を使って、被害者たちの無能さを強調する作戦。 裁判官の心証が揺らぐのが見えた。
小章② 逆転の証人
窮地に立たされた御子柴側。 だが、御子柴の目は死んでいなかった。 反対尋問。御子柴は立ち上がった。
「被告代理人は『契約の自由』を強調されました。しかし、その前提となる『情報の非対称性』についてはどうお考えですか?」
御子柴は、相原から入手した「真の原価リスト」と「産地偽装の証拠写真」を証拠として提出した。 法廷がざわめく。
「本部は、加盟店に対して『高級食材を使用しているため原価が高い』と虚偽の説明をしていました。実際には安価な食材を使い、差額を不当に詐取していたのです。これは契約の前提となる信頼関係を根本から破壊する行為であり、詐欺による契約取り消しが認められるべきです」
九条の顔色が変わった。この証拠は想定外だったようだ。
「さらに、もう一人、証人を用意しています」
法廷のドアが開き、車椅子の女性が入ってきた。 飯田沙耶だ。彼女は夫の死後、過労と心労で倒れ、リハビリ中だったが、今日の出廷を志願したのだ。 沙耶は証言台で、夫が残したボイスレコーダーの音声を再生した。 それは、亡くなる直前、飯田健一が権藤社長と電話で話した時の録音だった。
『……社長、お願いします。もう金がありません。契約を解除させてください』 『あぁん? 甘ったれんなよ。死ぬ気で金作れ。保険でも何でもあんだろ? 店を閉めるなら違約金一千万払え。払えなきゃ、お前の実家にも取り立てに行くぞ』
権藤のドスの利いた声。明確な恐喝だ。 沙耶は涙を流しながら訴えた。
「夫は……殺されました。言葉の暴力と、逃げ場のない借金によって。これが、あなた方の言う『対等なビジネス』なのですか!」
裁判長を含む全員が、沈黙した。 「契約」という紙切れの向こうにある、生身の人間の苦しみが、法廷を支配した。




