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社会派サスペンス小説『加盟店地獄(フランチャイズ・ヘル)』  作者: 如月妙美


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第二章 搾取のシステム

小章① 回転する店舗

 飯田健一の葬儀は、密やかに行われた。  参列者は親族のみ。沙耶は抜け殻のようになっていた。五歳の息子は、父親がもう帰ってこないことを理解できず、「パパは?」と無邪気に尋ねていた。  御子柴は焼香を済ませると、沙耶に封筒を渡した。  中には、飯田が最後に残した店の売上金と、御子柴が立て替えた当面の生活費が入っている。

「飯田さん。……戦いましょう」

 御子柴は静かに言った。

「ご主人は、殺されたも同然です。二ブス・フード・リンクに。彼らに償わせなければならない」

 沙耶は虚ろな目で御子柴を見た。 「……勝てるんですか? 相手は大企業ですよ。契約書にもハンコを押してしまったし……」

「契約書自体が無効だと主張します。公序良俗違反、そして詐欺的勧誘です。……それに、被害者はご主人だけじゃないはずだ」

 御子柴は事務所に戻ると、調査員の矢沢やざわを呼んだ。  元探偵の矢沢は、金さえ払えばどんな情報でも持ってくる優秀な男だ。

「『白雪』の加盟店オーナーたちを洗ってくれ。特に、ここ一年以内に閉店した店舗の元オーナーだ。何人自殺したか、何人が自己破産したか。リストを作れ」

「へいへい。……また厄介なヤマですね」

 矢沢は苦笑しながらも、すぐに動き出した。

 数日後、矢沢が持ってきたリストは、御子柴の予想を遥かに超えていた。  過去二年間で、『白雪』の加盟店契約を結んだのは約五百件。  そのうち、一年以内に閉店(廃業)したのが百五十件。  廃業率は30%。異常な高率だ。  そして、その跡地には、すぐに新しいオーナーが入って『白雪』の看板を掲げている。

店舗回転チャーンビジネスだ」

 御子柴はリストを見ながら呻いた。  本部は、店が長く続くことなど期待していない。  むしろ、早く潰れてくれた方が都合がいいのだ。  オーナーが入れ替わるたびに、数百万円の「加盟金」と「研修費」、そして「内装工事費」が入ってくる。  内装業者は本部の関連会社だ。居抜き物件の看板を掛け替えるだけで、法外な工事費を請求し、その利益キックバックが権藤の懐に入る。  店という名の「箱」を使って、次々と新しいカモから金を吸い上げる。  焼畑農業のようなビジネスモデルだ。

「被害者の会を結成する。個別の訴訟では各個撃破されるだけだ。集団訴訟クラスアクションに持ち込む」


小章② 悪魔の契約書

 御子柴は、リストにある元オーナーたちに片っ端から連絡を取った。  反応は様々だった。  「もう関わりたくない」「報復が怖い」と電話を切る者もいれば、「あの会社を許せない」と協力を申し出る者もいた。  一ヶ月の奔走の末、二十名の元オーナーが集まった。被害総額は五億円を超える。

 第一回説明会。  貸会議室に集まった被害者たちは、皆一様に疲れ果て、目に深い絶望を宿していた。  御子柴は彼らの前に立ち、契約書の矛盾点を解説した。

「皆さん。あなた方が結ばされた契約書には、重大な瑕疵かしがあります」

 御子柴はホワイトボードに書き殴った。

「第一に、売上予測の虚偽説明。本部は『月商三百万円は確実』というシミュレーションを見せて勧誘しましたが、実際の平均月商は八十万円です。これは不実告知にあたります」 「第二に、優越的地位の濫用。指定食材の仕入れ価格が市場価格とかけ離れています。これは不当な拘束条件付き取引です」 「そして第三に……」

 御子柴は、一枚の内部資料を掲げた。矢沢が入手した、二ブス・フード・リンクの社外秘マニュアルだ。  そこには、SVスーパーバイザーに向けた、衝撃的な指導指針が書かれていた。

 『加盟店は「生かさず殺さず」が原則。資金が尽きるまで吸い上げろ』  『赤字店には追加融資を勧めろ。借金をさせれば、逃げられなくなる』  『閉店を申し出たら、高額な違約金をちらつかせて引き止めろ。限界まで搾り取ってから、居抜きで次のオーナーに売りつけろ』

 会場からどよめきと、すすり泣く声が上がった。  自分たちはビジネスパートナーではなく、ただの「餌」だったのだという事実を突きつけられたのだ。

「戦いましょう。奪われた金と、尊厳を取り戻すために」

 御子柴の言葉に、会場の空気が変わった。  絶望が、怒りへと変わっていく。

 その翌日。  御子柴は、内容証明郵便を二ブス・フード・リンク本社に送付した。  『損害賠償請求及び契約無効確認通知書』。  全面戦争の布告だ。

 数日後、御子柴の事務所に一本の電話が入った。  相手は、二ブス・フード・リンクの顧問弁護士、九条くじょうだ。  大手法律事務所のパートナーであり、業界では「企業防衛の番犬」として恐れられている男。そして、御子柴の元上司でもあった。

『久しぶりだな、御子柴君。相変わらず、貧乏くじばかり引いているようだが』

 電話の向こうで、九条の冷ややかな声が響く。

『君の通知書は読んだよ。……面白い小説だね。だが、法廷でそれが通用すると思っているのか? 契約書にはオーナーの実印が押されている。自己責任だよ』

「自己責任で片付けられるレベルを超えていますよ、九条先生。これは組織的な詐欺だ」

『言葉には気をつけたまえ。名誉毀損で反訴することもできるんだぞ』

 九条は鼻で笑った。

『取引をしよう。飯田さんの件については、見舞金として五百万円払う。それで和解だ。ただし、他の原告たちの件からは手を引け。君の事務所の存続に関わるぞ』

 脅しと懐柔。大企業の常套手段だ。

「お断りします。僕が求めているのは、全被害者への賠償と、権藤社長の謝罪、そして詐欺的スキームの撤廃です」

『……愚かだな。巨大な資本に、個人の正義感で勝てると思っているのか』

 電話が切れた。  ツー、ツー、という電子音が、開戦の合図のように響いた。

 その夜。  御子柴の事務所のドアに、真っ赤なペンキで落書きがされた。  『死ね』『ハイエナ』。  そして、ポストには切断されたネズミの死骸が入れられていた。  嫌がらせ(ハラスメント)が始まったのだ。  だが、御子柴は動じなかった。むしろ、敵が焦り始めている証拠だ。

「上等だ……。地獄の底まで付き合ってやる」

 御子柴はペンキで汚れたドアを睨みつけ、タバコを吹かした。  加盟店地獄フランチャイズ・ヘル。  その釜の蓋を、今、こじ開ける。


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