巨獣
我々のパーティーには、双子の戦士がいる。
攻撃に長けた兄、防御に長けた弟。
この2人が、私達のパーティーの剣と盾だ。
彼らはとうに騎士のような高位職につける実力だが、「弟の護りに追いつくまでは」「兄の剣技に追いつくまでは」と戦士職を続けている。
ここはダンジョンの奥深く。
ダンジョンの奥深くにまで、戦士職でたどりついたものはこの2人以外いない。それほど彼らの実力が類まれという証だ。
今、私達の眼前に獣がいる。今までに遭遇したことのない未知の巨獣だ。上層の下位竜の数倍はあろうかという大きさだ。並の冒険者ならば逃げ出しているだろう。
剣と盾は、巨獣を前にして一歩たりとも退いてはいない。弟の鉄壁の護りと兄の剣撃の連携で数多の竜を屠ってきた自負があるからだ。騎士の私も彼らに続き、構えを整える。
剣と盾を前に、未知の巨獣は踵を返した。
次の瞬間。
肉と肉が衝突する音。何かが壁に衝突する音。私は強い衝撃を受け後方に弾き飛ばされた。先程までいた剣の姿が消えており、盾は地面に叩きつけられ突っ伏している。
巨獣の尾が瞬きする間も無いほどの速度で我々を薙ぎ払ったのだ。巨獣が踵を返したのは退く為ではなかった。牛の胴程もある太さの尾で私達パーティーを攻撃するためだったのだ。
剣は尾の直撃を正面から受け、壁に叩きつけられ既に絶命していた。盾は経験からか勘からか、正面に構えていた盾を瞬時に斜めに構え直した。その結果、地面に叩きつけられはしたものの、致命傷は免れたのだろう。私の命がまだあるのは彼ら2人が間にいたおかげだろう。
巨獣を睨み、よろめきながら立ち上がった盾を、振り上げられた巨獣の尾が容赦なく叩き潰した。」
ーーー
ここはダンジョンの奥深く。
私たちのパーティーは窮地に立たされている。
前衛の3人のうち戦士2人はすでに倒された。リーダーである残り1人の騎士も瀕死だ。
後衛の盗賊、僧侶、そして魔法使いの私は無傷であるが、そもそも元々の体力が少ない。あの巨獣の尾が再び振るわれれば全滅は免れない。いや、素早い盗賊ならかろうじて回避できるかもしれない。盗賊1人残ったとて、全滅と変わりはないが。
残された選択肢は少ない。時間もない。
僧侶の祈りの声。この声は蘇生呪文か。だが、いつもの蘇生呪文ではない。己の信仰神に敵対している神への祈祷。禁忌である背信蘇生呪文だ。彼女は自らを犠牲にして、パーティー全体の蘇生を行う気なのだ。禁忌呪文の代償は最低でも死。ましてや背信呪文の禁忌ならばロスト(存在の消失)は免れまい。
私も役割を果たさねばならない。この呪文を使えば魔力は尽きてしまうが、詠唱が間に合えば彼女の詠唱が終わる前に巨獣を倒せるやもしれない。彼女をロストさせるわけにはいかない。
「おい、のろま」と盗賊が言った。
盗賊のナイフが飛び、僧侶が手にしているロザリオを弾く。祈祷が中断され、彼女は気を失う。盗賊は「外すな」と言葉を残し消え去った。
言われなくとも、と心の中で呟く。巨獣の尾が再び薙ぎ払われた。寸前に詠唱は完了し、致死の効果を発揮した。巨獣の尾はパーティーの目前で空振りをし、壁を強く打ったあと、力を失い地に伏した。
私たちは生き残った。
瀕死であった騎士は、回復呪文で自身を回復している。私は気絶していた僧侶を起こした。「2人を蘇生してくれないか」
「3人だ」騎士が巨獣の死骸を指さして言った。
何を言っているのか。頭を打って混乱しているのか。
「我々が生き残れたのはあのチビのおかげだ」
騎士が指差していたのは、巨獣の尾の先だった。
巨獣の尾の先には、尾にしがみついたまま壁に打ち付けられ息絶えた盗賊の姿があった。
彼は身を隠した後に、巨獣の尾にしがみついたのだ。彼がいなければ巨獣の尾はより早く届き、詠唱は間に合わなかっただろう。
彼もまた、死を賭して私たちを守ろうとしていたのだ。