思い出の箱庭
大学が夏休みになり、実家に帰ってきた俺は、有り余る暇をつぶすために、短期バイトをすることにした。その内容は、市民公園で毎年夏に催される「箱庭祭り」の設営だ。箱庭の搬入・搬出と、展示中の監視が、主な仕事となる。
そもそも箱庭とは、箱の中に土砂を入れ、その上に草を生やしたり、人形や家を設置したりして、庭園や名勝などを作り出すものだ。江戸時代に流行したそうだが、今では滅多に見られない。それでも、熱心なファンは根強く存在しているようで、箱庭祭りには毎年多数の応募がある。
今年のテーマは「思い出」。提出された作品を見ると、どこか懐かしい、作者それぞれの思い出の風景が展開しているのがわかる。大事な場所、大事な人……。
大事な人と言えば、俺は、バイト仲間として、懐かしい人に出会った。
「武田先輩!お久しぶりです」
「お?!久しぶりやなあ。元気にしてたか」
中高でお世話になった、テニス部の先輩。優しくて、誰からも慕われる、俺のあこがれの人だ。聞けば、もうこのバイトを三年続けているのだという。
「見ているだけで癒されるんだよね。みんなよく作り込んでるしさ」
確かに、箱庭のクオリティは想像以上だった。建物は本物のようだったし、植物の手入れも丁寧にされていた。夏らしく、川を作って、水車や滝を取り付ける趣向もしばしば見られた。その仕掛けは、モーターによって駆動するので、電源を入れて展示台へ飾るのだ。
俺は、先輩と手分けして、箱庭を設置することになった。
「あの、俺、どれ運べばいいですか」
「じゃあ、まず地元民エリアの箱庭を並べてくれない?俺は全国から来たやつ並べるからさ」
「わかりました」
指示通りに箱庭を運び、もうすぐ昼休憩に入るというところで、俺は、奇妙な箱庭の前に立ち尽くした。どうにも対処に困り、じっとしていると、それに気づいた先輩が近づいてきた。
「どうかした?」
「先輩。これ……」
俺が示したのは、他の箱庭とはまるで比較にならないほど、無様なものだった。植物も何もない、ただ土を入れて大きな池を掘っただけの、シンプルすぎる箱庭。
目を引くのは、まるでこけしのような、頭の大きな人形が、ずらりと池を囲んで並んでいることだ。みんな白い半袖の上着に、黒の長ズボンを身に着けている。どうやら学校の制服らしい。上着には、荒々しい筆致で名前が書かれている。ウエダ、ナツメ、キムラ、アラカワ……。実在の人物なのだろうか。顔は少しずつ異なって描かれているが、どの人形も表情は等しく、三白眼を細めてにたにた笑っている。
池の中にも四体の人形があった。一体は池にうつぶせに浮かんでいて、それを三体が押さえつけている。頭と、背中と、脚とを。三体は、池の外側の人形と同じく笑っているのだが、うつぶせの一体の顔は描かれていない。
俺は、この風景に、犯罪めいたものを感じて、戸惑っていた。そうして、さらに不気味なことには、この箱庭には、不釣り合いなほど大きなモーターが取り付けてあって、滝らしきホースが、そのうつぶせに浮かんでいる人形の真上に排水口を伸ばしている。
黙ったまま、先輩は箱庭に手を伸ばし、モーターのスイッチを入れた。最初はつっかえたように動かなかったが、やがてブブブ、と音がしはじめ、作動した。このモーターは大きな上に、古びているらしく、やたらと振動した。その揺れは地震のように箱庭全体に波及して、笑顔の人形たちは本当に腹を抱えて笑っているかのように小刻みに震えた。
そして、モーターによって動き出した装置は、もはや滝と呼べる代物ですらなかった。透明のホースが、下から水を吸い上げて、そのまま池の中へ落とすだけ。蛇口をひねったときに流れ出てくるような、円筒形の水が、しぶきをあげながら、うつぶせに浮いている人形をたたく。すると人形は、その衝撃でばたばた暴れだした。押さえつける三体の人形の手も、連動して激しく上下した。それはまるで、溺れまいと必死にもがく一人を、三人で無理に抑え込んでいるように見えた。
しばらく、俺と先輩は息をするのも忘れて、その安っぽい、異様な箱庭を眺めていた。クマゼミのシャワシャワいう音が、頭上いっぱいに響いていた。
「……運ぼう」
先輩がうめくように言った。
「こういう変なのも、たまに来る。そういう時は、隅っこの台の、一番目立たないところに置くんだ。そのモーターも切っちゃっていい」
「はい……」
俺はうなずいて、先輩の指差すほうへ箱庭を持って歩きだした。もう箱庭の中をのぞかないようにしていたけれど、背中には絶えず冷や汗がにじみ出ていた。
俺は見てしまったのだ。池に沈められている子の正面に立っている人形の肩口に、大きく「タケダ」という文字が書かれているのを。
その人形の顔は、どことなく先輩に似ていた。