4.君の名は sideセイン
魔の森で救助した少女の意識が戻った。
昏睡状態が続き心配したが…とりあえず一安心だ。
彼女の世話係として、彼女が目覚める前から看病をしてくれていたミリアとダインの姉弟を正式に雇い入れた。
ミリアは彼女の世話を、ダインは細々とした雑用を、とよく働いてくれている。
…目覚めた彼女は記憶を失っていた。
何処の誰とも分からない。
彼女を助けた時に着ていたドレスは夜会用だったから、貴族令嬢だとは思うのだが…
必要以上に社交界に出ない私にはこれだけの情報では見知らぬ令嬢の身元の特定が出来ない。
…となると、髪と瞳の色だろうか?
彼女は金の髪にサファイアのような深い青の瞳だが、金髪青瞳の女性はたくさんいる。
これも決定打にはならなそうだ。
…だとすると残るは、彼女のチョーカー。
彼女の首元には、黒いベルベットのリボンに雫型の彼女の瞳と同じ色の宝石をあしらったチョーカーが下がっている。
不思議な事にリボンには継ぎ目も結び目もなく、外すことが出来なかった。
何か魔術がかかっているのかもしれない。
危険が無いか早急に調べる方が良さそうだ。
とりあえずこれらの特徴を両陛下と王太子殿下に伝えておこう。
私より社交界に出る機会の多い家族なら、彼女について何か分かることがあるかもしれない。
…しかし、いつまでも“彼女”と呼ぶのは不便だな。
次の見舞いの時に名について尋ねてみよう。
***
数日後、私は彼女の見舞いに訪れた。
「調子はどうだ?」
「まだ…思うように動くことは、叶いません、が…起きていられる時間、が、少しずつ増えて…きました」
「そうか。…今日は紅茶と蜂蜜を持ってきた。蜂蜜は喉にいいと聞く。良ければ使ってほしい」
「ありがとう、ございます」
彼女は私が持ってきた品を受け取ってくれた。
…今も身体中に巻かれている包帯が痛々しい。
ジーンたちの治療の甲斐あって、彼女の容体も落ち着いてきたが、やはり魔術が無いと怪我の治りがとても遅い。
彼女には魔術が効かない。
彼女自身にも魔力がないようだ。
彼女が記憶を失っているため定かではないが、貴族令嬢が幼い頃から魔術と縁遠い生活を余儀なくされたら…とても生き辛かったのではないだろうか?
国によっては魔力への拘りが強いとも聞く。
もし、彼女が居たのが魔力重視の地だとしたら…
彼女はどんな扱いを受けてきたのか…
「…記憶の方はどうだ?」
私が意識を切り替え再び尋ねると、彼女は力なく首を横に振った。
「何も思い出せず…申し訳ありません…」
「いや、謝らずともよい。君の身元を知る手掛りが何かあればと思っただけだ。…今はゆっくり傷を癒やしてくれ」
「…はい。ありがとう、ございます」
「…それと、君の名前なんだが…」
「…名前?」
「名前が無いのも不便だし、いつまでも“君”と呼ぶのも他人行儀だし…呼び名、というか仮の名を決めないか?」
私が気になっていたことを彼女に提案すると、彼女は私に名を付けてほしいと言ってきた。
…彼女を助けた時に着ていたドレスは緑だったな。
出会った場所は森。
「…フォリ…フォーリア、というのはどうだろうか?」
「…フォーリア…私の名前…」
やはり、自分を示すものが何も無いのはかなり不安だったのか…彼女、フォリは新しい名を呟きながら嬉しそうに微笑んだ。