3.目覚め side???
パタパタ…
カチャリ
パタパタ…
「…さん、今日もお花持ってきたよ」
チャポン
コトッ
「早く目を覚まして元気になってね」
パタパタ…
カチャリ
パタパタ…
ふわり
花の香りが鼻腔をくすぐる。
意識が浮上していく。
「……?」
目を開けて最初に見たのは知らない天井。
…知らない?
…知ってる天井なんてあったかしら?
「…うっ」
起き上がろうとしても体が動かない。
…なぜ体が動かないの?
「……っ」
誰かを呼ぼうにも声が掠れて出てこない。
それに名前がひとつも浮かばない。
…私は誰を呼ぼうとしていたのかしら?
ああ、頭の中が何一つまとまらない。
考えることを放棄した私は再び眠りに落ちていった。
***
ふわり
前とは違う花の香りが私の意識を引き上げる。
「う…っ」
「あっ、お姉さん!起きたの?」
私が漏らした声に返ってきたのは少年の声。
「待ってて、先生呼んでくる!」
少年は持っていた花瓶を置くと、一目散に部屋から出ていった。
残された私は寝台から起き上がろうとし
「……!!」
身体中に走った痛みに崩折れた。
「…ああ、まだ無理はしないでください。貴女は酷い怪我を負って、半月も意識が無かったのですから…」
そんな私に掛けられたのは男性の声。
私はゆっくりとそちらへ振り向く。
「初めまして。私はジーン・オーシュ。貴女の治療を担当している者です」
この人が少年に“先生”と呼ばれている人なのだろう。
「僕はダイン!」
少年も元気に名前を教えてくれる。
「わ、たし…は」
挨拶をしてくれた二人に答えようと、掠れた声で名乗ろうとしたけれど…
「……………?」
何も出てこない。
名前も
年齢も
住む場所も
私の中には何も残っていなかった。
「………誰?」
*
私が名乗る名前を持たないことに気付いたジーン先生が慌てて部屋から出ていき、戻ってきた時には二人の男性を連れていた。
「報告を受けて来たが…何も覚えていないというのは本当か?」
先に私に声を掛けたのは黒髪紅瞳の男性。
「あ、の…」
急に掛けられた言葉に私は何も答えることが出来ない。
「…いや、怖がらせるつもりは無いんだ。ただ…最初に君を見た時の状況が余りにも酷かったから…」
私の様子に慌てる男性。
「貴女にはなぜか魔術が効かなくて、治癒魔術での治療が出来なかったのですよ」
続いてそう話してくれたのは、銀髪青瞳の男性。
「そ、うだった…のです、ね」
彼らに返事をするものの、何の情報も持たない私は魔術の有る無しの違いが分からない。
「ジーン先生がお薬作ってくれてたんだよ!」
今も寝台の横で私に付いてくれているダイン君が教えてくれる。
「貴女の怪我は酷く、薬のみの治療で助けることが出来るのかと不安でした。…貴女の意識が戻って私も一安心です」
「ありが、とう…ござい、ま…す」
ジーン先生にお礼を述べ、私は黒髪と銀髪の男性たちの方へ向き直る。
「ああ、自己紹介が遅れたな。私はセイン・アズライト。この砦に駐留する東方警備隊の隊長だ」
「私はシオン・ロゼライトです。東方警備隊の副長をしております」
黒髪の方がセイン様。
銀髪の方がシオン様。
話の様子からして、この方たちが私を助けてくれたのだろう。
「セイン様、シオン様、助け…て、いただ、き…ありがとう…ございま、す。名前、がわから、ず…名乗ること、が出来な…いご無礼、を、お許し…くださ、い」
「いや、今はそのことは気にしなくて良い。目覚めたばかりで長話をして済まなかった。…疲れただろう、ゆっくり養生してくれ」
「は、い。…ダイン、君も…ありがとう、ね。お花のおかけ、で…目、が覚めた…よ」
「本当?良かったぁ」
傍に付いていてくれたダイン君にもお礼を告げると、彼は嬉しそうにしてくれた。
そして、セイン様が仰った通り疲れてしまった私は三度眠りに落ちていった。




