20.悲しき愛し子 sideユーフェリア
「貴方は、誰?」
エバーグリーン邸近くの森。
その森の中にある小さな湖の畔。
私のお気に入りの場所。
いつものように出かけたその場所に、その日は先客がいました。
湖の畔に咲く勿忘草の傍らに立つ人影。
金の髪に緑の瞳を持つその人が私に言います。
「そなたを待っていた。私は精霊王リュシアン・エルレイム」
…それが私とリュシアン様の出会いでした。
***
あの日の出会いから私とリュシアン様は森の湖でよく会うようになりました。
「…それでね、お父様もお母様もお姉様も皆同じ青い瞳をしているのに、私だけ緑なの」
「それはそなたが精霊の…精霊王の魔力の欠片を持って生まれたからだ」
「魔力の欠片?」
「ああ。そなたは私が落とした魔力の欠片を拾ったらしい。人間の世界に私の魔力を感じて、私は此処にやって来た」
今より少し幼い私は感じたままに疑問を口にします。
リュシアン様は丁寧に答えてくださいました。
精霊の愛し子−“緑の瞳”を持つ者を人間はそう呼びます。
私もその緑瞳が明らかだったので、両親はすぐに私が愛し子だと気付きました。
ですが両親は私に愛し子の恵みを求めることなく、姉と分け隔てなく育ててくれました。
おかげで私は伸び伸びと育ちます。
今思えば、ずっと守られていたのですね。
両親、そしてリュシアン様に。
…だから私は気付かなかったのです。
人間の、悪意というものに。
***
リュシアン様との出会いから数年経ち、私も淑女と呼ばれる年齢になった頃。
リュシアン様と私は心を通わせるようになりました。想い想われる喜びを知り、森の湖で秘密の逢瀬を重ねる日々。
そんな幸せな日々の最中、事件は起きました。
湖の畔でリュシアン様を待つ私に迫る影。
見知らぬ腕が背後から私を捕らえます。
「!?………!!……!……」
口を塞がれ、何かの薬品を嗅がされたらしい私は声も出せないまま意識を失います。
そんな私を影はいとも容易く担ぎ上げ去って行きました。
…こうして私は突如故郷から拐われたのです。
…それから暫くして、リュシアン様が湖の畔に姿を現します。
「…フェリィ?」
ですが其処に私はもう居ません。
−私を忘れないで−
私の気持ちを代弁するかのように、勿忘草が風に揺れました。
***
「う…っ」
…目覚めたのは知らない場所。
薄暗い石壁の部屋。
ベッドにテーブルに椅子。
最低限の調度品は置かれているようですが、窓と扉には格子が嵌っています。
なぜ此処に居るのか…と考えて、私は誰かに拐われたらしいことを思い出しました。
私は誰に、何処へ拐われたのでしょうか?
「…目覚めたか」
私が目覚めて暫く経った頃、そう言って現れたのは薄茶色の髪に青い瞳の痩せぎすの男。
「…貴方はどなたですか?此処はどこですか?」
「そんな事はお前が気にする必要はない…はははっ。偶々立ち寄った田舎街で精霊の愛し子を見つけるとはな!私は運がいい。精々役に立ってもらうぞ、愛し子よ。我が領に繁栄をもたらすのだ!」
そう言うだけ言って、男は去って行きました。
あの様子だと、今すぐに危害を加えられるということはなさそうです。でも、繁栄をもたらす…とは一体…?
こんな事になって、今頃家族は心配しているでしょう。
それでも私には知らせる術がありません。
「リュシアン様…」
…あの方はどうしているのでしょうか?
***
拐われてからどのくらい経った頃でしょうか…?
驚くべきことがありました。
私が身籠っていることが判ったのです。
男は私を死なせない為か、それとも私の子までをも利用するつもりなのか、世話係の女性を寄越してきました。
幸いだったのは、その女性が親身に私の世話をしてくれたことでしょうか。
しかし陽の差さない薄暗い部屋での監禁生活が私の体を弱らせ…家族に、そして何よりリュシアン様に会えないことが私の心を擦り切れさせました。
お腹の子だけが私の支え。
「この子だけは無事に…」その一心です。
***
そして迎えた出産の日。
弱った体での出産は厳しいものでした。
私は最後の力を振り絞って子を産みます。
…生まれてきたのは、リュシアン様と同じ金髪緑瞳の子。
紛れもないあの方の子の証。
「私たちの子…どうか、幸せに生きて…」
そこでとうとう私は力尽き…故郷へ帰ること、リュシアン様に再びお会いすることは二度と叶わなかったのです。




