18.公爵領にて sideフォーリア
公爵邸へ来て一月ほど。
私は礼儀作法と地理歴史、貴族名鑑の勉強に追われております。
なにしろ、国王陛下が宣言なさったパーティーが控えていますので…
礼儀作法は記憶を喪う前の私の所作を体が覚えているようで、こちらはあまり困ることはありません。
ですが、地理歴史の方は記憶喪失によってリセットされてしまったようで、一から覚え直しのため膨大な量の勉強になっています。
…全部、覚えられるかしら…?
「フォーリア」
「お義兄様?」
休暇で帰省中のシオンお義兄様です。
「勉強に煮詰まっていると聞いてな。気分転換に、これから街へ行かないか?」
「…はい!」
こうして今日はお義兄様と街へお出かけすることになりました。
*
ロゼライト領、領都オペラ。
レンガ造りの街並みが美しい都市です。
メインストリートには商店が建ち並び、馬車や人々が行き交っています。
「今日も賑わっていますね」
街の様子を見るのは私が公爵領に来た時以来ですが、街はあの日も今日もとても活気に満ち溢れています。
「何処か行きたい所はあるか?」
「…そうですね、お義兄様のおすすめの場所を教えてください」
「私のおすすめの場所?…そうだな、本屋はどうだ?」
「本屋さんですか?」
「ああ。本屋には様々なジャンルの本が置いてある。最近の君は勉強に関する本ばかり読んでいるようだが、たまには娯楽小説も読んでみてはどうかと思ってな」
「面白そうですね!読んでみたいです!」
お義兄様が案内してくださった本屋さんは、とても大きくありとあらゆる本が揃っていそうなお店でした。
お義兄様は兵法書や軍事物語がお好きで、以前はよくこのお店に来ていたのだそうです。
そのお店で私は一冊の小説を買いました。
離縁された伯爵夫人が市井に下りて幸せになるお話です。
自分で買い物をするのは初めてで、ドキドキしています。
買い物とはこんなに楽しいのですね。
本屋の後はカフェに行きました。
オペラの街はチョコレートケーキが自慢とのことで、私はチョコレートケーキと紅茶を頂きます。
お義兄様はコーヒーです。
「美味しい!」
「此処はオペラでも老舗のカフェだ。メニューにも定評がある」
「お店の雰囲気も落ち着いていて素敵ですね。また来たいです」
「…そうだな」
カフェではお義兄様とたくさんのお話をしました。
私が公爵領に来てからのこと
グラファイト砦のこと
…そしてセイン様のこと
「殿下はパーティーの衣装を張り切って準備しておられるよ。楽しみにしているといい。…当日は君の社交界デビューだな」
「はい。…ですが緊張していて…」
「心配することはない。公爵家が付いている。…もちろん、殿下もな」
「…ありがとうございます」
*
「…!」
カフェからの帰り道、一軒の装飾品店の前で私は足を止めました。
私の視線の先には真鍮製の蔦をモチーフにしたバレッタ。
セイン様から私の名前のイメージは森だと聞いたことがあります。
「どうした?」
立ち止まった私に気付いたお義兄様が声をかけます。
「い、いえ。何でも…」
口籠る私に
「…ふむ。行くぞ」
そう言うとお義兄様はお店の中へ。
「お、お義兄様?」
「店主、そこのショーウインドーの真鍮の髪飾りを買いたいのだが」
お義兄様は私が眺めていたバレッタを買い求め、テキパキと会計を済ませます。
「フォーリア」
お義兄様がバレッタを私の髪に付けてくださいました。
「あ、あの、お義兄様…」
「私たちが兄妹になった記念だ。受け取ってほしい。…フォーリア、私の妹になってくれてありがとう」
「!…私こそ、お義兄様の妹になれて幸せです。ありがとうございます。…大切にします」
「またこうして兄妹で過ごせると良いな」
「はい」
今日は素敵な一日でした。
幸せな気持ちに満たされながら、私たちは家路につきました。




