16.愛し子を探して…三十里 sideスヴェン
王都の冒険者ギルド。
「くそっ!」
私は悪態をつきながらその建物を出る。
エミリアを探す国外への旅。
私とて一人で国外を旅するほど無謀ではない。
城で護衛の兵を募ったが、国外追放同然の王子に付いてくる者などいなかった。
仕方なく冒険者を雇うことにし、ギルドへとやって来たが…
腕の良い冒険者には法外な報酬を吹っ掛けられ、私の手持ちで雇えそうな冒険者を紹介してもらっても、吹けば飛ぶような素人しかいなかった。
このままではエミリアを連れ戻すどころか、探しに行くことさえ出来ない。…そうなると、私の王太子の座が…
最初で躓いてしまい、どうしようかと迷っていると
「…スヴェン王子ですか?」
後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこには黒髪黒瞳の執事服を着た男。
「お前は誰だ?」
「貴方と同じく、精霊の愛し子を探す者です。…鴉、とお呼びください」
「…私に何の用だ?」
「貴方の捜索のお手伝いが出来ないかと思いまして。私は斥候、偵察、荒事、何でも出来ますよ。貴方の護衛に良いのではないでしょうか?…何より私はエミリア様がこの国で会った最後の人間ですし」
「…何だと!?」
「私はドロシア様に唆されて、エミリア様を魔の森に置き去りにしてしまったのです。ドロシア様が愛し子だと信じてエミリア様を廃したのに…まさかそのエミリア様こそが本物の愛し子だったとは…っ」
「…お前の目的は何だ?」
「エミリア様に赦しを請い、エミリア様に…本当の愛し子にお仕えすること」
「…報酬は?」
「エミリア様にお仕え出来るなら、それで充分です」
「…わかった。エミリアを連れ戻すまで、精々役に立ってもらうぞ」
「お任せを」
…こうして私は思いがけず護衛を手に入れた。
レイブンは予想以上に有能だった。
あっという間に旅装を整え、辻馬車を手配し、道中の魔獣も難なく倒し、一日経たずにエミリアと別れたという場所まで辿り着いた。
「…私は此処からエミリア様を突き落としました」
「…突き落とした?…こんな所から落とされたら、普通の令嬢など生きていられるはずがない…ましてやエミリアは魔力無し…助かる要素は…」
「いえ、エミリア様は精霊の愛し子です。きっと無事に居られます」
「…その根拠は何処から…?」
「精霊の愛し子とは、奇跡を起こす者。ドロシア様如きの謀略では、害することは出来ないでしょう」
「…そうなの…か?」
この男は随分と精霊の愛し子を神格化しているようだが…エミリアが無事だと言うのなら、私にも文句は無い。
「…それで、どうやってこの下に降りるんだ?」
「この崖を伝って行きますが?」
「無茶を言うな!…大体、あれから何日経つと思っている?エミリアが無事だとて、その場に留まり続けている訳でもないだろう!?」
「…それもそうですね。寧ろ、貴方から逃げている可能性もあります」
「なぜだっ!?」
「貴方なら、ご自分に国外追放を言い渡した相手と再会したらどうしますか?…ましてや婚約者を放って別の相手と浮気した者を。怯え、嫌悪し、逃げたりしませんか?」
「…うっ」
「とにかく、エミリア様が留まっている可能性も低いですね。…地道に森の中を探すしかなさそうです」
「…ま、待て!」
レイブンは一人でそう結論付けると、森の入り口を探してさっさと歩き出した。
*
森の中に入ってからは散々だった。
彼方此方から魔獣、魔物、魔獣…
次から次へと湧き出し、切りが無い。
そいつらをレイブンはいとも容易く倒していくが、私は自分の身を守るだけで精一杯だ。
レイブンがいなければ、私は足を踏み入れることさえ出来ないな…
なんて所にエミリアを置き去りにしてくれたんだ。
エミリアは本当に無事なのか…?
「…ハァ…ハァ」
「これぐらいで音を上げていたら、エミリア様を探すどころか森を抜けることも出来ませんよ?」
「う、うるさいっ!」
疲労困憊の私を他所に、レイブンはテキパキと野営と食事の準備をする。
…この男、何でも出来るな…
火を起こし、道中で狩った魔獣の肉を焼く。
…ちょっと待て。
「魔獣肉、を、食べる…のか…?」
「そうですよ?」
…冗談だろう?
…冗談じゃなかった。
「食べないと保ちませんよ?」
食べたことの無い魔獣肉に躊躇する私に、レイブンは
「美味しいですよ?」
とても良い笑顔で宣った。
結果から言うと、魔獣肉は美味かった。
いや、私が今まで食べていたどの肉よりも美味かった。
*
そして就寝時。
「私が深夜の見張りをしますので、それまでの見張りをお願いしますね」
「…なっ!?この私に見張りをしろと言うのか!?」
「…私に寝ずに働け、と?」
「当然だろう!?私は王子だぞ!!」
「流石の私も休息を取らずに働くのは無理ですよ。…それとも何か?私を不眠不休で働かせ、私が倒れた後は貴方、野垂れ死にますか?」
「…ぐっ」
「死にたくなければ、さっさと見張りをして私を休ませてください」
「………」
私は渋々見張りをした。
***
森の中でそんな生活を続けること幾日か。
エミリアの手掛りは見つからず、辿り着いたのは隣国アズライトの辺境都市。
この辺境都市を拠点に魔の森の捜索をしてさらに暫くが経った頃、一つの噂が流れてきた。
“この国の第二王子と精霊の愛し子が婚約するらしい”と。




