1.婚約破棄 sideエミリア
それは王城のパーティーでのことでした。
「エミリア・バドム!私はお前との婚約を破棄し、新たにこのドロシーを婚約者に迎える!」
王城の広間。
たくさんの貴族たちが集う夜会で、私の婚約者であるスヴェン・ローアン王太子殿下がそう仰ったのです。
その隣には私の妹のドロシア・バドム。
「……!?」
突然のことに私は言葉もありません。
ですが殿下は気にした素振りもなく続けられます。
「私は勝手に決められた婚約者ではなく、愛する者を妃に迎えたい。私が真に愛しているのはドロシーだ!」
「お、お言葉ですが…この婚約は王命でございます。それにドロシアは王太子妃教育を受けておりません」
ここで私はようやく言葉を返せたのですが
「うるさい!そうやってお前は私の婚約者であることをかさに着て妹を苛めていたのだろう?…可哀想に、ドロシーはいつも泣いていたのだぞ!」
「私はドロシアを苛めてなどおりません!」
「嘘を申すな!お前は自分よりもドロシーが私に愛されていることに嫉妬したのだろう?」
「そんな…私は嫉妬など…」
殿下に私の言葉は届きません。
「そもそも私は魔力無しのお前など認めていない!私の妃に相応しきは、愛らしいのはもちろん、魔力も高く精霊の愛し子だと名高いドロシーだ!…お前の顔など見たくもない!早々にこの国から立ち去るがいい!!」
そして高らかに宣言されたのです。
こうなってはもう殿下をお止めすることは出来ないでしょう。
私は婚約破棄を受け入れるしかありません。
「…承知…いたしました」
私に出来たのは、了承し精一杯のカーテシーをして広間を去ることだけでした。
*
ざわざわ…
ざわざわ…
一連の騒動があり私が去った後のざわつく広間に、遅れてやって来た国王陛下がご入場されました。
「これは何事だ!?」
国王陛下の疑問に答えたのは王太子殿下。
「父上!今しがたあの忌々しいエミリアに婚約破棄を突きつけ、国外追放に処してやりました!そして私はこのドロシア・バドム嬢と新たに婚約を結びたく…」
「な、なんだと!?い、今すぐエミリア嬢を探せ!何としても連れ戻すのだ!!」
殿下の言葉に焦りを滲ませ、兵士に命じる陛下。
慌てて広間を出ていく兵士たち。
「なぜですか、父上!?エミリアを連れ戻す必要などありません!」
「とんでもないことを仕出かしおって、このバカ息子が!!」
陛下の剣幕に殿下はヒッ、と喉を鳴らしました。
最早パーティーどころではありません。
今だざわつく貴族たち。
焦る陛下。
慌てふためく兵士たち。
そして陛下の剣幕に勢いを削がれた殿下。
そんな混乱の中で一人、ドロシアだけが密かに口の端を上げていました。
*
王城を出た私は途方に暮れました。
父と義母は娘達に関心がありません。
妹に全てを奪われた私に両親は…
…ですが、帰らない訳には…
私はため息を一つ落として馬車に乗り込みました。
ガラガラ…
馬車は規則正しい音を立てながら進んで行きます。
「…?」
私はふと窓から外を見て、異変に気付きました。
邸への帰り道と景色が違うのです。
「…ねぇ、この馬車は何処に向かっているの…?」
「おや、気付かれてしまいましたか。…貴女を帰す訳にはいきませんのでね」
「…貴方、レイブン?」
馭者席から答えたのは、黒髪黒瞳のドロシアの従者。
その途端、馬車がスピードを上げました。これでは飛び降りて逃げることも叶いません。
私に出来たのは暴れる馬車の中で必死にしがみつくことだけ。
…やがて馬車が止まったのは崖の上。
崖下には“魔の森”と呼ばれる濃緑の海が広がっています。
「さぁ着きましたよ。降りてください」
私はレイブンに馬車から引きずり降ろされました。
レイブンは鋭い瞳で私を見据えています。
「…なぜこのような所に…?」
「私は納得いかなかったのですよ。なぜ貴女が王太子殿下の婚約者なのか。なぜドロシア様ではないのか。…あの方は美しく聡明で魔力に溢れた愛し子であるというのに」
レイブンは話しながらジリジリと私に近づいてきます。
私は少しずつ崖側へと追い込まれていきます。
「ドロシア様は王太子妃になりたいと仰った。貴女が邪魔だと仰った。…だから私は貴女を排除するのです」
…ジリ…ジリ
「王太子殿下が貴女を国外追放にしてくださって助かりましたよ。今後、貴女の姿が見えなくても国外追放の一言で済むのですからね」
…とうとう私は崖際に追い込まれてしまいました。
「貴女の犠牲は無駄にはしません。これでドロシア様が王太子妃になれるのですから。…では、さようなら。エミリア様」
ドンッ!!
「…っっっ!」
レイブンに崖から突き飛ばされた私の体は、魔の森へと吸い込まれていきました。