絹代の涙
「…きぬちゃん?」
スマホを触っていたら、類さんが隣のソファーで起きた。
23時過ぎだった。
「あ、類さん。おはようございます」
「ごめん!!俺、またビール飲んじゃって…」
バッと飛び起きて、不思議そうな顔をする。
「あれ…このかけ布団…」
善哉さんが買ってくれたかけ布団。
類さんに掛けておいた。
「ちょっと!!これ、きぬちゃんの布団じゃん!!」
冷房をゆるくかけているから、類さんの半袖半ズボンパジャマだとちょっと肌寒いかな?と思った。
私は長ズボンなので、用意されていた数枚のバスタオルの内1枚を持ってきて、掛けている。
「私の布団ではなく、善哉事務所の布団なので」
「いやいや、善哉さんはきぬちゃんに買ったんだよ!もう~テーブルの上も片づけてくれて…ありがとう!ごめんね!!」
「全然、大丈夫です。」
私の警護のために、類さんは家に帰らず一緒に泊まってくれてるんだ。これくらい、どうってことない。
電気を消して窓のカーテンを閉めていても、外灯の光が流れ込んできて部屋の中はうっすらだけど見える。
私は上半身だけ起こして、動く類さんに目を凝らす。
類さんは部屋の扉横の収納へ歩いて行き、中から大判のブランケットを取り出した。
「ここに、寝具は置いてあるから。俺はこっちの使うね」
そう言って類さんはソファーに戻った。
そして新しい方のかけ布団を持ってこちらに歩いてきて、私に掛けた。
「ありがとうございます」
「ううん、こちらこそありがとう」
類さんの微笑みが、窓を通って優しくなった外灯の青白い光に照らされている。
とても綺麗で、いつもより妖艶に見える。
「私のために、家に帰れなくなって…」
「何言ってんの!?きぬちゃんのせいじゃないって、言ってるでしょう!」
類さんは呆れたような、怒ったような顔をした。
「…はい。」
「それにしても、やっぱきぬちゃんの効果すごいわ」
はい?
「…効果ですか?」
なんの?
「きぬちゃんの、水晶のオーラ」
「あー、そう言えば…」
そういえばそう言う設定だった。私。
「酔って寝たら、俺いつもはすぐに起きるんだけど。きぬちゃんの癒し効果でいつの間にか2時間も寝てたんだ…スッキリしたぁ~☆」
「本当ですか?」
自分ではさっぱりオーラやら見えないから、まだ半信半疑。
「うん。ほんと。同じ空間に居るだけで癒されるわ~」
そう言ってあくびした。
「だから、俺もきぬちゃんと一緒に寝れてラッキーなんだよ。ウィンウィンなんだから!」
破顔一笑する類さんを見ると、唐突に胸の中で温かな空気がせり上がってきた。
「そんな風に言ってくれて…ありがとう」
あれ?…だめ、今は、止まって。
「…どうしたの?」
涙が出てきた。
「きぬちゃん?」
類さんがソファーからおりて、私の肩に手を置く。
やばい、止まらない。
「ふっ、うっ…」
鼻水も出てきて、手首で拭く。
止まって…恥ずかしい。
類さんが、私をぎゅっと抱きしめる。
「怖かったね。俺が居るから、大丈夫」
そこでようやく、自分の身体が震えている事に気付く。
「清彦も、あっちで番をしてくれているよ。大丈夫、大丈夫。」
トントン、と肩をたたいて、背中をさすってくれた。
暖かい、類さんの手。
「うっ…うぅ…」
そうだ。私、ずっと怖かったんだ。
でも、恐怖の感情だけで涙が止まらないんじゃない。
「いいよ。いっぱい泣きな」
申し訳なさと、類さんたちの優しさや温かさと、自分への不甲斐なさと、これから私はどうなるんだろうっていう不安と、一体私に何が起こっているんだろうっていう疑問と…
ごちゃ混ぜになった感情が堰を切ったように涙と鼻水になり、溢れて止まらない。
心臓がバクバクと音を立てて騒いでいる。
「…ごめんね、ごめんね」
類さんが背中をさすりながら謝る。
「ひっ…く…違います、私こそ…」
類さんたちのせいじゃない。言いたいのに、涙が出てきて言えなくなる。
しいて言うなら、この奇妙な状況全ての始まりである清彦のせい?
「大丈夫、大丈夫。」
類さんは柔らかな声で私を安心させてくれる。
ぎゅっと類さんのパジャマを掴み、肩に顔を埋めて泣き続けた。
どれくらいの時間、そうしていたか分からない。
気が付いたら、類さんは私を抱きしめたまま寝息を立てていた。
ひと通り泣いて、やっと涙と鼻水が止んだ。
類さんの体温であたたまった心は、ポカポカと湯気を立てている。
私はそーっと類さんを布団を敷いたソファーベッドに寝かせて、大判のブランケットをかけた。
それから、音を立てないようにティッシュで鼻をかみ、類さんの寝ていたソファーに移動した。
「…はずかしい」
思わず呟いた。
人前で泣くなんて…。
しかもしがみついて大号泣。
いきなり冷静になった頭でさっきの一連の出来事を反芻する。
あかん…忘れて欲しい。
でも、私は類さんの暖かい手を、柔らかく耳に滑り込む声を、絶対に忘れたくない。
でもでも、類さんには忘れてほしい…!!
矛盾する願い。
かけ布団で顔を覆って目をつぶっていると、私もいつの間にか眠っていた。




