道間菊雄という男
「…大変申し訳ございません」
土下座した。
「いや、こちらこそ配慮が足りず申し訳ない」
善哉さんは片膝をつき、ゲロ臭いはずの私にうんと近づいて謝った。
"いやぁぁぁぁ!!!近寄らないで!!!私のゲロ臭が…!!"
ゲロ袋の口を閉めながら後ずさりし、距離を取りながらペコリと礼をした。
そのまま小走りで部屋を出ていき、給湯室の蓋付きのごみ箱へ入れた。
羞恥心で頬はホッカホカだ。
口をすすいで、手洗いをしてからお茶を飲み、自分のデスクへ戻った。
数十秒迷ったが、応接間へ足を踏み入れた。
清彦は青い顔をしている。
ゲロらしきものは見当たらない。
「姫、我霊体だから、ゲロもすぐに消えにけり」
急に語尾が平安。
そして、私がわざわざ持っていこうとしたゲロ袋もいらなかったんかい。
私、吐き損。
「きぬちゃん、大丈夫?無理してない?」
此代さんは心配そうに眉根を寄せている。
「ハイ…大丈夫です、すみません」
「…俺らの事は気にしないで、奥の部屋で休んでて。」
善哉さんは口角を僅かに上げ、微笑んでいた。
目の前でゲロを吐いたのに、ドン引きのドの字も2人にはない。
なんて優しい人たちなの…。
「私も、知っておきたいので」
テーブルの上は極力視界に入れないようにしながら、3人の輪の中に入った。
「…分かった。」
それから、清彦は善哉さんが持っている千切れたような紙の端っこをクンクンと嗅いだ。
腕の指先に鼻を近付け、手で仰いで嗅いでいる。
理科の授業で見たやつや。
再度紙のにおいを嗅ぎ、また指先のにおいを嗅ぐ。
そして、カッと目を見開いた。
「うむ。同じ霊力のにおいが微かに残っておる」
善哉さんと此代さんの顔色が俄かにかき曇る。
2人は顔を見合わせて不穏な空気を漂わせた。
「やはり…。あの金髪が俺にバレずに事務所を監視するなんて不可能だからな」
善哉さんは顎に手をやりながら腕の方を凝視する。
「でも…道間が関わっているとしたら、これからどうやって絹代さんを守っていけば」
此代さんが高い声で狼狽える。
「どうま…?」
誰ですのん?
思わず声が出た。
「道間菊雄。俺らの同業者であり、ライバルだよ」
善哉さんは紙をテーブルの上に置き、話始めた。
「絹代さんを攫おうとした男も俺と同業者。」
「あの男は前に善哉さんと仕事の取り合いになって、依頼主の目の前で善哉さんにコテンパンにやられた。それから、うちは逆恨みされているんだ。」
此代さんがソファーの背もたれに手を伸ばしながら言う。
「あの男単体では、事務所や絹代さんを監視している気配を完全に消せない。すぐに俺か類が気付いた筈だ。それに、絹代さんにはヤツが言っていた様に加工した藍紙を貼っていた。」
「藍紙は、使う者の霊力の強さが重要なんだ。藍紙を使うと、使用者よりも霊力の弱い霊や人からは見えなくなる。つまり、霊力が弱い人が使っても、ほとんどの存在からは見えてしまって意味がなくなるんだ」
此代さんが解説してくれる。
「へぇ…」
そうだったんだ。
「あの男より俺らの霊力が弱いわけがない。つまり、協力者が居た」
「協力者…ですか。」
善哉さんはスッと目を細めて話を続ける。
「そう。それも、只の協力者じゃなく、俺にも見抜けない程の実力を持った協力者…」
「その、道間菊雄って男は、善哉さんよりも強いんですか?」
善哉さんの表情がカチッと固まった。
やば。地雷踏んでしまったか!?
「道間と善哉さんの実力は…常に拮抗していて、予断を許さない」
此代さんが冷静に答える。
「…同業者の中では、俺と肩を並べるのは道間しか居ないけどな。」
腕を組み、珍しく「どや!?」感を僅かにニョキッとさせた表情で善哉さんは言う。
「…そうですか。お若いのに、すごいですね」
"お若い"って誰が言ってんだ。善哉さんは私と同い年や。
即自分で自分に突っ込む。
気の利いた事が言えず、心の中で猛省した。
「…まぁ、道間以外の協力者なら、まず素性を調べる所からになって時間がかかるけど。清彦のお陰で道間だと確定できて良かった」
善哉さんが緊張感を崩さない顔で言う。
「じゃろう!?我の鼻、ゆゆし!!偉し!!我強い!!」
清彦が鼻の穴を膨らませる。
「強くはないよね?もっと強くなって、絹代さんの護衛ができるようになってもらわないと」
此代さんが呆れ顔をして鼻で笑う。
清彦がムッとした表情になった。
「すぐ調子に乗るな。まぁ、景山が来月帰ってきたら鍛えてもらうから。それまでは俺らが適当に時間見つけて鍛えてやる」
清彦は表情を輝かせた。
かげやま…長期出張に行っているという社員さんかな?
「え!?我、強くなれるの!?鍛えてもらえるのか!?」
「あぁ。」
涼しげな目で清彦を見やる。
「その代わり、逃げんじゃねぇぞ」
瞬時に目がギラリと光る。
獲物を狩る時の目や。
「もちろん!!姫を守るために…我は鍛える!」
キメ顔を向けてくる清彦。
実力のある2人の鍛え方って相当厳しいと思うんじゃが…
大丈夫か?
「あは、は…頑張ってね、清彦」
笑顔の引きつりを隠せず、心のこもっていない応援の言葉を掛けた。




