クセ強な見た目の男
事務所を出て、地下鉄の構内を歩く。
ホームドア前の列に加わり、電車を待った。
1分も経たない内に電車が到着し、降りてくる人達のために列が左右に割れる。
ゾロゾロと降りてくる人波がまばらになって、前の人に続いて乗車した。
ここの地下鉄は降りる人も多いが、乗る人も多い。
空いている席がないか見やると、2、3か所発見した。
いつもなら座るんだけど、
今日は座らないで座席の前で揺れている吊り革を握った。
ぼんやりと窓にうつる自分の顔を見る。
虚ろな、目。
本当に、清彦が嘘を言っていないか確かめる方法はないんだろうか?
その方法が見つからなかったら、清彦は除霊されてしまって…
もう二度と、会う事はないんだろうか?
はっとして、ブンブンと頭を振った。
乗り換えの駅に着いて、電車を降りた。
反対側のホームへ早足で向かう。
朱色とクリーム色のツートンカラーの電車に乗り、
閉まっている扉にもたれながら発車を待つ。
眼下には、窓から見慣れた風景が見える。
歯科助手として働いていた頃も、いつもこの位の時間に帰宅していた。
大体同じ車両の同じ場所に乗るので、街並みが変わらない限り窓から見える景色も変わらない。
ひかりと遊んで、帰りの時にも全く同じ景色を眺めながら電車に揺られて帰る。
薄暗くなってきた初夏の夕暮れ。
居酒屋の看板がほんのり明るく点灯している。
清彦に出会ってから、あっという間に私の何もかもがぶち壊された。
たった一か月半くらいの間に、だ。
あの頃の私は、何を考えていたっけ?
清彦に出会うまでの私は…?
付きまとわれるは、セクハラされるはでうっとおしかった筈なのに。
何でこんなよく分からない気持ちになっているんだろう?
ムカつくの?
悲しいの?
なんで?
このまま清彦が除霊されたら、私は…
後悔する。
理由はよく分からないけど。
でも、善哉さんと此代さんの言う事も分かる。
私が無責任に、ワガママを言っているだけなのだ。
あやふやな気持ちのまま、この薄っぺらい罪悪感を感じたくないから。
刻み込みたくないから。
そんな身勝手な理由で押し通して良いワガママでない事は、分かっている。
でもでもでも…
「あの」
顔を上げると、背の高い男性がこちらを覗き込んでいた。
赤黒いチューリップハットを被り、鎖骨辺りまで伸びている金髪は、うねうねとカールしている。
大きめの黒いサングラスをしているが、その奥には窪んだ目が見えた。
「…?」
状況がよく分からなくて、とっさに言葉が出てこない。
「あなた、若葉絹代さんですよね?」
黒地に金色のごちゃっとした線が入ったオーバーサイズのアートなTシャツを着て、暗色ベージュのサルエルパンツを履いた男性。
一度でも会っていたら、絶対忘れないクセ強な見た目。
絶対に、初対面だ。
何で私のフルネーム知ってるの?
冷や汗がどっと出てきた。
「僕、君がどこで働いているか知っているよ。」
にっこりと笑う顔に、鳥肌が立った。
家の最寄り駅に到着した。
でも、今降りたら最寄りの駅ってバレる…
「どうしたの?お家に帰らないの?」
光の速さで電車を降りた。
「ハァ、はぁ…」
動悸が止まらない。
さっきの男は、何だったんだ。
怖すぎる。
「怖いの?大丈夫?」
「ぎいやあぁぁぁぁぁぁ!!!!」
叫んで走った。
すぐにつまづいて、ホームで派手に転んでしまった。
「どうしたの~?本当に大丈夫?」
電車を降りた人達がジロジロと目線をこちらにやりながら、足早に去っていく。
立ち上がれないで、ずるずると這った。
「こな…来ないで!!」
「もぉ~そんな事言わないの!はいっ!」
男が手を差し出した。
手の平には刺青がしてあり、見た事のない奇妙な文様が描かれている。
「いい、いいです…自分で立てますので」
「んん~随分と他人行儀だねぇ」
「他人です!!!」
「他人、かぁ…」
とりあえず駅員さんを…
改札へ向かう下り階段までたどり着き、壁を頼りに何とか立ち上がった。
よし、このままゆっくり階段をおりれば…
「悲しい事言うじゃない…?」
男は大きな手で自身の顔を覆い、上を向いた。
それからサングラスに手をかけて、そっと外した。
「…僕はずううぅ~~~っと、若葉絹代さんの事を見ていたのになぁ」
満面の笑みを見せつけられ、もう限界。
卒倒しそうになったが、階段から落ちないように何とか踏ん張った。
階段の下を見ると、駅員さんが階段を登って来た。
「たっ、助けてください!!駅員さーーーん!!!!」
手すりにしがみつきながら必死で叫んだ。
助かった、早く、警察を…。
駅員さんは回れ右をして去って行った。
「え!!?ちょ、駅員さぁぁぁん!!!??」
何で。助けて。
「んふう~。絹代さんの反応、おもしろすぎ」
振り返ると、男は屈託のない表情でケラケラと笑っていた。
「今はぁ~、僕と絹代さんふたりっきりの世界なんだぁ」
「…はっ?」
「や、やだもう言わせないで!!ここには、今僕と絹代さんしか居ないって事!」
男は赤くなった頬に両手をぺちぺち当てている。
電車が到着し、数十人の乗客がゾロゾロと降りてくる。
でも、誰一人として私と男に目を合わせない。
「もう絹代さんが助けを呼ぶ声はだぁ~れにも聞こえないし、必死な姿もだぁ~れにも見えないんだよ?」
「おわ…オワタ」
絶体絶命の状況で出すセリフじゃないだろう。
私って本当に…
「おい変態!姫から離れろ!!」
背中から階段の下へ転げ落ちそうになった所で、誰かが私の肩を掴んだ。
「お前も変態じゃねぇか」
顔を上げると、善哉さんが居た。
「ぜ…んざいさん?」
「…すまない、絹代さん。」
善哉さんは私の肘を見て、眉根を寄せた。
擦り傷ができて、血が流れていた。
さっきこけた時に出来た傷のようだ。
必死すぎて、気付かなかった。
「姫、もう大丈夫ですぞ!!」
「清彦…」
清彦がすぐ隣で叫ぶ。
首につけている麻紐が揺れている。
「絹代さん、今だけコイツに"触ってもいい"と言ってくれないか」
「我が、姫をお連れする!」
「"触ってもいい"!!」
その言葉を聞いてから、すぐに善哉さんは清彦に私を預けた。
そして、男の前に立ちはだかった。
「あれっ?ばれちゃってたんだ~」
「…テメェか。」
知ってる人なの?
善哉さんはサッと振り返り、
「清彦。絹代さんを頼んだ」
そう言うと前に向き直り、腰に差している刀を抜いた。




