依頼主の訪問
「除霊が終わったら連絡してくださると聞いていましたが…ありませんでしたので」
センター分けの茶髪ボブ。
長いまつ毛がせわしなく動いて、目元のラメがチカチカしている。
綺麗な長い腕が、服から伸びてテーブルの上でそっと組まれる。
「申し訳ありません。米ぬかおやじはまだ除霊できていないので、ご連絡を差し上げていませんでした。」
善哉さんが無表情で答える。
「そうでしたか。米ぬかおやじのニュースがネットに上がって来ないので、除霊されたものだと…」
ガッツリとこげ茶色のアイラインが引かれた両目で、善哉さんを確かめるように注視する。
私はお茶を出し、パーテーションを挟んで隣の部屋へ引っ込んだ。
お盆を置いてからすぐさまパーテーションに張り付いて耳をそばだてた。
「米ぬかおやじは、中々見つからないんですか?」
「そうですね。」
しばらく沈黙…。
ふと善哉さんのデスクの後ろを見ると、再び設置された結界の中から清彦が姿を現した。
虚ろな目で空中をぼんやりと眺めている。
昨日目の前で秘孔術を披露した清彦は、今除霊されるかどうかの瀬戸際に居る。
「見つけたら、絶対に除霊してください」
怒りのこもった声で、女性は力強く言った。
「もちろんです」
「私、あの霊のせいで人生メチャクチャになったんですよ!!」
甲高い声で訴える。
清彦の方を見ると、聞こえているのか分からないような、ぼんやりとした表情で応接室の方を見ている。
「婚約破棄ですよ、婚約破棄!!」
「当初お話していたように、もし1年経過しても除霊できなかった場合はお知らせ致します。」
女性の興奮した声と対照的に、冷静な善哉さんの声が響く。
長いため息が聞こえた。
「お願いします。私以外にも、もう一人除霊依頼している人がいるんですよね?」
そう言えば、『つばめカフェ』に行った時にひかりが言ってたな。
婚約破棄された人と、じいやの手を目撃した人が除霊依頼したって…。
「はい。その方からは、今の所連絡は来ていませんが」
「そうですか。料金がその方と折半なのは、有難いですが」
「同じ霊なので。」
「とにかく、早く除霊してください!お願いします!!」
「はい。最善を尽くします」
そこで、椅子が動く音がした。
依頼主が帰るのだろう。
そっとパーテーションから離れようとした。
「ただいま戻りました~!!」
弾む陽気な声に、思わずズッコケた。
此代さんが除霊の仕事から帰ってきた様だ。
「あっ…失礼しました」
扉の前で出くわしたのだろう。
此代さんが謝罪している。
「いえ…」
女性の声が少し上ずる。
「ご足労頂きありがとうございました。」
扉が閉まる音。
善哉さんと此代さんがバックヤードへ戻ってくる。
パーテーションにひっつけていた手を離し、急いで自分のデスクへ戻り椅子に座った。
「逆に除霊しない理由がないんじゃないすか?」
「…」
善哉さんは質問には答えず、それぞれデスクにつき座った。
「おつかれ様です。」
「おつかれ!きぬちゃん」
此代さんの白雪姫のように白いお肌は、強くなってきた外の日差しで少し日焼けし、赤くなっていた。
「除霊は、無事終わりましたか?」
「うん。矢を使わなくても、いけた」
「そうですか…よかった」
矢を使わなくても…って、どんな風に除霊するんだろう?
そう疑問に思いながらも、応接室の片づけのためお盆を持って立ち上がった。
いつの間にか、清彦は姿を消していた。
「それに、その技が霊体にしか効かないか、どうやって確かめるんすか?」
湯呑茶碗を片付け、テーブルを拭きながら聞き耳を立てる。
「う~ん…」
私が、清彦の言っている事が本当か確かめてからと言ったから…。
忙しい二人を困らせている。かと言って、私にできる事は…
バックヤードの隣の給湯室へ行き、湯吞茶碗を洗って水切りラックに置いた。
決心し、給湯室から出て声をかけた。
「あの…」
「ん?」
善哉さんと此代さんは、同時にこちらを見た。
「清彦の秘孔術が本当に霊体にしか効かないのか、私で実験してみたらどうでしょうか?」
二人はきょとんとしている。
「私が、清彦の秘孔術を受けるので…。それで何もなかったら、除霊を待ってもらう事はできますか?」
給湯室の扉は私のデスク近くにあり、善哉さんのデスクが遠く真正面に見える。
遠目でも、善哉さんが厳しい目つきをしているのが分かった。
「できるわけねーだろ」
鋭い声で突っ込まれた。
「きぬちゃん、そもそも奴が使う技がどんなものか俺らは分からない。誤魔化したり、手加減できるようなものじゃなかったら、きぬちゃんに何があるか分からない。それに、その逆で技をかけたフリができるようなものだったとしたら、俺らや一般市民にとって奴は除霊すべき危険な存在なんだよ。」
此代さんはいつになく真面目な顔で言った。
「そっか…そうですよね。」
他に確かめる方法が思いつかない。
デスクについて、会計作業を続けようとする。
が、頭と手が動かない。
あの時、清彦は嘘を言っているようには見えなかった。
少なくとも、私には…




