善哉の勘
「善哉さん、明日絹代さんが来る日でしたっけ?」
「あぁ、明日の11時に」
K市内北方のお寺に来ていた善哉拓海と此代類。
外では鳥のさえずりが聞こえ、柔らかい日差しが障子窓から差し込んでいる。
お祓いに来ていた2人は、本堂の中で御本尊である大日如来の前でお茶を飲んでいた。
「類、今日は弓矢持ってきたか?」
「一応、持ってきました。…いつもの定期祓いですよね?」
「何か、今日は要るような気がするんだ」
「そうですか」
善哉の"気がする"は毎回その通りになる。
類は、善哉の端正だけど男らしさのある横顔を見つめた。
「いやぁ~、ほんま助かりましたわぁ!」
しばらくして、つるつる頭の住職が白い封筒を手に歩いてきた。
善哉と類の前に座ると、改めて手をつき深く礼をした。
「では、こちらが依頼金です」
分厚い封筒を受け取ると、善哉は何のためらいもなく中身を住職の目の前で出した。
500万はあるだろうという札束の半分を取り、半分を封筒にしまった。
その封筒を住職へ差し出す。
「多すぎます。こちらからは10分の1の金額で提示したはずです。」
住職はニコーっと歯を見せて笑うと、善哉が差し出した封筒を押し戻した。
「かましまへん!こちらは、お寺の存続に関わる危機を救ってもろたんやから!」
「いや…」
すると、住職の横から少年がポンと現れた。
住職には見えていない。
『受け取れ』
銀色のふわふわの長髪をなびかせ、蒲公英色の水干を身にまとった少年は言った。
色白の美しい肌に、妖艶な狐目を善哉に真っ直ぐ向ける。
善哉が渋っていると、その少年はさらに言った。
『そのお金は、お前のものではないんや。おごるなよ。』
「…分かってるさ」
「何か、言いましたか?」
住職がぽかんと口を開けていると、善哉はその押し戻されたお金を受けとった。
「ありがとうございます。では、慎んで…」
「ほんまに助かりました。ありがとうございます!」
住職に見送られてお寺の門を出ると、また銀髪の少年が現れた。
『ええ加減、慣れ。』
「…分かった」
「まぁ、今回は予想外に悪霊が居ましたもんね」
「でも、俺が香を吹きかけただけで除霊できた。あんなにもらっては駄目だ。」
『ただの人間が吹きかけたんと違うんや。拓海だから簡単に祓えた。』
「確かに、善哉さんじゃなかったら苦戦してますよ」
お寺や神社でも、色んな人が出入りする事によって穢れが発生する。
善哉はその穢れを払う仕事もしている。
今回は定期祓いのつもりが、誰かが持ち込んでそのまま居付いた悪霊が居て
それも祓った。
『そのお金は、また困っている善良な人の元へ行くために来たんや。』
善哉の頭の中で、幼い頃の笑顔の自分が浮かぶ。
その両隣に、育ててくれた父と母。
「…分かってる」
「…」
速足で次の依頼現場へと歩き出す善哉の後ろを、類は小走りで追いかけた。




